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1806年/秋

≪脱出≫

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「見つけた」
 自分は、フランス第五軍団魔法斥候隊所属の魔法兵だ。
 ジャン・ランヌ司令官の指令で、ルイ王子の追跡を行っていた。
 そして、どこかの農家から徴発したのか、ボロボロの荷馬車を中心に進む、一隊を発見した。
 王子は負傷した、との情報を得ている。
 荷馬車で横になっているのが、彼なのだろう。
 隊長から、≪繋がれ≫で、攻撃の指示がきた。
 荷馬車の藁に≪燃えろ≫で火が点くのを合図に、一斉攻撃。
 一部は、本隊に発見を知らせに走る。
 ルイ王子を亡き者にすれば、プロイセン軍の士気低下は免れない。
 兵力でも、装備でも実戦経験でも勝っている我が国の勝利は、揺るぎないものとなる。
 藁が燃え上がった。
 これで、王子も、プロイセンも終わりだ。

 ズガン!と発砲音が、何か所かで響いた。
 ぼとっ!と魔法兵が木から落ちた。
 ガサガサと繁みからギリースーツを被ったまま駆け寄り、フランス魔法兵の絶命を確認。
 少し本隊に近づき、≪繋がれ≫で報告する。

「ですよねー」
 俺は、荷馬車の藁が燃え上がるのを見て、舐めていたボンボンを噛み砕いて飲み込み、呟いた。
 予想通り、魔法兵が追ってきたのだろう。
 世界中で魔法が使えるのだ、敵軍だって魔法を使ってくるのは当然だ。
 もちろん、魔法の才能が高い者は希少だから、物量戦には敵わない。
 しかし、こういった威力偵察や暗殺には向いている。
 その辺は、同じ魔法兵の傭兵であるナンシー先生が詳しく、手の内を知っているので、対策を立てていた。
 まず、抹殺対象がわかりやすいように、囮の荷馬車を用意した。
 真っ先に、狙ってくるだろうから、それが反撃の合図だ。
 次に、ギリースーツで偽装したガトリング持ちを数人、本隊から離して伏せさせ、追跡者を逆に捕捉させた。
 更に、フランス魔法兵が誤解しているのは、
「銃など、一度撃ってしまえば魔法に、うわらばっ」
 何人か、それでも襲撃してきたが、魔法は、直接戦闘には、それほど便利ではない。
 まして、ガトリング相手では。

 俺らは、カレーをかけたクスクスをもぐもぐ、と食べていた。

 馬鹿王子の包帯交換を兼ねた、小休止中だ。
 当然、消毒もされているので、悲鳴があがる。
 消毒しすぎる、と組織の回復を遅くする、なんて説もあったような気がするが、知らん。
 別に、恨みはない。
 作曲した曲の感想を聞きたい、と何時間も聴かされたりとか。
 こう直した方がいいかもしれない、と違いがよく分からないバージョンを延々聴かされたりとか。
 挙句、「僕には才能がない!」とか叫んで、楽譜を破って捨てたりとか。
 感染症で死なれては、困るだけだ。
 ナンシー先生が、身を屈めながら、近づいてきた。
「囲まれたようだ」
 やはり、フランス魔法兵斥候隊の全員を倒せていなかったようだ。
 追跡部隊に追い付かれたみたいだ。
 或いは、既に展開していた他部隊に伝令が行ったか。
「馬鹿王子は?」
「消毒で気絶しているわ」
 マーサー先生の答えに、俺とナンシー先生はニヤリ、と笑い、
「それは、都合がいい」
 馬鹿王子の暴走は防げそうだ。
 この期に及んで、「僕を置いていけ」とか、脳を使わずに語れる賢い馬鹿なのだ。
 寝るときには掛布団にもなる、絹の組紐で編んだ防護布で、馬鹿をグルグル巻きにして馬に積む。
 馬の負担を減らすために、身軽なアリスが騎乗した。
 俺も、ローザ先生の馬によじ登り、彼女の前に跨った。
 キュロットスカートを履いているので、お上品に横座りなどしない。
 ガッチリ足で、馬体を挟む。
 まだまだ暢気だった進軍当初、跨らないサイドサドルとやらをやったのだが、安定しなくて怖かった。
 ちなみに、ローザ先生は、一人で騎乗するときは慣れているサイドサドルでだ。
 なぜだか知らないが、長い鞭を使うのが、なんだか怖い。
「それじゃあ、逃げるか」

「あ、ごめん」
 俺は、長々と降伏しろ、と得意げに上から目線で勧告し続けた敵司令官を箒改(箒の掃く部分を外して柄だけにしたので、もはや箒とは言えないが)で撃ってしまった。
 万が一のため、射撃準備のプレキャストをするだけのつもりだったのだが、あまりにイラつく口調で長いのと、それを利用して、包囲網がジリジリ、と狭まるのに我慢できず、ついつい撃ってしまった。
 ヒーローが変身直後に名乗りを上げている最中にヤってしまったようで、とても申し訳ない気分だ。
 反省はしている。
 ただ、相手が死んでいないからか、初めて人を撃ってしまった精神的なショックは、今のところない。
「今のうちだ!突破しろ!」
「ガトリング壱弐隊掃射!」
 ナンシー先生の叫びに、馬が疾り出す。
 ハンナの射撃で空いた隙間を、突破する。
 俺が、司令官を撃ってしまったので、指揮系統が一時的にせよ混乱しているのは、ありがたい。
 それでも、途中で撃った罪悪感は拭えないが。
 まあ、撃ちやすい場所に、偉い人が出てきたのが、悪い。
 それでも、敵の包囲は厚く、散発的にだが、弾も飛んでくる。
 対して、こちらの反撃も疎らだ。
 クイックローターを用意したとはいえ、馬上で装填するのは難しいので、全弾掃射ではなく、単発で反撃しているからだ。
 しかも、弾も残り少ない。
 先頭を疾っていたナンシー先生の馬が竿立つ。
 敵兵が銃を構えて、待ち伏せていたのが見える。
 敵の一斉射撃に、風が渦巻き、俺らの周りを回り、弾を防ぐ。
 これは、フィズボールで、アリスが使った魔法?
 でも、こんな威力で使ったら。
 アリスが、気絶し、馬から落ちる、のを自分の馬から飛び降りたナンシー先生がすくい上げ、そのままアリスの馬に跨る。
 先生、その尻の下にあるのは、我が国の王子様だよ。
「次を撃つ前に、突破しろ!」
 馬の突撃に、装填もできずに、敵部隊が蹴散らかされる。
 なんとか、突破できそうだ。
 ハンナが、何か叫んでいる。
「エイミー!」

 俺は、真っ白いところにいた。
 前に夢だと思った、ご先祖の記録映像を見た場所だ。
 ご先祖が、立っている。
 もしかして、今の緊急事態に役に立つ知恵とか、秘められし力とか、与えてくれるのか?
 さすがは、ご先祖!
 いや、ご先祖様!
 すうー、っとその姿が遠くなっていく。
 え?
 笑顔だけ?
 なんもナシ?
 ちょっと待てー!

「役に立たんな、アイツ」
 ご先祖を役に立たない呼ばわりした自分の声で、俺は気絶から覚めた。
 地面に転がっていた。
 銃を構えた敵兵が迫っている。
 俺は、立ち上がろうとして、脚に激痛が走った。
 銃で、撃たれていた。
 このせいで、落馬したのだろう。
 これ、授業で木の実が爆ぜて、怪我したとこじゃないか?
 懐かしいなあ。
 でも、やっぱりキュロットスカートを、もう少し長くしておけば脚、撃たれてもなんとかなったかもしれないな。
 などと、ノンビリ考えていたのは、単なる現実逃避だ。
 飛んでくる弾を防ぎようがないからだ。
 アリスの風は、天才だから弾を防げたのであって、俺の魔法では無理だ。
 防護服だのを装備はしているが、蜂の巣にされたら、無理だ。
「エイミー!」
「来るな!ここは俺に任せろ!馬鹿王子を守れ!」
 ハンナに叫び返すが、「死ぬまでに言ってみたい台詞」を言えた感慨はない。
 そもそも、死ぬまでに、ってあと何秒だ?
 せっかく改造した箒改も、どこに転がったのか、見つからない。
 しまった、箒の柄のみ、という木の棒そのままの外見は、こういった野外では発見しにくいのが、欠点だな。
 なぜか、敵の弾が、ゆっくり、と飛んでくるように見える。
 思えば、短い人生だったな。
 銃弾との間に、茶色い塊が割り込んだ。
 馬?
 騎馬を犠牲にし、身体を丸めて飛び降りていたローザ先生が、俺の脇に、ゆっくりと立ち上がった。
「どんなことをしてでも、生かして帰す、と約束したはずです。エイミー・ロイエンタール」

「先生、危ない!」
 向けられた銃口に、俺が心配している間に、ローザ先生はスペルを書き、コンパイルを終え、キャストした。
 一瞬、紫色の光が見え、敵の銃が、装備している火薬が爆発した。
 それも、見えているだけではなく、かなりの範囲で。
 電撃のようなもので、火薬を発火させたのだろうか。
 俺の身体が浮く。
 これも、脚を怪我したときと同じだ。
 などと懐かしんでいる場合ではない。
「先生、俺走れるから!」
「動かないで、運びます」
 馬並みのスピードで、動き出す。
 しかも、視界に入った銃は、先の電撃で爆発していく。
 まさに、先生無双だ。
 しかし、それも長くは続かなかった。
 敵兵に分厚く囲まれているのだ。
 電撃が弱まり、一撃で破壊できないことが増えた。
 弾も飛んでくる。
 銃を狙われているのが分かった敵は、剣装備の兵士を向けてきた。
 それも、電撃で倒すが、火薬を炎上させるより、リソースを使うようで、先生の息が荒い。
 俺も浮上ではなく、先生の小脇に抱きかかえられた。
「先生、もういいから!」
 声を出すのも辛いのか、返事はない。
 至近距離から数発の銃弾が、先生に中り転倒した。
 俺は投げ出されたが、軟着陸した。
 どこまで、俺に気をつかってんだ先生!
 絹の防護服のお陰か、咄嗟に魔法を使ったのか、弾は服で止まっていた。
 だが、打撲か、骨折があるのか、苦しそうだ。
 先生を撃ったヤツらは、電撃で倒されていたが、更に四方八方から足音が近づいてくるのが聞こえる。
 先生が、俺を弾から守ろう、と覆いかぶさってきた。
 俺は、押し退けることができずに、ただ先生が反撃か何かをするとき、動きを邪魔しないように、とシガミつくのを我慢していた。
 そんな俺を見た先生は、荒い息の中、
「貴女、は、いつも、いつも、無理して、 ばかりね」
 そう言う、と微笑んで、俺を抱きしめた。
「ローザ先生」
 俺は、その胸に顔を埋めるしか、できなかった。

「えへ、来ちゃった」
 語尾にハートマークが見えそうな、ハンナの台詞だった。
 もちろん、敵兵のど真ん中だ。
 そのまま、クイックローターを使って、ガトリング三連射を決めた。
 しかも、敵兵一人に一発づつコントロールしてだ。
「でも、これで弾切れ」

「えへ、来ちゃった」
 語尾にドクロマークが見えそうな、ナンシー先生の台詞だった。
 もちろん、敵兵のど真ん中だ。
 そのまま、奪ったらしい剣で、敵兵を切り伏せた。
 しかも、銃を持った離れた敵は、電撃で銃を破壊してだ。
「でも、これでリソース切れ」

 二人が、華麗に表れて、数秒で取り囲む敵兵を薙ぎ倒すのを、俺はローザ先生の肩越しに見ていた。
 二人とも、どうやってここに来たのかが分かるくらい、泥まみれで、傷だらけだった。
「どうして、ここへ?」
「「どうしてって、」」
 二人は顔を見合わせる、とニッカリ笑い、
「逃げるよ」
「逃げるぞ」
 ナンシー先生が俺を背負い、ハンナがローザ先生に肩を貸し、走り出した。
 その方向にも、人の気配がする。
「先生、そっちは」
「大丈夫だ」
 逃げる背後から、弾が飛んでくる。
 これって、背負われた俺って、危ないんじゃないか?
 そんなことを考えていたら、ふわっと風が舞った。
 それは、弾を防ぐほど激しくはないが、緩やかに弾道を変え、俺らを避けるように逸らしていく。
「アリス?」
 少し先に、アリスが膝をついているのが見えた。
 また、そんなにリソースを使ったら。
 彼女は一瞬、崩れそうになるが、持ち直す。
「ナンシー先生、急げ!アリスが!」
「馬じゃないんだから横っ腹、蹴るな!脚、怪我してるんじゃないのか?」
 というか、中に鎖帷子着ているからか、筋肉が鍛えられているからか、脇腹を蹴る感触が固すぎる。
 アリスが、まだ遠いのに、俺を見つけて、微笑む、とゆっくりと倒れかけ、それを支えたのは、馬鹿王子。
 おい、貴様。
 何してんだ、こんなとこで?
 まさか、本気で「僕を置いていけ」とでもやったのか?
 誰のために、こんなことしてる、と思ってるんだ、あの馬鹿王子!
 というか、俺のアリスに触るな!
 ナンシー先生に拍車をかけ、急がせる。
 今まで、眼に入らなかった多数展開したプロイセン軍兵士の脇を通り過ぎた。
「マスケット壱隊、撃て!」
 王子の声で、俺たちの背後で、射撃戦が始まった。

 俺たちは、フランス軍の包囲網を突破し、プロイセン軍に合流することができた。
 ルイ殿下は、そして俺らは、生き残ったのだ。
 それじゃあ、世界は、どうなる?

 とりあえず俺は、世界の行く末を気にすることは許されず、馬鹿王子の強い要請により、マーサー先生に、念入りに脚を消毒された。
 爽やかな顔をして、根に持つタイプかよ、馬鹿王子。
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