月夜に咲く紅き百合

オウヅキ

文字の大きさ
上 下
6 / 9

第五話 例題

しおりを挟む
 教会らしきところに入ると、数分の間待たされる。そのほんの僅かな間に事件は起こった。

 入ったらすぐに渡り廊下があった。その廊下から入るであろういくつかの部屋のうちの一部屋に、シスターらしき人は入っていく。紅音たちは玄関扉の前方、教会の中と同じようなつくりをしている部屋で待つように言われ、そこで待つ。その中に、前方には椅子が、後方、紅音たちのいる方には何人もの人が静かに眠っている。
 紅音には、何者かによって眠らされているように感じられた。そしてそれは当たっていて。
 
「何これ……?」
  リリが恐々と尋ねる。
「人間よ。何かあった時用のね。薬で眠らされているの」
「何かあった時用?」
 早くも感覚が麻痺してきているのか、あまり恐怖を感じないまま、紅音は月夜の言葉を復唱する。
「贄人が逃げたり死んだ時用の人間よ。私たちは一定量、人間の血を飲まないと生きていけないから。ここに来る吸血鬼には、専用の贄人がいない場合がほとんどなの。だから自分用の贄人を渡してもらってるのに、その贄人に逃げられたら困るでしょう?一時的な代用品として置いてあるの」
 月夜の説明と、人間を物としか見ていないような言い方に、リリが恐怖の声をもらし、他の人間の二人も顔をこわばらす。
「帰して」
 リリがペアである吸血鬼を睨みつける。
「出来ない」
「何で!?」
「あなたを返したら、生きてはいけるにしろ、力は相当に弱まる。それに私の一存で決められる訳ではないから」
 当然のように拒否されるが、リリはそれに納得がいかないようだ。無理だというのは分かっているのだろうけど、納得ができる状況では、きっとない。
「なんでそれなりに楽しく生きてきたのに、急にこんなことに巻き込まれなきゃいけないの!? あんたもたいして説明もせずに、そういうものだから納得しろって、ふざけないでよ!」
「まっ……!」
 ペアである吸血鬼を突き飛ばし、リリは建物の外に出ようとする。玄関の方に向かい、ドアノブに手をかける。
 ふ、と消えたように、紅音の目には映った。直後、人が倒れるような音がする。建物内も薄暗く、近くでなければ周りは見えづらいため、何が起きたか把握できず、紅音と他の人間二人は音のした方に恐る恐る向かう。リリがいたあたりの床に、何かがあることに気がついた紅音がそれを見てみると、そこにはリリが倒れていた。
「……っ!」
 驚きで声にならない悲鳴がでる。他の二人も気づいたようで息を呑む。
「え、これ……生きてる……?」
 髪を結んでいる方の人が呟くように聞く。
「……これは、多分、」
 ショートカットにしている方は、素早く息や動脈等を確認して、苦々しい顔をする。
「死んでいるわ」
 のんびりとした声が後ろから聞こえ振り向くと、吸血鬼たちが歩いてくる。月夜が、先程に続けて、だろう。どうでも良さそうに話す。
「簡単なことよ。逃げようとしたから死んだの。私の一存では決められない、ってちゃんと忠告していたのに」
 私たちとは違う。紅音はそう痛感する。人間のことなんてなんとも思ってないような言い方だ。
「一存では決められないって、そんなこと言われたって納得できるわけないでしょ」
 ショートカットの方が鋭く月夜を睨みつける。
「今までそれなりに普通に生きてきて、急に吸血鬼の餌になれ? 貴方たちはそれが納得できることだと思ってるの? 代用品として置かれている人間とか見せられたら、余計に逃げたくなるに決まってるし」
 月夜と紫髪の吸血鬼が冷たさを含んだ目で見ているのに対し、ピンク髪の吸血鬼はしゅんとした顔をする。
「そうだよね。その子もそうだし、律ちゃんも。ごめんね、こんなことになって」
 謝られたショートカットの人、律はなんともいえない表情をする。
「あんた、ずっとそんな感じだけどなんで? 他の吸血鬼見てるとあんたとは正反対って感じするけど」
「人間にいろんな人がいるように、吸血鬼にもいろんな吸血鬼がいるの。わたしは人間のこと大好きよ?」
 そう言って、純粋そうな笑顔を律に向ける。
 律がまたしてもなんとも言えない表情になるのを見た後、リリのペアの吸血鬼のことを思い出す。月夜の向かって右にいるその吸血鬼は、無表情で何を考えているのか分からない。相性がいい人を選んでいる、とそう言われたものの、リリたちのペアは仲良さそうには見えなく、リリもペアの吸血鬼に対して不満がありそうだった。リリのペアの吸血鬼は今、一体何を考えているのか。
「片付けさせてもらってもよろしいですか?」
 声が聞こえてきた右側を見ると、そこにはいつのまにか先程他の部屋に入っていっていたシスターらしき人がいた。その人は紅音たちの答えを聞かずに、リリを背負い、リリのペアと共にどこかに消えていった。
 
しおりを挟む

処理中です...