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間章
少年が見た光景
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「静かにしてろ」
隣にいる父さんが言った。
その声は震えているように聞こえた。普段の威張っているような声とはまるで違っていて、ちょっとおかしかった。どんな顔をしてるのか見てやろうと思って横を向いたけれど、辺りが真っ暗なせいか、輪郭くらいしか分からない。あきらめて夜空を見上げると、いくつかの星が煌めいていて、とてもきれいだった。ぼくは心を落ち着けようと、しばらく眺めることにした。
きっと、父さんもぼくも緊張しているんだと思う。こんな経験は初めてだから。
今、ぼくたち二人は森の一本道の脇に隠れて、道の五十メートルくらい先のほうにそびえ立つ例の城と、城にかかる橋を見張っていた。
この城に来るのはひさしぶりだ。
真っ白で形のきれいな、まるで童話の中に出てくるような城の外観は、暗闇に覆われているせいでほとんど見えない。
今夜、あの城を通って逃げてくる奴らがいるんだ。
ぼくたちは、別にここへ来る必要はなかった。やるべきことはやったんだから、あとは警察に任せればいい。
でも父さんが、結果を確認するのは大事だし、社会勉強になるからと言って、ぼくを連れてきた。もちろん、憲兵には見つからないように。
城の裏手に広がるこの森は、周囲に何もなく、夜になると懐中電灯なしじゃまともに歩けもしない。だから、憲兵たちが隠れて見張っている城の橋に近づきさえしなければ、きっと見つかることはない。
たとえ見つかったとしても、きっと怒られることはない。だって、今夜起きることは、ぼくらのおかげなんだから。ぼくらは国に尽くした愛国者だ。
森がシンと静まりかえっているおかげで、そばを流れる川の音がかすかに聞こえてくる。
いつだったか、あの川で父さんと泳いだことがあったっけ。まだ母さんが生きていた頃で、家族でピクニックもしたな。
「来たぞ!」
夜空を見上げていたぼくは、いきなり聞こえた父さんの声で、視線を城のほうへ移した。
あれは多分、城の裏口の扉あたりだろう。チカチカと光が点滅している。
きっと、仲間への合図だ。
すると橋の手前側からも、光が点滅するのが見えた。
それを確認して安心したのか、扉から人影が次々と現れ、群れとなって橋を渡ろうと歩き出していく。
その瞬間だった。
橋の入り口の両脇から、いくつもの懐中電灯の光が人影を照らし出した。
誰かが大声で「動くな」と叫ぶのが聞こえる。そして、懐中電灯の持ち主たちが人影の群れに向けて突進していく。
待ち構えていた憲兵たちだ。
男女の叫び声と、発砲音が夜空に響いた。
ぼくは、暗闇の中でも目をこらすように、その様子を見ていた。
ふと肩をつかまれたので横を振り向くと、懐中電灯をつけた父さんの顔が光の中に浮かび上がった。
「もう行こう。用は済んだ」
そう言うと、父さんは背中を見せて、来た道を引き返し始めた。ぼくは最後まで見ていたかったけど仕方ないな。
ぼくと父さんは、小走りで森の一本道を進んでいった。明かりは懐中電灯だけで足元に気を付けないと転びそうになる。
後ろでは、何が起きてるんだろう。
城から出てきた奴らは、どうなったのかな。
やっぱりみんな、捕まったんだろうな。
父さんに聞いたら、ああいう奴らは捕まったら特別な場所へ連れていかれるんだって。
その後はどうなるのかは教えてくれなかった。知らなくていいって。
そして褒めてくれたんだ。お前はよくやったって。
いつもは飲んだくれてて、時々殴ったりする父さんが褒めることなんて、滅多にないから嬉しかった。
明日、学校でみんなにも話してやろう。そしたらきっとぼくはヒーローだ。
隣にいる父さんが言った。
その声は震えているように聞こえた。普段の威張っているような声とはまるで違っていて、ちょっとおかしかった。どんな顔をしてるのか見てやろうと思って横を向いたけれど、辺りが真っ暗なせいか、輪郭くらいしか分からない。あきらめて夜空を見上げると、いくつかの星が煌めいていて、とてもきれいだった。ぼくは心を落ち着けようと、しばらく眺めることにした。
きっと、父さんもぼくも緊張しているんだと思う。こんな経験は初めてだから。
今、ぼくたち二人は森の一本道の脇に隠れて、道の五十メートルくらい先のほうにそびえ立つ例の城と、城にかかる橋を見張っていた。
この城に来るのはひさしぶりだ。
真っ白で形のきれいな、まるで童話の中に出てくるような城の外観は、暗闇に覆われているせいでほとんど見えない。
今夜、あの城を通って逃げてくる奴らがいるんだ。
ぼくたちは、別にここへ来る必要はなかった。やるべきことはやったんだから、あとは警察に任せればいい。
でも父さんが、結果を確認するのは大事だし、社会勉強になるからと言って、ぼくを連れてきた。もちろん、憲兵には見つからないように。
城の裏手に広がるこの森は、周囲に何もなく、夜になると懐中電灯なしじゃまともに歩けもしない。だから、憲兵たちが隠れて見張っている城の橋に近づきさえしなければ、きっと見つかることはない。
たとえ見つかったとしても、きっと怒られることはない。だって、今夜起きることは、ぼくらのおかげなんだから。ぼくらは国に尽くした愛国者だ。
森がシンと静まりかえっているおかげで、そばを流れる川の音がかすかに聞こえてくる。
いつだったか、あの川で父さんと泳いだことがあったっけ。まだ母さんが生きていた頃で、家族でピクニックもしたな。
「来たぞ!」
夜空を見上げていたぼくは、いきなり聞こえた父さんの声で、視線を城のほうへ移した。
あれは多分、城の裏口の扉あたりだろう。チカチカと光が点滅している。
きっと、仲間への合図だ。
すると橋の手前側からも、光が点滅するのが見えた。
それを確認して安心したのか、扉から人影が次々と現れ、群れとなって橋を渡ろうと歩き出していく。
その瞬間だった。
橋の入り口の両脇から、いくつもの懐中電灯の光が人影を照らし出した。
誰かが大声で「動くな」と叫ぶのが聞こえる。そして、懐中電灯の持ち主たちが人影の群れに向けて突進していく。
待ち構えていた憲兵たちだ。
男女の叫び声と、発砲音が夜空に響いた。
ぼくは、暗闇の中でも目をこらすように、その様子を見ていた。
ふと肩をつかまれたので横を振り向くと、懐中電灯をつけた父さんの顔が光の中に浮かび上がった。
「もう行こう。用は済んだ」
そう言うと、父さんは背中を見せて、来た道を引き返し始めた。ぼくは最後まで見ていたかったけど仕方ないな。
ぼくと父さんは、小走りで森の一本道を進んでいった。明かりは懐中電灯だけで足元に気を付けないと転びそうになる。
後ろでは、何が起きてるんだろう。
城から出てきた奴らは、どうなったのかな。
やっぱりみんな、捕まったんだろうな。
父さんに聞いたら、ああいう奴らは捕まったら特別な場所へ連れていかれるんだって。
その後はどうなるのかは教えてくれなかった。知らなくていいって。
そして褒めてくれたんだ。お前はよくやったって。
いつもは飲んだくれてて、時々殴ったりする父さんが褒めることなんて、滅多にないから嬉しかった。
明日、学校でみんなにも話してやろう。そしたらきっとぼくはヒーローだ。
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