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二話:看板役者の面倒をみてみたけれど
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桂井仄代と名乗った女の子は、わたしたちと同じ歳で、劇団ヤカンで活動する役者だ。仄代が加入したのは先月くらい。
わたしのバイト先である骨董軽食店『蜃気楼』に緊急避難し、名物の桃茶を飲んで三人とも落ち着いて話せるようになったタイミングで、仄代がぽつぽつと教えてくれた。
「わたし……その……」
仄代は空っぽの桃茶に視線を落とし、わたしたちに目を合わせてはくれない。どうして匿って欲しいだなんて言ったのか、理由を話してくれるのにも三分かかった。
「わたしはいのり、こっちはアカシア。それで仄代……さん?」
「仄代、で、いい……」
「じゃあ仄代!」
アカシアが元気よく呼ぶ。
「なりゆきであんたのこと隠しちゃったけど、あいつらなんなん?」
「あ、あのひとたちは、たぶん……上層街の、ひと、たち……」
「上層街? 上層街っていったら……」
「ネオン街と隣り合う、我が国我が県の生活基盤を担う国際指定浄化都市」
口を挟んできたのは、店主だ。桃茶のおかわりを持ってきてくれたが、用事はそれだけじゃないんだ。その、糸みたいに細められた黒いつり目は仄代をまっすぐ見据えている。
「上層街といえども、SPを雇える組織は限られてくる。おそらく、弓張(ゆみはり)家じゃないかな」
穏やかでゆっくりした声が言い当てる。
「弓張って水道とか建物とかエネルギーとか取り扱ってる大企業だよね」
「すごい、いのり物知り」
あんたはもう少し該当スクリーンのニュースを流し見しろ。
推測は、結果として当たっていた。仄代はうつむいたまま、僅かにうなずいていた。
「それで、どうして仄代は弓張家から追われてるの?」
わたしが聞くと、仄代は動かない。
言えないことなのかもしれない。言ったら何が起こるかわからないからなのだろうか?
警察に駆け込めば? と提案してみたら、彼女はためらいなく首を横に振った。
ここからは大人の領域だ。でもわたしもアカシアも大学生で、親元を離れてる。おまけにその親とは相談できるような関係じゃない。
大学の恩師を頼るか? いや、授業はトンチキのくせに下手に常識のある人だ、警察行けと言うだろう。
それが正解なのだろう。わたしもそう思う。
でも、それはだめだ。仄代はきっと、正解の道をたどれないワケがある。
「店主」
わたしは店主に目を向けた。
「しばらく、仄代を預かってくれる? 仄代に働いてもらってもいい」
「願ってもない。人手が欲しかったところだ」
あっさり承諾。勝手に頼んじゃったけど、仄代は店主に向けて頭を下げた。蜃気楼は、わけあり人間の避難場所だ。わたしもアカシアも、親も学校も警察も頼れなくなったときにここへ駆け込んだことがある。
店主は駆け込み寺させてくれるし、秘密にしたいことは暴かない。それを外部に漏らすこともない。それに、自律を促す大人としての突き放す態度も持ち合わせている。
「仄代ちゃんだったね。今日はウチの三階の空き部屋に泊まりなさい。明日から働いてもらおうか。指導はいのりんに任せる」
仄代が蜃気楼に引き取られてから一週間、わたしは注意深く仄代の働きぶりを見てみた。バイトは劇団のスケジュールに合わせてシフトが組まれている。
仄代はバイトで失敗を積み重ねていた。飲食店だから給仕の仕事なんだけど、仄代はお客さんに目を合わせないし、声が小さいし、注文をよく間違える。明るい茶髪をポニーテールにまとめて、前髪も横に流して顔を見せるようにセットしたけど、きれいな顔がもったいないくらい暗い。レジを間違え、注文されたカレーを床に落とし、あつあつのコーヒーをお客さんにかけてしまうなんてザラ。
そのたびにわたしは間に入って頭を下げ、わたしが失敗した分を取り戻す。あの店員何やってんだという、お客さんのクレームはもっともだ。
わたしは蜃気楼で過ごすことが多くなった。カウンター席でちまちまと課題をやりながら、仄代を見守っているわけだが、次は何をしてしまうのかと気が気じゃない。おかげで、わたしの課題は一文字も進まない。
今日も仄代は、蜃気楼名物の桃茶をこぼした。常連のマダムはカンカンだ。あの後、ひとしきり怒鳴って落ち着いたようだけど。
その場はなんとかおさまった。
だが、それが連日続くとさすがにわたしも気が滅入る。
その日は、アカシアは店主と厨房、わたしと仄代でホール。常連も新規のお客さんもたくさん。注文たくさん。満員御礼だが、そうも言ってられない。
わたしがレジに向かおうとしているとき、仄代は一人目のお客さんにお冷や代わりのお茶を出しているところだった。お店の外にまで行列ができているのに、回転率が悪い。
そして、新規のお客さんが、仄代のお尻を触った。すぐに彼女をスタッフルームに連れて行った。仄代は、丸椅子に座って縮こまる。そんな仄代に、わたしは言う。
なるべく、ゆっくり。やさしく。
「ごめん、怖かったね。すぐにヘルプに行けなくてごめんね」
「ううん……いのり、さんは悪くない……
わたし……怖かった……また、失敗するんじゃないかって……つ、つぎは、お茶をこぼさないようにって、気をつけてた、けど……」
仄代の目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。たどたどしい言葉が溢れてくる。
わたしは、仄代に断ってから、仄代に触れた。震える肩を抱き寄せる。
怖かっただろう。話すのも勇気がいることだ。「あなたが悪い」なんて言われたら、心に一生の傷がつく。そんなん、悲しいじゃん。
「話してくれて、ありがとう」
わたしがかつてアカシアに言ってもらえて、安心した言葉。
わたしのバイト先である骨董軽食店『蜃気楼』に緊急避難し、名物の桃茶を飲んで三人とも落ち着いて話せるようになったタイミングで、仄代がぽつぽつと教えてくれた。
「わたし……その……」
仄代は空っぽの桃茶に視線を落とし、わたしたちに目を合わせてはくれない。どうして匿って欲しいだなんて言ったのか、理由を話してくれるのにも三分かかった。
「わたしはいのり、こっちはアカシア。それで仄代……さん?」
「仄代、で、いい……」
「じゃあ仄代!」
アカシアが元気よく呼ぶ。
「なりゆきであんたのこと隠しちゃったけど、あいつらなんなん?」
「あ、あのひとたちは、たぶん……上層街の、ひと、たち……」
「上層街? 上層街っていったら……」
「ネオン街と隣り合う、我が国我が県の生活基盤を担う国際指定浄化都市」
口を挟んできたのは、店主だ。桃茶のおかわりを持ってきてくれたが、用事はそれだけじゃないんだ。その、糸みたいに細められた黒いつり目は仄代をまっすぐ見据えている。
「上層街といえども、SPを雇える組織は限られてくる。おそらく、弓張(ゆみはり)家じゃないかな」
穏やかでゆっくりした声が言い当てる。
「弓張って水道とか建物とかエネルギーとか取り扱ってる大企業だよね」
「すごい、いのり物知り」
あんたはもう少し該当スクリーンのニュースを流し見しろ。
推測は、結果として当たっていた。仄代はうつむいたまま、僅かにうなずいていた。
「それで、どうして仄代は弓張家から追われてるの?」
わたしが聞くと、仄代は動かない。
言えないことなのかもしれない。言ったら何が起こるかわからないからなのだろうか?
警察に駆け込めば? と提案してみたら、彼女はためらいなく首を横に振った。
ここからは大人の領域だ。でもわたしもアカシアも大学生で、親元を離れてる。おまけにその親とは相談できるような関係じゃない。
大学の恩師を頼るか? いや、授業はトンチキのくせに下手に常識のある人だ、警察行けと言うだろう。
それが正解なのだろう。わたしもそう思う。
でも、それはだめだ。仄代はきっと、正解の道をたどれないワケがある。
「店主」
わたしは店主に目を向けた。
「しばらく、仄代を預かってくれる? 仄代に働いてもらってもいい」
「願ってもない。人手が欲しかったところだ」
あっさり承諾。勝手に頼んじゃったけど、仄代は店主に向けて頭を下げた。蜃気楼は、わけあり人間の避難場所だ。わたしもアカシアも、親も学校も警察も頼れなくなったときにここへ駆け込んだことがある。
店主は駆け込み寺させてくれるし、秘密にしたいことは暴かない。それを外部に漏らすこともない。それに、自律を促す大人としての突き放す態度も持ち合わせている。
「仄代ちゃんだったね。今日はウチの三階の空き部屋に泊まりなさい。明日から働いてもらおうか。指導はいのりんに任せる」
仄代が蜃気楼に引き取られてから一週間、わたしは注意深く仄代の働きぶりを見てみた。バイトは劇団のスケジュールに合わせてシフトが組まれている。
仄代はバイトで失敗を積み重ねていた。飲食店だから給仕の仕事なんだけど、仄代はお客さんに目を合わせないし、声が小さいし、注文をよく間違える。明るい茶髪をポニーテールにまとめて、前髪も横に流して顔を見せるようにセットしたけど、きれいな顔がもったいないくらい暗い。レジを間違え、注文されたカレーを床に落とし、あつあつのコーヒーをお客さんにかけてしまうなんてザラ。
そのたびにわたしは間に入って頭を下げ、わたしが失敗した分を取り戻す。あの店員何やってんだという、お客さんのクレームはもっともだ。
わたしは蜃気楼で過ごすことが多くなった。カウンター席でちまちまと課題をやりながら、仄代を見守っているわけだが、次は何をしてしまうのかと気が気じゃない。おかげで、わたしの課題は一文字も進まない。
今日も仄代は、蜃気楼名物の桃茶をこぼした。常連のマダムはカンカンだ。あの後、ひとしきり怒鳴って落ち着いたようだけど。
その場はなんとかおさまった。
だが、それが連日続くとさすがにわたしも気が滅入る。
その日は、アカシアは店主と厨房、わたしと仄代でホール。常連も新規のお客さんもたくさん。注文たくさん。満員御礼だが、そうも言ってられない。
わたしがレジに向かおうとしているとき、仄代は一人目のお客さんにお冷や代わりのお茶を出しているところだった。お店の外にまで行列ができているのに、回転率が悪い。
そして、新規のお客さんが、仄代のお尻を触った。すぐに彼女をスタッフルームに連れて行った。仄代は、丸椅子に座って縮こまる。そんな仄代に、わたしは言う。
なるべく、ゆっくり。やさしく。
「ごめん、怖かったね。すぐにヘルプに行けなくてごめんね」
「ううん……いのり、さんは悪くない……
わたし……怖かった……また、失敗するんじゃないかって……つ、つぎは、お茶をこぼさないようにって、気をつけてた、けど……」
仄代の目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。たどたどしい言葉が溢れてくる。
わたしは、仄代に断ってから、仄代に触れた。震える肩を抱き寄せる。
怖かっただろう。話すのも勇気がいることだ。「あなたが悪い」なんて言われたら、心に一生の傷がつく。そんなん、悲しいじゃん。
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わたしがかつてアカシアに言ってもらえて、安心した言葉。
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