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第2章 現存十二天守
第八夜 備中松山城とさんじゅーろー
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標高430メートルの山頂。眼下には、雲の海を湛える高梁の町。その頂に現存する唯一の山城──備中松山城がある。
「よう登ったな……」
登城道の入口から1時間弱。息を整えながら、ワクカブは眼前の天守を見上げた。霧がゆるやかに流れるその姿は、まさに“天空の城”の名にふさわしい。石垣の美しさ、山肌に沿って築かれた堅牢な構造、そして眼下に広がる雲海のような町並み——現存十二天守を巡る旅も、いよいよ終盤。疲労の奥に、じんわりと達成感が湧いてくる。
ふと、天守脇の案内板に目が留まる。
《猫城主「さんじゅーろー」在城中》
「猫……城主?」
その名の通り、白とグレーの毛並みが凛々しい一匹の猫が、堂々とした風格で石段に座っていた。地元のボランティアに大切にされているこの猫は、観光客の人気者だ。
「おつかれさん、さんじゅーろー」
ワクカブがそう声をかけると、猫城主はゆっくりと立ち上がり、日向へと歩き出す。その背中を、まるで城を守る武士のようだと感じるのは、旅の熱に浮かされているせいかもしれない。
⸻
途中、城内の案内板にふと目を止める。備中松山城は、鎌倉時代に秋庭三郎重信が築いたのがはじまり。戦国時代には毛利、宇喜多、小堀といった大名の手を渡り、江戸期には水谷勝隆の治世を経て、断絶と再興を繰り返した歴史を持つ。
「国替え、断絶、再興か……波乱万丈やな。でも、そのたびに残ったもんがある」
石垣に手を当てながら、時の流れを想像する。
「株も似たようなもんや。乱高下に振り回されても、信念があれば残るんよな」
山城の静謐な空気が、彼の言葉に重みを加えた。
⸻
山を下りたあと、城下町・高梁の商店街で昼食をとることにした。選んだのは、地元のB級グルメ「備中高梁インディアントマト焼そば」。太めの麺に絡むのは、カレー風味のソースと、高梁産トマトの酸味が絶妙にマッチした逸品だ。
「うん、これはビール欲しくなるな……でも、運転やしな」
そう呟きながら、冷たいお茶で我慢する。今回は車での一人旅。日本の法令も、ワクカブの矜持も、酒を手放してはならない。
代わりに、町の外れにある芳烈酒造を訪れる。天保十年創業のこの蔵は、備中の名水を使い、地元に根ざした酒造りを続けてきた。店内では「大典白菊(たいてんしらぎく)」という看板銘柄を手に取る。
「持ち帰って、名古屋で味わうとするか」
創業明治35年、地元・高梁の水と米を活かした芳烈酒造は、蔵元限定の「宙狐(ちゅうこ)」など、個性ある銘柄で知られる。運転があるためその場で飲むのは我慢しつつ、吟醸酒とぐい吞みを購入。家に帰ってからの楽しみに取っておくのが、旅慣れたワクカブ流だ。
「酒は一瞬、株は一生……ってな」
さらに、商店街では地元企業の取り組みにも目を向ける。備中高梁では、観光資源と地元産業を結びつけた地域振興が進んでおり、芳烈酒造もその一翼を担っている。
「こういう地場企業、投資対象としても面白いかもな。数字じゃなく“地の利”を見極める目が必要やけど」
紙袋に包まれた酒瓶を大切に抱えて、城下町をあとにする。
⸻
車を岡山駅近くのレンタカー返却所に戻すと、もうすっかり夕暮れだった。ふと目に入ったのは、駅前広場に立つ桃太郎の銅像。桃を割って生まれた英雄に、静かに一礼する。
「今回は、猫に始まり、桃で終わったか」
旅の一幕を思い返しながら、改札をくぐる。次なる目的地は、いよいよ四国。瀬戸内海を越えた先に、まだ見ぬ城と、まだ知らぬグルメが待っている──。
「よう登ったな……」
登城道の入口から1時間弱。息を整えながら、ワクカブは眼前の天守を見上げた。霧がゆるやかに流れるその姿は、まさに“天空の城”の名にふさわしい。石垣の美しさ、山肌に沿って築かれた堅牢な構造、そして眼下に広がる雲海のような町並み——現存十二天守を巡る旅も、いよいよ終盤。疲労の奥に、じんわりと達成感が湧いてくる。
ふと、天守脇の案内板に目が留まる。
《猫城主「さんじゅーろー」在城中》
「猫……城主?」
その名の通り、白とグレーの毛並みが凛々しい一匹の猫が、堂々とした風格で石段に座っていた。地元のボランティアに大切にされているこの猫は、観光客の人気者だ。
「おつかれさん、さんじゅーろー」
ワクカブがそう声をかけると、猫城主はゆっくりと立ち上がり、日向へと歩き出す。その背中を、まるで城を守る武士のようだと感じるのは、旅の熱に浮かされているせいかもしれない。
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途中、城内の案内板にふと目を止める。備中松山城は、鎌倉時代に秋庭三郎重信が築いたのがはじまり。戦国時代には毛利、宇喜多、小堀といった大名の手を渡り、江戸期には水谷勝隆の治世を経て、断絶と再興を繰り返した歴史を持つ。
「国替え、断絶、再興か……波乱万丈やな。でも、そのたびに残ったもんがある」
石垣に手を当てながら、時の流れを想像する。
「株も似たようなもんや。乱高下に振り回されても、信念があれば残るんよな」
山城の静謐な空気が、彼の言葉に重みを加えた。
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山を下りたあと、城下町・高梁の商店街で昼食をとることにした。選んだのは、地元のB級グルメ「備中高梁インディアントマト焼そば」。太めの麺に絡むのは、カレー風味のソースと、高梁産トマトの酸味が絶妙にマッチした逸品だ。
「うん、これはビール欲しくなるな……でも、運転やしな」
そう呟きながら、冷たいお茶で我慢する。今回は車での一人旅。日本の法令も、ワクカブの矜持も、酒を手放してはならない。
代わりに、町の外れにある芳烈酒造を訪れる。天保十年創業のこの蔵は、備中の名水を使い、地元に根ざした酒造りを続けてきた。店内では「大典白菊(たいてんしらぎく)」という看板銘柄を手に取る。
「持ち帰って、名古屋で味わうとするか」
創業明治35年、地元・高梁の水と米を活かした芳烈酒造は、蔵元限定の「宙狐(ちゅうこ)」など、個性ある銘柄で知られる。運転があるためその場で飲むのは我慢しつつ、吟醸酒とぐい吞みを購入。家に帰ってからの楽しみに取っておくのが、旅慣れたワクカブ流だ。
「酒は一瞬、株は一生……ってな」
さらに、商店街では地元企業の取り組みにも目を向ける。備中高梁では、観光資源と地元産業を結びつけた地域振興が進んでおり、芳烈酒造もその一翼を担っている。
「こういう地場企業、投資対象としても面白いかもな。数字じゃなく“地の利”を見極める目が必要やけど」
紙袋に包まれた酒瓶を大切に抱えて、城下町をあとにする。
⸻
車を岡山駅近くのレンタカー返却所に戻すと、もうすっかり夕暮れだった。ふと目に入ったのは、駅前広場に立つ桃太郎の銅像。桃を割って生まれた英雄に、静かに一礼する。
「今回は、猫に始まり、桃で終わったか」
旅の一幕を思い返しながら、改札をくぐる。次なる目的地は、いよいよ四国。瀬戸内海を越えた先に、まだ見ぬ城と、まだ知らぬグルメが待っている──。
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