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谷崎春希と魔法使い
⑧
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「すげえな、マジでシロを焼いた……」
仲山が呆けたような笑みを浮かべる。
「……どういうこと? シロがいってたこと」
わたしは床にすわりこんだまま仲山にきいた。
「でたらめだ……」
仲山はふるえた声で答える。
目が泳いでいて、仲山への疑いがつよくなった。
「あんなバケモノのいうこと、信じるな」
「……ね、あなたがこの部屋にきたとき、綾子はどこにいた?」
わたしが部屋に入ったとき、ベランダの鉄柵に背中をもたせかけていた綾子の姿が思い浮かぶ。
綾子の首筋を這っていた虫。
ベランダの壁にいた三毛猫。
(もし、仲山が綾子がシロに殺された後に部屋にきていたら、ベランダに倒れている綾子を部屋に運びこんでいたはずだ。いくら死体が怖くても、恋人をベランダに放置はしない)
「おれのこと疑ってるのか?」
仲山は急に声を荒げて、怒ったようにいった。
涙がにじんでいる目でわたしをにらむ。
顔から汗が噴きでて、顎の先から流れて落ちる。
「あなた、綾子を見捨てて逃げたんじゃないの、シロがいってたとおり」
わたしは仲山の態度を見て、確信した。
(仲山は小学校の前でわたしと話をしたときから、内心では万が一、綾子が生きかえったら不都合だと思っていた。それで、わたしの連絡先をきいた。わたしの行動を気にしていた)
「……逃げたならどうして、おれは綾子の部屋まできたんだよ。外にはシロがいるかもしれないのに。それに、ほんとにひとりで逃げたなら、生きかえった綾子に合わせる顔、ないだろ」
「綾子が生きかえったら不都合だから、ここにいるんじゃないの。見捨てたことを綾子に責められるから。だから、わたしをこの部屋から出ていかせようとした。綾子を生きかえらせたくなかったから」
「シロがこの部屋にきたとき、おれが綾子を見捨てて、逃げてたら綾子が死んだかどうかはわかってないはずだろ。おれは小学校の前で谷崎に会ったとき、いっただろ、綾子が死んだって」
「……シロがいなくなった後、この部屋に綾子の様子を確認しに戻ったんじゃないの。そのとき、あなたは綾子が死んでいるのを見た」
「妄想はやめろ」
「あなた、ひどい!」
わたしはかっと頭に血がのぼって、大声で怒鳴った。
シロを倒したことで気が大きくなっていた。
わたしは綾子が死んだのは仲山のせいだというように責めた。
「うざい」
顔を真っ赤にしてわたしをにらんでいる仲山が、冷たい声でいった。
「おまえ、綾子がいってたとおりだな」
「え?」
「綾子がいってたぜ。おまえのことうざいって。へんなやつだって」
怒りがすっと引いていく。
仲山はわたしがショックを受けたことを察したのか、意地の悪い笑みを浮かべる。
仲山をいいやつだと思った自分を愚かに感じた。
「他に友達ができなくて、綾子についてまわるって。綾子がおれと付き合いはじめてから嫉妬して、よけいうざくなったって」
「……うそつかないで」
仲山の言葉がナイフのように心を切りつける。
他に友達ができなくて、綾子についてまわる。
恋人ができた綾子に嫉妬している。
それはわたしがずっと気にしていたことだった。
「もう、勝手にしろ。ここで奇跡待ってなよ。綾子が生きかえるより、おまえがシロに毒をかけられるほうが先になるぞ」
「あなたが焼け死ぬほうが先になるかもね……」
わたしは床に落ちている赤いボールを手にとり、仲山に投げるふりをした。
「やめろ!」
仲山がかん高い悲鳴をあげる。
両手を前に突き出して、慌てて立ちあがる。
わたしがボールを投げる構えのままでいると、床に落ちているナイフを拾って、逃げるように部屋から出ていった。
玄関のドアが大きな音を立てて、荒々しく閉まる。
仲山を追う気力がでない。
わたしは窓から夕方の陽が射している絨毯にすわりこんだままでいた。
「綾子がいってたぜ。おまえのことうざいって。他に友達ができなくて、綾子についてまわるって。綾子がおれと付き合いはじめてから嫉妬して、よけいうざくなったって」
仲山の言葉が頭の中で何度も繰りかえされる。
(……真に受けなくていい。仲山は嘘をついていた。綾子を見殺しにしたやつだ)
自分にいいきかせても仲山の言葉が頭から離れない。
やがて、仲山の言葉は目の前にいる死体となった綾子の声にかわり、ぞっとする。
「春希はうざい。他に友達ができないから、わたしについてまわる。綾子はわたしと仲山が付き合いはじめてから嫉妬して、よけいうざくなった」
そのまま床にすわっていると、ポシェットの中の携帯が鳴った。
確認してみると、花園くんからメッセージがはいっている。
「おれは谷町にいる。谷崎さんはどこにいる? 無事か?」
(……花園くんが戻ってきた)
メッセージを送ってきたのは彼ではない可能性もあった。
けれど、わたしは花園くん本人だと思った。
彼の魔法を目にして、渡されたボールでシロを燃やしていたたわたしは疑わなかった。
友人の綾子の部屋いること、綾子の部屋番号を書いて、返信をした。
「今から谷崎さんの友達の部屋にいく」
(花園くんならほんとうに綾子を生きかえらせられるかもしれない)
綾子が蘇ることを望んでいたのに、花園くんのメッセージを読んでも、喜びがない。
シロと遭遇して危険な目に遭ってここまできたのに。
綾子がわたしの悪口をいっていたかもしれないという理由だけではなかった。
(……生きかえっても綾子はどこへいけばいいんだろう)
綾子は仲山と名古屋に退避するつもりだった。
シロはいっていた。
仲山がシロにむかって綾子をつきとばした。
そして、その隙に仲山は逃げた。
綾子は自分を見捨てた仲山とこれから先、一緒にいたいとは思わないだろう。
(綾子に他に行き場はあるの?)
綾子には身寄りがないはずだ。
中学にあがった頃まではこの部屋で継母と暮らしていたといっていた。
それが、継母に恋人ができて、継母は恋人の部屋で同棲をはじめた。
綾子は一人暮らしをするようになった。
継母から生活費が振り込まれ、そのお金で暮らしているといっていた。
足りないお金を補うために、綾子は高校生になるとすぐにファーストフード店でアルバイトをはじめた。
(綾子もわたしと同じように退避する場所がないかもしれない)
わたしには家族がいる。
もし、綾子に退避する場所がなければ、この部屋でひとりでいることになる。
それはものすごく心細いだろう。
(……もう一度生きる意味があるんだろうか。綾子はこのまま眠っていたほうがいいかもしれない……)
町にはシロがやってきている。
それも一匹だけではない。
もう町は安全ではない。
(町がシロに占領されて、また死ぬことになるかもしれないなら、綾子は喜びはしないだろう……さらにいやな思いをするだけだ。生きかえらせたわたしを恨むかもしれない……)
綾子を生きかえらせるか、決められないままでいると、メッセージがあってから十分もしないうちに花園くんが部屋に入ってきた。
仲山が呆けたような笑みを浮かべる。
「……どういうこと? シロがいってたこと」
わたしは床にすわりこんだまま仲山にきいた。
「でたらめだ……」
仲山はふるえた声で答える。
目が泳いでいて、仲山への疑いがつよくなった。
「あんなバケモノのいうこと、信じるな」
「……ね、あなたがこの部屋にきたとき、綾子はどこにいた?」
わたしが部屋に入ったとき、ベランダの鉄柵に背中をもたせかけていた綾子の姿が思い浮かぶ。
綾子の首筋を這っていた虫。
ベランダの壁にいた三毛猫。
(もし、仲山が綾子がシロに殺された後に部屋にきていたら、ベランダに倒れている綾子を部屋に運びこんでいたはずだ。いくら死体が怖くても、恋人をベランダに放置はしない)
「おれのこと疑ってるのか?」
仲山は急に声を荒げて、怒ったようにいった。
涙がにじんでいる目でわたしをにらむ。
顔から汗が噴きでて、顎の先から流れて落ちる。
「あなた、綾子を見捨てて逃げたんじゃないの、シロがいってたとおり」
わたしは仲山の態度を見て、確信した。
(仲山は小学校の前でわたしと話をしたときから、内心では万が一、綾子が生きかえったら不都合だと思っていた。それで、わたしの連絡先をきいた。わたしの行動を気にしていた)
「……逃げたならどうして、おれは綾子の部屋まできたんだよ。外にはシロがいるかもしれないのに。それに、ほんとにひとりで逃げたなら、生きかえった綾子に合わせる顔、ないだろ」
「綾子が生きかえったら不都合だから、ここにいるんじゃないの。見捨てたことを綾子に責められるから。だから、わたしをこの部屋から出ていかせようとした。綾子を生きかえらせたくなかったから」
「シロがこの部屋にきたとき、おれが綾子を見捨てて、逃げてたら綾子が死んだかどうかはわかってないはずだろ。おれは小学校の前で谷崎に会ったとき、いっただろ、綾子が死んだって」
「……シロがいなくなった後、この部屋に綾子の様子を確認しに戻ったんじゃないの。そのとき、あなたは綾子が死んでいるのを見た」
「妄想はやめろ」
「あなた、ひどい!」
わたしはかっと頭に血がのぼって、大声で怒鳴った。
シロを倒したことで気が大きくなっていた。
わたしは綾子が死んだのは仲山のせいだというように責めた。
「うざい」
顔を真っ赤にしてわたしをにらんでいる仲山が、冷たい声でいった。
「おまえ、綾子がいってたとおりだな」
「え?」
「綾子がいってたぜ。おまえのことうざいって。へんなやつだって」
怒りがすっと引いていく。
仲山はわたしがショックを受けたことを察したのか、意地の悪い笑みを浮かべる。
仲山をいいやつだと思った自分を愚かに感じた。
「他に友達ができなくて、綾子についてまわるって。綾子がおれと付き合いはじめてから嫉妬して、よけいうざくなったって」
「……うそつかないで」
仲山の言葉がナイフのように心を切りつける。
他に友達ができなくて、綾子についてまわる。
恋人ができた綾子に嫉妬している。
それはわたしがずっと気にしていたことだった。
「もう、勝手にしろ。ここで奇跡待ってなよ。綾子が生きかえるより、おまえがシロに毒をかけられるほうが先になるぞ」
「あなたが焼け死ぬほうが先になるかもね……」
わたしは床に落ちている赤いボールを手にとり、仲山に投げるふりをした。
「やめろ!」
仲山がかん高い悲鳴をあげる。
両手を前に突き出して、慌てて立ちあがる。
わたしがボールを投げる構えのままでいると、床に落ちているナイフを拾って、逃げるように部屋から出ていった。
玄関のドアが大きな音を立てて、荒々しく閉まる。
仲山を追う気力がでない。
わたしは窓から夕方の陽が射している絨毯にすわりこんだままでいた。
「綾子がいってたぜ。おまえのことうざいって。他に友達ができなくて、綾子についてまわるって。綾子がおれと付き合いはじめてから嫉妬して、よけいうざくなったって」
仲山の言葉が頭の中で何度も繰りかえされる。
(……真に受けなくていい。仲山は嘘をついていた。綾子を見殺しにしたやつだ)
自分にいいきかせても仲山の言葉が頭から離れない。
やがて、仲山の言葉は目の前にいる死体となった綾子の声にかわり、ぞっとする。
「春希はうざい。他に友達ができないから、わたしについてまわる。綾子はわたしと仲山が付き合いはじめてから嫉妬して、よけいうざくなった」
そのまま床にすわっていると、ポシェットの中の携帯が鳴った。
確認してみると、花園くんからメッセージがはいっている。
「おれは谷町にいる。谷崎さんはどこにいる? 無事か?」
(……花園くんが戻ってきた)
メッセージを送ってきたのは彼ではない可能性もあった。
けれど、わたしは花園くん本人だと思った。
彼の魔法を目にして、渡されたボールでシロを燃やしていたたわたしは疑わなかった。
友人の綾子の部屋いること、綾子の部屋番号を書いて、返信をした。
「今から谷崎さんの友達の部屋にいく」
(花園くんならほんとうに綾子を生きかえらせられるかもしれない)
綾子が蘇ることを望んでいたのに、花園くんのメッセージを読んでも、喜びがない。
シロと遭遇して危険な目に遭ってここまできたのに。
綾子がわたしの悪口をいっていたかもしれないという理由だけではなかった。
(……生きかえっても綾子はどこへいけばいいんだろう)
綾子は仲山と名古屋に退避するつもりだった。
シロはいっていた。
仲山がシロにむかって綾子をつきとばした。
そして、その隙に仲山は逃げた。
綾子は自分を見捨てた仲山とこれから先、一緒にいたいとは思わないだろう。
(綾子に他に行き場はあるの?)
綾子には身寄りがないはずだ。
中学にあがった頃まではこの部屋で継母と暮らしていたといっていた。
それが、継母に恋人ができて、継母は恋人の部屋で同棲をはじめた。
綾子は一人暮らしをするようになった。
継母から生活費が振り込まれ、そのお金で暮らしているといっていた。
足りないお金を補うために、綾子は高校生になるとすぐにファーストフード店でアルバイトをはじめた。
(綾子もわたしと同じように退避する場所がないかもしれない)
わたしには家族がいる。
もし、綾子に退避する場所がなければ、この部屋でひとりでいることになる。
それはものすごく心細いだろう。
(……もう一度生きる意味があるんだろうか。綾子はこのまま眠っていたほうがいいかもしれない……)
町にはシロがやってきている。
それも一匹だけではない。
もう町は安全ではない。
(町がシロに占領されて、また死ぬことになるかもしれないなら、綾子は喜びはしないだろう……さらにいやな思いをするだけだ。生きかえらせたわたしを恨むかもしれない……)
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