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GMG-062「救える手を伸ばして」
しおりを挟む結論から言えば、漁師さんたちの説得はあっさりと終わった。
というのも、彼らも私に言われるでもなく、そろそろ来る季節だとわかっていたからだったのだ。
「土嚢はいくつあっても足りねえ! 急げ!」
「親父ぃ! 固定用の縄が足りねえ!」
漁に使う船は、慣れた手つきで陸に上げられていく。
それ以外にも、対策となる物がどんどんと準備されていく姿に、私は驚きっぱなしだった。
「なんで……」
「そりゃあ、町にしてくれたことを考えりゃ、疑う奴はいねえよ」
力仕事は出来ない私が立ちすくんでいると、顔なじみの漁師さんにそんなことを言われる。
自分のしてきたことが、認められているようでなんだか嬉しかった。
町の方をと言われ、頷いて駆け出す。
こちらも話が伝わり始めているのか、外に出ている物を片付けたりしているのが見える。
家の中でも、きっと上に上げたりといったことをしてるはずだ。
「私も出来ることを……ひとまずシロと薬草小屋かな……」
温室ってやつを目指してるから、どちらかというと造りが脆い薬草小屋。
光が入りやすいということは、それだけ何か飛んで来たら危ないのだ。
小屋に向かうと、既にカイ君たちが木箱を仕舞ったりしていた。
「遅くなってごめんなさい!」
「聖女様、任せてください。といっても、出来ることは少ないんですけどね」
私とそう変わらないはずのカイ君も、大人2人と一緒に忙しそうに動いている。
今のところは、対策としては耐えるしかなさそうだ。
こんなことなら、もっと防風林?っていうのを準備しておけばよかったかなあ。
「希少種は、さらに何かで覆うようにしましょう。そのあたりのはあちこちに生えてますからそのままで」
薬草の選別だけをして、シロを抱えて次は教会へ。
マリウスさんにも行ってもらってるし、手伝いの人はいると思うけど、心配な物は心配なのだ。
外に出ると、海の方から風が吹いた。
なんだかいつもと違うような、そうでもないような……不気味な予感。
それから数日は、あわただしいまま過ぎた。
木材が足りないとなれば、職人さんに混じって風の魔法でどんどん切り裂いていく。
港で脆そうな場所があると聞けば、そこを固めに行った。
「出来るだけのことは、やったかな?」
「ええ、間に合ったと言っていいでしょう」
何かあった時のために、ということで今日は町長の家にいる。
既に空は黒くなり、風も強く、白波だってすごいことになっているだろう。
たぶんお昼ぐらいになった時、ついに大雨になった。
それからはただただ、耐えるだけ。
お婆ちゃんの記憶でも、こういう時に様子を見に行く人がいたっていうのがわかる。
なんで!と思う気持ちと、あの場所は大丈夫かなとか思う気持ちとが一緒になっていく。
ああ、だから人は外に出てしまうんだなとわかってしまった瞬間だった。
(あの時も……こんなんだったのかな)
普段の嵐と違い、なんだか風の様子が違うなと感じる。
これが台風……そして、幼いころの記憶がよみがえってくる。
「ピィ?」
「シロ、大丈夫、大丈夫」
長い長い時間が過ぎていき、台風の荒れ具合は3日続いた。
どうやら、台風に釣られて普通の嵐も混ざっていたようだった。
町長の家は、雨漏りが少ししたぐらいで壊れるようなことはなかったようだ。
空が明るくなってきたことで、男の人たちが動き始める。
マリウスさんも、見回りに行くというので無理やりついていくことにした。
何か飛んでくるかもと引き留められたけど、魔法で守りますと言って実践して見せた。
見えない、風の板。遠くの物を見る魔法の応用だ。
もちろん、大きな石とか飛んで来たら微妙だけど、軽い物なら大丈夫。
シロを抱えながら外に出ると、強風が髪を揺らした。
町中を見回っていくと、みんなも徐々に外に出てきたようだ。
心配して声をかけるけど、怪我はなさそう。
「今のところ、家の倒壊などはなさそうですね」
「よかった……でもひどいゴミ。あれ……このあたりでは見ない柄ですね」
私が指さすのは、港近くの倉庫にくっつくように集まっているゴミたち。
それらには、このあたりでは見ない柄の板きれがいくつもあった。
遠くから流れ着いたのか、飛んできたのか……。
「少し痛んでいますが、南でよく見る柄ですね。確か宗教的に魔よけのような意味があったと思いますが」
どこでそんなことを知ったのか、少し気になるけれどマリウスさんの言う通りなら……。
ふと気になって、海に目を向ける。まだ荒れている海。
それでも空は青く、白い雲がまばらで……。
振り返れば、北へと黒い雲が伸びているのが見える。
まだ王都とかはこれからだ。
「船が巻き込まれてますかね、これ」
「かもしれませんな。一度見に行きましょうか」
船の様子を見にくる漁師さんたちと、合流して一緒に港へ。
事前の準備が幸いし、漁具の散らかりも最小限に見える。
だから仕舞っておけって言ったろ等と怒られてる若い漁師もいるけれど、おおむね大丈夫そうだ。
「こりゃ、しばらくは漁は無理だな」
「ああ、船を出すぐらいは出来るが海が混ざっちまってらあ」
聞こえてくるのは、そんな話。
確かに風も波も、普段と比べるとひどいけれど、まだ出られるぐらい。
出ようと思えば出れる……けど、海の中はそうもいかない。
濁っているし、魚たちもどこかに行っているだろうなあ。
「? あれは……ターニャ様、あちらとあちら、見えますか」
「え? ちょっと待ってくださいね……船だ、船です!」
マリウスさんが指さす先に、船が見えた。
方角は2方向、一方は恐らく、西から来ただろう船。
そしてもう1つは、南からの物だ。
この時期は嵐が来ることが多いのは、海に出る人間ならわかってるはず。
どっちもわかってて巻き込まれたのか、それとも海に出ないといけない理由があるのか。
「西は交易船が巻き込まれたかと思いますが……どちらもよくよく運の無い。近いのは西のですね。南のは……さすがにあそこまで出るのは厳しい」
「痛んでいるのが見えました。出来れば助けてあげたいですけど……」
「ひとまず、近い方は俺たちで向かうぜ」
いうが早いか、漁師さんたちは船の修理に必要そうな物を積み込んで、次々に船を出していく。
こういう時に、助け合うのが海の男、らしいのだ。
でも、遠くの船は……。
「行けるだけ、行きます」
「護衛としては止めるべきなのですが、お心のままに」
マリウスさんにお礼を言って、ひとまず家に戻って魔石をあるだけ背負い袋に詰め込む。
どれだけ魔法を、魔素を使うかわからないからだけど……お金は考えないようにしよう!
そして外に飛び出そうとした私に、シロも飛びついてくる。
「うん、一緒にね」
シロぐらいなら、大した重さじゃない。
それに、なんだか一緒の方が頑張れる気がした。
試作品である魔法用の箒を掴んで外に出る。
呼吸と意識を整えて……箒に跨った。
お婆ちゃんの記憶にも、助けてもらって作った魔法の道具の出番である。
「行くよ!」
たぶん世界にたった1つ。空飛ぶ箒のお披露目だ!
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