【完結】異世界帰りの錬金術師が、わたしを救う。

シハ

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南条隆文と武道家

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 美晴さんからの電話を切ってから、まばたきをしながら涙が流れないようにして、前の道にいる藤原さんと遠野さんに近づいた。

(美晴さんに会いたい、顔をみたい)

 そう思っていたけれど、シロと遭遇する危険をおかして、他人である男の子の母親の安否を確認しようとしているふたりを置いていけなかった。

「すいません」

 わたしは声がふるえないように注意をしながらいった。

「南条さん、なにかあったんすか?」

 遠野さんが顔をつきだして、わたしの顔をのぞきこむように見る。

「なんか、動揺してるみたいだから」

 彼はわたしの変化に気がついてるようだった。

「緊張してます。どこからシロが現れるかわかりませんから」

 亡くなったと思っていた美晴さんが、生きかえって電話をかけてきたというわけにはいかない。

(危ない人間だと思われる)

 それに、両親をシロに殺された藤原さんの気持ちを動揺させてしまう。

「南条さんのワンパンみせてやれば、シロのほうがびびりますよ」

 わたしに言葉を信じたかわからない遠野さんが、笑みをせる。

「もうすぐ、家に着きます」

 藤原さんが緊張した声でいった。
 ありがたいことに、ふたりは詮索をしてこなかった。
 わたしたちは藤原さんを先頭にして歩きだした。


「ここです。この家に待避所にやってきたコの母親がいます」

 数分もしないうちにスマホの地図で目的の家を確認した藤原さんがいって、わたしたちはその家の前で足をとめた。
 シロが入っていったという家は、住宅街の歩道に面して建っている細長い二階建ての一軒家だった。
 周囲の家に比べて外壁が新しい。
 家の前の小さな屋根の下に、子供用のマウンテインバイクと大人の自転車が停まっている。
 二階の出窓に顔を表にむけているクマのぬいぐるみが飾ってある。
 外観にはシロが侵入した跡はない。

(この家にシロがいるかもしれない)

 数時間前では死んでもいいとやけくそな気持ちで美晴さんの仇であるシロと戦おうとしていた。
 けれど、今は小坂さんによってシロの毒から回復した美晴さんが、部屋でわたしを待っている。

(もし、この家の中にシロがいて毒をかけられたら、美晴さんに会えなくなる)

 わたしは公園でシロを倒した高揚感は引いていて、シロへの恐怖を感じるようになっていた。
 シロを殴った手の腕は使えそうもなかった。
 腕をすこしあげるだけで、痛みが走る。

(家の中にシロが二匹いたら、片方の腕だけで戦えるのか……)

 不安が強くなり、鼓動がはやくなる。

「入ろう」

(シロがいたら、すぐに殴る。迷いは命取りになる)

 わたしは不安を抑えるように頭の中でシロと対峙したときのイメージをしながら、家のドアにむかって歩きだした。

(生きて美晴さんがいる部屋に帰る)

 藤原さんと遠野さんがわたしの後ろにつく。
 玄関のドアに手をかけると、鍵はかかっていなかった。
 わたしはドアをゆっくり引いて開けた。

 わたしたちは三人で狭い靴脱ぎ場に入った。
 女性用のサイズが小さいスニーカーとサンダル、汚れたサッカーボールが転がっている。
 家の中は窓にあたる雨の音が聞こえるくらい静かだった。
 わたしが土足のままそっと廊下にあがると、藤原さんが音をたてないようにドアを閉める。

(住人はシロに殺されているかもしれない)

 死体を見る心構えをして、廊下の左にあるリビングに入った。
 リビングには誰もいなかった。
 テーブル、ソファ、テレビが動いた様子がない。
 他の家具も荒らされていない。

「シロはいないみたいすね」

 遠野さんが声を落としていって、わたしは肩の力を抜いて、握っていたこぶしを開いた。

「家の人がどうなってるか確かめないと」

 緊張した表情のまま藤原さんがいった。

「他の部屋をみてみましょう」

 住人がシロから逃げているようにと願いながら、リビングを出て廊下の突きあたりまで移動した。

「自警団です。誰かいませんか?」

 わたしが呼びかけると、側にある木のドアがゆっくりと開いた。

「……なんですか、あなたちは」

 洗面所に人がいた。
 藤原さんと遠野さんの拳銃を目にして、強盗に銃を突きつけられたようにふるえながら両手をあげる。
 縁なしの眼鏡をかけた四十歳前後の女性だった。
 部屋着姿で、裾の長いTシャツにゆったりとしたスウェットパンツを穿いている。

「ごめんなさい。驚かせてしまって。わたしたちは自警団です」

 わたしと遠野さんの間から顔をのぞかせた藤原さんが、銃をパンツのズボンにしまい、女性を落ち着かせるようにゆっくりといった。

「サノユウマくんのお母さんですか?」

「はい」

 女性は警戒した目のままふるえている手をおろす。

「今、ユウマくんは谷本高校の体育館にいます。その体育館は待避所になっています」

「待避所? どうして?」

 女性が眼鏡の奥の細い目をひらく。

「今朝、ユウマくんは外からこの家にシロが入っていくのをみたんです。それで、待避所まで助けを求めにきたんです」

「……そうですか」

 女性はほっとしたように手を胸元にあてる。

「あの子、帰ってこないから心配してたんです」

「ユウマくんもお母さんを心配してます。わたしたち、お母さんの安否を確認しにきたんです」

「お母さん、シロはどうしたんすか?」

 拳銃を手にしたまま遠野さんが女性にきく。
 わたしもシロが家に入ってきたときいて、反応をしない女性を奇妙に感じていた。

「……この家にシロが入ってきたんですか」

 女性は他人事のようにいった。

「きてないんすか?」

「わたし、さっきまで二階で寝ていたんです。夜、眠れないことが多くて。もしかしたら、その間にシロが入ってきたのかもしれません」

 女性は寒気を感じたように腕をさする。

「それか、お子さんの見間違いだったのかも」

 遠野さんが拍子抜けしたようにいう。

(この家にシロはいない。住人も無事だった)

 肩から一気に力が抜けながら、子供といってもモンスターのシロを他のなにかと見間違えるのかと疑問にも思った。

「とにかくご無事でよかった」

 藤原さんがまだ動揺が収まっていない様子の女性にほほえみかける。

「待避所にいきましょう。お子さんが待っています」

「今からですか?」

「市内までシロがやってきています。待避所にはわたしたちの他にも自警団がいます。この家にいるより安全です。待避所の学校には地下室があって、隠れる場所もあります」

「……荷物をまとめてから、待避所にいきます」

 女性は少し考えこんでからいった。

「一緒にいきましょう。外にはシロがいます」

「自警団の方たちは他にもやらなきゃいけないこともあるでしょう」

 女性は遠慮するようにいう。

「ここには任務できています。荷造りがおわるまで待っています」

「何が必要か考えないといけないし、時間がかかるかもしれません」

 女性は腕を組み、洗面所から動こうとしない。

「待避所には生活に最低必要なものはあります」

 藤原さんは有無をいわせない口調でいう。
 女性は突然の出来事に戸惑っているようだった。
 わたしはふたりのやりとりをききながら落ち着かない気持ちでいた。

(この人を待避所まで連れていったら、すぐに部屋に帰ろう)

 自警団の務めがとりあえず終わった今、すぐにでも美晴さんがいる部屋に帰りたかった。

「必要な荷物を用意するまでわたしたちは、待ってますよ」

 わたしは女性にいった。

「ね、上で音、しなかった?」

 美晴さんのことを思っていると、不意に遠野さんが廊下の天井を指さした。

「いや、きこえませんけど」

 二階で大きな物音はしていなかったはずだ。

「わたしもきこえませんでした」

 藤原さんが天井を見あげる。
 息をひそめて耳をすましても、外の雨の音がしているだけだった。

「いや、たしかにきこえたよ」

 遠野さんが声を落とす。

(藤原さんがしゃべっている間に小さな物音を聞き分けたのか)

 わたしは遠野さんの意外な鋭さに感心した。

「シロかもね。二階から入りこんだのかも」

 銃を構えた遠野さんが小さい声でいって、銃口を階段のほうにむける。
 藤原さんは半信半疑の様子でパンツのポケットからまた銃をとりだす。

 ふたりにつられるようにわたしも、痛みがないほうの手を握った。
 住人の女性は顔をこわばらせている。

「二階の窓は閉めています。侵入したのなら、窓が割れたりして、大きな音がします」

 住人の女性がおずおずといった。

「あの、わたし待避所にいきます。荷物をまとめてきます。ここで待っていてください」

 突然、そういって、廊下に出ようとする。

「シロがいるかもしれません」

 藤原さんがささやいて、女性を手で制する。

「確かめにいこう」

 遠野さんが音を立てないように、すこしずつ階段のほうに進んでいく。

(遠野さんの空耳だったらいい)

 わたしがそう思いながら移動しようとしたとき、二階ではっきりとした物音がした。
 足音だ。
 わたしたちは動きをとめた。
 床を歩く足音はすぐに階段をおりる音にかわる。

「くるぞ」

 遠野さんと藤原さんが銃口を階段をおりた先にむける。

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