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四話:どうして役者になりたいの?
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仄代が台詞をトチったらしい。演じる役に没頭していた仄代が、ただの仄代に戻る。
「ここは老人を振り払って逃げる場面でしょうが!」
「ご、ごめんなさ、」
「たった一回、主役になったくらいで天狗にでもなってるの? 名優気取りになるのいい加減にして!」
随分私怨が入ってるな。わたしは仄代の前に躍り出てしまった。
「なによ、あなた」
「……仄代さんの友人の、文野いのりです」
女性がにらみつける。ああ、なんで首突っ込むの? わたし、争いごとは嫌いで、理詰めで問い詰めてくる人が大の苦手だってのに。
「あまり、その……追い詰めないでやってください。大きな音に萎縮して、演技の改善もできなくなります」
「あなた関係ないでしょう。……桂井さん、人に守ってもらっていて自分はだんまりなの? 恥ずかしくないの?」
仄代が震えているのが、背中越しにわかる。
「役者として舞台にあがりたいのに、その姿勢は役者舐めてるわよね。人見知りしてる場合? 声も小さいし、稽古以外のときは暗いし、やめたら、役者」
「言い過ぎです」
わたしは、震える声で言った。
「仄代さんの姿勢に言いたいことがあるのはわかります。でも、今それをあげつらうのって意味なくないですか。人見知りで声が小さいこと、本人が一番自覚してるんです。それをあげつらうの意味なくないですか」
何かまくし立ててしまう。
「あなたも役者ですよね? 役者なら自分の役に集中してください。演技指導なら、団長さんが見てくれているのだから、あなたがあなたの時間を割いてまで仄代に言う必要は、」
わたしの袖を、仄代が掴んだ。振り向くと、うつむいた仄代が首を横に振ってる。
わたしは、自分が場違いであることにようやく気がついた。仄代を庇ったつもりで、結局仄代に恥をかかせただけだった。その場が気まずくなったのを見抜いた団長さんが、休憩と手をぱんぱん叩いた。仄代は逃げるようにホールを去る。追いかけようとしたわたしの足が、鉛のように重い。
「いのり」
アカシアが、わたしの肩を叩く。いつものへらへらしたような笑顔じゃない。普段から笑顔を振りまいているアカシアが真剣な表情をしているときは本当に笑い話じゃないことだ。団長さんはわたしをフォローしてくれたけど、居心地の悪さは消えない。わたしのまいた種だ。
「すみません、団長さん」
「いいよ。きみがそう思う気持ちもね、わかるからさ。大きな声じゃ言えないけど」
団長さんが、こっそりとわたしとアカシアをホールの入り口まで伴う。
「桂井に当たってた役者……久野っていうんだけど、こないだの青空劇場の舞台、本当は彼女が主役だったんだ」
「じゃあ仄代は代役で……?」
「そういうこと。久野さん、当日急に怪我しちゃって、あのままだと舞台中止になるところだったんだよ。そこで急遽桂井さんに代役として出てもらったってわけ」
この舞台では、仄代はまだ役をもらえていなかったらしい。でも台本はもらっていたから、稽古の合間に雰囲気を掴み、台本を読み、すべての役の台詞をすべて覚えたらしい。台詞だけでなく、役の感覚まで。
いきなり主役を代わりにやってくれと言われたとき、仄代はどんな気持ちであの舞台に上がったんだろう? わたしが青空劇場で目にした仄代は、お姫様役そのもので、とても輝いていた。
その輝きをいかんなく発揮する直前まで、どんなに悩んだんだろう。
「桂井さんのおかげで、舞台は大成功。その後の活動も順調になったんだけど、それが久野さんにはおもしろくないというか……」
音響さんが差し入れにと、オレンジジュースを持ってきてくれた。
「全体で見れば、劇団の知名度が上がったし、舞台も借りやすくなったし、良いことではあるんだけどね。でも久野さんにとっては、本当は自分が舞台に立つはずだったのに、桂井さんに横から盗られたような気がして、あまりいい気持ちじゃないんだろう」
「このエスガワで舞台開けるの、久野さんも楽しみにしてたと思うんだけどねえ。桂井さんのおかげみたいなもんなんだけどな」
「どういうことなんすか?」
団長さんは、こっそりとアカシアとわたしに教えてくれる。
「実はこのエスガワネオン、ちょっと資金繰りに苦戦しててね、慈善団体からの寄付がないと立ちゆかないくらいなんだ。ホールを借りられたのは、桂井さんの知名度あってのものだった」
劇場に入ってくるお金がなくて、寄付でなんとかなっているところなら、劇団に舞台を使わせてくれと言われたら諸手を挙げて喜ぶものだと思ったけど、そうでもないのかな。
この劇場で舞台ができるのは幸運のようだ。
はホールの正面入り口にたたずんでいる。わたしは自販機からグレープフルーツジュースを買って、彼女の目の前に突き出す。
「……いのり、さん」
「さっきは、余計なことして、ごめん」
「いいえ……わたしが、悪いのだから」
仄代はジュースを受け取った。このあたりにいるのは、わたしと仄代だけだ。
「……ねえ、聞いてもいい?」
仄代が、わたしの方を向く。目が赤い。赤くしたのはわたしだ。
「仄代は、どうして役者になりたいの?」
「それは」
仄代が何かを言いかけて、目の前に黒塗りの長い車が止まった。
「ここは老人を振り払って逃げる場面でしょうが!」
「ご、ごめんなさ、」
「たった一回、主役になったくらいで天狗にでもなってるの? 名優気取りになるのいい加減にして!」
随分私怨が入ってるな。わたしは仄代の前に躍り出てしまった。
「なによ、あなた」
「……仄代さんの友人の、文野いのりです」
女性がにらみつける。ああ、なんで首突っ込むの? わたし、争いごとは嫌いで、理詰めで問い詰めてくる人が大の苦手だってのに。
「あまり、その……追い詰めないでやってください。大きな音に萎縮して、演技の改善もできなくなります」
「あなた関係ないでしょう。……桂井さん、人に守ってもらっていて自分はだんまりなの? 恥ずかしくないの?」
仄代が震えているのが、背中越しにわかる。
「役者として舞台にあがりたいのに、その姿勢は役者舐めてるわよね。人見知りしてる場合? 声も小さいし、稽古以外のときは暗いし、やめたら、役者」
「言い過ぎです」
わたしは、震える声で言った。
「仄代さんの姿勢に言いたいことがあるのはわかります。でも、今それをあげつらうのって意味なくないですか。人見知りで声が小さいこと、本人が一番自覚してるんです。それをあげつらうの意味なくないですか」
何かまくし立ててしまう。
「あなたも役者ですよね? 役者なら自分の役に集中してください。演技指導なら、団長さんが見てくれているのだから、あなたがあなたの時間を割いてまで仄代に言う必要は、」
わたしの袖を、仄代が掴んだ。振り向くと、うつむいた仄代が首を横に振ってる。
わたしは、自分が場違いであることにようやく気がついた。仄代を庇ったつもりで、結局仄代に恥をかかせただけだった。その場が気まずくなったのを見抜いた団長さんが、休憩と手をぱんぱん叩いた。仄代は逃げるようにホールを去る。追いかけようとしたわたしの足が、鉛のように重い。
「いのり」
アカシアが、わたしの肩を叩く。いつものへらへらしたような笑顔じゃない。普段から笑顔を振りまいているアカシアが真剣な表情をしているときは本当に笑い話じゃないことだ。団長さんはわたしをフォローしてくれたけど、居心地の悪さは消えない。わたしのまいた種だ。
「すみません、団長さん」
「いいよ。きみがそう思う気持ちもね、わかるからさ。大きな声じゃ言えないけど」
団長さんが、こっそりとわたしとアカシアをホールの入り口まで伴う。
「桂井に当たってた役者……久野っていうんだけど、こないだの青空劇場の舞台、本当は彼女が主役だったんだ」
「じゃあ仄代は代役で……?」
「そういうこと。久野さん、当日急に怪我しちゃって、あのままだと舞台中止になるところだったんだよ。そこで急遽桂井さんに代役として出てもらったってわけ」
この舞台では、仄代はまだ役をもらえていなかったらしい。でも台本はもらっていたから、稽古の合間に雰囲気を掴み、台本を読み、すべての役の台詞をすべて覚えたらしい。台詞だけでなく、役の感覚まで。
いきなり主役を代わりにやってくれと言われたとき、仄代はどんな気持ちであの舞台に上がったんだろう? わたしが青空劇場で目にした仄代は、お姫様役そのもので、とても輝いていた。
その輝きをいかんなく発揮する直前まで、どんなに悩んだんだろう。
「桂井さんのおかげで、舞台は大成功。その後の活動も順調になったんだけど、それが久野さんにはおもしろくないというか……」
音響さんが差し入れにと、オレンジジュースを持ってきてくれた。
「全体で見れば、劇団の知名度が上がったし、舞台も借りやすくなったし、良いことではあるんだけどね。でも久野さんにとっては、本当は自分が舞台に立つはずだったのに、桂井さんに横から盗られたような気がして、あまりいい気持ちじゃないんだろう」
「このエスガワで舞台開けるの、久野さんも楽しみにしてたと思うんだけどねえ。桂井さんのおかげみたいなもんなんだけどな」
「どういうことなんすか?」
団長さんは、こっそりとアカシアとわたしに教えてくれる。
「実はこのエスガワネオン、ちょっと資金繰りに苦戦しててね、慈善団体からの寄付がないと立ちゆかないくらいなんだ。ホールを借りられたのは、桂井さんの知名度あってのものだった」
劇場に入ってくるお金がなくて、寄付でなんとかなっているところなら、劇団に舞台を使わせてくれと言われたら諸手を挙げて喜ぶものだと思ったけど、そうでもないのかな。
この劇場で舞台ができるのは幸運のようだ。
はホールの正面入り口にたたずんでいる。わたしは自販機からグレープフルーツジュースを買って、彼女の目の前に突き出す。
「……いのり、さん」
「さっきは、余計なことして、ごめん」
「いいえ……わたしが、悪いのだから」
仄代はジュースを受け取った。このあたりにいるのは、わたしと仄代だけだ。
「……ねえ、聞いてもいい?」
仄代が、わたしの方を向く。目が赤い。赤くしたのはわたしだ。
「仄代は、どうして役者になりたいの?」
「それは」
仄代が何かを言いかけて、目の前に黒塗りの長い車が止まった。
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