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第2部 名古屋編
🎵28 名古屋で、キュン死なう
しおりを挟むとにかく『みよちゃん』のパフォーマンスは、圧巻だった。ジャジーなナンバーやボサノバといったアイドルらしからぬ『アカシア』を大人のグループとするならば、『みよちゃん』はまだまだ未完成だったが、未完成ならではの底知れない可能性を感じさせるのだった。
ユーロビートというのもレイにはたまらなかったし、硬質なエレクトロニカのビートに乗せてあのパラパラを踊りだした時には、感動すら覚えた。
もちろん、推しがいるから、たまらないのだろうが、楽曲のクオリティはかなりのものだった。
そして、何よりも特筆すべきは、推しメンの可愛さだった。一目見た時、そのファースト・インプレッションは、まさにキュン死であり、心臓を射抜かれた仔鹿のようにレイはつんのめって頭からぶっ倒れそうになった。
そのくらい、かわいかったのだ。
なので、興奮しすぎたレイは、未だに一度もやったことはない、マサイを危うくやりそうになったほどだった。
SNSにあげていた写真は、まがい物ではなかった。レイは自分のタイプがどんな女性なのか、まったくわからないのだが、彼女の自撮りを見た時、かなりな衝撃を受けたのだった。
でなければ、名古屋に来たいとは思わなかっただろうとレイは思った。
アカシアのライブがあったし、推しを追っかけて遠征するということ自体が、ドルヲタの証しみたいでやってみたかったというのは確かにあったが、アカシアは、東京でも見れるのだ。
なので、今回の名古屋遠征の眼目は、コンカフェからの刺客、『みよちゃん』であり、推しメンだった。
アカシアに関していえば、たとえ遠征したところで壁際に佇む地蔵のような後方彼氏面のオッサンがまたひとり増えたということくらいで、大勢にまったく影響はないのだが、大人しいレイ個人にとっては、大変な進歩にはちがいなかった。
考えてみたらレイは、正真正銘のヒッキーになる条件は十二分に揃っていたのだ。
引き篭もりにならなかった唯一の理由は、あのアイドルになる為に自分を見捨てたミズキを見返してやりたいという事があったからだとレイは思っている。
ミズキにフラれて死ぬほど落ち込み、二度と立ち直れずに引き篭もるという未来も充分にあったはずなのに、ギリギリのところで、そうならずに踏みとどまった過去の自分にレイは感謝したかった。
引き篭もりとなったとしても、生きている限りは、いずれにせよ、戦い続けなければならないのだ。
なにか起こりそうな予感でいっぱいの遠征二日目の朝は、なんの変哲もないふつうの朝だった。といっても、世界はもう昼だったが。
ネカフェを出てからマックに入り、ボーっと店内を眺めるともなく眺めていると、見知った顔に出くわした。
名古屋に知り合いがいるわけもなく、はじめはなんで知ってるんだろうと思っていたが、なんのことはない昨夜ライブで一緒だったヲタクのひとりだった。
そういえばアイツ、変な帽子かぶってたっけ。昨夜のライブを思い出しながら、さてさて今日はどうしようかなと、レイは思考停止の頭で考えるふりをした。
脳内で堰を切ったように溢れ出し、怒涛の如く押し寄せる昨夜のライブ映像に待ったはかけられない。観てもいないアングルでの彼女の歌い踊るさまですら、まるでAIが作成したように、鮮明に脳裏で再生されていた。
そのフラッシュバックに突き動かされ、とめどなく言葉が溢れ出てくるようなのに、言葉は言葉として認識される前に、掌ですくいあげる水みたいに掬うそばからスルスルとこぼれ落ちていってしまう。
名古屋で見るジュネもまた格別であり、込み上げてくるものがあったが、コンカフェのチーム『みよちゃん』の中に写真通りの、いやそれ以上に可愛いコを見つけた時には、衝き上げてくるような感動を覚えた。
確かにあの子は存在し、それに十年前とかの写真でもなかったのだ。
そして昨夜は、感激してひとりで祝杯をあげたが、それだけのことだった。
それ以上でもそれ以下でもない。しかし、いったい自分は何を期待していたのだろうかとレイは思った。
まさか特典会でツーショットを撮った時に何か起こるとでも思っていたのだろうか。
レイにしてみれば、清水の舞台から飛び降りるような勇気のいる事もどんなヲタクでもやっていることだった。
とにかく、二言三言、まっすぐ彼女の眸を見て話すだけで、世界が変わるような気がしていたのかもしれない。
アイドルの握手のテクニックとして、剥がしにヲタクが剥がされるその直前に、ギュッと一瞬だけ合図を送るように強く手を握る、これだけでヲタクはまず間違いなく昇天してしまうだろう。
レイは、東京にもあるチェーン店の居酒屋に入り、ツーショットチェキを眺めながら、ひとりひっそりと乾杯し、ほろ酔い気分でまたネカフェに帰ったのだった。
このご時世なので、ビニール手袋越しの握手でもしないよりはマシだった。YouTubeで日向坂を聴きながらレイは、SNSを開いた。
ジュネはライブやイベントの後には必ず写真やらツイートを更新してくれるので、レイも御多分に洩れずメンションを飛ばした。
どこにでも湧いてくるボーフラのような、あたおかの奴が長ったらしく、そして馴れ馴れしくメンションしたりするが、今夜はそんな痛々しい人は見当たらず、いつもの顔ぶれが、みなサラッと推しメンにリプライしていた。
レイも一言だけ「かわいい」と書いた。
それは、ジュネがあげてくれた自分を猫に模した自撮りへのレスポンスだったが、その写真付きのツイートが自分宛てに送られてきたわけでもないのに、まるで私信であるかのように、ワクワクして、いそいそとメンションしてしまい、その途端にいいねが返ってきた時のすさまじい破壊力といったらなかった。
どうしてもニヤニヤが止まらない自分をそこに発見して、レイはもうこの沼から二度と這い出せないだろうと、半ば放心しながら思うのだった。
そういえば、ジュネの裏垢をこの頃覗いていないが、確認してみるとやはり更新はストップしたままだった。
あのジュネが、ホンモノではないにしろレイのところを訪ねて来てくれたあの日あたりを境に、ピタリと呟いていないのだった。
あの話を聞いたから意識しだしたわけでもないと思うのだが、レイにはジュネの大きな眸に以前のような輝きが確かにないように思えてならなかった。
土で作られた埴輪の目は、ただくり抜かれただけの穴だが、あの目だからこそ埴輪人形に独特な生気を感じるらしい。
あの目はそばからではなく、遠く離れれば離れるほど、心の窓としての生気ある目が如実にそこに顕現するのだという。
レイは、ジュネもそんな気がするのだった。遠目に見るぶんには、いつもの変わらないジュネなのだが、やはり近づいて見るならば、その目はたしかにレイには虚ろに映るのだ。
ヲタクの誰もジュネが元気がないなどと呟いてはいない。もちろん、ジュネのダンスはいつも通りキレッキレなのだし、歌声も変わらないのだから、誰も気づくはずもないのだが、もしかしたら敢えてネガティブな事はツイートしないという気遣いがあるのかもしれない。
あるいは、弾けるような笑顔がないであるとか、弱々しい声音であるとか、たとえ多少の程度の差があったとしても、ヲタクの方で過去の推しメンの記憶とダブらせて、無意識のうちに補正してしまうのではないか。
とそこで、なんとジュネの新しいツイートがアップされた。むろん、裏垢ではない公のアカウントの方だが、ヲタクたちは、きっと狂喜乱舞しているにちがいない。
「駅前をふらふらしていたら、焼きたてのパンの匂いに誘われて、パン屋さんに潜入し、気づいたらミニクロワッサンを10個ゲットしていた」らしい。
レイは、オールスクラッチでやっているパン屋で働いていたことがあった。朝が苦手だから遅刻の常習犯だったが、仕事はできる方だったので、なんとか首にならずに済んでいた。
そんなことを考えながらレイは、ライブハウスで見かけた若い子に引っ張られるようにして、ふらふらと後をついていった。
どうせ行くあてもないのだから、運まかせでついていくのも悪くないと自分に言い訳しながら。
半分はこんな無駄なことをしてなんになるのかという気持ちが確かにあるのだが、何か後ろ髪を引かれるような思いがあるのだった。
それはむろんのこと希望的観測に過ぎないことはわかってはいるのだけれど、溺れる者は藁をも掴むの心境なのだから仕方ない。
いや、むしろ自分から溺れにいっているのだから救いようがないのだった。彼女に溺れていたいのだ。ライブの余韻にひたりながら、いつまでも海月(クラゲ)のように、海面をたゆたっていたかった。
誘導ミサイルがロックオンされた敵機を追尾するように追いかけている、この彼のことをレイはよく覚えていた。グリーンに光り輝くサイリウムを何本も鉢巻だかヘアバンドで、頭につけた格好で沸いていたからだ。
彼は、その仕掛けを帽子で隠していたのだが、レイは、それに似た姿を八つ墓村で見たような記憶がうろ覚えだがあった。
それはたしか村人32人を惨殺していくシーンで、彼は頭に二灯の懐中電灯を巻きつけ、両肩から猟銃の弾帯ベルト二本を胸の前で交差するように斜交いに掛け、片手に日本刀、もう片手には猟銃を持ち、鬼神の如き形相で風のように村を駆け抜けながら、問答無用で村人たちを次々に惨殺し、赤い血しぶきで、のどかな村を深紅に染めていったのだった。
そんな八つ墓村の鬼の角を模したような出で立ちを連想したわけではないが、その彼についていけば、何かが起こるという予感に寄りかかりたかったし、彼と出会ったこの偶然は、まさについて来いと言っているのだとしか思えなかった。
レイの人生はいつもこうだった。行き当たりばったりの出たとこ勝負なのだ。石橋を叩いて渡る、みたいな堅実な生き方は出来なかった。絶対に大丈夫な決められたルートではつまらなくて、敢えて薮の中に入って獣道を行くような、そんな無謀ともいえる生き方しかレイには出来なかった。
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