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鍵とオムライス
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夏祭りから暫く経ったある日。
美空が帰り支度をしていると、突然紫雲からLINEが入った。
『美空さん!』
『へるぷ!』
「何これ?」
たった二つのふきだしに、美空はスマホを持ったまま固まってしまった。
とりあえず『どうしたの?』と送ってみると、間髪入れずに『チャリの鍵がない』と送られてきた。
若者の送信速度は速い。まるで、若者専用の特別回線があるみたいだ。
『今どこ?』
『塾』
いよいよ焦ってきたのか、紫雲は八月から塾の夏期講習に通っている。苦手な国語と英語を克服するためだ。
塾は、駅前にある。
『とりあえずバスで帰れば?』
『やだ』『たるい』『つかれた』
紫雲お得意の、甘ったれ三連投だ。
「ったく……。最近の若者は……」
美空は盛大にため息を吐いた。
『どうすんの?』
『迎えに来て』
光の速さで送られてきたメッセージに、これが言いたかったのかと、美空はようやく理解する。
『晴斗さんは?』
『遅番』
晴斗は市役所に努めている。窓口業務もある為、遅番と早番がある。遅番の時は、早くても八時頃にしか帰って来ない。
『しょうがないなぁ』
結局最後には美空が負けてしまう。
天然タラシ、恐るべし。
「何かいい事あったんですか?」
トーク画面を閉じると同時に、哲太が保育室に入ってきた。
「何で?」
「だって先生、嬉しそうな顔してたから」
「そう?」
美空は思わず、両手を頬に当てた。
「紫雲君……ですか?」
「えっ?」
「やっぱり……」
美空の手にしっかりと握られているスマホを見て、哲太は小さくため息を吐いた。
「美空先生」
「何?」
「紫雲君って、もしかして……」
「ん?」
美空の瞳をじっと見つめた後、「いえ」哲太は左右に首を振り、力なく笑った。
「紫雲君がどうかしたの?」
「何でもありませんよ。それより、敬老会のことでちょっと相談が……」
哲太は、九月に行われる敬老会の担当になっている。
「ごめん。今日はちょっと……」
美空は申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「そうですか……」
「明日聞くから」
敬老会まではまだ日がある。それほど緊急という訳ではない。
美空の言葉に、「わかりました」哲太は笑顔で引き下がった。
ごめん、と哲太に手を合わせると、美空は「じゃ、お先!」挨拶もそこそこに、保育室を飛び出した。
駅前広場に紫雲の姿を発見すると、美空は助手席の窓を開けた。
「紫雲くん!」
「美空さん!」
笑顔で駆けて来る紫雲の姿に、美空は思わず笑みをこぼした。
「遅くなってごめんね。待った?」
「ううん。全然」
助手席に乗り込むと、「あちぃ」紫雲はTシャツの襟もとをパタつかせた。
紫雲がシートベルトを締めるのを確認し、美空はギアをドライブに入れた。
「待って!」
「何!?」
ブレーキからアクセルに踏み替えようとした美空は、慌ててブレーキペダルを踏み直した。
「帰れないんだ」
「え? どういうこと?」
「鍵、家に置いてきた」
「はぁぁぁ?」
今日は朝早くに友だちと待ち合わせをしていた為、晴斗より先に家を出た紫雲は、うっかり鍵を持たずに出掛けてしまったのだという。
「じゃあどうする? どっかでご飯でも食べて……」
「美空さんちがいい」
「はいっ?」
「美空さんの手料理が食べたい」
「はぁぁぁぁぁ?」
驚きと呆れの入り混じった美空の叫びが、軽乗用車の狭い車内に響き渡った。
美空が帰り支度をしていると、突然紫雲からLINEが入った。
『美空さん!』
『へるぷ!』
「何これ?」
たった二つのふきだしに、美空はスマホを持ったまま固まってしまった。
とりあえず『どうしたの?』と送ってみると、間髪入れずに『チャリの鍵がない』と送られてきた。
若者の送信速度は速い。まるで、若者専用の特別回線があるみたいだ。
『今どこ?』
『塾』
いよいよ焦ってきたのか、紫雲は八月から塾の夏期講習に通っている。苦手な国語と英語を克服するためだ。
塾は、駅前にある。
『とりあえずバスで帰れば?』
『やだ』『たるい』『つかれた』
紫雲お得意の、甘ったれ三連投だ。
「ったく……。最近の若者は……」
美空は盛大にため息を吐いた。
『どうすんの?』
『迎えに来て』
光の速さで送られてきたメッセージに、これが言いたかったのかと、美空はようやく理解する。
『晴斗さんは?』
『遅番』
晴斗は市役所に努めている。窓口業務もある為、遅番と早番がある。遅番の時は、早くても八時頃にしか帰って来ない。
『しょうがないなぁ』
結局最後には美空が負けてしまう。
天然タラシ、恐るべし。
「何かいい事あったんですか?」
トーク画面を閉じると同時に、哲太が保育室に入ってきた。
「何で?」
「だって先生、嬉しそうな顔してたから」
「そう?」
美空は思わず、両手を頬に当てた。
「紫雲君……ですか?」
「えっ?」
「やっぱり……」
美空の手にしっかりと握られているスマホを見て、哲太は小さくため息を吐いた。
「美空先生」
「何?」
「紫雲君って、もしかして……」
「ん?」
美空の瞳をじっと見つめた後、「いえ」哲太は左右に首を振り、力なく笑った。
「紫雲君がどうかしたの?」
「何でもありませんよ。それより、敬老会のことでちょっと相談が……」
哲太は、九月に行われる敬老会の担当になっている。
「ごめん。今日はちょっと……」
美空は申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「そうですか……」
「明日聞くから」
敬老会まではまだ日がある。それほど緊急という訳ではない。
美空の言葉に、「わかりました」哲太は笑顔で引き下がった。
ごめん、と哲太に手を合わせると、美空は「じゃ、お先!」挨拶もそこそこに、保育室を飛び出した。
駅前広場に紫雲の姿を発見すると、美空は助手席の窓を開けた。
「紫雲くん!」
「美空さん!」
笑顔で駆けて来る紫雲の姿に、美空は思わず笑みをこぼした。
「遅くなってごめんね。待った?」
「ううん。全然」
助手席に乗り込むと、「あちぃ」紫雲はTシャツの襟もとをパタつかせた。
紫雲がシートベルトを締めるのを確認し、美空はギアをドライブに入れた。
「待って!」
「何!?」
ブレーキからアクセルに踏み替えようとした美空は、慌ててブレーキペダルを踏み直した。
「帰れないんだ」
「え? どういうこと?」
「鍵、家に置いてきた」
「はぁぁぁ?」
今日は朝早くに友だちと待ち合わせをしていた為、晴斗より先に家を出た紫雲は、うっかり鍵を持たずに出掛けてしまったのだという。
「じゃあどうする? どっかでご飯でも食べて……」
「美空さんちがいい」
「はいっ?」
「美空さんの手料理が食べたい」
「はぁぁぁぁぁ?」
驚きと呆れの入り混じった美空の叫びが、軽乗用車の狭い車内に響き渡った。
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