あの日交わした約束がセピア色にかわっても

紫水晶羅

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禁断の告白

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 病室のドアを開けた美空に、晴斗が疲れ切った笑みを向けた。

 事故が起きたのは七時半過ぎ。場所は、自宅付近の交差点。自転車で赤信号を無視して飛び出したところ、左から直進車両が来たという。  
 運転手がすんでのところでブレーキをかけた為、接触は免れたが、驚いた紫雲はそのまま転倒。間もなく意識を失ったらしい。
 乗用車を運転していたその男性がすぐに救急車を呼んでくれた為、大事には至らなかったということだ。
 搭載されているドライブレコーダーにも、車に気付いた紫雲がバランスを崩して転倒するところがはっきりと映っていた。
 どうやら雨で路面が濡れていた為、自転車のタイヤがスリップしたようだ。
 幸い怪我はかすり傷程度だったが、転倒した際に頭をガードレールに強く打ったらしく、意識が戻らないのだという。

 美空は恐る恐る紫雲の顔を覗き見た。
 先ほどまで美空を映していた大きな瞳は、今は固く閉ざされている。
 頭に巻かれた包帯が、事故の衝撃を物語っていた。
「脳には異常が無いらしいんだが……」
 心配そうに、晴斗が紫雲の顔を見つめる。その姿に、美空の胸は締め付けられた。

 これは罰だ。

 自分の曖昧な態度が、ずっと紫雲を苦しめていた。その結果、最悪の事態を招くことになってしまったのだ。
 美空は両手で口を塞ぐと、その場に泣き崩れた。
「美空」
 晴斗が優しく肩を抱く。
「きっと大丈夫だ。すぐに目を覚ますさ」
 晴斗は何も気付いていない。これまで裏切り続けてきた二人の罪に。
 背中を撫でる晴斗の手が、美空の心を何度も突き刺す。
 晴斗のその優しさが、今の美空には痛かった。



 どれくらいの時間ときが経ったのか。院内は静寂に包まれていた。
 まるで異空間にいざなわれたような錯覚に襲われ、美空は慌てて顔を上げた。
 視線の先に、晴斗の姿があった。
 ベッド脇の丸椅子に座り、腕を組んだまま目を閉じている。その顔には、憔悴しょうすいの色が浮かんでいた。
 美空はそっと立ち上がり、紫雲の顔を覗き込んだ。
 頭に巻かれた包帯が、「お前のせいだ」と責め立てる。
 罪悪感に耐え切れず、美空は両手で顔を覆った。

「美空?」
 深い息遣いと衣擦れの後、「どうした?」晴斗が美空に目を向けた。
 暗闇でもわかる程、晴斗の瞳は不安そうに歪んでいる。
「晴斗さん……。私……」
 こうなってしまった以上、全てを打ち明けるしかないだろう。
 全ての罪は、自分にある。
「あの……」
 覚悟を決めて、美空はゆっくり口を開いた。

「う……ん……」

 突然ベッドから、苦し気な吐息が漏れてきた。
「紫雲?」
 晴斗が慌てて立ち上がる。
「紫雲! 紫雲! おいっ! 大丈夫かっ?」
 ベッドに覆いかぶさると、晴斗は何度も名前を呼んだ。
「ん……。とう……さん?」
「ああ。俺だ。わかるか?」
「え……? ああ……。なんで……?」
 意識が混濁こんだくしているのか、紫雲は頭をゆっくり動かすと、その痛みに顔をしかめた。

「ここは病院だ。お前、事故に遭って……」
「事故……?」
「ああ。今看護師さん呼んでやるから待ってろ」
 晴斗がナースコールに手を伸ばす。
「ほら。美空も心配して、ずっと付いててくれたんだぞ」
 ナースコールを押しながら、晴斗が嬉しそうに美空の顔を仰ぎ見た。
「みそら……さん?」
「紫雲君……」
 紫雲の視線が、美空の瞳を真っすぐ捉えた。


「……誰?」
「え……っ?」


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