転生の行く末

かじ たかし

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試練その参

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 見渡す景色は若者から家族連れに加え海外客でごった返していた。皆こぞってグリコの看板のポーズを真似て、順番に見知らぬ人達を撮り合っている。悠にとっては地元ではないが、いつでもこれる場所である為全く興味がない。とゆうよりもそれに群がる人達が目障りである。世間はゴールデンウィークに差し掛かっている。悠は今まで過ごしたゴールデンウィークの思い出は特にない。一度死を経験する少し前のゴールデンウィークですら覚えていない程、くだらない休みを過ごしていたのだろう。だが今回は違った。暗闇で火の鳥に出会い死を告げられる、そしてタイムスリップしたかの如く数ヶ月前に戻り朱鳥と出会った。朱鳥を災難から守る事で自分が死んだ現実をすり替えれるらしかった。果たしてそんな事が可能なのか?そもそも守るべき対象がなぜ朱鳥なのか?自分が全く関わりのない人物である。考える事は山程あった。だがそれを信じて実現させる他はない。
2つ目の災難を避けた後、朱鳥とは連絡先を交換しちょくちょく連絡を取り合っていた。朱鳥には別れたい彼氏がいた。暴力が恐くて別れ話を切り出せないでいるたゆう事も聞かせれている。連絡を取っているのがその彼にバレると、また暴力を振るわれるのではないかと心配しながらもその実毎日が楽しくて仕方がなかった。
悠は恋愛経験もさほどなく、真剣に交際したのは高校生の時でただの1人だけだった。そんなに長い期間は続かなかったが、一応童貞ではない。当時同じ学校の同級生だった彼女とは、友達のように仲がよく恐らく結婚するだろうと悠は思っていた。いつも学校帰りに自宅に招き母が帰宅する直前までじゃれ合う。それを毎日のように繰り返していた。だが3年生になり、男なら誰もが欲する車が別れの原因だった。
彼女自身も誕生日が近く、一緒に自動車教習所に通うようになった。悠達の住んでいる地域では女性でも当然のように車を運転する。田舎である事から、スーパーに買い物に行くにも自転車や徒歩では遠すぎる。それに勤め先に行くにも大抵が車である。都心部では一家に一台があるかないかだろうが、悠の地元なら最低一台でなんなら家族人数分ある家庭もあるくらいだ。
「早く免許取って2人でドライブ行きたいね。初めは家の車借りて、働き出したら自分の車を買って。あぁ楽しみだなぁ」マキはその様を想像しているのか、ニヤついている。
教習所から出るとき教習生の彼女を迎えに来たのだろう、黒塗りのセルシオが駐車場に入ってきた。その当時車には詳しくはなかったが、一目で高級車だとゆうのは理解出来た。ピカピカのクロームメッキのホイールを履かせ、車高も煙草の箱が通るか通らないかの低さだった。運転席のドアが開き運転手が姿を現すと制服を着た高校生だった。
「めっちゃカッコいいね。私もあんな車の助手席に座りたいな」悠の腕を取り車とその男ばかり見ながら羨ましそうに言った。
「そうか?大した事ないよあんなの。俺がもっといい車に乗せてやるよ」セルシオの高校生に一瞥をくれる。今の自分には勝てる点は1つも見当たらないが、彼女の手前見栄を張ってしまっていた。
セルシオから降りたった高校生は髪を茶色に染め緩いウエーブのパーマを充て、綺麗な顔立ちをしている。その高校生は悠の視線に気づき、完全に見下した目で睨めつけていた。

その後はとてもじゃないがいつもみたくマキと一緒にいたい気分にはならず、無愛想に見送った。帰り道近くの書店で初めて車の雑誌を2冊購入し、1人黙々と読みふける。どうやら昼間の高校生が乗っていた車はとてもじゃないが、学生が乗れる代物ではない事が確認出来肩を落とした。
母が帰宅して早々「今日はマキちゃん来なかったの?喧嘩でもしたの?」揶揄うように言った。
その言葉には相槌も返事もせずただ机の上の雑誌に目を落としている。2冊買った内一冊は中古車ばかりが掲載されている本で、もう一冊はカスタム雑誌だった。今はカスタム雑誌を開いている。
後ろから母が覗き込み「まだ免許も取ってないのにそんなもん見てどうすんのよ」
スーパーのレジ袋から惣菜を机に並べ出す。
「この車が欲しいんだけどさ、買ってもいいかな」母とは目を合わさず雑誌に話しかけるように言った。
「幾らぐらいの車なの」買ってきた野菜を冷蔵庫に出際よく詰め、雑誌には目をやらずに聞いてくる。
「280万」ボソっと呟いた。
「280万て、あんたまだ高校生でしょ。ローンだって組めないのにバイト代だけで払える訳ないでしょ」金額に驚いたのか直様机に駆け寄り雑誌に目を遣る。
「100万くらいなら出してあげるけど、その後のガソリン代や保険代は自分でなんとかしなさい。それにその車は趣味が悪いわよ」馬鹿馬鹿しいとばかりに雑誌を勝手に閉じて、夕食の準備に取り掛かった。その背中を見ると現実味が湧いたものだ。そんな大金を学生の自分が乗り回せるはずもないと。

 後ろから肩を叩かれて我に帰ると、またガヤガヤとした光景が現れた。
「悪い、遅くなっちまった。幾ら持って来たんだ」首にタオルを掛けた達也が立っていた。額には大きな粒の汗を浮かべている。急いで来てくれたのだろう。仕事ではないらしかったが会社の掃除を連休前に済ませろと言われたそうだ。
こんな田舎者の2人が大阪の中心街で人混みに呑まれているのには訳があった。ゴールデンウィーク中に朱鳥とデートをする約束を交わし、そこに着ていく服を2人で買いに行くとゆう大事な任務があったからだ。
「全然いいよ。こっちこそ付き合わせて悪いな。美穂ちゃんは大丈夫なのか?」大型連休なら彼女と過ごすのが普通ではないかと心配する。
「毎日一緒じゃ間が持たないよ」苦笑いを浮かべ達也は言った。
「ならいいけど。一応3万は持参してきたから大丈夫だろう」ポンポンと財布を叩いてアピールする。
「善は急げだ。とりあえずアメリカ村でもぶらつこうぜ」吸いかけの煙草を地面に擦り付けた。
何処にいい服があるのか検討もつかないまま、知っている場所の名前だけを口にして更なる人混みに揉まれていった。
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