【完結】異世界帰りの錬金術師が、わたしを救う。

シハ

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谷崎春希と魔法使い

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 わたしはそれまで死体だった綾子の身体の変わりように驚いて、床に正座したまま固まっていた。

(ほんとうに生きかえった……)

「……春希」

 上半身をゆっくりと起こした綾子が口をひらく。
 大きな目を丸くしてわたしを見る。
 混乱しているようだった。

「……ひさしぶり」

 わたしの声はかすれていた。
 ゾンビのように蘇った綾子に不気味さを感じていた。
 綾子にどんな説明をするのか決めていなかった。
 少しの沈黙の後、わたしは綾子にいった。

「わたしは仲山にきいて綾子の部屋まできたんだ。綾子がシロに毒をかけられたってきいたんだ」

「……部屋にシロが入ってきたんだ。わたしはシロに毒をかけられた」

 綾子は記憶をだどるように眉を寄せ、表情を曇らせる。

「でもね、あなたは生きかえった」

「わたし、死んでたの?」

 わたしがうなずくと、綾子は口をぽかんと開ける。
 綾子はシロに毒をかけられて一時的に気を失っていただけだったということもできた。
 けれど、わたしは綾子を生きかえらせた責任があると思って、事実を伝えた。

「シロに殺された人間を生きかえらせることができる人がいるんだ。その人が綾子を蘇生させてくれたの」

 綾子は目を見ひらいたままだ。
 花園くんにいわれたとおり、彼等が異世界からやってきたことは伏せておいた。
 異世界のこと、花園くんが魔法使いだったこと、風井さんが錬金術を使うことを教えても、綾子に信じてもらえないとも思った。

(シロの出現で、わたしの頭がおかしくなったと思われるだけだ)

「わたしのお兄ちゃんと同じ自警団の人がね、その人と知り合いなんだ。わたし、仲山から綾子のことをきいた後、その人に連絡をとったんだ。それでね、その人と会って、一緒に綾子の部屋まできたの。その人、さっきまで、この部屋にいたんだ」

「……何者なの?」

「……わたしもよくわからない。その人、あまりしゃべらなかったから。医者みたいだった。心臓マッサージみたいな方法であなたを生きかえらせた」

 とっさに嘘をついて、胸がちくりと痛んだ。

「じゃあ、春希がわたしを生きかえらせてくれんだ」

「わたしっていうか、その医者みたいな人」

「……ありがとう。ここまできてくれて。外、シロがいたかもしれないのに」

 綾子は自分の身に起こったことを理解しきれていようだったけれど、ほほえむ。
 その綾子の笑った顔をみると胸がすっとした。

「シロが部屋にきたとき、めっちゃ、こわかった」

 綾子は表情を曇らせる。

「シロがさ、この部屋入ってきたとき誠也もここにいたんだ。あいつ、ひどいんだよ」

 声に怒りがこもる。

「なにがあったの?」

「……わたしはあいつの家族と名古屋にいくつもりだったんだ、栄ってところにあいつの親戚がいてね。誠也はわたしを迎えにきてたんだ」

 綾子はくやしそうに唇を噛む。

「あいつが来てから少しして、シロがいきなり部屋に入ってきたんだ。ドアの鍵、閉めてたんだけど、シロはドアノブを壊して入ってきた。シロ、すごい力あるんだよ。わたしと誠也が驚いている間に、シロはわたしたちに毒をかけようとした。そのときさ、誠也がいきなり後ろからわたしをシロにむかって突きとばしたんだ」

 綾子は眉間にしわができるくらい眉を寄せる。

「わたしがシロとぶつかってる隙にあいつはひとりで部屋から出ていったんだ。ショックだった。誠也はおれが綾子を守るっていって迎えにきたんだよ……」

 やはり仲山がわたしにいっていたことは嘘のようだった。
 シロが部屋に入ってきたとき、仲山は綾子とこの部屋にいたのだ。
 わたしは人間の仲山よりモンスターのシロがほんとうのことを言っていたことにいやな気分になった。

「あいつがいなくなった後、わたしはシロに同情されたよ。仲間に見捨てられてかわいそうだって。シロってほんとに日本語しゃべるんだよ。それでね、わたしはベランダから外に出ようとしたんだけど、そこでシロに毒、かけられたんだ」

 綾子は腕を組む。

「誠也があんなクズだと思わなかった。あんな死に方、最悪だった」

 怒りをこめていう。

「ひどいね……」

「でも、誠也もシロにびびってしょうがなかったのかな……」

 悲しそうな表情になった綾子は、仲山がした行為が本性からでたものだと認めたくないようだった。

「綾子、他に退避するあて、あるの?」

 わたしは沈んだ綾子の顔を見るのがいやで話題を変えるようにいった。

「春希はあるの?」

 綾子は首をふり、わたしにきく。

「わたしもない」

「……やばいよね。シロ、この町まできてるんだよ」

 綾子は力なくいった。

「これ、使って」

 わたしは床にいくつも転がっているボールから赤いものを手にとり、綾子に差しだした。

「なに、これ?」

 綾子は珍しそうにボールを手にとって、指でつっつく。

「気になってたんだけど、玩具?」

「武器。このボールでシロを倒せるんだ。ボールをシロにあてればやっつけられるんだ。シロを燃やせる」

 綾子が目を丸くする。

「……どうして、あなたが持ってるの、そんな武器」

「綾子を生きかえらせた人からもらったの。わたしとその人ね、綾子の部屋に来る途中、シロにでくわしたんだ。そのとき、その人、そのボールでシロを燃やして、倒したんだ。わたしも、一匹シロを倒した」

 綾子は目をひらいたまま爆弾に触ってしまったようにボールを手から離す。

「綾子、もしまたシロに遭遇したらそのボールをシロにあてて」

 わたしは話をつづけた。

「綾子を生きかえらせた人がいってたけどね、シロの寿命は一年なんだって」

「マジか」

「あと一年経てば、シロはいなくなるかもしれない。それまで、綾子、一緒に生きのびよう」

「できるかな……」

 綾子はわたしの話が信じられないようにつぶやいた。

「このボールをくれた人には仲間がいるんだ。その仲間の人がボールを作ったんだって。その人たちはシロと戦ってるんだよ。わたしはその人たちがいれば、シロに抵抗できる気がするんだ」

 わたしは綾子を元気づけようとしていったわけではなかった。
 本心でもあった。
 シロがこわくてしかたがない。
 けれど、花園くんは魔法でシロを倒した。
 風井さんは綾子を生きかえらせた物体を錬金術でつくってみせた。
 それを目すると、生きのびられる可能性を感じて、生きのびたいと思うようになっていた。
 綾子とひさしぶりに話しているとその気持ちが強くなって、力がわくのを感じていた。

「それでさ、一年後、何年後になるかわからないけど、シロがいなくなったらまた映画観にいこう、サンリオピューロランドにいこう、綾子と宮古島の海にもいきたい」

「……いけるといいね」

 綾子がわたしに合わせるようにうすくほほえむ。
 それから、わたしは綾子にいいたかったことをいった。

「……あと、綾子、ごめん。今まで連絡、かえさないで。一度、約束断ったくらいで怒って」

 綾子の顔から笑みが消える。

「わたし、怖かったんだ。綾子が仲山と付き合いだしてから、あなたと距離が離れていくみたいで。ひとりになるのが怖かった。わたしには彼氏なんてできそうになかったし。綾子のほかに友達もいないから。自分が嫌になってたんだ。綾子とちがって、他に友達がいなくて、彼氏もできないことが。それで、あのとき、仲山に綾子をとられて、あなたにないがしろにされたって感じて、かっとなったんだ」

 話しているうちに恥ずかしさで頬が熱くなる。

「……それ、今、いう?」

 綾子はきょとんとした顔をしている。

「わたし、気にしてたんだ」

「……あれはひどかった。むかついた。電話でいきなりブチきれて」

 綾子は当時のことを思いだしたようにわたしを見すえる。

「ごめん……」

「悪いのはわたし、ごめんなさない」

 綾子は突然、声をあげて笑う。
 わたしは綾子がわたしをからかっていたとわかり、つられてほほえんだ。
 一瞬にして綾子と仲がよかった頃に戻ったようだった。

「はじめて彼氏ができて舞いあがってた。バカだった、あなたより誠也を優先させて」

 綾子がわたしの脚にやさしく手をおく。

「うわーっ!」

 そのとき、突然、悲鳴がしてわたしたちは会話をとめた。
 悲鳴は大人の男の人のものでテラス側の外からきこえた。

「シロ?」

 悲鳴が消えてから綾子が、ぽつりといった。
 わたしはたちまち、シロと対峙したときの恐怖がよみがえって、背筋に寒気がはしった。
 立ちあがって窓の外を見ると、夕方の陽が射している道路に人の姿はない。
 けれど、部屋の外から足音が聞こえてきた。

「シロ?」

 綾子が目に恐怖を浮かべる。
 マンションの階段をのぼる足音が、建物内に響いていた。
 ひとりだけの足音ではない。
 ふたりの足音だった。

「……どうだろう」

 わたしはふるえた声で答えた。
 鼓動で胸が痛んで、吐き気がする。

 階段をのぼるふたつの足音がコンクリートの廊下を歩く足音になる。
 わたしたちがいる二階の廊下を歩いている。
 足音が近づいてくる。

「春希、隠れよう」

 綾子が部屋を見まわし、わたしの腕を強くつかむ。

「押入れ。二人なら入れる」

 わたしは床の赤いボールを両手にいっぱいにとって、綾子には水色のボールを渡した。

「綾子、わたしがシロを倒す」

 綾子が驚いた目でわたしを見る。

「なにいってるの、隠れよう」

 綾子はわたしの腕をつかんだまま離さない。

「大丈夫、見てて。わたしがシロを倒すところ」

 わたしは綾子の腕をはらって、ボールを手にしたままリビングから玄関の三和土に移動した。
 ふりかえると綾子は戸惑ったように、リビングに立っている。

 ドアの外の足音が迫ってくる。
 脚のふるえがおおきくなって、内臓が口から飛びだしそうだった。

(……シロには殺されない。お母さんに約束したとおりに家に帰る)

 唾をのみこみ、ボールを握った。

(綾子は殺させない。生きかえったばっかりなんだから。わたしたちにはまだやりたいことがある)

 足音がとまる。
 ドアの前だ。
 外側のドアノブをつかむ音がする。
 ノブが動いて、外側からドアがひらく。

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