聖女のおまけです。

三月べに

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26 国宝。

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 もふもふ。もふもふさせてもらえないだろうか。
 私がわなわなと震え出したその時だ。

「ガウオオオ!!!」

 純黒の獅子さんが咆哮を上げたものだから、ビクンと肩を上げた。

「ガオオオ!!!」

 続いてノットまでもが咆哮を上げる。
 ビジビジと空気が震えた。
 毛を逆立てたレイヴが、私の前に立ちはだかって守る態勢に入る。
 これはあれか。縄張り争い的な展開か。
 後ろの純白のチーターさん達も、怖い顔をして威嚇している。
 ノットを、いや多分私達を完全に拒絶しているのだ。

「ガウ!!!」
「ガオ!!!」

 牙を剥き出しにして吠え合う純黒の獅子と白銀の獅子。
 その迫力に腰を抜かしそうだった。
 でも止めなくてはいけないと思い、私はレイヴの前を飛び出す。

「止せ!! ハナ!」
「ハナ様っ!」

 レイヴの手が触れて掴もうとしたが、掴み損ねたらしい。
 私は今にも噛みつき合いそうな獅子同士の真ん中に割って入る。

「落ち着いてください!! 本能かもしれませんが、私達は争うつもりはありませんっ!!」
「シゼさん!」

 威圧感で押し潰されるかと思った。
 突き出した手を噛まれるんじゃないかと内心怯えていれば、ローニャちゃんが純黒の獅子さんの名前を呼び、腕を掴んだ。
 するとバサバサと黒い羽根が羽ばたくように渦を巻いて、耳と背に翼を生やした黒豹のような巨大な獣が現れた。幻獣の姿のレイヴだ。
 大きな頭を振って、シゼと呼ばれた獅子とノットを私から引き離すと、翼で覆い隠した。

「ハナ様! ご無事ですか!?」
「は、はい!」

 セドリックの問いかけになんとか返事をして、レイヴの頭を撫でる。
「私は大丈夫」と笑いかけた。

「幻獣レイヴではないか?」

 レイヴの名前を言い当てて、歩み寄る男性が一人。
 その人はとても美しい容姿をしていた。明かりで靡く長い髪は白銀と白金に艶めいて、瞳は多分藍色。金箔が散りばめられている。陶器のように白い肌。耳は人間よりも長くて尖っている。
 もしかしてもしかして、エルフではないだろうか。

「お前は……英雄オルヴィアスか」

 その名を聞いて、セドリック達がざわめく。
 私も知っていた。

「えっ、えっ、えっ? あのオルヴィアスなの? エルフの英雄のオルヴィアスなの!? え!?」
「そうだ」

 ヘーリーさんから聞いていた英雄の名前。
 そして本人を目の前にしてパニックになった。
 歴史の本にも名前が記されているエルフで、数々の戦に勝利を収めた戦士で、エルフの国の女王陛下の弟である。とんでもなくすっごい人だってことは、私でも理解出来た。
 ていうか知り合いなんてレイヴもすごい。伊達に長生きしていないのかな。
 いやいや、待って。一緒にいるローニャちゃんは本当に何者なんだ!?
 シゼさんの腕をしっかり握っているローニャちゃんはというと、レイヴをまじまじと見上げていた。

「英雄オルヴィアス様。先程こちらにいらっしゃるハナ様が仰った通り、争う気はございません。しかし、元はシーヴァ国の民の物……それが盗まれたのです。どうか、我々に譲っていただけないでしょうか?」

 セドリックは緊張した面持ちで、ノットを下がらせてオルヴィアス様に伝える。

「シーヴァ国の騎士というわけか。そちらの言い分はわかったが、話す相手が違う。俺はただ……」

 ちらり、とオルヴィアス様の藍色の瞳がローニャちゃんに向けられる。

「付き添っているだけ。リーダーはあのハルト・ブルクハルト男爵だ」

 ローニャちゃんに付き添っているだけ。
 何それどんな関係なの。気になる。物凄く気になる。
 オルヴィアス様が視線で教えた男爵は、赤みの強い黒髪をウルフヘアーにした青年だった。貴族なのに、こんなところに来ているのか。

「オレがリーダーのハルト・ブルクハルトです。オーフリルム国の男爵です」

 ハルト様が名乗れば、セドリックは深く頭を下げた。

「お願い申し上げます。財宝は我々に譲ってください」
「申し訳ないが、こちらも命懸けで来ました。手ぶらで帰ることは出来ません。山分けならどうですか?」

 山分け、か。それなら悪くないので。
 元はと言えば、私達はズルして来たようなものだし、一番乗りのハルト様一行に全部取られてもしょうがない。でも百歩譲ってもらえるようだ。

「では山分けでお願いいたします」

 セドリックも承諾をした。ハルト様と握手をする。
 バザバザと羽根がまた羽ばたくように渦を巻くと、レイヴは人の姿に戻る。でもちょっともふもふ団……いや、獣人傭兵団を警戒しているようだった。

「隊長を務めるセドリックと申します。この獣人は部下のノット。そして、ランスロットにリクです。こちらは我々シーヴァ国の大事な客人、ハナ様です」

 そう紹介する。ランスロットもリクも剣の柄を握って放さない。でもランスロットは、人が良さそうな笑みを浮かべた。

「あ、私は実は異世界から来た人間でして、様付けされていますがそんなに偉い人ではありませんよ。聖女の召喚に巻き込まれただけの一般人です」

 あはは、と私は空気をもっと明るくしようと笑って言う。

「にゃにゃん!?」

 そこで私の目の前に現れたのは、真っ赤な髪と猫耳を生やした若い女性だった。白のタンクトップに黒のオフショルダーを着て、ハイウエストな短パンを履いている。そして長い足にはロングブーツときた。ナイスボディーである。胸は豊満で、腕と腰の細さが歴然。そしてお尻の方には真っ赤な尻尾が揺れていた。
 この人も獣人かな?

「異世界人ですか! どこの星ですにゃん?」
「えっ?」

 その質問をされたのは、二回目だったものだから驚く。

「星を聞いてもわからないだろ、お前」

 ハルト様が首根っこを掴み、私から引き離した。

「こいつはオレのメイド兼部下のキャッティ。それとミッシュにリチャード」
「……私は、ローニャと申します」

 ハルト様の視線が送られると、ローニャちゃんは一礼する。その動作は美しいものだった。何しても美しいんじゃないかな。
「うわぁ美人」とランスロットが小声で漏らす。

「友人の獣人傭兵団さんです。獅子のシゼさん。ジャッカルのセナさん。チーターのリュセさん。狼のチセさんです」

 ローニャちゃんが丁寧に紹介してくれた。
 なるほど、緑のもふもふはジャッカルだったのね。

「ここは移動系の魔法封じが貼られているようです。この広間には罠は仕掛けてありませんでした。しかし、闇の怪物の巣があったので、封印しておきました。当分、危険はないでしょう」
「闇の怪物、ですかっ」

 微笑みを浮かべて告げたローニャちゃんの言葉に、セドリック達は少し動揺した。
 だからこっそりとレイヴに質問する。

「闇の怪物って何?」
「悪魔が創造したと言われる怪物のことだ。魔物より獰猛で手強い」
「なるほど」

 悪魔は実在するけれど、別に地獄にいるわけではない。
 全ての悪の根源とも言われていて、人を惑わす存在。
 そもそも瘴気纏う魔物が蔓延る原因となった滅びの黒地を生み出したのは、悪魔だ。悪魔のせいで、聖女が必要になった。
 とりあえず、悪魔のしもべだと理解する。それをあっさり封印したって言えちゃうローニャちゃんは何者。

「奥に繋がる道を一つ見付けました。共に行きますか?」

 ハルト様が指差して教えてくれると、そう問う。
 セドリックは「ええ、行きます」と頷いた。
 大所帯だ。奥に繋がる通路は広い方だったので、大体三列くらいで並んで歩いた。セドリックとハルト様が先導し、後ろをそばを離れないレイヴと私が歩く。その後ろが気になった。
 キャッティさんとローニャちゃんとオルヴィアス様はいいとして、睨み合いをしているノットとランスロットとリク、そして獣人傭兵団だ。
 一触即発って感じの雰囲気である。
 流石にあれを見たあとでは、もふもふのお願いは出来そうにない。
 シゼさん怖い。まさに百獣の王って感じ。
 軽率に近付いたら、もふもふに届く前に頭もがれそう。
 いやでも、真っ黒な獅子さん。素晴らしいと思う。

「あ、あのっ!」

 私は思い切って声をかけた。シゼさんの琥珀の瞳が、ちらりと私を捉える。

「実はノットさんは他の獣人族と交流がないんです! だから今回、皆さんに会いに来て、むぎゅ」

 ローニャちゃんとオルヴィアス様の間から伸びた手が、私の口を塞いだ。
 黙っていろ、と凄んだ獅子の顔があった。

「なんだ。ぼっちかよ、お前。仲良くしてやってもいいぜ?」

 真っ白なチーターのリュセが言う。
 ノットは素直になれないのか、キッと睨むだけで何も答えない。
 リュセさんは、ニタニタと笑った。そういうキャラか。

「ぜひ仲良くしてやってくださっむぎゅー!」

 発言したら、また口を塞がれてしまった。
 もふもふの上にぷにぷにの肉球が当たって、私としてはラッキーだけど。
 そこで、ローニャちゃんが上品に吹き出した。うん。天使かな。

「扉が見えてきましたよ」

 ハルト様が、一同に伝えた。
 見れば、大きな赤い扉がある。その扉はこれまた大きな施錠がついていた。
 それをハルト様自らピッキングをするようで、片膝をつく。

「魔法の気配はありませんね」

 前に出たリクが感知を試す。じゃあ開けても問題はないのかな。
 ガチャガチャ、ガチャン。
 施錠が外れた。

「オレ、開けるー」

 リュセさんが扉の前に立つ。するとノットも隣に出た。

「せーの」

 ノットは口を閉じたままだったけれど、リュセさんのかけ声に合わせて扉を押し開ける。ギシギシ、と軋みながら赤い扉が開いた。
 そして、中を見て、私達は言葉を失う。
 灯りを返すのは、金。それにダイヤモンドのような宝石達だ。
 金品財宝の部屋だった。床に積み上がっているのは、金貨や金塊。宝箱に詰められているのは、緑色や赤色などのさまざまな光を放つ宝石。眩しい。まさかこんな財宝を見付けることが出来るなんて、感動だ。

「うーわー」

 誰かがそう漏らす。誰かは特定する余裕もなく、その光景を見た。
 ぞろぞろと中に入っていく。

「気を付けてくださいよ、魔法じゃない方の罠があるかもしれません」

 そう言ったのは、リクだった。
 見惚れている時に何か飛んでくるかもしれないけれど、私には魔法道具があるから大丈夫だろう。
 一際輝くものに、一同の注目は集まった。
 一番奥に祭壇があって、そこに飾られた球体の青い宝石。中にダイアモンドが散りばめられていて、瞬いていた。

「これは……!?」
「もしかして……国宝の“心の雫”!?」

 セドリックとリクが驚愕している。
 シーヴァ国の国宝らしい。なるほど。国宝っていうほどの代物だ。

「遥か昔に盗まれたとされる“心の雫”か。巡り巡ってここの盗賊の手に渡ったのだろう」

 オルヴィアス様も、それを国宝だと認めた。

「こ、これは、シーヴァ国の物です。回収させていただきます」
「え、ええ、どうぞ。……ですが、オレ達も発見したという事実、ぜひとも広めてください」
「はい。これはハルト様達のおかげです」

 “心の雫”に目が釘付けになりつつも、その目の前に立って会話をするセドリックとハルト様。
 セドリックが僅かに震える手を伸ばして、青い球体に触れた。
 そして、持ち上げる。セドリックは、ゴクリと息を飲んだ。
 国宝は、想像以上に重いだろう。
 すると、ゴゴゴゴゴゴ。
 初めは小さな揺れがそう音を立て始めたけれど、次第に大きくなり積み上がった金貨を崩した。
 これは、まずい予感?

「ほ、崩壊します! 走ってください!!」

 そう叫んだのは、ローニャちゃんだった。
 さっき移動系の魔法封じがあると言っていたから、転移魔法で脱出は出来ない。よって走るしかなかった。
 壁に亀裂が走り、水が吹き出す。
 また水責め!?
 身体が浮き上がったかと思えば、レイヴに抱え上げられていた。

「ハナ様! 託します!」

 セドリックが何かを持たせたかと思えんば、国宝“心の雫”。
 ええ!?
 レイヴが運んでくれる私なら安全に運べると判断したのだろうけれど、ちょっと待って国宝だよ!?
 ドバババッ。
 壁は完全に崩壊して、津波のように襲いかかる。皆は全力疾走をした。
 迫り来る波に飲まれないように、必死に走る。走る。走る。
 私は重すぎる国宝を抱き締めて、誰も飲まれないことを祈った。

「「ぶっ壊せ!!!」」

 広間を過ぎて、水責め罠があった入り口が見えると、セドリックとハルト様が同時に叫んだ。もちろんピッキングの暇はない。崩落の危険もあるけれど、大量の水が後ろに迫っている。
 獣人達が、その怪力で扉を壊した。
 その次の扉も壊して、階段を駈け上がる。
 雪崩れ込むように、全員が脱出した。
 でも外にでも水は追ってきて、私達の頭から降って、びしょ濡れにした。
 一同が水を被ってほうけていれば。

「ぶっ……はははっ!!」

 チーターことリュセが一番に笑い出した。
 それから他の人達も、おかしくて笑う。獣人傭兵団も、ノット達も。
 ローニャちゃんも、口元に手を添えて笑う。水も滴るエルフのオルヴィアス様は、そんなローニャちゃんを眩しそうに見つめている。

「あははっ!」

 国宝を大事に抱えて、私も笑い声を上げた。


 
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