あの日交わした約束がセピア色にかわっても

紫水晶羅

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小さな綻び

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「美空が謝ることないよ。悪いのは紫雲の方だ。あれほど美空に迷惑掛けるなって言ったのに」
 項垂れる紫雲を睨み、「全くお前は……」晴斗が大きく息を吐いた。
「とにかく」
 再び視線を美空に向けると、晴斗は重々しい声で話し始めた。

「先生方は今、受験の事で頭がいっぱいだ。ここで余計な騒ぎは起こしてもらいたくないようだ。当然だ。学校の評価にも関わるからね」
 美空は黙って頷いた。
「こいつにもできれば受験に専念してもらいたい。いくら合格圏内だからって、油断は禁物だ。気を抜いてると、そのうち足元を救われる」
 晴斗の言葉に、紫雲がきつく唇を結んだ。
「そこでだ」
 姿勢を少し前に傾けると、晴斗は一気に言葉を吐き出した。

「申し訳ないが、受験が終わるまで、紫雲と会うのを控えてくれないか?」
「父さんっ!」
 堪らず紫雲が叫んだ。
「俺、ちゃんとやってるだろ? 成績だって申し分ない。心配しなくても、絶対合格してみせるから……」
「そういう問題じゃないんだ!」
 紫雲につられ、負けずに声を荒げると、晴斗は紫雲の肩を掴んだ。
「これは、お前だけの問題じゃない。お前一人にみんなが振り回されてる。学校も。美空も。これだけ周りに迷惑を掛けておいて、お前はまだわからないのか?」
 悔しそうに晴斗を見つめる紫雲の瞳が、光を帯びて大きく揺れる。
「お前がやってることは、ただの我儘だ。それすらもわからない奴が、でかい口を叩くな」
 押しのけるように掴んでいた肩を離すと、「わかったら部屋に行きなさい」晴斗は鋭く紫雲に命じた。
 震える瞳で晴斗と美空を交互に見た後、紫雲はゆらりと立ち上がった。
 そのまま無言で退室すると、紫雲は怒ったようにドアを閉めた。

「すまない。変なことに巻き込んで」
「いえ。私の方こそ勝手な事してごめんなさい」
 いや、と首を振ると、晴斗は気落ちした顔で美空を見つめた。
「できれば知らせて欲しかった」
「ですよね。ごめんなさい。余計な心配掛けたくなかったからつい……」
「それも嘘」
「え?」
「紫雲だろ? どうせあいつに黙ってて欲しいって言われたんだろ?」
 ふっと笑うと、「あいつが言いそうなことだ」晴斗は両手で顔を覆った。
「それであの日、二人揃って風邪をひいてたってわけか……。納得」
 絶対に知られてはいけないあの日の過ちが蘇り、美空はギュっと瞳を閉じた。

「美空……」
 顔を隠したまま、晴斗が静かに名前を呼んだ。
「ごめん。俺、一瞬だけ疑った。美空とあいつが、何かあるんじゃないかって……」
「晴斗さん……」
「おかしいよな。自分の息子を疑うなんて……」
 胸の鼓動が早くなる。手の震えを誤魔化すように、美空は両手を握りしめた。
 唇が、再び激しく燃え始める。痛いほどの熱を感じ、美空は強く唇を噛んだ。

「何言ってんだろうな? 俺……」
 両手で数回顔をこすると、晴斗はごめんと呟いた。
「晴斗さんは悪くありません。私が誤解を招くような事をしたから……」
「そうだね」
 晴斗がゆらりと立ち上がった。
「あんまり不安にさせないでくれ」
 そのままゆっくりとテーブルを回り、晴斗は美空の隣に腰かけた。
 怒りとも悲しみともつかない表情を前に、美空は身体を強張らせる。
「紫雲の受験が終わったら、すぐに結婚の準備に取り掛かろう」
 晴斗の手が、美空の頬に触れる。手のひらで輪郭をなぞりながら、晴斗は苦しそうに瞳を歪めた。
「早く俺だけのものにしたい。つまらない疑念を抱かなくて済むように……」
 責めるような唇が、美空に深く絡みつく。
 初めて味わう乱暴な口づけに、美空の目から涙が一粒零れ落ちた。
 その涙は、晴斗への贖罪しょくざいなのか。それとも、引き離された紫雲への慕情なのか……。

 複雑に混ざり合う想いを抱えたまま、美空は、晴斗にその身を委ねた……。

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