聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

ユーリアル

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GMG-032「散らす命と、産まれる命・後」

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「どいてっ!」

 突き出した両手から、まるで嵐の夜のように、風が吹き荒れる。
 それは桟橋付近から、上がってこようとする魚人にぶつかり、海を波立たせた。

(出せた……攻撃魔法!)

 細かいことは後だ。今はここを防ぐ!

 魚人は、文字通り人だった。その手には武器、体には防具。
 言葉はわからないけれど、何か目的がありそう!

「町へ入れるな! ここで食い止めるぞ!」

 誰かの叫びを聞きながら、私はマリウスさんと走る。
 私には、戦いのことはわからない。だから!

「ターニャ様、次はあちらへ。どうやら長物を持つ相手が多いようです」

「わかりましたっ!」

 現役は引退したらしいけど、以前は前線にいたというマリウスさんに誘導され、港を走る。
 その助言に従い、向かった先は漁具を保管している場所だった。
 誰もいないのに、魚人たちは漁具を壊そうと何かを叩きつけている。
 前に捕まった、とか他の土地では何かあったのかもしれない。

「おじさん、私が撃ち込むからお願いっ!」

「お、おう。だけど聖女の嬢ちゃんが戦えるのかい?」

 まだおじさんは、私の魔法をしっかり見たことが無いらしい。
 心配してくれるおじさんに頷きつつ、こちらに気が付いたばかりの魚人を睨んだ。

(数が多い……ならっ)

 まずは、足を止める。
 後で捨てるためにと、まとめておいてある漁具を浮かせ、魚人たちにぶつけた。
 ついでに、あちこちにある水瓶も巻き込んで、だ。

「魚人の尾頭付き、貰うわっ!」

 一度、攻撃に魔法を使ったことで何かが吹っ切れたのか、迷いはなかった。
 見える範囲の魚人たちの足元に、シミが広がっている。
 そう、水瓶の中身が周囲にこぼれたからだ。

 音で言えば、一瞬。
 その水たまりへ向けて、私の手から落雷を飛ばした。

「マリウスさん!」

「ええ、トドメはお任せを」

 素早く走りだしたマリウスさんの手には、槍。
 そのまま呻く魚人たちへと駆け寄り、突き出していく。

「漁師なめんなよ!」

「こんちくしょう!」

 おじさんたちも、武器なのか道具なのかわからないものも使って魚人に襲い掛かった。
 後で流したりするとはいえ、あまり直視したくない光景が広がった。

 でも、私がやったことがその結果を導いているのは間違いないんだから、目をそらしたら駄目だ。
 それから何度もみんなと魚人を迎撃していくと、いつしか静かになっていた。

「魔素が遠くに……」

「どうやら終わったようですね。一時撤退なのか、あきらめたのかはわかりませんが」

 マリウスさんの声を聞き、緊張がとけてくる。
 少なくとも、今は平和になったのだと感じたのだ。

 重い体をなんとか動かして、みんなと一緒に片づけを始める。
 かがり火になる物を何個も用意して、しばらくは見張ってないと怖いだろうなと思いつつ。

 火が暮れる頃には、領主様からの援軍がやってきた。
 既に戦った町の人々は休ませ、援軍が見張りをやってくれるとのことだった。

「ターニャ様、横になられた方が」

「今はこのほうが楽なんでこのままで」

 私は外に出していた木箱に座り、ぼんやりとしていた。
 頭が重いというか、横になるとお腹から何か出てきそうなのだ。

「たぶん、魔素の使い過ぎね。ずっと魔法を使ってたでしょう? 不足、じゃなく体が出し続けることに慣れてしまって、その切り替えが出来てないのよ」

「エリナ所長……じゃあ、ほっとくしかないですか?」

 わずかな望みを胸に問いかけるも、無慈悲な頷きが私に向けられた。
 仕方なく、卵石を袋越しに撫でながらぼんやりとした時間を過ごす。

 そういえば、これだけ魔法を使いながらの自分のそばにあったのだ。
 卵石も、結構魔素を吸ったんじゃないだろうか?

「いつ孵るのかなあ。というか、暖めなくてよかったのかな?」

「どのぐらいかわからないけれど、川の中にいて無事だったんだもの、いらないでしょ」

 どうやらそういうものらしい。今のところ、弱ってる感じとか、駄目な感じは受けないからいいのかな?

 そんなことを思いながら、もう少ししたらどこかで寝ようかと思った時。
 教会から、何人かが飛び出してきた。

「何かあったんですか?」

「何かも何もないよ。お湯を用意しな! 産まれそうだ!」

 飛び跳ねるようにして、私は動き出した。
 誰がなんて聞く必要もない! サラ姉だ!

 教会脇の我が家に飛び込み、鍋やら何やらを確認、すぐに火にかけた。
 他にも清潔な布がたくさんいるだろうと思い、持ち出す。

 教会側に行けば、既におばあちゃんたちがサラ姉を囲み、励ましている。
 そこに私も合流し、声をかける。

「サラ姉、しっかり!」

 どうやら魚人との戦いの気配が、悪い方に働いてしまったようだ。
 サラ姉の顔は青いし、息もどこか荒い。

 家へと戻り、湧いたお湯を壺や深皿に移して持っていく。
 私自身は、お産婆さんのやることを見るぐらいしかない。
 タナエお婆ちゃんも産んだことはあっても、とりあげたことはあまりないようで記憶が薄いのだ。

 長い、長い戦いが始まった。

 そして、世の中はこんな時にこそとんでもないことが起る物だと身に染みて感じる。
 町に響く鐘の音、つまりは緊急事態だ。

 今の町で緊急事態なんて1つしかない、魚人の再襲撃だ!
 戦うべく外に飛び出した私を、誰かが止めた。

「ターニャ様、貴女の戦場はこちらではありません」

「でも、魔法が無いと……」

 外にいたマリウスさんは優しく微笑み、首を振る。
 指差した先には……松明!?

「嘘……王都からの援軍!?」

 口にして、あり得ないと思う。
 向こうに行くだけで、何日もかかるのだから。

「そこはちょっとね、秘密の技を。後、たまたま遠征の部隊が近くにいたのよ」

 横合いから笑いながら駆け込んできたエリナさんの手には、宝石のような玉。
 緊急の連絡を取るための、魔法の道具なんだって。ただし、使い捨て。

「さ、お姉さんについてあげなさい」

「はいっ!」

 感謝の気持ちを胸に、教会に戻った。
 それからは遠くの戦いの気配を感じつつ、サラ姉を励ます時間が続いた。

 荒い息、汗だくの姉を拭き、声をかける。
 対するサラ姉は、自分が大変だというのに私を心配そうに見てくる。

「ターニャ、逃げないと」

「大丈夫よ、姉さん。兄さんたちが負けるわけないわ」

 だから、赤ちゃんを産むのが姉さんの戦い、そう気持ちを込めて手を握る。
 ぎゅっと握り返してくる手はすごい力……お婆ちゃんの記憶で知っていても、知らなかった。

 今回は、作り溜めておいた消毒用アルコールも使ってもらってるから、病気がってことはないはず。
 泥だらけで触るのは嫌でしょ?と説得したけど、これを機に広がるといいな。

 やっぱり、赤ちゃんは大事だもの……。

 少し問題があったけど、順調に産まれ……なかった。
 途中から、お産婆さんの表情が良くない物になっていく。
 サラ姉からは見えないからわからないけれど、私も口には出さずに気にしていた。

 そして……産まれた赤ちゃんは……泣いていない。
 周囲のおばあちゃんたちの空気も重い。

 お産婆さんが私の手を取り、赤ちゃんの額に持って行こうとする。
 この土地の風習だ。駄目だった子の分まで上の子供が生きるという儀式。

 つまり、赤ちゃんは……それを感じたサラ姉の表情に絶望が……。

「だめっ!」

 近づいて、私はそれを見た。うっすらと伸びる糸。
 そのすぐ先に、袋のような白い……魂!

 無我夢中で魔素の糸を伸ばして、赤ちゃんの魂と感じるそれをつかみ取り、押し戻す。
 触れた赤ちゃんの体はまだ温かい。湧きあがる衝動のまま動かない赤ちゃんを前に、意識を集中した。

「嬢ちゃん!?」

「諦めたら、駄目! まだよ、まだ!」

 再び浮き上がろうとする魂を、どうにか押しとどめようとする私。
 このままじゃ、駄目だということも同時にわかる。

 それでも私には、まだ出来ることがあるはず、そう信じていた。
 あきらめていない……だからまだ、終わっちゃいない!

(思い出せ、思い出せ。そうじゃない、お婆ちゃん、力を貸して!)

 タナエお婆ちゃんは、先生を目指していた。
 先生は、いろんなことを勉強する必要がある。
 歴史の事、言葉の事、自然の事、そして……命を救う授業の事。

 私は自分が子供でよかった、とその時強く思っていた。
 大人だったら、手加減が難しくて迷っていたかもしれない。

 引っ張り出してきた記憶を頼りに、心臓マッサージというのを始める。
 と同時に、魔素の糸を伸ばして赤ちゃんの全身につなげる。
 魔素はどんな生き物にもあって、活力みたいなものだ。
 それが無くなると、元気がない。逆に言えば、魔素が豊富だと元気になるのだ!

「お願い、戻ってきて。まだ私は何も教えてないし、見せてない!」

 何度も何度も上下させながら、こぼれる涙が赤ちゃんと、胸元の卵石にぶつかる。
 お婆ちゃんたちは、止めない。溢れる魔素が制御できずに、服を揺らすけど気にしない!

 体全体を使ってマッサージを続け、同時に魔素の糸を介して赤ちゃんの魔素を動かす。

(ほら、キミの魔素だよ。動かして、この体は自分の物だよって!)

 長いような短いような時間が過ぎていく。
 そうして、ぼんやりしていた赤ちゃんの魂っぽいものが急に形を取り戻した時。
 全力で癒しの願いを込めて、赤ちゃんに魔法を使った。

 光が収まって……響く泣き声。顔を真っ赤にして、泣き叫ぶ赤ちゃん。

「おめでとう……今日が、お誕生日……だよ」

 そのまま私は、気を失った。
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