5 / 25
1
④
しおりを挟む
高野家の構成員数は全部で4人である。父と母と小学2年生の妹紗夜と長男の春馬。父の留守中に家を守るのは春馬の役目である。
その夜、リビングで紗夜の漢字の書き取りの宿題を見てやりつつテレビを見ていると、なんとも味のあるよさげな曲のCMが流れてきた。見ると紗夜もノートから顔を上げて画面に見入っている。口が半開きの妹を見て我が身を省みて春馬は口を閉じた。
春馬と紗夜の音楽の嗜好は似通っているので、たいがいこういう時は同じ反応を示している場合が多い。
沖縄独特の音階で奏でられる音楽をバックに、島を取り囲む真っ青な海が俯瞰の視点から画面いっぱいに映し出される。
「外から見ていると、青々としてちっとも傷ついていないように見える、石垣島の青い海―――。けれど水面下ではこの瞬間もサンゴが死んでいっています」
耳ざわりの良い声で女性のナレーターが淡々と告げる。画面の隅に撮影場所・石垣島の文字を見て、連想的に父親を思い浮かべた。今、まさに父親が活動している地ではないか、もしかしたら。と思っていると、
「あ!パパだ!パパだ!!!」
パパが映ってる!!!と紗夜が大興奮で画面に映し出された父親に向かって手を振った。スキューバダイビング用のスーツを身につけた父春彦はこちらに手を振ると、体をくるりと回転させて海中にダイブした。
画面が波に揺れる。気泡の向こうに美しい海の中が映し出された。恐ろしいほど透明な青の世界。色とりどりの魚達の群れが行きかうテーブルが重なり合ったようなサンゴ礁は、けれど燃え尽きたようにどれも真っ白だった。
「今、世界中の海で広範囲にわたるサンゴの白化現象が深刻な問題となっています。原因は地球温暖化による海水温度の上昇、土地開発や干潟の埋め立てによる赤土の流入、オニヒトデによる被害など様々です。グレートバリアリーフでは海水が1度上昇したことで16%のサンゴが死滅したという記録が残っています。今世紀末までには最大6度の上昇が見込まれておりこのままでは実に5%のサンゴ礁しか残りません」
それほどに。数値にして初めて実感できるこの星の異常さに気づかされた。
「世界中の人々に音楽を通して環境保護の必要性を知ってもらいたい。そんな願いを込めて名づけられた「SEA VINE PROJECT」。「たった一人の働きかけが やがて世界を揺るがす うねりに変わる」を合言葉に、私達は今後もサンゴの再生・保護活動に従事していきたいと思います」
ナレーションが終わり、波をあしらった「SEA VINE PROJECT」のロゴマークでCMは締めくくられた。
ついに父の仕事が本格的に始動したんだな。と実感した。
春馬の父、高野春彦の職業はテレビ番組、CM等の映像制作をするクリエイターである。現在、彼は石垣島で起ち上げられたサンゴの保護活動を目的としたプロジェクトに参加している。
「パパぁ、パパに会いたいよぅ」
あら、と思って見てみると妹がぐずり始めていた。父親の姿を見て恋しくなったのだろう。
家族を慰めるのも長男としての役目だ。
「紗夜、パパとビデオ通話しよっか」
涙ぐみながら紗夜はこく、と頷いた。待ってな。と言い置いてスマートフォンを部屋に取りに行くと来栖からメッセージが入っていた。「週末、開いてる?ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」とのことだったので「14時からならOKです」と返して階下に降りた。
さて繋がるだろうか。妹と画面を覗き込んでいると、鼻面のヘンな角度で父のドアップが写った。紗夜が大笑いする。画面の向こうで父は角度を調節してから、おー、どうした。元気だったかぁ、パパだぞーっと破顔した。
「パパ!パパ!あのね、さっきパパ見たよ!海に飛び込んでた!ざぶーんって!」
「おー、もうCM流れてんのか!あれな、紗夜に手を振ったんだぞー?」
「わかってるよ!パパとサヤはラブラブだもんね」
そのとき背後から母親が画面を覗きつつ通り過ぎていった。
「何言ってんの、紗夜。パパの一番はママなんだからね」
「違うもん!パパの一番はサヤだもん。こないだサヤはオレのヨメって言ってたもん!!」
「残念でしたー。パパのヨメはママなの。紗夜とは結婚できません」
うわぁああん、ママの馬鹿ぁとさっき泣いたカラスがまた泣き出した。父が画面の向こうから必死に娘をなだめる。
自分の娘に対して本気で嫉妬するってどうなんだろう。一人、台所のテーブルでビールを飲む母を見て春馬は思った。
「せめて紗夜はパパの二番目だよ。とか言ってやればいいのに」
「何言ってんの?世界で二番目に好きなんて、そんなの年端もいかない子供に通用すると思ってんの?一生かかっても一番になれないんなら愛されてないって言われてるのと一緒じゃないの」
あぁ、それも一理ある。と春馬は納得した。
母も夫がいなくてさびしい思いをしているのだろう。しばらくの間、母親にスマートフォンを預けて父親との二人っきりの時間を満喫してもらった。
その夜、リビングで紗夜の漢字の書き取りの宿題を見てやりつつテレビを見ていると、なんとも味のあるよさげな曲のCMが流れてきた。見ると紗夜もノートから顔を上げて画面に見入っている。口が半開きの妹を見て我が身を省みて春馬は口を閉じた。
春馬と紗夜の音楽の嗜好は似通っているので、たいがいこういう時は同じ反応を示している場合が多い。
沖縄独特の音階で奏でられる音楽をバックに、島を取り囲む真っ青な海が俯瞰の視点から画面いっぱいに映し出される。
「外から見ていると、青々としてちっとも傷ついていないように見える、石垣島の青い海―――。けれど水面下ではこの瞬間もサンゴが死んでいっています」
耳ざわりの良い声で女性のナレーターが淡々と告げる。画面の隅に撮影場所・石垣島の文字を見て、連想的に父親を思い浮かべた。今、まさに父親が活動している地ではないか、もしかしたら。と思っていると、
「あ!パパだ!パパだ!!!」
パパが映ってる!!!と紗夜が大興奮で画面に映し出された父親に向かって手を振った。スキューバダイビング用のスーツを身につけた父春彦はこちらに手を振ると、体をくるりと回転させて海中にダイブした。
画面が波に揺れる。気泡の向こうに美しい海の中が映し出された。恐ろしいほど透明な青の世界。色とりどりの魚達の群れが行きかうテーブルが重なり合ったようなサンゴ礁は、けれど燃え尽きたようにどれも真っ白だった。
「今、世界中の海で広範囲にわたるサンゴの白化現象が深刻な問題となっています。原因は地球温暖化による海水温度の上昇、土地開発や干潟の埋め立てによる赤土の流入、オニヒトデによる被害など様々です。グレートバリアリーフでは海水が1度上昇したことで16%のサンゴが死滅したという記録が残っています。今世紀末までには最大6度の上昇が見込まれておりこのままでは実に5%のサンゴ礁しか残りません」
それほどに。数値にして初めて実感できるこの星の異常さに気づかされた。
「世界中の人々に音楽を通して環境保護の必要性を知ってもらいたい。そんな願いを込めて名づけられた「SEA VINE PROJECT」。「たった一人の働きかけが やがて世界を揺るがす うねりに変わる」を合言葉に、私達は今後もサンゴの再生・保護活動に従事していきたいと思います」
ナレーションが終わり、波をあしらった「SEA VINE PROJECT」のロゴマークでCMは締めくくられた。
ついに父の仕事が本格的に始動したんだな。と実感した。
春馬の父、高野春彦の職業はテレビ番組、CM等の映像制作をするクリエイターである。現在、彼は石垣島で起ち上げられたサンゴの保護活動を目的としたプロジェクトに参加している。
「パパぁ、パパに会いたいよぅ」
あら、と思って見てみると妹がぐずり始めていた。父親の姿を見て恋しくなったのだろう。
家族を慰めるのも長男としての役目だ。
「紗夜、パパとビデオ通話しよっか」
涙ぐみながら紗夜はこく、と頷いた。待ってな。と言い置いてスマートフォンを部屋に取りに行くと来栖からメッセージが入っていた。「週末、開いてる?ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」とのことだったので「14時からならOKです」と返して階下に降りた。
さて繋がるだろうか。妹と画面を覗き込んでいると、鼻面のヘンな角度で父のドアップが写った。紗夜が大笑いする。画面の向こうで父は角度を調節してから、おー、どうした。元気だったかぁ、パパだぞーっと破顔した。
「パパ!パパ!あのね、さっきパパ見たよ!海に飛び込んでた!ざぶーんって!」
「おー、もうCM流れてんのか!あれな、紗夜に手を振ったんだぞー?」
「わかってるよ!パパとサヤはラブラブだもんね」
そのとき背後から母親が画面を覗きつつ通り過ぎていった。
「何言ってんの、紗夜。パパの一番はママなんだからね」
「違うもん!パパの一番はサヤだもん。こないだサヤはオレのヨメって言ってたもん!!」
「残念でしたー。パパのヨメはママなの。紗夜とは結婚できません」
うわぁああん、ママの馬鹿ぁとさっき泣いたカラスがまた泣き出した。父が画面の向こうから必死に娘をなだめる。
自分の娘に対して本気で嫉妬するってどうなんだろう。一人、台所のテーブルでビールを飲む母を見て春馬は思った。
「せめて紗夜はパパの二番目だよ。とか言ってやればいいのに」
「何言ってんの?世界で二番目に好きなんて、そんなの年端もいかない子供に通用すると思ってんの?一生かかっても一番になれないんなら愛されてないって言われてるのと一緒じゃないの」
あぁ、それも一理ある。と春馬は納得した。
母も夫がいなくてさびしい思いをしているのだろう。しばらくの間、母親にスマートフォンを預けて父親との二人っきりの時間を満喫してもらった。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる