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#215 ナジェノ助はセブンティーン!
しおりを挟む2055年。タイムリミットを知らないよりは、あと何年生きるのかを予め知っておいた方が限られた時間を有意義に過ごせるということで地方自治体によりまちまちではあるが、希望者には余命を知らせる「余命告知」サービスが開始された。
ただ知る権利だけでなく知りたくない権利もあると、ネットで大論争が巻き起こっている。
生命保険関連企業や一部の宗教団体等は、当然ながら法案に猛反対であったが、数の理論で与党は力づくで可決してしまった。
だが、若い人たちは、逆に余命を知ることによって、生きることに飽いたり、シラケたりするのではないか、或いは自暴自棄になり、犯罪に手を染める者が雨後の筍の如く出てくるであろうことも容易に予想できた。
以上の点に鑑み、余命告知サービスは、当初、希望者には誰でも無料で知ることができるサービスであったが、施行の際には有料サービスということになり、その利用料は、一般的にはありえない料金設定となった。
これは、成りすましやイタズラ等を含め、たやすく余命を知られないようにとの配慮らしい。
また、サービス利用をするとなると、2度目からは無料となるとのことである。
これは、AIによる余命予測の信憑性が著しく低いということではなく、余命は伸び縮みするものだからであるらしい。
癌宣告されて余命を告げられても、その通りではないことは世間によく知られているところである。
この為、期間をおいて二度三度とサービスを利用する富裕層の方も多いと聞く。
また、その余命の伸縮性は、過去にかの清水の次郎長が、どこかの高僧に、貴殿には死相が出ていると言われ、その後次郎長は私財を投げ打って世の為人の為に尽力したということで、のちにその高僧は死相がすっかり消えている次郎長を見て驚き、これはいったいどういうわけかと、逆に次郎長が詰問されたという有名なエピソードがあるらしい。
このことからもわかるように、人の余命は厳格に定まっていることではなく、ある程度は伸縮するということで、四国八十八ヶ所霊場巡りの、あのお遍路さんが現在凄まじい人数に昇っているのも頷けるのだった
ちなみに、そのサービス利用料は、95万円であり、一般の市民には法外な価格となっている。
2万円程度で、あなたの余命予測します、なんていうサイトやらアプリがネットにはゴロゴロ転がっているが、すべて詐欺にすぎず、その手口としては1週間後とか明日とかいう切迫した余命を宣告し、あらゆる手段でお金を散財させたり、臓器を提供させたりするらしい。
そんなこんなで話題の余命告知サービス、あなたは余命を知りたい派ですか? 絶対知りたくない派でしょうか?
🍤🍤🍤
ナジェノ助次郎左衛門貞継は、ひょんなことから、不正アクセスして自分の余命を知ってしまった。
そんなつもりもなかったのに、知らぬ間にクラッキングしていたのだった。ある意味、天才かもしれない。
しかし。余命を知ってしまってから、後悔することしきり。
あまりにも理不尽なその余命にナジェノ助は、顔面蒼白となった。これまで大病を患ったこともなく、むしろふつうの人よりも自分は健康体だと自負していたナジェノ助のショックは、計り知れなかった。
ナジェノ助の余命は1年と診断されたのだった。もうすぐ17歳の誕生日を迎えるナジェノ助は、最悪18歳まで生きられないかもしれない。
まだまだやりたい事がたくさんあったのにと、彼は絶望した。やっぱりミエや意地を張らずに乃木坂の握手会に行っておくべきだった、推しメンが卒業してしまった今となっては、もう取り返しがつかないのだった。
ナジェノ助は、握手会もライブも一度も行ったことがない完全在宅主義なのだった。人見知りが激しく、殊にかわいい女子に対すると思い切りコミュ障を発動してしまうのだ。
それからナジェノ助は、毎日毎日ごはんもろくすっぽ食べずに泣いてばかりいた。
ナジェノ助は散歩が大好きで、朝夕の散歩が何よりも楽しみだったが、いまはもうその喜びも失われてしまった。心、此処に在らず。ナジェノ助は、何をするにも無関心で無感覚、無反応である自分をどうすることもできなかった。
そして、その絶望の淵から救ってくれたのは、やはり推しメンの言葉だった。
「生きるということ、その根源にはすべて愛がある。世界は一歩一歩、愛の世界へと突き進んでいる。
だから、利他愛に欠ける発言、愛のない誹謗中傷、いままでは見過ごされてきた、あるいは許されてきた言葉の暴力は、もう許されなくなってきた。
SNSで誰もが発言できる時代は、『言葉』がいかに重要なものであるかを、私たちに突きつけてくる。愛のない人の不用意な言葉は、刃となって人を傷つける。
あなたがSNSで何かを発信しようとする時、そこには愛があるのかをもう一度確認してほしい」
ということなのだが、ナジェノ助にはむずかしいことはよくわからない。よくわからないけれども、なにかしら愛のことについて書いてあるのはわかったし、とにかく推しメンの言葉から勇気をもらった気がした。
だから、ナジェノ助は余命1年の1年を、「あと1年しかない」ではなく、「まだ1年もある」と捉えなおし、じゃあ、その1年で自分にはいったい何が出来るだろうかを必死に考えることにした。
落ち込んでなどいられないのだ。
しかし、かえすがえすも推しのライブも握手も行かなかったことは、ナジェノ助にとって男子一生の不覚であったことを思い知らされた。だが、それすらもバネにすればいいのだと思い直した。
オタクは、どこまで行ってもオタクなのだ、たとえ幾千万回推しメンと握手したところで、推しメンの手を握るだけであり、推しメンを手に入れることは出来ない。
ナジェノ助は、もっともっと欲張りなのだ。そう、ふつうのオタクは誰しも推しと結婚したいと常々思っているし、実際に推しのSNSのコメント欄に「結婚してください」なんていけしゃあしゃあと恥ずかしげもなく非常に痛々しいメッセージを残したりするが、その厚かましい独りよがりの文言は、まあ、オタクの〔お約束〕に過ぎない。
まあ、思わず本心を吐露してしまったにしても、それが実現するとは100パー信じてはいない。面白いジョークを言ったくらいの挨拶程度の軽口なのだ。ちょうど、英語のWhat's upみたいな。
しかし。とナジェノ助は考える。自分は、ちがう。ほんとうに推しメンと結婚するんだ。ふたりは、赤い糸で結ばれている。それは天地天命に誓ってまちがいない。でも、問題はその求婚のやり方だった。
結ばれる運命であるにしても、その求婚のやり方を、あるいはそのタイミングを間違えてしまえば、ご破算となる可能性もなきにしもあらず、なのだ。
では、いったいどうしたらいいのか。街角で奇跡のエンカウンタなんて百年待ってもありはしないし、TV局で出待ちしたところで、衆人環視の場で強引に接触すれば、痴漢扱いされ、袋叩きにされるのがオチだ。結局は、急がば回れ、地道に一歩ずつ目標に近づくしか方法はないのだ。
となると、具体的なその手法としては、やはりSNSのコメント欄への書き込みしか手はない。
ただしかし、この手法は、あのマイルス・デイヴィスが編み出したモード奏法と同様に画期的なやり方なのだ、前述した十把一絡げのオタクのやっているただの「結婚してください」とはまったく異なる一周まわってからの「結婚してください」なのである。
つまり、あのオタクたちの用いる常套句的な軽いジャブとは似て非なる「結婚してください」をSNSでそこはかとなく絨毯爆撃することにより、推しにナジェノ助という存在を知らしめすのだ。そして、本心から求婚しているのだと認識してもらうこと、これが最重要事項だった。
そして、「ハネムーンはどこがいいですか?」であるとか「子どもにはピアノを習わせたいですね」とかの連投の刷り込みによるアンカーリングにより、なしくずし的にナジェノ助が運命の相手であるということが既成事実であると、いつしか知らず知らずに認識してもらうこと。
そういったこれは遠大なる求婚計画なのである。
しかし。ナジェノ助のその遠大な求婚計画を訝しむ意見がいつしか潮流となり、ネットを席巻しはじめた。具体的な言葉での誹謗中傷を受けたわけではないが、ナジェノ助は物理的に何か圧を感じた。
ヒトの抱く妬み、嫉み、恨み、怒り等の負の感情や念は、非常に強く、目には見えないが確実になんらかの影響を及ぼすのではないだろうか。因果関係を証明できないので、そんな馬鹿なで終わってしまう話だが。
ひとりやふたりの悪意ある想いならともかく、それが何百何千何万となれば、それは刃(やいば)となって、ターゲットに切りつけたり、突き刺さる。ナジェノ助はそう思った。
推しメンのSNSに書き込んだ完全なる求婚メッセージは、「Will you marry me」であるとか「結婚してください」から徐々にヒートアップしていき「ハネムーンはやっぱりヨーロッパだよね」さらには、「子どもは何人ほしいですか」そこまでいった。
そこで、オタクたちの所謂お約束での「結婚してください」の次元ではない書き込みに対して、むろん推しメンからは何もコメントはないが、ドルヲタやら一般の人たちから、百歩譲ってハネムーン云々は笑えるからいいとしても、いくらなんでも「子どもは何人ほしいですか」は、ありえない! セクハラ以外の何物でもないだろう、という意見が、みんなの総意みたいになって炎上し、トレンドワードに「子どもは何人ほしいですか」が出現した。
個人的に誹謗中傷されたわけではないけれど、いくらガチ恋していて周りが見えなくなっているからといっても、推しに対するリスペクトは忘れてはならない、そんな風にナジェノ助は、無言の圧を感じたのだった。
だが、ナジェノ助は納得したわけではない。ナジェなんだろう? ナジェなのかな? と、不思議で仕方なかった。推しとの結婚は火を見るより明らかなのだ、だから子どもは何人ほしいかを訊ねることは、当然のことじゃないか。なぜそれが推しの人としての尊厳を傷つけることに直結してしまうのか、よくわからなかった。
ナジェノ助は、弱々しい足取りで窓のそばに近寄っていくと、カーテンの隙間から覗いている、お月さまを見上げた。
折しも今夜は満月だった。
そしてナジェノ助は、その満月に向けて遠吠えする孤高の狼のように、力強くこう言った。
「フレブル(フレンチブルドッグ)だって
白石麻衣に恋したっていいじゃないか!」
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