婚約者の勇者に殺された貴族令嬢。ザコ魔導士に愛されながら復讐をする。

シハ

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……リアナ様、好きです。愛しています。

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 槍と盾をもった衛兵にとめられず城門をでた。
 だが、動悸はおさまりそうにない。

(……ナターシャを誘惑したノエルの魔法はみごとだった)

「魔法で誘惑をします。誘惑された人間は意のままに操られます。愛のために盲目となります。殺人もいとわないほどに」

(ノエルの言葉はほんとうだった)

「ジェラミーとナターシャの婚約をやめさせましょう、わたしの誘惑魔法で」

 父親がジェラミーに全財産を失うほどの賠償金を請求され、リアナが不安を感じていたとき、ノエルが申しでた。

(ノエルが物語にでてくる魔導士のように魔法をつかえるのだろうか……)

 リアナはノエルの言葉を信じきれなかった。
 だが、頼れるものはノエルしかいなかった。

 そして、ジェラミーとナターシャの婚約を破棄させる計画をたてたのだった。
 ジェラミーを宰相の娘と結婚させず、政治的な力をもたせず、裁判をさせるために。

 ノエルがナターシャに魔法をかけ誘惑をする。
 そして、ナターシャを田舎貴族に変身したノエルに惚れさせる。
 それから、ナターシャがジェラミーとの婚約を破棄するように仕向ける。

 ノエルは誘惑魔法を屋敷の馬、屋敷の敷地にいる鳥、リスを相手にくる日もくる日も試していた。ときには屋敷のメイドにつかうこともあった。
 そして、誘惑魔法をつかいこなせるようになった。

 ノエルが不格好な中年の男に変身したこともよかった。
 ノエルがただの若い貴族の男だったらジェラミーは自制心を保っていたかもしれない。
 ナターシャの心変わりを待ち、婚約破棄をうけいれなかったかもしれない。
 勇者ジェラミーが道化のような中年男に婚約者を奪われた。
 だから、ジェラミーは取り乱した。
 ナターシャを罵倒し、父親の宰相を怒らせた。

(ジェラミーがノエルに決闘を申し込んだのは計画外だったけど……)

「ノエル、すごかった」

 リアナは人がいないことを確認し、元の姿に戻ったノエルに声をかけた。

「炎をおこせる魔法をつかえるなんて。物語にでてくる魔導士みたい」

「……わたしは魔導士です」

 ノエルは力なくほほえむ。

「……わたしが魔法を使うのをみた人間はいなかったでしょうか?」

 城壁の松明の灯りに照らされた表情が曇っている。
 魔法を使った疲れによるものだけではなさそうだった。
 
「あなたは道化とまちがわれていた。あなたが魔法をつかうなんて誰も思いません」

「……わたしの炎の魔法で人間はより魔物をおそれるようになりました」

 ノエルの湖のような澄んだ目に悲しみが見える。

「やりすぎました。ジェラミーを炎で焼くことはなかった」

「あなたはジェラミーに剣で刺されていたかもしれない」

 数人の兵士が緊張した表情で城門から宮殿に駆けて入っていく。

(ノエルは人間に魔導士であることを知られることをおそれている……)

 リアナはノエルに秘密をきかされた日のことを思った。
 1年前の春の夕方、宮廷楽団の演奏会から屋敷に帰ったときだった。

 馬車の中からノエルをみかけた。
 ノエルは使用人の小屋から出てきたところだった。
 リアナは馬車からおり、足音をたてず、ノエルのあとをつけて驚かそうとした。
 だが、声をあげたのはリアナだった。

 ノエルは長い距離を歩き、ひと気のない敷地の片隅で足をとめた。
 そして、木の下でぶつぶつとひとりごとをいっていた。
 それは呪文だった。
 周囲が薄暗くなっていた中で、木の杖の持ち手の先端からかすかな火花がでていた。

(……手品をしているのだろうか?)

 ノエルが別人になったようで恐怖を感じていると、かれに気づかれた。

「……わたしは人間ではありません。魔導士です」

 ノエルは蒼白な顔で打ち明けた。
 ノエルは使用人になる前、ヘイランの森の奥で家族の魔導士たちと人間から隠れて暮らしていた。
 だが、魔物狩りをしていたスプリグンホルムの兵士たちに父親と弟を殺されていた。
 生きのびたノエルは、魔導士として隠れているより人間になりすましたほうが安全だと考え、リーフの街に流れついた。
 そこで、宿屋の男からバラスタ家の屋敷が、馬の世話をする男を探しているときいた。
 どういうわけかノエルは馬に好かれる性質だった。
 行き場のないノエルは、宿屋の男の知り合いであるというバラスタ家の執事に屋敷で働かせてほしいと頼んだ。
 そして、ノエルはリアナが住む屋敷の使用人となった。

(この優しそうな男が、おそろしい魔導士……)

 リアナは信じられない思いで話をきいていた。

「リアナ様、お世話になりました」

 ノエルは嘘をついていたことを謝り、リアナの前から姿を消そうとした。

「でていくことはありません」

 リアナはノエルを引きとめた。
 神に誓ってこの話は誰にもいわないと約束した。

(屋敷の外で正体が知られれば、かれは生きていけない。兵士たちに捕まり、他の魔物のように街の広場で首を斬られる……)

 リアナにはノエルが凶悪な魔物だとは思えなかった。
 魔法の訓練をしていたというノエルは、弱い火花しかだせていなかった。

「……この命、リアナ様にささげます」

 リアナに引きとめられたノエルは、涙を流し地面に膝をつき、リアナに誓った。


 今、目の前にいるノエルの顔はあのときのように青ざめている。

(……ノエルの不安をとりのぞいてやりたい)

 リアナは爪先立ちになり、かれに顔を近づけた。

「わたしは魔導士のあなたが好き」

 ノエルの頬にキスをした。

「愛してる」

 はじめて触れたノエルのなめらかな頬は気持ちのよい感触がした。
 ノエルは突然のことに、目をひらいた。
 形のいい口を薄くひらき、固まる。

 リアナは鼓動で胸が痛くなるのを感じながら、ノエルの返事を待った。
 城門の内側から、衛兵たちが慌ただしく走る音がきこえる。

「……リアナ様、好きです。愛しています」

 ノエルがようやくかすれた声でいった。
 澄んだ目が輝いている。

「……これで、わたしたちは一緒にいられる」

 リアナはノエルの手をとり、指をくみあわせた。

「ジェラミーのお父様への訴えはとりさげられるでしょう。お父様は賠償金を払う必要はなくなる。屋敷も売ることはなくなる」

「……よかった。リアナ様のお役にたてて」

 ノエルは幸福そうにほほえむ。

「リアナ様の笑った顔がみられて、ほんとうによかった」

(……これから何度もかれの魅力的な笑顔を見ることができるのだ)

 リアナの身体の内からあたたかいものが込みあげてきてくる。
 そのあたたかみで心にのしかかっていた重石がとれたようだった。

(……もう貴族の男性と結婚できなくもいい。わたしは愛するノエルと暮らしていく)
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