その輝きは、離れていても仄かにわかる

八島えく

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三話:アルバイトは舞台だよ!

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 その後も、仄代の様子を見に行った。仄代にはキッチンを任せようとしていたが、仄代の希望で、ホールもまたやりたいと店主に話したらしい。わたしかアカシアもホールにいる条件つきで許可が下りた。
 相変わらず、仄代は失敗ばかりだ。舞台に上がってるときはすごかったのに、日常に戻るとてんでダメだな……わたしよりだめだ。
 わたしは、一つ提案してみた。
「仄代、蜃気楼のお仕事をさ、舞台だと思ってみない?」
「舞台……?」
「ほら、仄代は舞台に上がると、別人みたいになるじゃん。こう、おとなしい仄代じゃなくて、舞台の誰役という登場人物になる、みたいにさ。桂井仄代じゃなくて、蜃気楼のベテラン店員という役をやるの。どうかな」
 仄代は唇に指を当てて思案する。
「やって、みる……」
 わたしの提案は、当たったらしい。ドジっ子していたときのことが嘘のよう。「おかえりなさいませ」「おまたせいたしました」「いってらっしゃいませ」という挨拶は店内によく通り、注文を床に落とさない、皿を割らない。
 何より、笑顔が増えた。その笑顔を見たわたしも、つられてにっこりしちゃうくらい。もちろん、失敗が急に全部なくなるわけじゃないけど。仄代一人でホールを回せるようになって、わたしは何だか嬉しい気持ちになる。
 仄代の背筋は伸び、茶髪のポニーテールが生き生きと揺れる。少なくとも、蜃気楼でのバイト生活は心配なさそうだ。
   *
「劇団の見学に行っていいの?」
 バイト休みの日、わたしは仄代に誘われた。劇団ヤカンの稽古があるらしく、わたしとアカシアがお呼ばれした。
「でも、いいの? わたしたち部外者だよ?」
「いいの……劇団長が……いのりさんと、アカシアさんに、お礼を言いたいって……」
 劇団や舞台稽古というものに興味がないわけじゃない。仄代を探していた弓張の人たちのこともある。わたしは仄代の提案に乗った。
 劇団ヤカン。団長はバイト先の店主と同じくらいのお兄さんで、役者も仄代を含めて五名、裏方はさらに少なく三名。
仄代を通して団長さんを紹介してもらい、ヤカンの実績を教えてもらった。
興行収入は億単位、SNSも常に注目の的で、団長や裏方の人たちのインタビュー記事を、バングルに送ってもらった。彼らの作る世界には、人々を夢中にする魅力がある。
「桂井のこと、気にかけてくれてありがとう」
 団長さんはわたしたちに頭を下げてくれる。
「今日は本番舞台での稽古なんですか?」
「そうそう」
 と、団長さんが目を光らせる。
 エスガワネオン劇場。百二十名ほどの観客が入る大ホールが、次の舞台なのだそうだ。
「ここはね、すごいんだよ」
 口を挟んだのは、音響さんだった。
「音響、背景をバングルから操るんだ。劇場の専用機に接続することで、機材を動かすことなく舞台をリアルタイムで彩れる。さらに! 最新の映像やVR技術を使って、遠隔演技をすることができるすぐれものさ」
「遠隔……?」
「役者がここにいる必要はないってこと」
「なるほど、リモート授業みたいなもん……」
 裏方さんはこの古びた劇場に備わる技術と歴史を教えてくれた。適当に切り上げて、わたしは袖から舞台の方を見やる。仄代が台本片手に、女性役者と男性役者に向けて辛辣な言葉を投げていた。演技なんだけどね。
「ふざけないでよ!」
 と、女性の方が仄代に台本を投げつけた。
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