聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

ユーリアル

文字の大きさ
16 / 64

GMG-015「悪魔の病気とその値段」

しおりを挟む

 船室に響くうめき声。
 必要な栄養を取るための、新鮮なジュースはとてもすっぱい。
 だから、怪我というか、出血に染みるんだと思う。

「おい、こいつは」

「拷問のつもりだったら、もっと手間のかからない方法をやってるわ」

 文句を言いながらも、動く体で飲もうとするのは生きる気力がわいてきたからかな。
 最初は、半数ぐらいが体を起こすことも出来なかった。
 でも、今は重症の1人を除いて、なんとか1人でも船の中を歩くぐらいは出来るようになっている。

「あんた、変わってるな」

「少し、人より違うのは自覚があるかな」

 少し?なんていう元気のある相手には、もっと酸っぱい奴を用意してあげよう、うん。
 お供についてきているおじいちゃんの1人を従えて、船室から出る。

 ようやくというべきか、外とあまり変わらない空気になったことに、出てきたことで実感した。

「ごめんね、お爺ちゃん。うつるかもしれないのに」

「なあに、うつらない……そういうお嬢ちゃんの話を信じてるよ。実際、もう1週間になるのに何もない」

 お爺ちゃんと言っても、港で暮らし漁にも出る海の男。
 そんじょそこらの陸の男では、かなわないぐらい力がある。
 だからこそ、神父様も私の治療を許してくれてるのだと思う。

「本当に、治っちまうんだな」

「今回はたまたま。そう、たまたま。私の何とかできるものだったってこと」

 孫にそうしてるように、くしゃりと私の頭を撫でるお爺ちゃんの手は優しい。
 くすぐったさを感じながら、残る重症者の元へと向かう。

 幸いにも、その重症者も山は越えたように思う。
 話を聞く限り、この船の責任者のようで……少なくなった食料を独り占め……ではなく、逆に部下に分け与えていたらしい。

(自分は質素な……それでこの病気になったんじゃ悩ましい話よね)

 お婆ちゃんの記憶だと、色々な物を食べれた偉い人の方がなりにくい病気だったらしい。
 航海となると、物資は限られる。だから、栄養も偏りやすい。

「命が助かっただけ……って私が言うのはどうなのかな」

「そのまま、見知らぬ土地で焼かれて眠るよりはいい。そう思うが……軍人だとしたら、不名誉となるかもなあ」

 そうなのだ。この船が民間の船なのか、そうでないのかといえば……たぶん、軍関係。
 船員の服装も統一されているし、最初は抵抗もあった。
 でも、船に乗るのは私と付き添いだけ、と限定することで騒動は収めたのだ。

「あ、お水無くなってる」

 部屋に入る前に、持ってきている荷物の水瓶がカラに近いのを見、こっそり補給する。
 傷口や、膿みそうなところを洗うのに必要なので、重要だ。
 もっとも、この船の人たちの目の前で直接生み出してあげるつもりはないけれど。

 さっきの部屋よりは豪華そうな扉を開き、中に入る。

「君か、世話をかける」

「話もしっかり出来るようになってきましたね。いいことです」

 まだ起き上がることは出来ないようだけど、幸い手足が腐り落ちるなんてことはないようだった。
 後遺症が残って、後で歩きにくいとかはあるかもしれないけど……歯も少し減っているし。
 出血は収まってきたようなので、後は治るだけだろう。

「命は助かったが、どう帰るかで悩ましい……おっと、恩人に言う言葉ではなかったな」

「その辺は、領主様とよく相談してください」

 難しい話は分かりませんっなんて言っておけば、子供だからと見逃してくれる。
 そう……思っていたのだけれど。

 こちらを見るまなざしは、ごまかされてくれそうにない物だ。
 そそくさと退散するに限る。ああ、怖い怖い。

 ようやく、問題の船から港に戻った私は、その足で近くの建物へと向かった。
 ここには領主様代理の人が来ていて、今回の話を受け持っているのだ。
 見張りの兵士さんは、私を見るなり扉の前を開けてくれた。

「お疲れ様です! 聖女様、今日もご無事で」

「さすがに聖女は……ああ、いえ。中に入りますね」

 もう否定するのも面倒で、そのまま一言告げて中に入った。
 いつものようにおじ様に報告をしようとして……固まる。

「どうしているんですか、領主様」

「聖女の名を使って、人体実験をしている小娘がいると聞いて」

 ひ、人聞きの悪い! 確かに、確かに実験みたいな結果になってるけど!
 詳細に説明するわけにもいかないから、聖女が癒すと言っているのだから準備を、とか言ったけど!
 でも、確か記憶の通りの病気ではないことだってあり得たのだ。
 それこそ、うつるようなものだったかもしれない。

 見えない病気は、どんな大怪我よりも厄介だ。

「次からはもう少し、説明をしてから動くことにします」

「そうしてくれ。せっかくの金の卵だ、無くなっては困る」

 普通なら、お金儲けしか見えてないのかな?と思うところだけど、最近わかってきたことがある。
 この領主様、案外人が良い。今の言葉も、私がいなくなれば新しい不思議な物が無くなり、助かる人が減る、そういう意味があるのだ。

「報告は聞いた。無事に快方に向かっているようだな」

「ええ。もう1週間もしたら、普通に生活できるんじゃないですか? でも、南の人だとしたら渦をどうやって超えるかが問題では?」

 そうなのだ。この港街シーベイラは、半島の端っこにある。
 記憶でいうと、長靴みたいな土地の先端の方。
 だから東西、そしてそこから北への貿易は盛んなのだけど、南へは少ない。

 理由は国同士の仲の悪さ以外に、謎の大渦がある。
 ここから南にまっすぐいった海域に、謎の大渦が出るのだ。
 場所が動くし、船が飲まれるぐらいには大きい。
 運よく出会わなければ、という条件付きの交易を誰が進んでやるというのか。

「不治と噂される悪魔の病気を、あっさりと吹き飛ばしておいてそっちが先か……らしいことだ」

「報告はあげましたよね? 新鮮な野菜は無理なら、果物を積み込めって」

 濃縮させた奴は駄目なのよね。水分を飛ばす時の熱で確か必要な栄養が……ってそうだ。
 物が食べられるなら、他にもあるじゃないか、いいものが。

「……漬物? それが一体……ふむ、生よりは落ちるが、必要な食べ物だと。それも後でまとめておけ。それで、帰還の話は聞けば大事になる。何も知らないふりはしておけ」

「それは気が付いたら巻き込まれてる奴ですね、はい。気持ちだけは備えておきますよ」

 なんだかどっと疲れた私は、教会に戻ることにした。
 去り際、忘れるところだったと褒美だとして渡された布袋は……。

 思わずアンリ兄さんを呼んでもらうほどには、重かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...