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GMG-015「悪魔の病気とその値段」
しおりを挟む船室に響くうめき声。
必要な栄養を取るための、新鮮なジュースはとてもすっぱい。
だから、怪我というか、出血に染みるんだと思う。
「おい、こいつは」
「拷問のつもりだったら、もっと手間のかからない方法をやってるわ」
文句を言いながらも、動く体で飲もうとするのは生きる気力がわいてきたからかな。
最初は、半数ぐらいが体を起こすことも出来なかった。
でも、今は重症の1人を除いて、なんとか1人でも船の中を歩くぐらいは出来るようになっている。
「あんた、変わってるな」
「少し、人より違うのは自覚があるかな」
少し?なんていう元気のある相手には、もっと酸っぱい奴を用意してあげよう、うん。
お供についてきているおじいちゃんの1人を従えて、船室から出る。
ようやくというべきか、外とあまり変わらない空気になったことに、出てきたことで実感した。
「ごめんね、お爺ちゃん。うつるかもしれないのに」
「なあに、うつらない……そういうお嬢ちゃんの話を信じてるよ。実際、もう1週間になるのに何もない」
お爺ちゃんと言っても、港で暮らし漁にも出る海の男。
そんじょそこらの陸の男では、かなわないぐらい力がある。
だからこそ、神父様も私の治療を許してくれてるのだと思う。
「本当に、治っちまうんだな」
「今回はたまたま。そう、たまたま。私の何とかできるものだったってこと」
孫にそうしてるように、くしゃりと私の頭を撫でるお爺ちゃんの手は優しい。
くすぐったさを感じながら、残る重症者の元へと向かう。
幸いにも、その重症者も山は越えたように思う。
話を聞く限り、この船の責任者のようで……少なくなった食料を独り占め……ではなく、逆に部下に分け与えていたらしい。
(自分は質素な……それでこの病気になったんじゃ悩ましい話よね)
お婆ちゃんの記憶だと、色々な物を食べれた偉い人の方がなりにくい病気だったらしい。
航海となると、物資は限られる。だから、栄養も偏りやすい。
「命が助かっただけ……って私が言うのはどうなのかな」
「そのまま、見知らぬ土地で焼かれて眠るよりはいい。そう思うが……軍人だとしたら、不名誉となるかもなあ」
そうなのだ。この船が民間の船なのか、そうでないのかといえば……たぶん、軍関係。
船員の服装も統一されているし、最初は抵抗もあった。
でも、船に乗るのは私と付き添いだけ、と限定することで騒動は収めたのだ。
「あ、お水無くなってる」
部屋に入る前に、持ってきている荷物の水瓶がカラに近いのを見、こっそり補給する。
傷口や、膿みそうなところを洗うのに必要なので、重要だ。
もっとも、この船の人たちの目の前で直接生み出してあげるつもりはないけれど。
さっきの部屋よりは豪華そうな扉を開き、中に入る。
「君か、世話をかける」
「話もしっかり出来るようになってきましたね。いいことです」
まだ起き上がることは出来ないようだけど、幸い手足が腐り落ちるなんてことはないようだった。
後遺症が残って、後で歩きにくいとかはあるかもしれないけど……歯も少し減っているし。
出血は収まってきたようなので、後は治るだけだろう。
「命は助かったが、どう帰るかで悩ましい……おっと、恩人に言う言葉ではなかったな」
「その辺は、領主様とよく相談してください」
難しい話は分かりませんっなんて言っておけば、子供だからと見逃してくれる。
そう……思っていたのだけれど。
こちらを見るまなざしは、ごまかされてくれそうにない物だ。
そそくさと退散するに限る。ああ、怖い怖い。
ようやく、問題の船から港に戻った私は、その足で近くの建物へと向かった。
ここには領主様代理の人が来ていて、今回の話を受け持っているのだ。
見張りの兵士さんは、私を見るなり扉の前を開けてくれた。
「お疲れ様です! 聖女様、今日もご無事で」
「さすがに聖女は……ああ、いえ。中に入りますね」
もう否定するのも面倒で、そのまま一言告げて中に入った。
いつものようにおじ様に報告をしようとして……固まる。
「どうしているんですか、領主様」
「聖女の名を使って、人体実験をしている小娘がいると聞いて」
ひ、人聞きの悪い! 確かに、確かに実験みたいな結果になってるけど!
詳細に説明するわけにもいかないから、聖女が癒すと言っているのだから準備を、とか言ったけど!
でも、確か記憶の通りの病気ではないことだってあり得たのだ。
それこそ、うつるようなものだったかもしれない。
見えない病気は、どんな大怪我よりも厄介だ。
「次からはもう少し、説明をしてから動くことにします」
「そうしてくれ。せっかくの金の卵だ、無くなっては困る」
普通なら、お金儲けしか見えてないのかな?と思うところだけど、最近わかってきたことがある。
この領主様、案外人が良い。今の言葉も、私がいなくなれば新しい不思議な物が無くなり、助かる人が減る、そういう意味があるのだ。
「報告は聞いた。無事に快方に向かっているようだな」
「ええ。もう1週間もしたら、普通に生活できるんじゃないですか? でも、南の人だとしたら渦をどうやって超えるかが問題では?」
そうなのだ。この港街シーベイラは、半島の端っこにある。
記憶でいうと、長靴みたいな土地の先端の方。
だから東西、そしてそこから北への貿易は盛んなのだけど、南へは少ない。
理由は国同士の仲の悪さ以外に、謎の大渦がある。
ここから南にまっすぐいった海域に、謎の大渦が出るのだ。
場所が動くし、船が飲まれるぐらいには大きい。
運よく出会わなければ、という条件付きの交易を誰が進んでやるというのか。
「不治と噂される悪魔の病気を、あっさりと吹き飛ばしておいてそっちが先か……らしいことだ」
「報告はあげましたよね? 新鮮な野菜は無理なら、果物を積み込めって」
濃縮させた奴は駄目なのよね。水分を飛ばす時の熱で確か必要な栄養が……ってそうだ。
物が食べられるなら、他にもあるじゃないか、いいものが。
「……漬物? それが一体……ふむ、生よりは落ちるが、必要な食べ物だと。それも後でまとめておけ。それで、帰還の話は聞けば大事になる。何も知らないふりはしておけ」
「それは気が付いたら巻き込まれてる奴ですね、はい。気持ちだけは備えておきますよ」
なんだかどっと疲れた私は、教会に戻ることにした。
去り際、忘れるところだったと褒美だとして渡された布袋は……。
思わずアンリ兄さんを呼んでもらうほどには、重かった。
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