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グランの才能

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 無事にジル先生の研究室に入ることが出来た俺たち三人は、一路学生寮への帰路を歩いていた。
 あの後もジル先生との話は尽きぬことは無く、先生が締切を忘れていた仕事の回収に来た他の教諭が来るまで続いた。

「しっかし、初年度から研究室入りとか運が良いのか悪いのか…………」

「まぁ、研究室に入ってたら材料費とかの経費は研究予算から出るし良いんじゃない」
 ボヤく俺にニーナが能天気に答える。

「というか、お前は大丈夫だったのか? 姐さんと同じ研究室に入るとか言ってただろ」

「うーん、その予定だったけどジル先生の所も面白そうだし、あわよくばおこぼれにあずかれそうだし」
 そういう彼女にため息をつく、そういや姐さんに懇願されて身体強化を教えてたら、たまたまその場に居合わせて勝手に覚えたんだったな……。門前の小僧教えぬ経を覚えるとは良く言ったものだ。そんなやり取りをしていると不意に恵体を猫背で小さくしたグランが視界の端に見えた。

「なんだよグラン、辛気臭い顔して」
 敢えて茶化す俺の言葉をグランは聞き流すと、溜め息をついた。

「おこぼれの様な形で研究室入ったけど、俺って目標に対する明確なビジョンないなと思ってな」
 そう言い肩をすくめるグラン。

「明確なビジョンってものに関してはそこに居るニーナもないぞ」
「あっちに関しては、そいいう細かいこと考えないで感性でやってそうだけどな」
 その言葉に返すものがなく閉口する。

「家業に反発して小型魔道具の開発って考えてはいたけど、なにを作りたいかまでは決めてないしさ」
「そんなこと、後からついてくるよ。俺もあれこれもがいていくなかで今があるしな」
 そう言いグランの肩を強めに叩いた。筋肉の鎧が硬すぎて叩いた俺の手のほうが痛い。

「俺も出来ることは協力は惜しまないし、焦らずやってこうぜ」
 笑う俺に笑い返すグラン、俺の背後からニーナが顔を出して俺たちの話を聞こうと問いつづけるニーナをいなしながら走り出す。














 研究室所属が決まって何日かたった。
 名目上、魔道具技術研究部の部員ではあるがそこの活動の大半は、顧問の仕事の補助であった。いや、俺自身の研究もやってはいるがジル先生は思った以上にズボラだった。
 重要書類の締切破りは日常、月間の経費の計算も雑と本人より仕事をこなしているようなものだった。経費の計算は実家の家業の修行名目でニーナが一手に担当し、書類の校正は俺が担当し、ひとまず人間が読める形に整え提出させた。さらにいえば堆く積まれた紙の山脈を探す中でとんでも無いアイディアの走り書きが見つかって、今まで詰まっていた分野の糸口になったりと十分こちらの理にはなっていたがついでに教師としての尊敬の念も無くなっていた。

「ジルさんよ、ここの回路式なんだけどさ……」
 ノートに書いた回路図案を持って、ジルに声をかけ、ジルは柳眉をしかめて俺を睨む
「呼び捨てとは、誉められんなこれでも曲がりなりに教師なんだが」
「そう言うのは、自分で仕事全部締切間に合わせてから言え」
 ジト目でそう言いノートを差し出す。ジルはそれを受け取ると的確に回路の問題点を上げ説明するとともに替わりの回路式をノートに書いていく、ズボラではあるが技術者としては一流なのに変わりはなく、俺の書いた回路図の問題点を上げものの数分で改良、より高いクオリティに仕上げた。本人曰く俺の書く回路は機能自体は高いが、無駄が多く想定以上の魔力消費があるらしく、彼女の改良で魔力効率が大きく高くなった。とはいえ最初の数日はスーツを着ていたが、普段はキャミソールとスカートの上に白衣を纏い、素足にフラットなサンダルというラフすぎる格好で学内をうろうろしている、ニーナの抗議でどうにか現在はキャミソールの上にシャツを着ることになったが、正直男として目のやり場に困っていたので、放課後ニーナが好きな激辛フードを奢った。翌日まで口が痛くて涙が止まらなかった。



 そんなドタバタを俺たちがしている中、部屋の端の作業台でグランが黙々と作業していた。邪魔しないようにそっと近寄るとそこには真鍮で編まれた首飾りがあった。チェーンの繊細な編み目もそうだがトップの戦女神を模した細工も美しく作られているが、しかし……。

「しかし、デザインや細工の出来はいいけど素材の質がなぁ、そこだけが勿体無いよなぁ」
 デザインセンスや造形の腕は確かなのだが、グランは錬金の魔法の精度がとことん悪かった。
 素材に関しては店で購入という手もあるのだが、個人が店舗で買える金属素材は学生には割高くそう月に何度も買える物ではない、グランは大手の魔力馬車メーカーの御曹司ではあるが、厳しい家らしく実家からは毎月の学費と一般学生位の小遣いらしく金属素材を潤沢に買える懐事情ではないらしい、ジルからは素材費を経費にしても良いと言われているが、本人が自分の方向性が決まってからと言って誇示している。

「とはいえ、鍛治に金工細工に木工系と幅広く学んでると方向性もなにもあったもんじゃないだろ……それも全部職人から太鼓判とか、器用というか」
「その器用が魔法にも活かされたら良かったんだけどな、どうも錬金だけは満足出来る出来にならないんだよな」
 そう言い苦笑いで、目の前に置いた金属片を魔法で混ぜ合わせインゴットを作るがやはり作られた物の純度は低い、魔力操作や錬金魔法自体の出来はいいのだが、出来たインゴットは不純物が多い、となると錬金と不純物の除去の並行作業に問題があるということだが。

「グラン、お前練金するときに中の不純物の除去どうしてる?」
「うん、ああ錬金してる最中に取り除いてるが何度やっても取り切れてないんだよなぁ。不純物除去に注力すると金属自体の出来がお粗末になるし、錬金に注力すればとても使えた物じゃなくなるし、今自分が出来る限界がこれなんだよ」
 皮肉げに笑うグランに俺は閉口してしまう。そこにジルが俺の肩越しから顔を出しグランの手元を覗き見た。

「錬金の分解と金属合成のバランスが難しいなら、問題を分けて解決させたらどうだ?」
「問題の仕分けですか?」
 グランの返しにジルは俺の肩に置いた顎を外して、俺達の前に出てきてどこからか出した黒板にチョークで図面を書き出した。

「錬金の魔法が組み合わせる金属に混ざった不純物を取り除く『分解』と合金を作る『金属合成』を同時にこなしているというのは各自理解しているよな。
「魔法が起こす現象に関してはある程度把握はしてますが、それを別けるとは一体?」
 グランの問いに内心同意する。魔法はただ魔力で不思議な現象を起こすのではなくいくつかの作業が絡み合って一つの現象を起こしているのが研究の中でわかってきている、火属性なら魔力で作った火種は空気を取り込んで大きくして物を操作するといった方式で、魔法塾では入口として実際の物に触れて、イメージを明確化してから練習を開始させている。魔法を擬似的に使わす魔法工学では魔法自体を細かく分解して考えているが、一般的には魔法塾で教わるイメージを変化させて魔法を使っているものが多い、上級魔法なんかは魔法書にある魔術式や詠唱を覚えたりして使える様になるがその基準自体は割と大雑把ではある、分厚い石壁を溶かしたりとか平地で津波を起こしたりとかという超常現象を起こしたりとか出来たら上級魔法師という枠組みに当てはめるらしい、最上位魔法を使えるカルーエ姐さんに関しては本人の素質もあったが、俺があれこれもがいている中で様々な魔法書を読み漁る中で自然と魔法の理解を深めて、今では詠唱使用がほとんどの最上級魔法を無詠唱で使えるようになった。噂だと学校から依頼された農村を襲うゴブリンも群れを巣穴ごと粉砕したらしい、まぁ最上級魔法使った後は流石に魔力切れで普段のポンコツ身体能力に戻ってるらしいが。

「錬金中の精錬と合成を別の頭で操作できれば問題解決だろ?」
「いや、そもそもそれ自体が人間の頭だと……あっ!」
「気づいたが、お前にしては遅かったが」
 ジルのその言葉に俺は、一気に頭の中の回路がつながった。

「魔法の効果を補助する魔道具か……」
 そう呟く、俺にジルが口のみの笑顔を向ける。
「お前の魔銃は、魔力圧縮と魔法合成とか複数の作業を分割して回路に組み込んでいたろ? あの技術を流用したら解決しないか?」
 そう言われ、顎に指を当て思案すると、ノートに無造作にいくつもの回路図を書き出す何十もの式のを書く中で俺は一つの回路図にたどり着く、だがコレを組み込む素体が見つからない素体候補としては、いくつか思い当たる作業グローブにアクセサリーとか候補はあるけど、今回はなにを使うか悩む。

「回路組み込むのになに使うかが問題か……使いやすい方がいいが」
 そう呟く俺にグランがハンマーを差し出す。
「分解をつけるなら、ハンマーの方が使いやすいと思うが、組み込めるか?」
 差し出されるハンマーを受け取って、周囲を見回す頭や柄などを観察して組み込める場所を確認した。
「書くことは出来るな」
 そう言い俺は、グランの許可を得てハンマーを解体してポケットから手袋を取り出しはめると、各パーツに回路式を書き込んでいく、ヘッドに核となる分解の機能式、柄にそれを起動させる魔力動線と使い手の錬金魔法に反応する魔法陣を組み込む、回路式を組み込み手早く組み立てるとグランに返す。ハンマーを受け取りグランが目の前のインゴットを叩く、すると叩かれたインゴットが光り輝きが強くなる、光りが収まり再度インゴットを見ると明らかに出来栄えが違っていた、ジルがインゴットを持ち上げ鑑定をかけると満面の笑みを浮かべた。

「成功だな、元とは比べ物にならないくらい金属の純度が上がってる」
 その一言に、俺とグランは無意識にハイタッチする。
「金属合成のみに注力した物を叩けば金属の純度が上がるということは鍛冶のときに使えば鍛造しながら作品のクオリティーが上がるから一石二鳥というわけだな、インドットにするときも叩きながら整形作業すれば同じことになる、作業効率が上がるぞ」
「武器にしたときは基礎の錬金魔法さえ使えたら、相手の鎧や武器の破壊に使えると……。まさか日用品が杖になるとは」
 目の前の道具の可能性に俺達のテンションが高まり、話が止まらない。遅れて部屋に入ってきたニーナにも気づかない俺達の話し合いに、ジルは呆れ混じりのため息を付きながらニーナの入れたコーヒーを受け取り一口口に含む。


「武器といえば、グラン。お前に頼みがあるんだ」
「頼みって、今更改まってなんだ!?」
 俺の急な問いかけにグランは呆れ混じりに返す。

「剣に杖の機能を付けたい」
 声高にそう言う俺にグランは手に取ろうとしたカップを倒し俺を見上げた。
 溢れたコーヒーがインゴットを濡らし、ゆっくりと広がり、隣に開かれたノートに染み込み汚す。
 俺は、濡れて重くなったノートのページを捲り先程、ジルと話していた別の回路図をグランに見せた。
「騎士団の新装備コンペが来月あるんだよ、それに出すための作品の素体をグランに頼みたいんだ!」
 俺の呼びかけに、グランは目の前の紙をみて苦笑いを浮かべた。



「取り替えず、詳細を話せ。話はそれからだ」


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