聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

ユーリアル

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GMG-000「ガール ミーツ グランマ」

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「……え? ここ、どこ?」

 視界いっぱいの白い霧。
 足元はなんだかよくわからないし、寒くもない。

 慌ててきょろきょろしても、何も見えない。
 なんだか変だなって思ったら、真っ白な服を着ていた。
 お姫様みたいって思ったのは一瞬。

(怖い……だってこれ、死んじゃった時のだもん)

 考え始めたら急に寒くなって、しゃがみこんだ。

 小さな手……私は……誰?
 ターニャ、ターニャだ……。

「お洗濯してて、ごろごろって空が鳴って……」

 そこまで言って、固まった。
 ぴかって、光ったのを思い出したから。

「ふぇ……」

 勉強をあまりしていない私でも、わかる。
 雷に当たってしまったんだ。そして……そして。

「予定にない魂の気配がすると思えば……どなたです?」

「ヒッ!?」

 突然の声に、驚いて振り返ればそこにいたのは見知らぬおじさん。

(し、死神だ!)

「ふむ? ふむう……洗濯中に落雷、と。まあ、運が悪かったですね。予定にないのも頷けます。ようこそ、死者の国へ……と言えたらいいんですけどねえ」

 やっぱり、私は死んじゃったらしい。
 そのまま私は逃げようとして、逃げれなくて……ついに泣き出してしまった。

「ちょっと、勝手に来て勝手に泣かないで……あああ、もうっ。顔が怖いんですかねえ?」

 死神は何か言ってるけど、自分が死んだんだという気持ちが私を襲う。
 もう帰れないのかな? みんなに、会えないのかな?

 もう13になるというのに、小さい頃みたいにわんわん泣いてしまっていた。
 そんな時だ。

「アンタ、なんでそんなアニメの仮面みたいな恰好なんだい」

「え!? あっ、そんな時間ですか! もう、手間取ってる間に時間になってるじゃないですか」

 また知らない人の声。優しそうな声に顔を上げると、死神が慌てていた。
 その横には、お婆ちゃんが1人。
 ということは、このお婆ちゃんも死んじゃったのかな?

「ええっと、そう田中タナエさん! ちょーっと待っててくださいね!」

「なんで私の名前を知ってるかってのは置いておいて、子供が泣いてるのに気にするなってのも無理な話だろう?」

 お婆ちゃんはそんなことを言いながら、今もしゃくりあげている私の前にしゃがんだかと思うと、撫でて来た。

 優しい、とても優しい手。温かい……ほっとする。

「おばあ……ちゃん。だれ?」

 目をごしごしして、問いかけるとお婆ちゃんも困り顔。
 きっと、お婆ちゃんも知らないうちにここに来たんだと思う。

「私かい? タナエって呼んどくれ。90になって、ついに寿命が来たらしいんだけどさ……お嬢ちゃんはどうしたんだい?」

 お婆ちゃんはどこまでも優しい声だった。
 横で何か言いたそうな死神も、なぜかお婆ちゃんには何も言えないみたい。

「お洗濯をしてたら、雷に打たれて死んじゃったんだって。兄妹が待ってるから死にたくないって泣いてた」

「そうかいそうかい……で、なんとかならないのかい?」

「なるわけないでしょう!? ここ、死んでないと来られないんですからっ!」

 驚いてびくっとなったけど、死神が……押されてる?
 どんな勇者も、王様も、いざとなったら命を刈り取るっていう死神が?
 もしかして、死神じゃないんだろうか?

 見上げた私と、お婆ちゃんの視線が絡み合った。
 やっぱり、優しい瞳。安心するのはなんでだろう?

 と、お婆ちゃんが私の首の裏に手を伸ばしてきた。
 なんだろうと私も視線を動かすと、その皺だらけの指に白い糸。
 指ぐらいあるから、糸って言うのはちょっと変かな?

 根元は見えないけれど、それはずずーっとどこかに伸びてて、遠くにつながってる。

「ねえアンタ。この子のこれ、魂の糸とかそういうんじゃないのかい? まだ死に切ってないみたいだけど?」

「ええっ!? あ、さっきまで見えなかったのにどうして……いやでも魂の力が足りないから戻りようがないです。ここまで来るのに半分は使っちゃうんですよ。大人だと余力があるかもですが子供だと……」

 難しいことはわからないけれど、なんだか話の流れが変わってきたのは感じた。
 でも、やっぱりどうにもならなそうってことも。

 思わず、お婆ちゃんの手をぎゅっと握ったら、お婆ちゃんもぎゅってしてくれた。

(あったかいな……弟たちも寂しがってるかな)

「その魂の力ってのは、他から持ってくるんじゃだめなのかい」

「無理ですよ! 魂の力はその人に最後に残された全てなんです! それこそ自分はどうでもいいって人以外……まさか」

 死神が、とても慌てている。
 へそくりが見つかったお店の旦那さんみたい、なんだか面白い。

「代償はなんだい。地獄にいくとか、輪廻から外れるとかそういうもんかい」

「後者です。あなたはあなたではなくなり、その子もその子ではなくなり、新しい誰かになります。もっとも、その子の場所に戻るなら……大人びた子供、ぐらい? そうですね……性格なんかも少し変わるかも」

 何の話をしてるんだろう? 新しい誰か?
 人は死んだら、生まれ変わるってどこかで聞いたことがある。
 このまま生まれ変わるってことなんだろうか?

 よくわからないまま死神とお婆ちゃんを見ていると、お婆ちゃんはこちらに座り直した。
 じっと私を見つめて来たかと思うと、ほっぺたをそっと手で挟まれた。

「名前は」

「ターニャ。ねえ、お婆ちゃん。さっきから何の話」

 ぎゅっと、抱きしめられた。
 こんな風に抱きしめられたのは、いつ振りだろうか?
 兄や姉も、抱きしめてはくれるけどちょっと違うかな?

「ターニャ、いい名前だね。私に似てるのも気に入ったよ。生きて帰りたいかい」

「……うんっ!」

 抱きしめたままだから顔は見えないけれど、きっと真剣な表情。
 私はお婆ちゃんの問いかけに、すぐに応えていた。
 死にたくない、みんなと生きていたい。

「ターニャがそのまま生き返るのは無理なんだってさ。でも、私と一緒なら可能性はある」

「お婆ちゃんと? でもお婆ちゃんが大変なんじゃない?」

 ようやく話が分かってきた。私だけだと、何かが足りない。
 それを、お婆ちゃんが助けてくれようとしてるらしい。
 でも、それはお婆ちゃんの物なんじゃないだろうか?

 そんな私の不安を押し流すように、お婆ちゃんは私を撫でて来た。

「どちらかというとこっちが申し訳ないぐらいさ。ターニャ、自分じゃなくなるんだよ」

「わかった。私がお婆ちゃんで、お婆ちゃんが私……あってる?」

「ええ、ええ。合ってますよ」

 死神を見てそういうと、否定されなかった。
 やっぱり、つまり……1人だと足りない。半分だから半分を2つ合わせて1つにする。

 そんなことを考えていると、お婆ちゃんが急にきょろきょろしたと思うと光った。
 光が収まったところには、さっきまでの白い服じゃなくて、綺麗な服のお婆ちゃんがいた。

「ちょっと、魂の力を無駄遣いしたらだめです。そりゃあ、ほんの少しですけど」

「まるで魔法みたいだねえ」

「魔法、あるよ。わたしはつかえないけど」

 思わず、そんなことを言っていた。
 うん、魔法はある。火の玉を出したり、風をびゅーんってしたり。

「そいつは楽しみだねえ。さ、はじめようか」

「見た目は子供、中身はお婆ちゃん混じり……うん、大丈夫。生きてるならそのほうがいい」

 私も、覚悟を決めた。
 むしろ私の方は、お婆ちゃんに色々貰う側なんだからお礼を言わないと。

 そう思っていたら、後ろから抱きしめられた。
 そのまま、聞いたことの無いお歌……子守歌だとわかるそれを聞いていると、ぼんやりしてくる。

「お婆ちゃん、ありがとう」

「いいのさ。子供は笑顔が一番。あっちでたくさん笑おうじゃないか」

 振り返ることも出来ず、お婆ちゃんの腕の中で笑ってそうお礼を言った。
 お婆ちゃんは、ほっぺたをくっつけながらそういってくれた。

 正面に立つ死神に、私もお婆ちゃんも頷いて目を閉じた。

 ふわりふわりと、何かが自分の体に降り注ぐのを感じる。
 温かい雨に打たれているような感覚の中、そうして私は……お婆ちゃんと1つとなったの。


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