花散る男女

トリヤマケイ

文字の大きさ
77 / 81
第2部 名古屋編

🎵28 名古屋で、キュン死なう

しおりを挟む





 とにかく『みよちゃん』のパフォーマンスは、圧巻だった。ジャジーなナンバーやボサノバといったアイドルらしからぬ『アカシア』を大人のグループとするならば、『みよちゃん』はまだまだ未完成だったが、未完成ならではの底知れない可能性を感じさせるのだった。







 ユーロビートというのもレイにはたまらなかったし、硬質なエレクトロニカのビートに乗せてあのパラパラを踊りだした時には、感動すら覚えた。







 もちろん、推しがいるから、たまらないのだろうが、楽曲のクオリティはかなりのものだった。








 そして、何よりも特筆すべきは、推しメンの可愛さだった。一目見た時、そのファースト・インプレッションは、まさにキュン死であり、心臓を射抜かれた仔鹿のようにレイはつんのめって頭からぶっ倒れそうになった。
 
  






 そのくらい、かわいかったのだ。

 
 
 
 
 
 

 なので、興奮しすぎたレイは、未だに一度もやったことはない、マサイを危うくやりそうになったほどだった。









 SNSにあげていた写真は、まがい物ではなかった。レイは自分のタイプがどんな女性なのか、まったくわからないのだが、彼女の自撮りを見た時、かなりな衝撃を受けたのだった。








 でなければ、名古屋に来たいとは思わなかっただろうとレイは思った。   







 アカシアのライブがあったし、推しを追っかけて遠征するということ自体が、ドルヲタの証しみたいでやってみたかったというのは確かにあったが、アカシアは、東京でも見れるのだ。









 なので、今回の名古屋遠征の眼目は、コンカフェからの刺客、『みよちゃん』であり、推しメンだった。










 アカシアに関していえば、たとえ遠征したところで壁際に佇む地蔵のような後方彼氏面のオッサンがまたひとり増えたということくらいで、大勢にまったく影響はないのだが、大人しいレイ個人にとっては、大変な進歩にはちがいなかった。








 考えてみたらレイは、正真正銘のヒッキーになる条件は十二分に揃っていたのだ。









 引き篭もりにならなかった唯一の理由は、あのアイドルになる為に自分を見捨てたミズキを見返してやりたいという事があったからだとレイは思っている。









 ミズキにフラれて死ぬほど落ち込み、二度と立ち直れずに引き篭もるという未来も充分にあったはずなのに、ギリギリのところで、そうならずに踏みとどまった過去の自分にレイは感謝したかった。









 引き篭もりとなったとしても、生きている限りは、いずれにせよ、戦い続けなければならないのだ。
  
  
  
  
  
  
  
  


 なにか起こりそうな予感でいっぱいの遠征二日目の朝は、なんの変哲もないふつうの朝だった。といっても、世界はもう昼だったが。
 
 
 
 
 
 
 
 

 ネカフェを出てからマックに入り、ボーっと店内を眺めるともなく眺めていると、見知った顔に出くわした。
 
 
 
 
 
 
 

 名古屋に知り合いがいるわけもなく、はじめはなんで知ってるんだろうと思っていたが、なんのことはない昨夜ライブで一緒だったヲタクのひとりだった。









 そういえばアイツ、変な帽子かぶってたっけ。昨夜のライブを思い出しながら、さてさて今日はどうしようかなと、レイは思考停止の頭で考えるふりをした。









 脳内で堰を切ったように溢れ出し、怒涛の如く押し寄せる昨夜のライブ映像に待ったはかけられない。観てもいないアングルでの彼女の歌い踊るさまですら、まるでAIが作成したように、鮮明に脳裏で再生されていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

 そのフラッシュバックに突き動かされ、とめどなく言葉が溢れ出てくるようなのに、言葉は言葉として認識される前に、掌ですくいあげる水みたいに掬うそばからスルスルとこぼれ落ちていってしまう。 
 
 
 
 
 
 
 
 

 名古屋で見るジュネもまた格別であり、込み上げてくるものがあったが、コンカフェのチーム『みよちゃん』の中に写真通りの、いやそれ以上に可愛いコを見つけた時には、衝き上げてくるような感動を覚えた。









 確かにあの子は存在し、それに十年前とかの写真でもなかったのだ。









 そして昨夜は、感激してひとりで祝杯をあげたが、それだけのことだった。    
 
 
 
 
 
 
 
 

 それ以上でもそれ以下でもない。しかし、いったい自分は何を期待していたのだろうかとレイは思った。










 まさか特典会でツーショットを撮った時に何か起こるとでも思っていたのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 レイにしてみれば、清水の舞台から飛び降りるような勇気のいる事もどんなヲタクでもやっていることだった。
 
 
 
 
 
 
 
 

 とにかく、二言三言、まっすぐ彼女の眸を見て話すだけで、世界が変わるような気がしていたのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 

 アイドルの握手のテクニックとして、剥がしにヲタクが剥がされるその直前に、ギュッと一瞬だけ合図を送るように強く手を握る、これだけでヲタクはまず間違いなく昇天してしまうだろう。










 レイは、東京にもあるチェーン店の居酒屋に入り、ツーショットチェキを眺めながら、ひとりひっそりと乾杯し、ほろ酔い気分でまたネカフェに帰ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 このご時世なので、ビニール手袋越しの握手でもしないよりはマシだった。YouTubeで日向坂を聴きながらレイは、SNSを開いた。










 ジュネはライブやイベントの後には必ず写真やらツイートを更新してくれるので、レイも御多分に洩れずメンションを飛ばした。






 どこにでも湧いてくるボーフラのような、あたおかの奴が長ったらしく、そして馴れ馴れしくメンションしたりするが、今夜はそんな痛々しい人は見当たらず、いつもの顔ぶれが、みなサラッと推しメンにリプライしていた。









 レイも一言だけ「かわいい」と書いた。
 
 
 
 
 
 
 
 

 それは、ジュネがあげてくれた自分を猫に模した自撮りへのレスポンスだったが、その写真付きのツイートが自分宛てに送られてきたわけでもないのに、まるで私信であるかのように、ワクワクして、いそいそとメンションしてしまい、その途端にいいねが返ってきた時のすさまじい破壊力といったらなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 どうしてもニヤニヤが止まらない自分をそこに発見して、レイはもうこの沼から二度と這い出せないだろうと、半ば放心しながら思うのだった。










 そういえば、ジュネの裏垢をこの頃覗いていないが、確認してみるとやはり更新はストップしたままだった。






 あのジュネが、ホンモノではないにしろレイのところを訪ねて来てくれたあの日あたりを境に、ピタリと呟いていないのだった。










 あの話を聞いたから意識しだしたわけでもないと思うのだが、レイにはジュネの大きな眸に以前のような輝きが確かにないように思えてならなかった。









 土で作られた埴輪の目は、ただくり抜かれただけの穴だが、あの目だからこそ埴輪人形に独特な生気を感じるらしい。









 あの目はそばからではなく、遠く離れれば離れるほど、心の窓としての生気ある目が如実にそこに顕現するのだという。
 
 
 
 
 
 
 

 レイは、ジュネもそんな気がするのだった。遠目に見るぶんには、いつもの変わらないジュネなのだが、やはり近づいて見るならば、その目はたしかにレイには虚ろに映るのだ。










 ヲタクの誰もジュネが元気がないなどと呟いてはいない。もちろん、ジュネのダンスはいつも通りキレッキレなのだし、歌声も変わらないのだから、誰も気づくはずもないのだが、もしかしたら敢えてネガティブな事はツイートしないという気遣いがあるのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 あるいは、弾けるような笑顔がないであるとか、弱々しい声音であるとか、たとえ多少の程度の差があったとしても、ヲタクの方で過去の推しメンの記憶とダブらせて、無意識のうちに補正してしまうのではないか。


 
 
 
 
 とそこで、なんとジュネの新しいツイートがアップされた。むろん、裏垢ではない公のアカウントの方だが、ヲタクたちは、きっと狂喜乱舞しているにちがいない。
 
 
 
 
 
 
 
 
「駅前をふらふらしていたら、焼きたてのパンの匂いに誘われて、パン屋さんに潜入し、気づいたらミニクロワッサンを10個ゲットしていた」らしい。
 
 
 



 
 
 
 
 レイは、オールスクラッチでやっているパン屋で働いていたことがあった。朝が苦手だから遅刻の常習犯だったが、仕事はできる方だったので、なんとか首にならずに済んでいた。
 
 
 

 




 そんなことを考えながらレイは、ライブハウスで見かけた若い子に引っ張られるようにして、ふらふらと後をついていった。









 どうせ行くあてもないのだから、運まかせでついていくのも悪くないと自分に言い訳しながら。










 半分はこんな無駄なことをしてなんになるのかという気持ちが確かにあるのだが、何か後ろ髪を引かれるような思いがあるのだった。










 それはむろんのこと希望的観測に過ぎないことはわかってはいるのだけれど、溺れる者は藁をも掴むの心境なのだから仕方ない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 いや、むしろ自分から溺れにいっているのだから救いようがないのだった。彼女に溺れていたいのだ。ライブの余韻にひたりながら、いつまでも海月(クラゲ)のように、海面をたゆたっていたかった。









 誘導ミサイルがロックオンされた敵機を追尾するように追いかけている、この彼のことをレイはよく覚えていた。グリーンに光り輝くサイリウムを何本も鉢巻だかヘアバンドで、頭につけた格好で沸いていたからだ。
 
 
 
 
 彼は、その仕掛けを帽子で隠していたのだが、レイは、それに似た姿を八つ墓村で見たような記憶がうろ覚えだがあった。









 それはたしか村人32人を惨殺していくシーンで、彼は頭に二灯の懐中電灯を巻きつけ、両肩から猟銃の弾帯ベルト二本を胸の前で交差するように斜交いに掛け、片手に日本刀、もう片手には猟銃を持ち、鬼神の如き形相で風のように村を駆け抜けながら、問答無用で村人たちを次々に惨殺し、赤い血しぶきで、のどかな村を深紅に染めていったのだった。









 そんな八つ墓村の鬼の角を模したような出で立ちを連想したわけではないが、その彼についていけば、何かが起こるという予感に寄りかかりたかったし、彼と出会ったこの偶然は、まさについて来いと言っているのだとしか思えなかった。
  
  
  
  


  
  
  
 レイの人生はいつもこうだった。行き当たりばったりの出たとこ勝負なのだ。石橋を叩いて渡る、みたいな堅実な生き方は出来なかった。絶対に大丈夫な決められたルートではつまらなくて、敢えて薮の中に入って獣道を行くような、そんな無謀ともいえる生き方しかレイには出来なかった。













しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ピンクローズ - Pink Rose -

瑞原唯子
恋愛
家庭教師と教え子として再会した二人は、急速にその距離を縮めていく。だが、彼女には生まれながらに定められた婚約者がいた。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

25cmのシンデレラ

野守
恋愛
デパートに靴を買いに来た梨代は、自分の足に合う25センチのサイズが無くて落ち込んでいた。そこで偶然起こった暴漢騒ぎ。とっさに靴を投げて助けた男性は、まさに梨代が買おうとしていたブランドのメーカー「篠塚製靴」に勤める篠塚だった。しかも篠塚グループと呼ばれる現代財閥の御曹司だとか。 後日お礼として非売品の靴を届けに来た篠塚は、梨代にとある仕事の依頼を持ちかけて……。 御曹司が庶民を体験⁉ 王子様の「逆」シンデレラスト―リーが始まった! と思いきや、事態はあらぬ方向に。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...