花散る男女

トリヤマケイ

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第1部 アイドル編

♬ 13 ペンディング

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   スフレパンケーキプリンを美味しそうに頬張る奈美の顔を思い出した。別れてから数年後に街角ですれ違った奈美は若いママになっていた。あっという間に時は流れすっかりママの雰囲気を纏って更に美しさを増していたけれど、赤ちゃんを見たらなぜか涙がとまらなくなって逃げるようにその場から立ち去った‬。




   夢だった。京は泣いていた。




   変な夢を見たものだ。
   だが、現実の世界も似たようなものだ。





   大学を卒業し、夢だけを追って就職もしないバカ。安定した職に就きコツコツ積み上げていくなんていう考えが、はなから京にはなかった。




   あくまでも音楽は趣味で余暇に楽しむものであって、普通に就職し人生設計していくのが当たり前。そんな器用なまねは京にはできなかった。




   実際は未来を信じて頑張っているのではなく、ただひたすら現実から逃避しているだけにすぎないのかもしれないという思いは、完全には拭い切れなかった。




   結婚のために夢を捨てるのではなく、叶いそうにない夢など早めに見切りをつけて仁術と呼ばれる道へと進むのが正しい選択なのかも知れない。




   まともなやつならきっとそうするだろう。




   しかし、ぶっちゃけ京には自分がそんな道に進まないだろうこともわかっていた。奈美も、そんなことくらい痛いほどわかっているだろう。




   ただ、ふたりとも少しでも別れを先送りしたいだけなのだ。




   このまま、奈美の卒業するタイムリミットまで蛇の生殺しのように、ずるずると付き合っていくしかないのだ。




   とにかくすべてが八方塞がりのようだった。バンドは空中分解したままだし、それでも何回か音楽雑誌で募集をかけたりしたが、なかなかうまくはいかなかった。




   というか、その原因はすべて京自身にあるのはわかっていた。やはりなにもかもが中途半端なのだった。




   一時保留。ペンディングというやつだ。京はある業界のバイトをしている時によくこの語句に出会った。




   自分でも「ペンディングでお願いします」を頻繁に京は使っていた。きのう決定していたことが今日には不可能になり消えてしまうなんてことが当たり前の流動的な日々には、都合のいい自然発生した慣用句だった。




   京と奈美の恋も「ペンディングでお願いします」だった。可能性がないとわかっていても絶対にこの話は白紙に戻してくださいとは言わない。




   それが、「ペンディングでお願いします」言う方も言われた方もわかっているのだ。むろん、ほんとうに現時点では決められずに一時保留でお願いします、のケースもあれば、もうダメの「ペンディングでお願いします」もある。 
  




   社交辞令ではなく、その時にならなければ、ほんとうに何もわからないからだが、さしずめ京と奈美の「ペンディングでお願いします」は、可能性はありませんがとりあえず保留としておいてください、だった。




   奈美と一緒になるために夢を諦めて医者になるなんて到底できない相談なのだから、さっさと見切りをつけて別れてしまえばいいのに、それができないでズルズルしているのだ。




   京も奈美も憎しみ合っているわけではなく、いや、むしろ考え方によったら、その方がよっぽどいいのかもしれない。




  京が浮気性であるとか女癖が悪いとか女にだらしないとかの喧嘩別れではなく、可能性がはじめからないという恋をあと腐れなくきっちりと終わらせるためには、やはりタイミングというものがある。




   もう可能性がないとわかった時点で、尻切れトンボのように別れてしまうわけにはいかなかった。それはドライにはなり切れない日本人の良い点でもあり悪い点でもあった。




   思い通りに事が運ばなくても、人生はそれで終わりではなく、ふたりの人生はまだまだ先に続いていくものなのだ。





   たとえ後ろ髪を引かれるような心を残しての別れであろうとも次のスタートを切るためには、後悔という残滓が残らないように、きっちりと終わらせなければならない。




   そのためには、ふたりの恋愛契約の満期になるまでは別れるつもりは、ふたりともなかったし、それがせめてものふたりの成就しなかった恋への弔いだった。




   そうなのだ。別れるまでのふたりに残された僅かな時間は、叶わなかったふたりの恋愛の終わりを悼み、冥福を祈る期間なのだった。
   



  奈美とのことがあり、タイミング的にも逃げるようにしてアイドルに走ってしまった京だったが、霞を食って生きている仙人ではないので、とにかく食いつないでいくためには、仕事をしなければならない。




   警備の仕事であるとか、TVの大道具の仕事であるとか、看護スタッフであるとか、東京にいるおかげで、仕事にはなんとかあぶれずに済みそうだ。




   そういえば以前、エキストラの募集があり、洒落で面接を受けたらすんなりと通ってしまったことがあった。




   それで、幾度かドラマの仕事を振られたけれど、その度に断っていたら、もう連絡は来なくなった。



   そこで考えたあげく、今回は短期の仕事を狙うことにした。短期ならば、めぼしいものがあった。




   そして、6月のある日、京は新しい仕事に就いた。







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