継母の心得 〜 番外編 〜

トール

文字の大きさ
146 / 186
番外編 〜 ぺーちゃん 〜

番外編 〜 アベルの正体と教会1 〜 ノア10歳、アベル5歳

しおりを挟む


アベルとフロちゃんの、荷馬車脱走事件の翌日のことだった。

「旦那様、教会より手紙が届いております」
「なに、教会からだと……?」

テオ様の元に突然、教会から手紙が届いたのだ。しかも、

「大司教からのようですが……」
「……」

この手紙が、ディバイン公爵家に嵐を巻き起こす事になる。




アベル様に関し、お聞きしたい旨あり。教会側は対話の用意があり。早急に御返事をしていただきたく……───”

「なんですの……これは」
「先ほど、教会から届いた手紙だ」
「テオ様……、“聖人”アベルと書かれておりますわ。……まさか、アベルが治癒魔法を使えることがバレて……!?」

けれど、アベルには絶対に治癒魔法は使わないよう、言い聞かせていましたし、公爵家の使用人の前ですら使ってはいませんわ。

一体どうして……、

「まさか、荷馬車で外に出た時に!?」

テオ様を見れば、眉間にシワを寄せて、苦々しく頷く。

「アベルに確認した。外に出た時に、衰弱した猫がいたそうだ。隠れて治療魔法を使ったと言っていたが……」

目撃されておりましたのね……。

「なんということでしょう……」
「教会側は恐らく、アベルを教会に取り込もうとするだろう」
「っ……あの子はまだ5歳ですわ。それにわたくし、アベルを手放す気はさらさらございませんっ」
「ああ。私も可愛い息子を手放す気はない」

テオ様はそう言ってわたくしを抱きしめてくださいますが、数十年ぶりに誕生した聖人を、教会が諦めるとは思えない。

「大丈夫だ。私が何とかする」


◇◇◇


「私はこの目で見たのです! 奇跡の御技を!!」

教会との話し合いは、教会ではなく、皇城で行われる事になった。
教会側のホームにも足を踏み入れるのは憚られ、ディバイン公爵邸にも入れたくないというテオ様たっての希望だ。

皇帝陛下も皇后様も、事情を知って表情を険しくされていたが、フロちゃんの事については一切触れられなかった。
貴族でないフロちゃんが聖女だと知られれば、有無を言わさず教会に取り込まれるからだ。

そうしてお借りした皇城の一室で、テオ様と大司教が火花を散らしている。

「アベルは治癒魔法など使用出来ない」
「ディバイン公爵、大貴族である貴方が、教会に嘘をつくと……?」
「嘘ではない。アベルは持っていた聖水を猫に飲ませ、猫が回復したと言っている」

テオ様は堂々と嘘を吐き、ナサニエルが『こんなに堂々と嘘を吐く人間、滅多にいないよ』と引いている。
しかし、目撃した神官も引く気はないようで、声を荒らげた。

「違います! アベル様の手が光り、猫が元気になったのです! あれは聖水などではなかった!!」

これは……まずいのではないだろうか。

「貴殿は、見たと言っているが、どこからどのように見ていたのか、お聞かせ願おう」
「……私は、皇城の門の近くに停めてあった馬車の中で、大司教をお待ちしておりました。すると、木陰で蹲っている子供たちを見つけ、調子が悪いのではないか、と心配になり、声をかけようと馬車の扉を開けたその時、アベル様が光り輝いておられたのを見たのです」
「つまり、離れた場所の、しかも馬車の中から遠目に見ており、さらには子供たちの手元すらしっかり見ていたわけではないという事だな」
「そ、それは……っ、しかし、アベル様が光り輝いておられました!」
「太陽光が偶然、木々の間に差し込んだだけだろう。人間が光るなどあるわけがない」

て、テオ様、容赦のない言葉ですわ……。ここまで冷たく、人を見下すような言い方をされるテオ様を見るのは久々で、わたくしの胃がヒュッとなりますわ。

『テオ、怖いよ……』

ナサニエルも怯えておりますから、当事者はもっと恐ろしいはず……。ああ、やっぱり顔面蒼白になっておりますわね。

「ディバイン公爵は、彼が見間違えたと主張なさるか……」

神官の前にあるソファに座る大司教は、落ち着いた様子でじっとテオ様を見、そしてわたくしに目を移したのだ。

「ディバイン公爵夫人」

その目は真実しか話す事を許さないというように、真っ直ぐこちらを射抜き、逸らすこともできない。

大司教と言われるだけあり、清潔感のあるしかしほっそりとした老人で、一見弱々しくも見えるのに、威厳がある。

「あなたがお産みになったアベル様が、聖人であるというのは、とても素晴らしい事だとは思いませんかな?」
「……聖人であるのなら、それはとても栄誉ある事だと思いますわ」
「あなたも、アベル様は聖人ではないと?」
「少なくとも、わたくしや夫の前では治癒魔法は使った事がございませんし、使用人からもそのような事があったとは聞きません。おもちゃが大好きでやんちゃな、普通の子供ですわ。そんな息子が、聖人だとはとても思えません」

大司教は、暫くわたくしを見つめると、「そうですか」と目を閉じたのだ。

「ところで夫人、あなたは何者なのでしょうか」

しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...