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ナルミ

ナルミの性体験(回想) カヲル1

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    ナルミは、羽衣のような霞の上に優雅に寝そべりながら、またぞろ夢を喰らう獏のように思い出に耽溺していく。





   ナルミは、渋谷のスタジオでバンド練習を終え、東横のプラットホームで電車を待ちながら、今朝方見た夢を思い出していた。

 ナルミ自身は、その場にいないのだが、ただの視線だけの存在になって、父と叔母の話を聞いているという、変な夢だった。

    夢は、叔母が訪ねてくるところから、きっちりはじまり、唐突に家のリビングが映し出され、叔母は、実兄である父と世間話やら、昔の思い出などを語り合い、果ては、若くして亡くなった兄弟のなかで、もっとも優秀であった妹の思い出を語りはじめ、なぜまたあんなに優しくて素晴らしい子が、早くに亡くならなくてはならなかったのかと、泣き崩れるのだ。

   なんで、あの子が死んで、あたしみたいなカスが、生残ったんだろう。叔母は、そういっていた。 

 叔母がリビングで父と話をしているという、そんな、なんの変哲もない夢だったが、ただ一点、夢が茫洋と消え入る直前に唐突に叔母の吐いた言葉が、みょうにひっかかっていた。

 叔母は、そのときこういったのだ。

「やっと、約束を果たすときがきたわ」

 ナルミは、そこそこ混んでいる車両内のドア近くに立って流れる景色を見るともなしに眺めながら、YouTubeで武満徹の「弦楽のためのレクイエム」に聴き入っていた。

   なぜだか今日は、そんな気分なのだった。

 そうして、ナルミが家に帰りつくと、なんとほんとうに叔母がいるのだった。

 叔母の夢を見たばかりだったということもあったが、なにか叔母のなまめかしい眼差しにどきりとした。

 ナルミが鍵を開け、ドアを引くと、そこに叔母が、ナルミが帰ってくるタイミングを知っていたかのように、立っていたのだ。

「お帰りなさい。しばらく見ないうちに、また一段と逞しくなったわね」

「そう?」ナルミは、ちょっと照れ笑いを浮かべた。

「どうしたの、きょうは?」

「ちょっとね、東京に用事があったもんだから、寄ったのよ」

「ああ、そう。ゆっくりしてきなよ。おふくろの葬儀以来だね。親父は、いるのかな?」

「なんかね、電話があって、出掛けてったわ。遅くなるって」

「なんだよ。おばちゃんが来たのに?」

「いいのよ。きょうは、ナルミに用事があって来たんだから」

「え? なにさ?」

「内緒。ね、お風呂先にはいっちゃいなさいよ。あんた汗臭いわよ」

「はいはい。わかりました」

 父の妹である叔母が、ナルミは小さい頃から大好きだった。

 少年は、年上の美しい女性に惹かれるものだが、若い頃の彼女は、ほんとうに綺麗だった。

   親戚のなかでナルミと気安く呼捨てにするのも、また彼女だけだった。

 むろんのこと、ナルミは性的な対象として叔母のことを見たことはないけれども、過去に一度だけ叔母と危ういほど接近したことがった。

   それは、祖母が亡くなったときのことだ。ほんの些細なことではあったが、それでも、思春期のナルミにとっては、忘れられない出来事だった。

 祖母を荼毘に付し、何台かの車に分乗して帰る際に、年老いた母親を亡くし気もそぞろな彼女は、タクシーの後部座席で、ナルミと異常なほど躯が密着していることに、しばらく気がつかなかったのだ。

 ナルミの方は、むろん気づいていたのだが、自分から離れるなどという馬鹿なまねはしなかった。

   ナルミは、彼女の肌の温もりを直に感じ、天にも昇るような心地よさに、陶然としていたのだった。

 バスタブにゆったりと浸かり、心ゆくまで寛ぎながら、ナルミは、そんなこともあったなあと、遠い日に思いを馳せていた。

 兵庫の西宮に叔母たちがいたことがあり、ひと夏、ナルミは西宮で過ごしたことがあった。

   そこは、叔父が勤めている銀行の寮で、ナルミは、お隣に住む歳の近い兄弟とすぐに仲良くなって、近くの神社の境内でよく遊んだことを憶えている。

 叔母夫婦には、子供がなく、ナルミは、叔父にもとても可愛がってもらったが、その叔父も早くに亡くなってしまった。

   お酒が好きな人で、毎日浴びるほど呑むのを心配した叔母が冗談で、あなたが亡くなってしまったら、棺桶には、ビールをなみなみと注いであげるから、といったら、ぴたりとお酒をやめたらしい。
 
 汗を流し、髪を洗って、風呂場からナルミがでてくると、脱衣場で叔母が、なにするとでもなく、ぼうーっと佇んでいた。

 その悄然とした伯母の姿に、なにかただならぬものを感じたナルミは、おどけたように言った。

「なんだよ、おばちゃん、ビックリするだろ。どうしたの、そんなとこにつったってさ」

 しかし、真っ裸の自分の気恥ずかしさを気取られてはならないと咄嗟に思ったナルミは、平然を装いバスタオルで、 身体を拭きはじめた。

 すると、彼女は、するするとナルミの間近にまで、近づき、こんなことを話しはじめた。

「ほんとうに立派になったわねえ。おばちゃんが、ナルミのオムツ変えてあげたことなんて憶えてないわよねえ。ナルミは、ほんとうに小さいとき、可愛かった。それがどう? こんなに立派になっちゃって。すごいわね、この筋肉。ね、ちょっと触らさせてよ、いいでしょ、ちょっとくらい」

   そういって、彼女は、肩のあたりを触りはじめ、やっぱり若いってことは素晴らしいわねえとか、いいながら、大胸筋を撫でるようにして、胸板が厚いのって好きとかなんとか。

   そして、ね、力瘤つくってみせてよ、と上腕二頭筋を掌で揉むほぐすようにする。

 ナルミが拳を固く握りしめながら右腕を曲げ、力瘤をつくってみせると、わあ、すごいねえ、カチカチだね、と力瘤を触った。

   そして、立派になったわねえ、おちんちんも。といって、ごく自然にナルミの股間に、手を伸ばした。

「ちょっと、おばちゃん、なんだよ、いきなり」

 ナルミは、結構ひいたが、自分のオムツを替えてくれたことがあるという、血の繋がった女性である、叔母にしてみたならば、甥の男性器にもさほど抵抗は、ないのだろうと思った。

 叔母の目には、まさに10数年前のオムツを替えている場面が、きっとまざまざと甦って見えているのだろうと思った。

 彼女の、愛撫ともいえるような、その手つきは、けっしていやらしい感じのものではなく、なにやらそのことによって遠い過去をたぐり寄せているかのように思えた。

 だが、ナルミには、叔母がたんに過去の記憶をよみがえらせて、ノスタルジーに浸っているだけとは思えなかった。むかしを懐かしんでいることは確かなことだろうけれども、もっとなにか切実で、壮絶なものを感じさせた。

 ナルミのものを撫でさするそのひたむきさは、悲愴感すらまとっているようで、ナルミは、声を掛けることも忘れて、おばちゃんのなすがままに身を任せていた。

 過ぎ去ってしまって二度とはもどらないなにかを、叔母は、この行為でなんとか取り戻そうとしているのだろうか。

   それは、青春? 若さか?   よくわからなかったが、ナルミの脳裏に、あのタクシーでの蕩けるような叔母との触れ合いが、何度もフラッシュバックした。

 叔母は、しゃがんでナルミのものに頬ずりするほど顔を近付け、いとおしむように撫でさすりつづけけていたかとおもえば、瞳孔が開いてなにものもその瞳には、映じていないのではないのか、と思える瞬間もあった。

   そのときには、光のない埴輪のような、穴だけあいた目の木偶人形が、ただ機械的に、あるいは、単なる反射作用として動いているようにも見えた。

 ナルミは、いったいこれはなんだと思った。叔母をこの行為に駆り立てているものは、いったいなんなのか。

   その異様さに、ナルミのものも、大きくなっていいものなのかどうか、思い悩んでいるかのようだった。

 そして、彼女が感極まったのか、はらはらと涙を流しはじめたのには肝をつぶした。

「いったい、どうしたのおばちゃん、なんか辛いことでもあったの? おれのできることならさ、なんでもするから。だから、泣くなって」

 彼女は、両手で顔を覆って嗚咽していた。

「ね、だからなにがあったんだよ、おばちゃん、話してごらんよ。それとも、それが話せるようなことじゃないならさ、なんでもいいなよ、こうしてほしいとか、ああしてほしいとか、なんかあるんだろ、ねえ、話してごらんよ」

 すると彼女は、嗚咽しながらも、こういった。

「女の、あたしから、そんなこと、いえるはずもないじゃない」

 ナルミは、天を仰ぐようにした。

「わかった。それならそうと早くいってくれよ。なにがあったのか、なんでこんなことになったのか、理由は聞かないから」
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