【完結】異世界帰りの錬金術師が、わたしを救う。

シハ

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南条隆文と武道家

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「小坂さん、かわったね、気づかなかった……」

 数年前、教室にいた小坂さんの面影と目の前の少女の顔がかろうじて重なった。
 彼女はわたしが勤めている学習塾に通っていた。

(小坂さんがシロを秒殺した……)

 さっきの光景がますます非現実的に思える。

「すごいね、シロをやっつけるなんて。小坂さんは格闘技かなにかやっていたのかい」

「はい、すこし」

 小坂さんは言葉を濁してそれ以上、説明をしようとしない。

(どうなってるんだ……)

 ジャンプして宙を飛んだ小坂さんの動きは格闘技の達人でもできなそうなものだった。
 わたしが頭の中に疑問を浮かべていると、ふいに咳きこむ声がした。

 音のほうを見ると、足元に倒れているシロが咳きこんでいる。
 その拍子にうすくひらいたシロの口の端から小さなものが飛びだして、身体にあたって、地面に落ちる。
 わたしはシロが生きているのではないかとびくりとしたけれど、咳がやんだシロに動く気配はなかった。

「シロは死んでいます」

 わたしが警戒して、シロから離れると、小坂さんがわたしを落ち着かせるようにいった。
 シロの生態を知っているような口ぶりだった。

「なんなんだ、これは」

 わたしはしゃがみこんで、シロの口から地面に落ちたものを確認した。
 それは小さな虫の死骸のようだった。
 蜂のような形をしていて、黒い羽以外の部分、胴体、足がすべて白い。

(白い蜂なんて、みたことがない)

「その虫がシロの正体です。そいつが人間に寄生してシロになるんです」

 わたしが疑問に思っていると、頭上の小坂さんがいった。
 シロが日本に現れてから三ヶ月の間に、人間がどうしてシロになるのか様々な説が流れていた。
 突然変異したウィルスが人間の体内に入り込んだ。シロはどこかの国の生物兵器。宇宙からきた微生物が人間に寄生した。
 どれも立証はされていなかった。

 小坂さんの説がただしくて、奇妙な蜂がほんとうにシロの正体かはわからない。

(……こいつが美晴さんを殺した)

 けれど、そう思うと、かっと頭に血がのぼった。
 わたしは立ちあがって、蜂のような奇妙な生物を踏みつけて、靴底ですり潰した。
 足を離すと、その生物は胴体、羽、足がばらばらになっていた。

(くそ)

 小さな生物の死骸を踏みつぶしてもすこしも気は晴れなかった。

「……南条さんもかわりましたね」

 側にいる小坂さんがわたしに意外そうな目をむける。
 わたしは塾の教室で生徒に声を荒げることはほとんどない。
 そのわたしが険しい表情で奇妙な生物の死骸を踏みつぶしたことに驚いているようだった。

「シロが町まで来てるんですからね、普通ではいられないですよね」

 小坂さんはわたしの気持ちを弁明するようにいった。

「……その、友達がね、シロに殺されたんだ」

 わたしは小坂さんに、美晴さんとの関係をなんと説明しようか迷いながら友達だといった。


 今朝、帰りに和菓子屋で甘納豆を買ってくるといって、美晴さんは散歩をしに部屋からでていった。
 わたしは睡眠不足で眠気が残っていたから、散歩には付きあわなかった。

 美晴さんが立ち寄るといっていた和菓子屋は、わたしの部屋から歩いて数分の場所にあって、食べ物が手に入らない時勢でも、町の人たちが退避をして少なくなっているためか、いくつかの商品がまだ並んでいた。

 紙幣の価値はほとんどなくなっていたけれど、初老の女店主は菓子を売っていた。
 一ヶ月前にわたしの部屋に住むようになってから美晴さんはその店の和菓子を気にいっていた。
 美晴さんは一時間経っても帰ってこなくて、電話にもでなかった。

(おかしい……)

 わたしが美晴さんを探しに部屋から出ようとしたとき、インターフォンが鳴って、同じ階に住む老人男性が訪ねてきた。
 顔を合わせれば挨拶をするだけのその住人が、わたしの部屋に来るのははじめてだった。
 慌てた男性の顔を見たとき、いやな予感がつよくなった。

 老人男性はマンションの近くの道で美晴さんが倒れているといった。
 美晴さんはわたしの部屋に住むようになってからすぐに老人と顔見知りになっていた。

 わたしは部屋を飛びだして、老人と一緒にその場所にむかった。
 すると、住宅街の道に美晴さんが身体を横たえて倒れていた。
 側には甘納豆の袋があった。

 眠っているように目を閉じた美晴さんは意識を失っていて、呼吸をしていなかった。
 脈もとまったいた。

 美晴さんが健康に問題があるとは聞いていなかったけれど、散歩の途中で心臓発作を起こしたのかと思った。
 救急車を呼ぼうとしたけれど、電話はつながらない。
 混乱しながら美晴さんを抱えて、老人と供にマンションへ帰った。

 美晴さんをベッドに寝かせてからすこしすると、スマホに自警団からの連絡があった。
 市内にシロが現れたという知らせで集合がかかった。

(美晴さんはシロに殺された……)

 スマホの画面を閉じながら、美晴さんは健康の問題、発作が原因で死んだわけではないと思った。
 シロは人間に毒をかけて殺すといわれていた。
 シロに殺された人間に外傷はないということだった。

 美晴さんの死因を考え直すと、悲しみが小さくなっていって、涙がとまった。
 たちまち怒りがわきあがって、身体が熱くなった。
 三ヵ月前、日本に出現してからずっと恐怖を感じいてたシロにはじめて怒り、憎しみを感じた。

(あのとき、おれも美晴さんと一緒に外にでていたら、ふたりだったら、美晴さんだけでもシロから逃げられたかもしれない)

 そう思って、自分にも怒りを感じた。

(シロと戦う)

 自警団の集合を受けてから一時間後、わたしは自分でも不思議なくらい迷わずに決めていた。
 自分の命はどうなってもいいから、全身に溜っている怒り、憎しみをシロにぶつけたかった。

 美晴さんの飼い猫のアメリカンショートヘアのココに、皿に山盛りの餌をやって、部屋から出ていけるように窓をあけた。
 それから、すでに顔が青白くなっているベッドの美晴さんの髪からヘアゴムを外して、自分の手首につけた。
 命を落とすことになったとき、美晴さんのことを近くに感じていたかった。
 スマホと武器となる包丁だけをもって、鍵を閉めないで部屋をでた。
 わたしは自警団の集合場所である公園へむかった。


「友達がね、今朝、シロに殺されたんだ」

「そうだったんですね……」

 小坂さんが気の毒そうにわたしを見る。
 わたしはしゃべりながら、すぐに小坂さんにいったことを後悔した。
 この間まで高校生だった子が、通っていた塾の講師から友人が死んだと聞かされても困るだけだろう。
 どうすることもできない。

「お友達が亡くなったのは今朝なんですよね? まだ、時間はあまり経っていないですよね?」

「ああ」

「お友達は今、どこに?」

「わたしの部屋にいる」

 どうして小坂さんが警察のように亡くなった美晴さん亡くなった時間、場所を気にするのだろうと思いながら答えた。

「南条さんのお友達はまだ亡くなっていません」

 小坂さんが唐突にいった。

「お友達は助かります。生きかえることができます」

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