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狩りでした
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その翌日は、三メートル以上あるアーマー・ビートルに遭遇した。
「堅そうだね」
「ヤト姉様の切断があるから、斬れると思います」
「装甲を無駄にしたくないから、爆裂は、使わないでくれよ。ハイロウ」
「・・・当然ですな。主殿」
「ハイロウ叔父さん、斬れる棒、つくる?」
知識では知っていても、実際に見ると、異世界ファンタジーなんでもありだな、と思ってしまう。
消えない台風みたいに、世界中を彷徨っている、災害級と呼ばれる魔物もいるらしい。
もし、『名づけ』たら、どうなるのだろう?
甲虫特有の鎧状の装甲は、ヤトの『切断』が付与された俺たち武器の前には紙同然だったが、今後の素材や売物として、かなり有望だった。
「こっち側の足は全部、斬ったよ!」
「反対側の足は、だいたい凍らせました!」
「飛ぶぞ!できたら、羽根もなるべく壊さないでくれ」
「羽根の付け根を爆裂させますぞ!」
「あ、爆裂の石、先に投げちゃった」
「ば、爆裂の出番が」
ただ、草食で、逃げようとしたアーマー・ビートルを、利益のためだけに殺したのは、アラクネーに食料を与えた後だったため、考えるものがあった。
これは、弱肉強食なんだ、と思った。
ならば、強ければ、何をしても許されるのか?
チート能力持ちの俺にとっては、キツイ問いだ。
「あ?」
驚いた声を上げると、ヤトは走り出した。
「ヤト?」
「お姉様?」
「ヤトちゃん?」
「お嬢?」
みなが、声をかけるが、振り返りもしない。
『ヤト!どうした?』
後を追って、走りながら、パス通信を送るが、『パパ。悲鳴が!』と、抽象的な返事しかない。
追いついた先には、六十センチくらいの体長に、三十センチ以上の毒針を持つスピアー・ビーの群。
そして、それに囲まれたアラクネーたち。
アラクネーは、今までに見た、幼女くらいのが数頭。
その中には、娘たちが干し肉をあげた、あの赤い髪のアラクネーもいた。
その親らしい数段、大きいサイズが、一頭。
そのどれもが、スピアー・ビーの毒針に刺されて、赤黒く腫れた傷口から、血を流していた。
すでに、親アラクネーの足元で、動かない幼いアラクネーもいる。
これは、魔物の同士討ちだ。
弱肉強食なだけだ。
なら、なんで、心がざわつくんだ?
アラクネーの毒に犯されただろう赤黒い肌が、シウンの食虫植物の毒で腫れた腕を思い出させるからか?
俺だって、魔物を殺し、その毛皮を剥ぎ、肉を食べている。
スピアー・ビーが、アラクネーを殺して、何が悪い。
俺が見ていないところで、魔物同士が、生きるために殺し合い、食物連鎖を築いている。
蜘蛛の糸で、罠を張ったり、自分の防具をつくる知恵が、多少ともあるアラクネーは、特別?
ファング・ドッグだって、群で狩りをするくらいの知恵はあった。
アラクネーの上半身は、人っぽいから?
俺たちが、罠を見回る邪魔をして、干し肉をあげたから?
知るか!
ヤトだって、ヨウコだって、森林火事の中、兎と狐を助けたのは偶然、俺の自分勝手だ。
ワー・ウルフ兄妹を仲間にしたのも、ドラゴンを拾ったのも、俺の自分勝手だ。
じゃあ、アラクネーとスピアー・ビー、どっちの味方をするのも、俺の勝手だ。
強ければ、何をしてもいい訳じゃないだろう。
でも、我慢もしなくてもいいんじゃないか。
勝手に、アラクネーを守ろうと、奮戦するヤト。
それを心配そうにしながらも、俺の指示を待ち、足を止めている家族たち。
言いたいことは、パスから、焦れた気配が伝わってくる。
俺は、息を吸い、叫んだ。
「アラクネーたちを援護しろ!」
「パパ!」
「はい、お父様!」
「了解、お父さん」
「それでこそ、我が主殿ですぞ!」
家族たちは強いが、スピアー・ビーの数が多すぎる。
時間をかければ殲滅できるだろうが、なにより、アラクネーたちは、毒を受けている。
このままでは、毒でアラクネーたちは、死ぬ。
もう、倒れた幼いアラクネーは、死にかけているだろう。
救う手段は、ただひとつ。
アラクネーたちを『名づけ』れば、俺たちがスピアー・ビーを殺した魔素の共有でレベルアップし、毒への耐性を手に入れるだろう。
しかし、それには、問題がある。
『聞いてくれ。俺がアラクネーを「名づけ」る。ヤトは、その間、俺を援護してくれ』
『パパ。でも?』
『お父様?アラクネーは、何人もいますよ?』
『お父さん、気絶しちゃうよ?』
『主殿、それは無謀では?』
今まで、同時に「名づけ」たのは、ヤトとヨウコ、ワー・ウルフ兄妹の二人づつが最大だ。
『名づけ』れば、人型にするなどのために、魔素を注ぎ込んだ俺は、気絶する。
全員を『名づけ』る前に、気絶すれば、残った毒に犯されたアラクネーは、死ぬだろう。
無防備になった俺も、家族が守ってくれるにしても、危ない。
やれる理由?
やれる保証?
知るか!
そんなのは、根性だろうが。
くそっ、根性論が大嫌いな俺は、どこへ行ったんだ?
『俺に任せろ。アラクネー全員を「名づけ」た後も、みんなはスピアー・ビーを殺してくれ。その魔素で、アラクネーたちをレベルアップして、毒への耐性をアップさせて助ける』
『うん。パパ!』
『・・・はい、お父様』
『お父さん。がんばれ』
『スピアー・ビーは、お任せください、主殿』
俺は、アラクネーたちに向かって、走り出した。
「スピアー・ビーは、気にしないで、パパ!」
俺の背後を、ヤトが守ってくれている。
親らしい一番大きなアラクネーは、整った顔立ちに、蜘蛛糸でつくった服、髪は根本がピンク色で、毛先になるほど白色のグラデーションだった。
前世でいう、髪をブリーチした後、伸びて根本に地毛の色がある、といった感じだ。
顔なじみが赤い髪に見えていたのも暗闇の中でだったからのようで、他の幼い子アラクネーも、色こそ違え、そういうグラデーションの髪色のようだ。
親よりも、その足元に倒れた方が、危ない。
悪いが、そちらを優先して、『名づけ』なければならない。
必死に駆ける脳の片隅に、ふとした疑問が起きる。
こんな数、なんて『名づけ』るんだ?
俺のネーミングセンスは、ヤトとヨウコで品薄状態だ。
緊急事態だから、適当な『名づけ』でも許される?
いや、『名づけ』親の責任として、どうだそれ?
親アラクネーの髪色が目に入った。
ピンクというよりは、桜色なのかもしれない。
よし、花の名前シリーズで行こう。
倒れている、なるべく毒に弱そうなアラクネーから、『名づけ』ていく。
「アヤメ、スミレ、ユリ、アサガオ」
やばい、もうネタ切れ、というより、気が遠くなってきて頭がまわらない。
「・・・ヒマワリ、ツバキ」
目の前が、暗くなっている。
俺は、がっくりと膝をついた。
視界の狭まった目の前にわずかに見える、あの見覚えのある楓の葉っぱ色の髪のアラクネー。
「カ、カエ」
『名づけ』のルールとして、口に出さないといけないかはわからないが、「カエデ」と『名づけ』られていないのだけはわかる。
意識が飛びそうだ。
俺は、なんで、こんなことに必死になっているのだろう?
「パパ!」
「お父様!」
「お父さん!」
「主殿!」
それは、家族が、俺が、助けたいと思ったからだろうが。
『緊急用魔素プールを開放します♪』
レベルアップを告げるのと同じ音声で、響いた。
意味は分からないが、感覚で分かった。
極寒の外から、温かい屋内に入ったときの、冷えきった指先に血が通うムズ痒い感じ。
どこからか、魔素が注がれて、身体を巡るのがわかる。
そして、それも短時間しか、もたないのもわかる。
「カエデ」
花の名前か?
もう、頭が回らない。
「・・・ラン」
最後の幼い子を『名づけ』、俺が顔を上げたら、親アラクネーが、汗みどろで、毒で赤黒く腫れた顔で、不思議そうに見ていた。
やはり、その髪色はピンクではなくて、桜色だ。
「サクラ」
最初に思いついたネタは、最後にとっておいて、正解だった。
開放された『緊急用魔素プール』とやらも使い切り、俺は、気を失った。
「堅そうだね」
「ヤト姉様の切断があるから、斬れると思います」
「装甲を無駄にしたくないから、爆裂は、使わないでくれよ。ハイロウ」
「・・・当然ですな。主殿」
「ハイロウ叔父さん、斬れる棒、つくる?」
知識では知っていても、実際に見ると、異世界ファンタジーなんでもありだな、と思ってしまう。
消えない台風みたいに、世界中を彷徨っている、災害級と呼ばれる魔物もいるらしい。
もし、『名づけ』たら、どうなるのだろう?
甲虫特有の鎧状の装甲は、ヤトの『切断』が付与された俺たち武器の前には紙同然だったが、今後の素材や売物として、かなり有望だった。
「こっち側の足は全部、斬ったよ!」
「反対側の足は、だいたい凍らせました!」
「飛ぶぞ!できたら、羽根もなるべく壊さないでくれ」
「羽根の付け根を爆裂させますぞ!」
「あ、爆裂の石、先に投げちゃった」
「ば、爆裂の出番が」
ただ、草食で、逃げようとしたアーマー・ビートルを、利益のためだけに殺したのは、アラクネーに食料を与えた後だったため、考えるものがあった。
これは、弱肉強食なんだ、と思った。
ならば、強ければ、何をしても許されるのか?
チート能力持ちの俺にとっては、キツイ問いだ。
「あ?」
驚いた声を上げると、ヤトは走り出した。
「ヤト?」
「お姉様?」
「ヤトちゃん?」
「お嬢?」
みなが、声をかけるが、振り返りもしない。
『ヤト!どうした?』
後を追って、走りながら、パス通信を送るが、『パパ。悲鳴が!』と、抽象的な返事しかない。
追いついた先には、六十センチくらいの体長に、三十センチ以上の毒針を持つスピアー・ビーの群。
そして、それに囲まれたアラクネーたち。
アラクネーは、今までに見た、幼女くらいのが数頭。
その中には、娘たちが干し肉をあげた、あの赤い髪のアラクネーもいた。
その親らしい数段、大きいサイズが、一頭。
そのどれもが、スピアー・ビーの毒針に刺されて、赤黒く腫れた傷口から、血を流していた。
すでに、親アラクネーの足元で、動かない幼いアラクネーもいる。
これは、魔物の同士討ちだ。
弱肉強食なだけだ。
なら、なんで、心がざわつくんだ?
アラクネーの毒に犯されただろう赤黒い肌が、シウンの食虫植物の毒で腫れた腕を思い出させるからか?
俺だって、魔物を殺し、その毛皮を剥ぎ、肉を食べている。
スピアー・ビーが、アラクネーを殺して、何が悪い。
俺が見ていないところで、魔物同士が、生きるために殺し合い、食物連鎖を築いている。
蜘蛛の糸で、罠を張ったり、自分の防具をつくる知恵が、多少ともあるアラクネーは、特別?
ファング・ドッグだって、群で狩りをするくらいの知恵はあった。
アラクネーの上半身は、人っぽいから?
俺たちが、罠を見回る邪魔をして、干し肉をあげたから?
知るか!
ヤトだって、ヨウコだって、森林火事の中、兎と狐を助けたのは偶然、俺の自分勝手だ。
ワー・ウルフ兄妹を仲間にしたのも、ドラゴンを拾ったのも、俺の自分勝手だ。
じゃあ、アラクネーとスピアー・ビー、どっちの味方をするのも、俺の勝手だ。
強ければ、何をしてもいい訳じゃないだろう。
でも、我慢もしなくてもいいんじゃないか。
勝手に、アラクネーを守ろうと、奮戦するヤト。
それを心配そうにしながらも、俺の指示を待ち、足を止めている家族たち。
言いたいことは、パスから、焦れた気配が伝わってくる。
俺は、息を吸い、叫んだ。
「アラクネーたちを援護しろ!」
「パパ!」
「はい、お父様!」
「了解、お父さん」
「それでこそ、我が主殿ですぞ!」
家族たちは強いが、スピアー・ビーの数が多すぎる。
時間をかければ殲滅できるだろうが、なにより、アラクネーたちは、毒を受けている。
このままでは、毒でアラクネーたちは、死ぬ。
もう、倒れた幼いアラクネーは、死にかけているだろう。
救う手段は、ただひとつ。
アラクネーたちを『名づけ』れば、俺たちがスピアー・ビーを殺した魔素の共有でレベルアップし、毒への耐性を手に入れるだろう。
しかし、それには、問題がある。
『聞いてくれ。俺がアラクネーを「名づけ」る。ヤトは、その間、俺を援護してくれ』
『パパ。でも?』
『お父様?アラクネーは、何人もいますよ?』
『お父さん、気絶しちゃうよ?』
『主殿、それは無謀では?』
今まで、同時に「名づけ」たのは、ヤトとヨウコ、ワー・ウルフ兄妹の二人づつが最大だ。
『名づけ』れば、人型にするなどのために、魔素を注ぎ込んだ俺は、気絶する。
全員を『名づけ』る前に、気絶すれば、残った毒に犯されたアラクネーは、死ぬだろう。
無防備になった俺も、家族が守ってくれるにしても、危ない。
やれる理由?
やれる保証?
知るか!
そんなのは、根性だろうが。
くそっ、根性論が大嫌いな俺は、どこへ行ったんだ?
『俺に任せろ。アラクネー全員を「名づけ」た後も、みんなはスピアー・ビーを殺してくれ。その魔素で、アラクネーたちをレベルアップして、毒への耐性をアップさせて助ける』
『うん。パパ!』
『・・・はい、お父様』
『お父さん。がんばれ』
『スピアー・ビーは、お任せください、主殿』
俺は、アラクネーたちに向かって、走り出した。
「スピアー・ビーは、気にしないで、パパ!」
俺の背後を、ヤトが守ってくれている。
親らしい一番大きなアラクネーは、整った顔立ちに、蜘蛛糸でつくった服、髪は根本がピンク色で、毛先になるほど白色のグラデーションだった。
前世でいう、髪をブリーチした後、伸びて根本に地毛の色がある、といった感じだ。
顔なじみが赤い髪に見えていたのも暗闇の中でだったからのようで、他の幼い子アラクネーも、色こそ違え、そういうグラデーションの髪色のようだ。
親よりも、その足元に倒れた方が、危ない。
悪いが、そちらを優先して、『名づけ』なければならない。
必死に駆ける脳の片隅に、ふとした疑問が起きる。
こんな数、なんて『名づけ』るんだ?
俺のネーミングセンスは、ヤトとヨウコで品薄状態だ。
緊急事態だから、適当な『名づけ』でも許される?
いや、『名づけ』親の責任として、どうだそれ?
親アラクネーの髪色が目に入った。
ピンクというよりは、桜色なのかもしれない。
よし、花の名前シリーズで行こう。
倒れている、なるべく毒に弱そうなアラクネーから、『名づけ』ていく。
「アヤメ、スミレ、ユリ、アサガオ」
やばい、もうネタ切れ、というより、気が遠くなってきて頭がまわらない。
「・・・ヒマワリ、ツバキ」
目の前が、暗くなっている。
俺は、がっくりと膝をついた。
視界の狭まった目の前にわずかに見える、あの見覚えのある楓の葉っぱ色の髪のアラクネー。
「カ、カエ」
『名づけ』のルールとして、口に出さないといけないかはわからないが、「カエデ」と『名づけ』られていないのだけはわかる。
意識が飛びそうだ。
俺は、なんで、こんなことに必死になっているのだろう?
「パパ!」
「お父様!」
「お父さん!」
「主殿!」
それは、家族が、俺が、助けたいと思ったからだろうが。
『緊急用魔素プールを開放します♪』
レベルアップを告げるのと同じ音声で、響いた。
意味は分からないが、感覚で分かった。
極寒の外から、温かい屋内に入ったときの、冷えきった指先に血が通うムズ痒い感じ。
どこからか、魔素が注がれて、身体を巡るのがわかる。
そして、それも短時間しか、もたないのもわかる。
「カエデ」
花の名前か?
もう、頭が回らない。
「・・・ラン」
最後の幼い子を『名づけ』、俺が顔を上げたら、親アラクネーが、汗みどろで、毒で赤黒く腫れた顔で、不思議そうに見ていた。
やはり、その髪色はピンクではなくて、桜色だ。
「サクラ」
最初に思いついたネタは、最後にとっておいて、正解だった。
開放された『緊急用魔素プール』とやらも使い切り、俺は、気を失った。
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