甘える君は可愛い

希紫瑠音

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ワンコな部下と冷たい上司

8・杉浦

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 今まで関わりあう事を避けてきた杉浦に、松尾はまずはコミュニケーションをと、あるミッションを出す。

 喫茶店の近くにある和菓子屋。そこで部署の皆に差し入れを買うことだ。

「お疲れ様。皆さんでどうぞ」

 そう声を掛ければ、皆が驚いた目を向ける。

「ごちそうさまです」

 一番に席を立ち袋の中から饅頭をとったのは松尾で、それに続いて皆が躊躇いつつも袋の中から和菓子を手に取る。

「美味しそうですよね」

 と、部署の中でもムードメーカ的なベテランの女子社員に声を掛ける。きっとあれはこちらに話を振りやすくする為にしたのだろう。

「課長、どこで買われたんです?」

 松尾の狙い通りに、その女子社員が声を掛けてくる。

 まだ慣れないので緊張する。表情も強張っているのではないだろうかと、ちらりと松尾を見れば、頑張れとくちぱくをする。

「良く行く喫茶店の近くにあるんですよ。その……、よければパンフレットをどうぞ」

 袋から取り出してそれを手渡す。

 興味を持った女子がそれを眺め、ふっと松尾を見れば杉浦に優しく微笑んでいた。

 それにホッと胸をなでおろし、

「残りは適当に分けてください」

 袋ごと女子社員へと渡した。

「ありがとうございます。頂きます」

 差し入れをしただけなのに、皆のやる気をいつもより感じる。

 松尾がまだ移動してくる前、八潮によく差し入れを貰ったのだと話してくれた。

 それだけでやる気が違くなると言っていたが、本当だった。

「少しずつでいいんです」

 いつもと違う事に、皆は気が付いてくれるから。

 和菓子屋に一緒について来て貰った時に、手を握りしめながら言ってくれた。

 それから一息入れようかということになり、

「課長、お菓子のお礼です」

 とペットボトルのお茶を貰った。

「今度、この和菓子屋さんに行ってみようと思います」

 別の部下がそういって笑う。

「俺、甘いもん苦手なんすけど、これ、めちゃうまいっす」

 と、松尾と同じくらいの歳の社員がそう口にする。

「それは良かったです」

 嬉しいと素直に思った。

 途端、周りがポカンとした表情を浮かべ、松尾が指で唇の端を持ち上げて笑顔を作る。

「え?」

 自分は今、笑顔を見せていたのか。それに驚くと同時に恥ずかしくて顔が熱くなる。

「やばっ、レアっすね」

 と言われ、女子社員がきゃっきゃと声を上げている。

 松尾がすぐそばに来て、

「いい笑顔です」

 そう囁く。

 人との付き合いもそんなに悪いものではない。そう思ってしまうのは隣に立つ男の影響なのだろう。

 これでは松尾の思いのツボだなのだが、それに乗せられることも嫌ではない。






 約束をしていた洋食屋へと行った。

 家族の思い出を話している間、松尾は黙って話を聞いてくれた。

 大切な人達の事を思い出すのが辛くて、この洋食屋にもずっと行く事は無かった。

 だが、今はここは特別な場所にとなりつつある。愛しい人と、大切な人との思い出がつまっているから。

「今度はクリームコロッケを食べてみようと思います」

 母親がいつも頼んでいたメニューだ。

「では、俺はハンバーグを」
「半分こしましょうか。弟とよくしてました」
「いいですね。そうしましょう」

 食事を終え、マンションまで送るという松尾に、それならばと自分の部屋へと誘った。

 中へと入るなり、こちらからキスをする。心が満たされて暖かくなる。

「課長、どうしたんです」

 玄関先でキスをするなんてと、熱烈ですねと頬を撫でられる。

「お前で満たされたい。もっと、深い所まで俺にくれないか?」

 口調がかわり、上司と部下という関係から恋人同士の時間となる。

「それって、貴方を抱いても良いと言う事でしょうか」
「あぁ。受け入れたいし愛してほしいんだ、身も心も全て」

 今まで好きになった人は杉浦の元から去っていく。それがどれだけ悲しかったことか。こんな思いをするならば一人でいる方がイイと、関わることをやめたのにだ。

 愛し合う喜びを感じたいと思ってしまった。全て松尾のせいだ。

「全部、頂きます」

 強く抱きしめられ唇を奪われる。

 舌が歯列を撫でて、互いに絡み合う。

「ん、ふ」

 首に腕を回して、水音を立てながら深く口づければ、足から力が抜けそうになり、それを支えるように松尾の腕が腰に回る。

「続きはベッドで」

 そうだった。まだここは玄関先だ。

「はは、俺はどれだけがっついているのだろうな」
「俺もです」

 また軽く唇が触れあい、そして目を合わせてふっと笑みを浮かべる。

「行こうか」
「はい」

 松尾の手を握りしめ、寝室へと誘った。
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