ワクカブの野望

久住 小枝 (王檣媛)

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第2章 現存十二天守

第七夜 松江城と美人の湯

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現存十二天守の旅も、ついに山陰へ。
今回ワクカブが訪れたのは、島根県松江市に佇む名城──松江城。

琵琶湖を後にし、新幹線と特急を乗り継いでたどり着いた松江駅。
朝の空気に混じって、微かに水の匂いが漂う。宍道湖が近いせいだろうか。

「空気が、柔らかいな」
そう呟きながら駅を出たワクカブ。タクシーには乗らず、城下町の空気を味わうように歩いていく。

城に向かう途中、松江歴史館の前に建つ「堀尾吉晴公」の銅像が目に入る。
初代松江藩主にして、松江城を築いた男。微笑を浮かべるその表情は、まるで訪問者を温かく迎え入れるかのようだった。

「堀尾さん、ええ顔しとる」
像に向かって軽く頭を下げ、ワクカブは天守へ向かう石段を上る。



天守の内部に入ると、どこかで見たことのある風景が広がっていた。
「……あっ、ここやな」
思い出したのは、ドラマ『VIVANT』のワンシーン。緊迫の場面が撮影されたのは、まさにこの城の中だった。

「フィクションも、歴史も、重なる瞬間があるんやな」
時を超えて交差する物語に、ひととき思いを馳せるワクカブだった。

松江城は“千鳥城”とも呼ばれる優雅な佇まい。
漆黒の外壁と、急勾配の石垣。戦国の防御機能をそのままに残した構造は、城マニアだけでなく、建築好きにもたまらない。

井戸や櫓、そして藩士たちが使ったトイレの跡まで、細部まで見て回る。
「武士の暮らしって、想像以上にミニマルやったんかもな」
使われた空間を辿ることで、人の気配を感じるのも、ワクカブ流の旅の醍醐味だ。



城下町の散策を終えると、ちょうど昼時。
ワクカブは地元でも評判の蕎麦屋に立ち寄り、三段重ねの「割子そば」を注文した。

「そばに薬味、そんでちょろっと出汁。これがええんよ」
一段目はそのまま、二段目はネギとワサビを足して、三段目には卵黄を落として一気にすする。

食後、土産物屋で目を引いたのは、島根の地酒「李白」と「月山」。
「……今回は運転あるから、飲むのは我慢や」
そう言いつつ、吟醸の一本を手に取り、レジへと向かう。



宿へ向かう途中、少しだけ遠回りして玉造温泉に立ち寄った。
島根の温泉と言えばここ。古くは『出雲風土記』にもその名が記されており、「神の湯」と称された由緒ある湯処だ。

玉湯川沿いに点在する宿や足湯を眺めながら、ワクカブは小さな日帰り入浴施設へと足を運ぶ。

「ここが、あの“美人の湯”か」
浴場に足を踏み入れると、ほのかに硫黄の香り。透明でなめらかな湯が、肌にやさしくまとわりつく。

この泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉。
肌の角質を穏やかに落とし、保湿効果が高く、入るだけでしっとりとした肌に仕上がるという。
全国でも屈指の美肌効果を誇り、近年は「美肌県しまね」の代名詞ともなっている。

湯に身を沈めながら、ワクカブは思わずつぶやいた。

「こりゃ、たしかにモテ肌になりそうやな……」
ふと湯けむりの向こうに現れる、過去に恋した誰かの幻影──
いや、さすがに湯あたりか。

その日の宿は、玉造から車で30分ほどの米子市内にあるビジネスホテル。
「よし、今夜はここで静かに休もうか」
車を駐め、チェックインを済ませたワクカブは、部屋に荷物を置いて一息つく。

テーブルに並ぶのは、島根で買った吟醸酒と地元のおつまみ。
だが、手をつけることはなかった。

「日本酒は、帰宅するまで取っとくか」
そうつぶやきながら、冷蔵庫に瓶をしまい込む。
部屋の窓から見える米子の夜景は、どこか懐かしく穏やかだった。

──旅はまだ続く。
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