【完結】異世界帰りの錬金術師が、わたしを救う。

シハ

文字の大きさ
24 / 40
南条隆文と武道家

しおりを挟む
 あいつの視界に入らないようにすぐに路地に引っ込んだ。
 正午だったけれど、空は黒い雲に覆われていて、小雨が薄暗い道を濡らしている。

「だめだ」

 わたしの横に立つ瀧さんが、ところどころ傷がついた長い木刀をおろして、首をふりながらささやく。

「他の自警団の連中を呼ぼう。近くにいるかもしれない。おれたちだけだとやられる」

「あいつは女の姿をしていました。男のシロより力が弱いかもしれない」

 わたしは身体のふるえを抑えるように片方のこぶしを握りながら、願望をこめていった。

「モンスターだ。男も女もないよ」

 厚い胸板をして、半袖のシャツから太い腕が伸びている瀧さんが、口をぱくぱくと動かす。
 見ひらいた目に恐怖が浮かんでいる。

「逃げよう」

 彼は宅配便のドライバーをしていたといっていた。
 わたしと同じ三十二歳で、高校時代には柔道部に所属していたといっていた。

「ほんとにシロがいるなんてな……」

 これまで町にシロが現れたという自警団からの知らせが何度かあった。
 けれど、デマだったのか見廻りのとき、シロを見たという人はいなかった。

(この人は、あてにできない……)

 怯える瀧さんと見ながら、わたしはひとりでシロと戦う覚悟をした。


 自警団の集合がかかって、自宅のマンションの部屋から集合場所である市内の公園にむかう途中、同じ町内に住む瀧さんと会った。
 ふたりで並んで歩いて、狭い路地からおおきな通りに出たとき、シロとでくわした。
 わたしたちの右手、十メートルほど離れたシャッターが閉まった弁当屋の前にいた。
 塾講師の仕事が休みの日、わたしがよく鮭、鯖弁当を買うチェーン店だった。

 シロは四十代くらいの小柄の女性の姿をしていた。
 店の前に置いてある電動のキックボードの側に立って、ハンドルを握っていた。
 瀧さんがシロの存在にすぐに気がついた。
 わたしたちは息をとめるように足音を立てず、路地に引きかえして、身を隠していた。


「放っておいたら、あいつは他の場所にいって、人間を殺します」

 わたしは手にもっている包丁のケースをとって、ケースをズボンのポケットに押しこんだ。
 それはスーパーで買ったありふれた包丁だった。
 家を出る前に気休めだと思いながら、数年ぶりに刃を研いではいた。

 路地の先の道路を車が速い速度で走りぬけていく。
 どこかに退避をするのだろう。

「落ち着きなよ、南条さん」

 瀧さんは泳いだ目で車を追いながらいった。
 自警団の格闘訓練では誰よりも弱いわたしが、シロと戦う気でいるのを驚いているようだった。

「無駄死になる」

「おれがシロを引きつけます。その間に逃げてください」

 わたしは瀧さんを助けようとしたわけではなかった。
 怯えている彼を見ていると、自分もこの場から逃げだしたい気持ちに負けそうになるのがいやだった。
 わたしがシロと戦おうとしているは、町の住人がシロに殺されるのを心配したわけでもなかった。

「……すまない。おれは家に妻と子供がいるんだ」

 瀧さんの顔に恥が浮かぶ。

「はやくいってください」

 わたしがいうと、瀧さんはすぐに背中をむけて、足音をたてないように歩きだす。
 十メートルほど離れると、木刀を持った腕をふって、小雨で濡れた地面を走りだす。
 角をまがって、あっという間に姿を消す。

(しょうがない)

 わたしは逃げていった瀧さんに怒りはわかなかった。
 昨日、シロに遭遇していたら、わたしも敵前逃亡していたと思う。
 自警団の集合がかかっても、呼びかけに応じなかったかもしれない。
 今、わたしが怒りを感じているのはシロだった。

 わたしは瀧さんの姿が消えてから、路地から広い通りにでた。
 シロはキックボードに興味を失くしたのか、わたしに背中をむけて、去っていこうとしていた。

(美晴さんの仇……)

 わたしは手首にしているヘアゴムを見ながら包丁を握る手に力をこめて、大股でシロに近づいた。
 シロがわたしに気がついて、身体をむける。

 ショートヘアを茶色に染めたシロは、ハイネックの黒いTシャツに、丈の長いスカート、底が厚いサンダルを履いている。
 センスがよさそうな中年の女性の服を着ているけれど、服からでている顔、腕はぞっとするほど不自然に白い。
 白い部分がない濃い青い目でわたしを見すえる。

(……これがシロ)

 はじめて間近で見るモンスターにたちまち足がすくんだ。

(美晴さんの仇)

 自分にいいきかせて気持ちを奮いたたせた。
 腕を伸ばして、包丁の先端をシロにむける。
 そのまま走ってシロの小柄の身体に包丁を突き刺そうと、足を踏みだした。

(……何だ)

 そのとき、視界の先に動く人影が飛びこんできた。
 シロの後方、五十メートルくらいむこうの歩道からこちらにどんどん近づいてくる。
 たちまち小雨でぼやけていた人影があらわになる。
 長い髪をした女性だった。

(速い)

 わたしは踏みだした足を止めたまま、前方からやってくる女性に目を奪われた。
 その女性は長い髪をなびかせて陸上選手のようなきれいなフォームで走って、横断歩道を突っ切る。

 ガードレールを軽々と飛びこえて、わたしとシロがいる歩道までやってくる。
 白い無地のTシャツに膝下まであるハーフパンツといった格好をしていて、身体の前にショルダーバッグをたすき掛けにさげている。

 中年女性の姿のシロが、わたしから速い足音を立てて迫ってくる女性に視線をうつす。
 女性はあっという間にシロまで数メートルの距離まで近づいていた。
 そして、走った勢いのままスニーカーを履いた足で地面を蹴り、前方にジャンプする。

(飛んだ……)

 ものすごい跳躍力にわたしの口はあんぐりとひらいて、固まった。
 女性の身体が重力が消えたように宙に浮かんで、長い距離の弧を描いて、シロにむかっていく。
 女性は空中で片方の脚を折りまげて、膝頭をつきだす。
 そして、前方に飛びあがった勢いのまま鋭角の膝をシロの顔面に叩きこむ。

 顔に女性の膝蹴りを受けたシロは、自動車に衝突したような衝撃で後方にふっとんだ。
 地面を転がって、わたしの側までやってきた。
 あおむけに倒れて、ひらいた目を空にむけて、ぴくりとも動かない。
 女性の膝蹴りの衝撃でまっ白な額にくぼみができて、ひびわれている。

 女性は軽やかに地面に着地して、早足でシロの側までやってくる。
 そして、足をあげて、とどめを刺すようにスニーカーの踵でシロの顔面を踏みつける。
 シロはもう起きあがる様子もなかったけれど、何度も何度も踏みつける。
 女性の踵がおろされる度、シロの身体が衝撃で跳ねあがる。
 シロは気を失っているか、死んでいるようだった。

(なんなんだ、この人は……)

 わたしは包丁をおろしたまま呆気にとられていた。
 自警団の瀧さんとわたしの男二人が怖れていたシロを若い女性が数十秒で倒してみせた。

「あの……」

 わたしはシロを蹴りつづけている女性におそるおそる声をかけた。

「あの!」

 女性はぴたりとシロを踏みつけるのをとめて、顔と身体をわたしのほうにむける。

「また、やりすぎてしまった……」

 女性は目と鼻が変形するほど踏みつけたシロの顔をちらりと見て、雨に濡れたなめらかな頬を赤くする。
 なぜか恥かしそうにする。

 はっとするほど整った顔立ちをした少女だった。
 大人だと思っていたけれど、間近で見るとあどけなさがある。
 目鼻立ちが整っているから大人にも見えるけれど、二十歳を越えてはいなそうだった。

(この子がシロを倒したのか……)

 数十秒前のことが現実だと思えない。
 シロに容赦のない攻撃をつづけた少女に肌が粟立つような恐ろしさも感じる。

 わたしが言葉を失っていると、少女が切れ長の目をひらいて、形のいい眉をあげる。
 なにかに驚いたようだった。

「南条さんですか?」

 わたしは突然、見ず知らずの少女に名前を呼ばれてどきりとした。
 人間離れした強さをもつ少女に見覚えはない。

「あの、塾の講師をされていませんか? 南条さんですよね」

 少女は確信をこめていう。
 さっきまでの凶暴さを感じさせない穏やかな口調だった。

「はい。そうですが……」

 わたしは少女への恐怖から思わず敬語で返事をした。

「わたし、南条さんの塾に通ってました。中学二年の頃、四年前」

 少女が並びのいい歯を見せてほほえむ。

「小坂です」

「……小坂さんか」

 名前を耳にするとたちまち記憶が蘇って、衝撃がさらにつよくなった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について

沢田美
恋愛
名門・雄幸高校で目立たず生きる一年生、神谷悠真。 クラスでは影が薄く、青春とは無縁の平凡な日々を送っていた。だがある放課後、街で不良に絡まれていた女子生徒を助けたことで、その日常は一変する。救った相手は、学年一の美少女三姉妹として知られる西園寺家の次女・優里だった。さらに家に帰れば、三姉妹の長女・龍華がなぜか当然のように悠真の部屋に入り浸っている。名門令嬢三姉妹に振り回されながら、静かだったはずの悠真の青春は少しずつ騒がしく揺れ始める。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

暗算参謀は王国を追放される――戦わずして勝ち続けた男の失脚譚――

まさき
ファンタジー
現代日本から異世界へ転生した主人公。 彼に与えられた唯一の能力は、瞬時にあらゆる数値を弾き出す「暗算」だった。 剣も魔法も使えない。 だが確率と戦略を読み解くことで、王国の戦を幾度も勝利へ導いていく。 やがて王国の戦略顧問として絶大な信頼を得るが、 完璧すぎる功績は貴族の嫉妬を招き、巧妙な罠により不正の罪を着せられてしまう。 証明できぬ潔白。 国の安定を優先した王の裁定。 そして彼は、王国を追放される。 それでも彼は怒らない。 数字は嘘をつかないと知っているからだ。 戦わずして勝ち続けた参謀が、国を去るその日までを描く、 知略と静かな誇りの異世界戦略譚。

処理中です...