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君の中から消えた日 (2)

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 今日の授業が終わり職員室へと戻って仕事をしはじめる。

 帰りにスーパーによって帰ろう。一度作って見てどんな味なのかを知っておきたいし、料理が上手いわけではないので練習もしておきたい。

 黄色の弁当をみて喜ぶ浅木を想像するだけで口元が綻ぶ。

 楽しみだなと気持ちが弾む。仕事の手が止まってしまうことに、自身のことを笑ってしまう。

 このままではスーパーが開いている時間までに帰れなくなってしまうなと手を動かし始めた。

 職員室の電話が鳴ったのは十八時頃だった。桧山は部活を終えた教員と話をしていた。

 その連絡を受けたとき愕然とした。

 自分の担当クラスには彼以外に同じ名字はいない。きっと他のクラスと間違えたのではと今一度、名前を尋ねた。だが、帰ってきたのは初めに聞いたクラスと名前だった。

 急いで病院へと向かうと集中治療室で眠る彼がいた。

 怪我はそれほど酷くはなく、ただ頭を打ったせいで目を覚まさずにいた。

 連絡がくるまで気が気でなくて、着信音がなるたびに目を覚ましたかと画面を見て別の相手の名にがっかりとした。

 それから一週間後に学校へ連絡が入った。

 浅木が目覚めたことに安堵しすぐに病院へと向かったのだが、目の前の彼はどこか他人を見るようなぎこちない表情を浮かべていた。

「浅木……?」

 そんな彼に不安を感じた。そうであってほしくないと心臓がバクバクと音を立てる。

「どうしたんだ」

 彼の方へと手を伸ばす。あと少しで肩に触れる。だがその手は途中で止まることとなる。

「えっと、俺、どうして病院にいるのかもわからねぇ状態でさ。事故で頭打って記憶喪失ってやつ」

 浅木の告白に頭の中が真っ白になり、鼓動が激しくなりぐらっと視界が揺れた。

「わっ、ちょっと大丈夫かよ」

 彼がベッドから下りようとするので、

「大丈夫」

 と声を絞り出す。

 このままでは自分自身を支えきれず、傍にあった丸椅子に腰を下ろした。

「はぁ。普通はアンタみたいに驚くよな。俺の母親だっていう人なんてさ、無くしたものはしょうがないって。驚きもしねぇの」

「そう、なんだ」

 目の前でおきていることを受け入れられない。まるでテレビでドラマを見ているような気分だ。

 誰かによって作られた物語、のような。

「目覚めた時にさ、すげぇ混乱して暴れて。でもそんなことをしても思い出さねぇんだもの。割り切るしかねぇよ」

 そう口にするが、不安そうな表情を浮かべる。きっと強がっているだけだろう。

 今すぐ彼を抱きしめたい。背中を優しくなでて慰めて……。

 そうするべきなのに。

「そうだな。これから先のことを考えよう」

 口から出たのは、きっと彼を傷つけるだろう言葉だった。

「そう、だよな」

 表情がかたくなる。

「あ、いや」

 違う、なんて言っても今更だ。浅木の視線が離れていく。

「浅木、俺も一緒に」

 考えるから、そう口にしようとしたが、

「あ、勉強ができなくても勘弁な。記憶がねぇからさ」

 そう遮られてベッドに横になると桧山に背を向けた。

「疲れたから休むわ」
「解った。浅木、次は学校で会おうな」

 結局なにもいえずにそれだけいうと席を立つ。

「あぁ」

 記憶をなくした浅木は普段桧山に見せるような表情を浮かべた。








 あの後の記憶が曖昧だ。

 気が付いたら暗い部屋の中、ソファーに座り込んでいた。

「あぁ、学年主任と校長先生に連絡を入れないと……」

 心配して連絡を待っているだろう。

 カバンの中からスマートフォンを取り出すと、開いたのは彼らの連絡先ではなくメッセージアプリだ。

 ほんの数時間前までやり取りをしていた、最後となるだろうメッセージは、

<また明日な。俺、頑張るからご褒美楽しみにしてる>

 だ。それにこたえるために黄色い弁当を作るはずだったのに。

「ふ、う……」

 病院では流すことのなかった涙があふれ出た。

 嗚咽をもらさぬように口元に手を当てて、もう片方の手はスマートフォンを握りしめる。

 画面にしずくが落ちるがとめることも離すこともできない。

「俺は馬鹿だな。子供だし未来があるのだからとか、勢いで男と付き合って苦い思いをしてほしくないとか」

 相手は生徒で自分は教師。彼のためにと思いながら真っすぐな気持ちにこたえなかった。

「そう思っていたのに。いまさらだろう! なのにショックをうけて」

 忘れられてしまったことに傷つき、彼の中に自分がいないことが辛くて胸が苦しい。

「あさきぃ、俺だって、お前が……」

 どの生徒よりも可愛くて特別だった。

「好きだ」

 好きだった。

 でも、浅木には桧山と同じ気持ちはない。

「俺は馬鹿だな」

 全て、今更だ。失って気づいたのだから。
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