パサディナ空港で

トリヤマケイ

文字の大きさ
215 / 222

#214 カゲロウ

しおりを挟む
 線路のずっと向こうで陽炎が、ゆらゆらと揺らめいている。

 
 



 
 
 
 まるでそこだけ、凹凸のあるガラスをあてたようにイビツな世界がみえる。ゆらゆらと揺らぐそのさまは、束の間に燃えあがる恋の炎のようだ。
 
 
 
 
 


 
 
 
 やがてあっけなく消えてしまう、そのあるかなきかの儚げな揺らめきは、あるいは、人の生にもたとえられるだろうか。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 桐島(きりしま)は、かつての恋人、小比類巻あゆみのことを想い出していた。桐島とあゆみが別れた日も、陽炎立つこんな暑い日のことだった。
 
 
 
 
 



 
 
 
 桐島は、あゆみと別れ話を一度もしたことなどなかった。ふたりは、なしくずし的に、終ってしまったのだ。
 
 
 
 
 



 
 
 
 突然にやってくる別れも、生木を裂かれるように辛いと思う。だが、別れというゴールが見えているにもかかわらず、ずるずると地を這うように愛の残骸を引きずっていくことも、また辛い。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 しかし、そんな終焉もあるのだ。
 
 
 
 
 


 
 
 
 あゆみは、大阪の生まれだったが、桐島の前では一度も大阪弁を喋ったことがなかった。それが、どういうことなのか、桐島にはよくわからないが敢えて喋らなかったということではないような気がする。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 大阪で生まれ育って東京にやってきたあゆみ。あゆみとは、大学で知り合った。最初は、大学がいやでいやで仕方ないようだった。自分が望んだ学校に入れたのよかったけれども、自分が描いていたキャンパスライフとはだいぶ異なっていたらしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 桐島と付き合うようになってからも、とりあえずあゆみは講義を受けていたが、いつ大学を辞めてもおかしくはないといった様子だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから二年間ほど、桐島はあゆみとつき合ったわけだけれども、ずっといつかは俺達は別れるんだろうな、という予感めいたものが桐島にはあった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 たとえいくら好きでも、男と女が一緒に生きていくとなると不可抗力的な様々な障害があるものなのだ。つまり、桐島たちはそれを乗り越えられなかった。
 
 
 
 
 

 
 
 
 自然消滅みたいにして別れてから、二年ほどたったある日。突然、あゆみから実家の方に電話がかかってきた。母親から、そのことを聞かされ、桐島はほんとうに驚いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 忘れもしないあゆみの実家の電話番号。いったいどうしたのかと電話してみると、あゆみ本人がすぐに出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「借りているCDを返したいの」
 あゆみはそう言った。
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 桐島は、別に断る理由もないから、待ち合わせはどこにすると言われて、咄嗟に渋谷と答えていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 桐島は、いつもあゆみと渋谷で待ち合わせをしていたことを思い出した。今はもうなくなってしまった、かつての東横線の改札。そのプラットフォームからの眺めが桐島は好きだった。あゆみは、横浜に住んでいるから、桐島が以前住んでいた吉祥寺との中間地点が渋谷だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そうして、ふたりは、想い出がいっぱい詰まっている渋谷で二年ぶりに再会したのだけれど、なんとあゆみは妊娠していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もうはっきりと、そうとわかるほどお腹は大きくなっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 入ったこともないパスタ屋さんで、お昼を食べながらふたりは、とりとめのないことを喋った。
 
 
 
 
 

 
 
 主に、桐島は聞き役だったけれど、あゆみの近況を聞きながら、この女性が俺のかつての恋人だったんだな、なんて他人事のように思った。あれほど、こいつとなら死んでもいいと思っていた女性だったのに、こんなにも人の心とは変わるものなんだなぁと、感慨深くそう思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、お昼を食べ終わって、ちょっとお茶してから、ふたりはまた別れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あゆみは、横浜へ。
 桐島は、吉祥寺へ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 以前には、東横の改札まで送りにいったものだったが、桐島はそれもおかしいと思って、渋谷のスクランブルのところで、あゆみと別れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そうして、別れてから、あっ、と気が付いた。CDを返して貰っていなかった。だが、あゆみもむろん忘れてきたわけではないだろう。
 
 
 
 
 

 
 
 
 井の頭線の電車に揺られながら桐島は思った。あゆみは、もしかしたら、妊娠した自分を見せたかったのかもしれない。
 
 
 
 


 
 
 
 でも、なぜ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 桐島には、わからなかった。















しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...