ワクカブの野望

久住 小枝 (王檣媛)

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第2章 現存十二天守

第九夜 丸亀城とカブくん

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初夏を思わせる朝の光に包まれ、丸亀の街へ降り立った。空気はすでに温かく、瀬戸内の潮風が鼻先をくすぐる。丸亀駅前のロータリーで車を降り、軽い歩幅で城下町の石畳を進む。



目指すは、標高66メートルの亀山に築かれた現存天守・丸亀城。ふもとから見上げる高石垣は、まるで扇を開いたかのように優美な曲線を描き、石と苔のコントラストが朝日に煌めいている。三之丸の石垣は日本一の高さを誇ると言われ、その迫力に思わず背筋が伸びた。

「昔の城主は、ここで何を思ったのだろう…」

天守への急な木造階段を一歩一歩踏みしめるたび、軋む床が歴史の重みを伝えてくる。三重三階の小ぶりな天守は、白壁と黒瓦の配色が端正で、内部の狭い通路を抜けて展望台へ出ると、一気に視界が開けた。眼下には丸亀の町並みと、遠くに広がる瀬戸内海が静かにきらめいている。



城の余韻を胸に刻み、次は名園・栗林公園へ車を走らせた。街を抜ける道の左右には、早咲きの紫陽花が列をなし、初夏の訪れを知らせている。公園の大きな駐車場に車を停め、正門をくぐると、刈り込まれた松の緑と池泉回遊式庭園の静謐な美しさに心がほどけていく。

藤棚の下にある茶屋へ足を運び、抹茶と季節の和菓子をいただく。涼やかな藤の花香が鼻孔をくすぐり、一口含むごとに甘さとほろ苦さが交錯する。太鼓橋を渡り、借景の紫雲山を背景にした池を眺めながら、時間がゆっくりと流れていく心地よさを味わった。



再び車を走らせ、金刀比羅宮へ。参道の石段は延々と続き、785段の本宮までの道程は息を切らせるが、その先にある清々しい空気と眺望を思えば、足取りは軽い。途中の茶屋では「銘菓こんぴらさん」をひとつ頬張り、甘みが疲れた体に染み渡る。ようやくたどり着いた御本宮で御朱印をいただき、境内の片隅で飼われる神馬・カブくんの穏やかな瞳に一礼した。

「カブくん…その名前、ワクカブに似てるな」
つい口にした言葉に、思わず笑みがこぼれる。
金刀比羅宮は金運にご利益があると伝えられている――この先の投資運も安泰でありますように、と心の中でそっと願った。



夕暮れ迫るころ、ワクカブは車を金刀比羅山麓にある温泉旅館へと向けた。駐車場に車を収め、落ち着いた露天風呂の湯気が立ち上る外観を眺める。

「ここで一杯…いや、まずは温泉に浸かるか」

ひと風呂浴びたあとの開放感。その後、徒歩圏の骨付鳥専門店へ。程よいスパイシーさとジューシーな肉の旨みが特徴の一皿を、地ビールとともにじっくりと味わった。皮のパリパリと肉の弾力は、旅の疲れも一気に忘れさせる。

部屋に戻ると、フロント横の売店で香川産の地酒「金陵 吟醸」の小瓶をひとつ手に取った。おひとり様の旅ではあるが、自分への旅の記念として。

窓の外、温泉街の灯りが川面に映る夜景を見ながら、丸亀の一日を反芻した。石垣と天守、庭園の静寂、神馬との邂逅、骨付鳥と地ビール、そして温泉と地酒――。すべてが心にしっかりと刻まれている。

「この街は、また来たくなるな…」

明日の高知城へ向かう準備を心に決めつつ、ワクカブは静かに目を閉じた。
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