聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

ユーリアル

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GMG-018「1つの別れと新たな食材」

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 春がやってきて、サラ姉がお嫁にいって……冬の気配が無くなったころ。
 ようやくというべきか、嵐で駄目になった船の修理が終わり、彼らが帰ることになった。

「長い間、世話になった」

「私が言うのもなんですけど、戻って大丈夫なんですか?」

 本当に、私が言うことじゃないなあと思う。
 彼らには彼らの人生があって、もしかしたら戻ったら処刑とかあるかもしれない。
 それでも、戻ることを選んだのだから彼らの人生だ。

「まあ、なんとかするのが船乗りだ。こちらの領主には感謝しかない。本当ならば、こっそりと処刑されていてもおかしくないのだから」

 さらりと言うけど、結構重い話だ。
 でも……そうなんだろうな、悲しいけど。

(修理までして、物資も用意して……どういうつもりなんだろうか?)

 私は領主様じゃないから、何を考えているかはわからない。
 でも、ただで帰すわけじゃないんだと思う。
 これを機に、交易の道を探ろうとしてるのかな?

「本国には、君のことは隠して報告をするつもりだ。まあ、買う物は買わせてもらったが」

 ちらりと視線が向いた先には、積み込まれる樽たち。
 中身は浄水……ではなく、漬物たちだ。
 出来るだけ、寒くなくても持つようにと工夫した奴である。
 これから温かくなるのでこの辺での需要は減るけど、無いのも寂しいから作っていた。

「軍人としては失格なのかもしれないが、問い詰められるのがわかり切っている浄水樽はあきらめた。幸い、泳ぐ水筒自体は南にもいる」

 話す船長の瞳は、覚悟を決めた瞳に思えた。
 これから向かう先は、運の良しあしが全てを決める魔の海だ。
 お婆ちゃんの記憶にあるみたいな、自然に出来る渦ならどうしようもない。

「また買い物に来てください」

「ははっ、商売上手だな。そうするよ」

 だから、こんなことぐらいしか言えない。
 どこか寂しい気持ちを胸に、船を見送った。

「ターニャ様、よろしかったのですか?」

「戻ったら死んじゃうかもしれないから、こっちで国を捨てて働いたら?なんて子供の私が言えませんよ」

 答えながらも、今の私は本当の意味では子供じゃないんだよなあと思い直す。
 子供でもあり、お婆ちゃんでもある。どちらかというと、お婆ちゃんが強い。
 そうでなかったら、こんな風に自制することも難しかっただろう。

(弟たちにも、最近お婆ちゃんみたい!とか言われたし……)

 神父様には、今は子供なのだから大人にならなくてもいい、みたいなことも言われた。
 でも、今の私は今の私。例え、見た目と違う大人びた言動だとしても、いいんじゃないだろうか?

「さ、マリウスさん。タコつぼの様子も見に行きますよ」

「タコつぼ……中央でアレを食べようという人間はまずいませんよ。度胸試しとしても恐ろしい」

 歩きながら語るマリウスさんは、少し震えているように思う。
 熊もなんとかできそうな騎士さん(そう、マリウスおじ様は現役の騎士だったのだ!)なのに……。
 とはいえ、解体前のを見せたら弟たちは泣いたし、神父様も私が正気かを聞いてきたもんね。

「美味しいのに……それに、もう何度か食べてますよね? ほら、妙に歯ごたえのいいぶつ切りの身、ありませんでした?」

「言われてみれば……むうう」

 タコは、ただゆでただけでも十分美味しい最高の食材の1つだと私は思う。
 お婆ちゃんの記憶だよりだけど、ターニャの記憶としても、むかーし父が食べていたように思う。
 地域によって、間違いなく取り扱いが異なるはずだ。

 慣れ親しんだ道を行き、向かった先では水揚げされたばかりの魚たちがどんどんと売られていく。
 そのわきにある桶は、実は私専用だったりする。

「よう、聖女様。今日も珍しいのがあがってるぜ」

「だから聖女様は……もういいわ。へー、今日も色々……あっ、これ美味しいけどたぶん死んじゃう奴だわ」

 桶の中で膨らんでる白いお腹、そうフグだ。これが毒のあるタイプかはわからないけど、そうだった時が怖い。
 ネズミにでも食べさせればわかるかもしれないけど、全部がそうとも限らないもんね。

 他は……見たことない魚も多いからわからないなあ。

「おじさん、エビはないの、エビ」

「エビぃ? なくはないが、高いぞ」

 なんでも、網にたまたま引っかかるのを待つ必要があるらしい。
 確かに、記憶にあるようなえんじん?とかいう奴を積んだ船も、大きな丈夫な網もない。
 となれば網目の大きい物になるかな……あっ、そうだ。

「じゃあ、こういうの作ってよ。私も自分で食べる分を採ってみたいの」

「網で出来た籠か……上手く行ったら教えろよ? それに、1つじゃ数が取れねえだろ。おーい、そこの若いの、そうお前だ。ちょっとこい」

 あれよあれよと、私には若い漁師見習さんが付くことになった。
 枠組みは海に入れるからと海水に強い種類の木を使い、私が丸まれば入りそうな籠を作る。
 網目はそこそこ細かくして、口はいくつか作り……そうそう、この返しが重要なのよね。
 中に入ったらなかなか出られない感じの。

「僕の使える船だと小さいから、大物は難しいよ?」

「ええ、わかってるわ。少し沖に出られたら十分よ」

 最初は私だけでもいけそうな近場で、遊べればいいと思ったけど、船が使えるなら別問題。
 浮き玉は、それらしい木の塊を使えばいいわよね……ちょっと色が地味だから布でも巻きつけましょうか。

 見習いさんは、意外と手先が器用だった。
 というか、かなり上手。子供のやることとはいえ、任せられるぐらいだから優秀なのかしらね?

「マリウスさんは船酔い大丈夫なの?」

「訓練は受けておりますよ、ええ」

 問題ないのなら、大丈夫かな。
 私もターニャとタナエお婆ちゃん両方の記憶から、泳げと言われれば泳げる。
 船酔いも、問題ないのは確認済みだ。

 風の穏やかな日に出発し、潮の流れや下の様子(網の傷み具合とか)を聞いて、籠を投げ込む。
 都合、10籠を放り投げ、翌日ぐらいにまた来たら漁の成果が確認できる!

「たのしみねー」

「これだけで漁になるなら、やれる人も多そうだねえ」

 実際、持ち上げるのは重労働だろうけど、やり方自体は投げて沈めるだけだもんね。
 もちろん、どこがいいかとかはこれから研究しながらなんだろうけど。

 思い付きの漁だけど、ボウズってことはたぶんないでしょ、多分。




「ターニャ、とか言ったな。静かに暮らしたいのか、それなりに儲けたいのかどっちなのだ?」

「ええーっと……大金持ちは別にならなくていいけど、おしゃれとかはしたいです?」

 なぜ疑問の形なのだ、と私が私にツッコミを入れてくる。
 心なしか、ワンダ様の顔もあきれ顔。
 ああ、カッコいい顔がそんな風になるのも魅力的……って何を考えてるのだ、私は。

 水にぬれた犬のように首を振る私に、突っ込んでくる人はいなかった。

「シーベイラの販売物にまた1つ、増えた。高級品だったエビだ。生は無理だが、加工品が中央にも出せるようになってきた。喜ばしい」

「おいしいですよねえ、エビ」

 そうなのだ。今までやってこなかったからというのもあるけれど、籠漁は大成功。
 私では持ち上げるのは一つで必死になるぐらいの重さになったのだ。

 魚たちが海で勝手に産まれるという考えはないようだけど、取りすぎては恵みも見放す。
 そんな風に説明して、資源保護を最初から考えることにした。
 今はまだ、現地でのマナーレベルだけどこの流れなら、領主様にもお願いしよう。

(領主様直々のお達しとあれば、この町以外でも守るよね、うん)

 考え事をしていると、扉が開き何やら……って、エビじゃない。
 ゆでられたり、焼かれたり、うーん、いい匂い。

「料理の試作だ。感想を聞かせるように」

「わかりました。はー……贅沢ぅ」

 私の言葉遣いに、苦情を言ってくる人は相変わらずいない。
 むしろ、微笑ましく見つめられているような気がする。
 理由がよくわからないけど、叱られるよりはいい。

「豪快に金を使うかと思えば、こんなところで庶民的な部分が出てくる……面白い、面白いぞターニャ」

「おほめに預かり光栄です。見世物になるのは嫌なので、色々とよろしくお願いします……なんでしょう、嫌な予感がしたんですが」

 言葉の途中で、妙な表情になった領主様がこちらを見ていた。
 偉い人がこんな表情をするとなると……。

「遅いか早いかの問題だが、近々一緒に中央へ顔を出してもらう。もちろん、表向きに思いついた者だ、などと言いふらすためではない。が、さすがに私1人で考えたとは苦しくなってきてな。王に説明を求められたのだよ」

(そーですかー、ソーデスヨネー)

 良い感じに塩焼きにされたエビを頭から尻尾まで、バリバリとかみ砕きながら……嫌な話もこうしてかみ砕ければ楽だよね、等と現実逃避を始める私だった。
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