5 / 90
第一章 遠く故郷に別れを告げて
前に進むために
しおりを挟む
「私は……ミリアといいます。ミリア・ヘイワード。フェスタ島からの移住者です」
視線を下に向けたまま、蚊の鳴くような声でそういうミリアにミリアに。
青年は、同情するような視線を向けてこう言った。
「ミリアさん、ね。そっかぁー。君も移住者なんだ。なるほどー、それでさっきのロケットを餞別代りに貰ったわけか。『島を出てからも友達でいようねー』記念とかで」
「よくある事」とでも言うように、さらりとそう言うアキに、ミリアは苦笑気味にこう言った。
「……はい。そのロケットは、私がいつでも幼馴染のエリックと親友のクレアを思い出せるようにって、クレアが作ってくれたものだったんですけど。でも、違ってたみたいです」
そう言って、皮肉な笑みを浮かべるミリアの目に、涙がじんわりと湧き上がる。
そんなミリアの様子に、何となく察したアキは、ミリアの目を見てこう尋ねた。
「ひょっとして君は、エリックのことが好きだったの?」
「え……まあ、好きというか……付き合っていたんです」
そう言って、涙を堪えるかのように下唇を噛んで俯くミリアを前に。
アキは少し首を捻ると、歯に衣奇ぜずこう尋ねる。
「でもさ、俺にはさっきの写真の意味が良く分からないんだけど。君は、エリックと付き合っていた。でも、この写真は、エリックとクレアが幸せそうに肩を寄せ合っている。しかも、クレアに至っては、左手の薬指をこれ見よがしに君に見せつけてる。これって、どういうことなの?」
当然の疑問を口にするアキに、ミリアは眉を顰めると言い難そうにこう言った。
「……エリックとクレアは、婚約したんです。私が王都行きのくじに当たった三日後に」
その言葉に、アキは驚いたように目を見開くと、怪訝な顔をしてこう言った。
「……それって、エリックは元々クレアが好きだったってことなの、かな」
「分かりません。でも……その写真を見ると、そう思ってしまう自分もいて。凄く惨めな気持ちになるんです」
もしクレアのことが好きだったのなら、なぜエリックはミリアにそう言ってくれなかったのだろう。
何のために、貧乏人のミリアなんかと付き合ってくれていたのだろう。
施し? 哀れみ? 蔑み? それとも、島の皆と陰で一緒にあざ笑うため――?
考えるだけで恐ろしくなり、ミリアは両手で体を抱える。
そんなミリアを申し訳なさそうに見つめると、アキは優しい声音でこう言った。
「そっか、辛いね」
「あの頃に。くじを引く前の、何も知らなかったあの頃に戻りたい……」
そう言って、ミリアは手の甲で涙を拭いながら船尾の後方に広がる地平を見つめた。
気が付けば、辺りは燃える炎のような紅蓮に染まっている。
アキは、手すりを片手で掴みながら、海を赤く染める大きな夕日を見つめてこう言った。
「でもさ、もう過去には戻れないんだし。前に進まなきゃ」
「前に進むだなんて。そんな……」
エリックを忘れるだなんて……そんなこと、絶対に出来ない。
エリックとのたくさんの思い出が、脳裏を駆け抜けていく。
――たとえ、クレアと婚約したのだとしても、エリックとの思い出の全てが、嘘だとは思いたくない。
そんな未練がましい思いが、ミリアを過去へと縛り付ける。
でも――。
「私、進めるでしょうか、前に……」
呟くようにそう言うミリアに。
アキは力強くこう言った。
「進めるさ」
そして、海と空の間に沈んでいく夕日を見つめながら、アキは自分に言い聞かせるようにこう言った。
「過ぎちゃった過去はもう変えられないけど、未来なら……ある程度は自分の思うように変えられるんじゃないかーって思うから。まあ、これは俺の希望的観測なんだけどねー」
そう言って苦笑するアキに。
ミリアは、ふと心に浮かんだ感情を口に出してこう言った。
「でも、怖くないですか。王都で一人、生きていくこと」
その問いに、アキは両肩を竦めると、少しはにかみながらこう言った。
「怖いよー。怖いけどね……俺は少し、期待してる」
「期待、ですか」
「うん」
酷く素直にそう言うと、青年は、船尾の前に広がる広大な海の最果てを見つめながら、あっけらかんとこう言った。
「でもまぁ……君も俺も含め、この船に乗っている奴らは、皆、多かれ少なかれ、何かしらの負の感情を抱えてるんだろうし。それこそ、怖いとか、悲しいとか、苦しいとか……不安だとか、色々ね。むしろ、君のように「故郷に帰りたい」って考えない奴の方がおかしいのかも」
「そう、でしょうか?」
普通なら、「泣くな!」「前を向け!」とか言われるところなんじゃないかと思いはしたが(村の先生ならそう言っていた)、青年は、断言するようにこう言い切った。
「そうだよ。とはいえさ……もう、こんな過去の遺物に囚われるのはやめにしない?」
そう言うと、アキは改めて胸のポケットの中から、ミリアのロケットを取り出すのであった。
視線を下に向けたまま、蚊の鳴くような声でそういうミリアにミリアに。
青年は、同情するような視線を向けてこう言った。
「ミリアさん、ね。そっかぁー。君も移住者なんだ。なるほどー、それでさっきのロケットを餞別代りに貰ったわけか。『島を出てからも友達でいようねー』記念とかで」
「よくある事」とでも言うように、さらりとそう言うアキに、ミリアは苦笑気味にこう言った。
「……はい。そのロケットは、私がいつでも幼馴染のエリックと親友のクレアを思い出せるようにって、クレアが作ってくれたものだったんですけど。でも、違ってたみたいです」
そう言って、皮肉な笑みを浮かべるミリアの目に、涙がじんわりと湧き上がる。
そんなミリアの様子に、何となく察したアキは、ミリアの目を見てこう尋ねた。
「ひょっとして君は、エリックのことが好きだったの?」
「え……まあ、好きというか……付き合っていたんです」
そう言って、涙を堪えるかのように下唇を噛んで俯くミリアを前に。
アキは少し首を捻ると、歯に衣奇ぜずこう尋ねる。
「でもさ、俺にはさっきの写真の意味が良く分からないんだけど。君は、エリックと付き合っていた。でも、この写真は、エリックとクレアが幸せそうに肩を寄せ合っている。しかも、クレアに至っては、左手の薬指をこれ見よがしに君に見せつけてる。これって、どういうことなの?」
当然の疑問を口にするアキに、ミリアは眉を顰めると言い難そうにこう言った。
「……エリックとクレアは、婚約したんです。私が王都行きのくじに当たった三日後に」
その言葉に、アキは驚いたように目を見開くと、怪訝な顔をしてこう言った。
「……それって、エリックは元々クレアが好きだったってことなの、かな」
「分かりません。でも……その写真を見ると、そう思ってしまう自分もいて。凄く惨めな気持ちになるんです」
もしクレアのことが好きだったのなら、なぜエリックはミリアにそう言ってくれなかったのだろう。
何のために、貧乏人のミリアなんかと付き合ってくれていたのだろう。
施し? 哀れみ? 蔑み? それとも、島の皆と陰で一緒にあざ笑うため――?
考えるだけで恐ろしくなり、ミリアは両手で体を抱える。
そんなミリアを申し訳なさそうに見つめると、アキは優しい声音でこう言った。
「そっか、辛いね」
「あの頃に。くじを引く前の、何も知らなかったあの頃に戻りたい……」
そう言って、ミリアは手の甲で涙を拭いながら船尾の後方に広がる地平を見つめた。
気が付けば、辺りは燃える炎のような紅蓮に染まっている。
アキは、手すりを片手で掴みながら、海を赤く染める大きな夕日を見つめてこう言った。
「でもさ、もう過去には戻れないんだし。前に進まなきゃ」
「前に進むだなんて。そんな……」
エリックを忘れるだなんて……そんなこと、絶対に出来ない。
エリックとのたくさんの思い出が、脳裏を駆け抜けていく。
――たとえ、クレアと婚約したのだとしても、エリックとの思い出の全てが、嘘だとは思いたくない。
そんな未練がましい思いが、ミリアを過去へと縛り付ける。
でも――。
「私、進めるでしょうか、前に……」
呟くようにそう言うミリアに。
アキは力強くこう言った。
「進めるさ」
そして、海と空の間に沈んでいく夕日を見つめながら、アキは自分に言い聞かせるようにこう言った。
「過ぎちゃった過去はもう変えられないけど、未来なら……ある程度は自分の思うように変えられるんじゃないかーって思うから。まあ、これは俺の希望的観測なんだけどねー」
そう言って苦笑するアキに。
ミリアは、ふと心に浮かんだ感情を口に出してこう言った。
「でも、怖くないですか。王都で一人、生きていくこと」
その問いに、アキは両肩を竦めると、少しはにかみながらこう言った。
「怖いよー。怖いけどね……俺は少し、期待してる」
「期待、ですか」
「うん」
酷く素直にそう言うと、青年は、船尾の前に広がる広大な海の最果てを見つめながら、あっけらかんとこう言った。
「でもまぁ……君も俺も含め、この船に乗っている奴らは、皆、多かれ少なかれ、何かしらの負の感情を抱えてるんだろうし。それこそ、怖いとか、悲しいとか、苦しいとか……不安だとか、色々ね。むしろ、君のように「故郷に帰りたい」って考えない奴の方がおかしいのかも」
「そう、でしょうか?」
普通なら、「泣くな!」「前を向け!」とか言われるところなんじゃないかと思いはしたが(村の先生ならそう言っていた)、青年は、断言するようにこう言い切った。
「そうだよ。とはいえさ……もう、こんな過去の遺物に囚われるのはやめにしない?」
そう言うと、アキは改めて胸のポケットの中から、ミリアのロケットを取り出すのであった。
2
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
異世界で大往生した私、現代日本に帰還して中学生からやり直す。~最強の補助魔法で、冴えないおっさんと最強美女を操って大金持ちになります~
タカノ
ファンタジー
異世界へ転移し、聖女として崇められ、愛する家族に囲まれて88歳で大往生した……はずだった。 目が覚めると、そこは現代日本。 孤児の中学2年生、小金沢ヒナ(14)に戻っていた。
時間は1秒も進んでおらず、待っていたのは明日のご飯にも困る極貧生活。 けれど、ヒナの中身は酸いも甘いも噛み分けたおばあちゃん(88歳)のまま!
「もう一度、あの豊かで安らかな老後(スローライフ)を手に入れてみせる!」
ヒナは決意する。異世界で極めた国宝級の【補助魔法】と【回復魔法】をフル活用して、現代社会で大金を稼ぐことを。 ただし、魔法は自分自身には使えないし、中学生が目立つと色々面倒くさい。 そこでヒナがビジネスパートナー(手駒)に選んだのは――
公園で絶望していた「リストラされた冴えないおっさん」と、 借金取りに追われる「ワケあり最強美女」!?
おっさんを裏から魔法で強化して『カリスマ社長』に仕立て上げ、 美女をフルバフで『人間兵器』に変えてトラブルを物理的に粉砕。 表向きはニコニコ笑う美少女中学生、裏では彼らを操るフィクサー。
「さあ善さん、リオちゃん。稼ぎますよ。すべては私の平穏な老後のために!」
精神年齢おばあちゃんの少女が、金と魔法と年の功で無双する、痛快マネー・コメディ開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる