婚約破棄の場を悪魔族に愛された令嬢が支配する。

三月べに

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婚約破棄と断罪

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「人生二回目だと、人生そのものを娯楽だと自覚するのよねぇ」

 漆黒の艶やかな黒い巻き髪に包まれた令嬢は、ダークレッドの口紅を塗った唇から零した。
 物憂げに白い手を右頬に添えて、小首を傾げる色香のある雰囲気は、すでに妖艶の美女。
 それでもまた幼さが残る顔立ちで、パチクリと瞬く琥珀色の瞳は大きい。
 夜会用ドレスも、華やかな琥珀色で、女性らしいラインを鮮やかに主張している。

【――――つまり?】

 彼女にしか聞こえない男性の低い声。

「これもまた、一興ということ」

 歌うように告げながら、ヒールを鳴らして廊下を一人歩く黒髪の令嬢。

【オレが護衛に扮してエスコートをしてやるって言うのに】
「いいじゃない。一人で入ることを望んでいるのよ? 私達のお楽しみは、あとでいい」
【……フン。わかった。仰せの通りに】

 不貞腐れた声を最後に、静かになった。
 目の前の扉は、待機していたドアマンが押し開いてくれたので、パーティー会場へ足を踏み入れる。

 途端に、集まる視線。

 シャンデリアの明かりの下。
 煌びやかに着飾った貴族達が向けるのは、同情や哀れみ、そして――――嘲笑。
 それを受けながら、黒髪の令嬢は歩みを進めた。

「エレンノア・リリーバース辺境伯令嬢!! よくもぬけぬけとこの場にやって来れたものだな!」

 会場奥。数段の階段上のステージに置かれたどっしりしたソファーから腰を上げると、まだ少年と呼べる長身の男性が声を高らかに響かせる。金髪と青い瞳と整った顔立ちの少年。ケープの装飾が、じゃらりと鳴る。
 人々は彼女をわざと避けては、囲い込むようにして、シンと静まり返り注目した。

 それでも黒髪の令嬢――リリーバース辺境伯の令嬢エレンノアは、動揺一つ見せず、小さな笑みを保ったまま。

「まあ、殿下。あなたのエスコートなしで来てはいけなかったのなら、早く迎えに来てください」
「エスコートせずに先に来ていることでわからないか!? お前など歓迎してない!」

 威風堂々の令嬢に、殿下と呼ばれた少年は、カッとなる。
 だが、そんな彼の腕に、桃色のドレスの令嬢が細い腕を絡めて宥めた。

「よいのです、殿下!」

 涙を称えた濃い赤毛の令嬢の登場に、エレンノアは扇子をバッと一振りで広げて口元を覆い隠す。
 夜空を描いたような紺色に大粒のラメが煌めき、純黒の羽根がふんだんにあしらわれた扇子に顔半分が隠され、表情はほぼ見えなくなった。見えるのは、強かに見据えた琥珀色の瞳のみ。

「よくはない! シェリー。この場で決着をつけるぞ!」
「殿下!」

 感激したように両手を組むシェリーという名の令嬢。
 さながら、ナイトに守られるヒロイン。
 最も、すでにここは舞台上だが。

「第一王子の婚約者として、僕は裁かなくてはいけない! エレンノア! 次期王太子の僕の婚約者だからと、重ねた悪行は許されるべきことじゃない!」
「デーベン殿下。悪行とは、なんのことでしょうか?」

 第一王子のデーベンを、目を細めたエレンノアが急かす。

「とぼけるな! 僕の幼馴染というだけで、婚約者の座を奪われるかもしれないと、シェリーに嫌がらせを繰り返したそうじゃないか!」

 ひらひらと扇子を揺らすだけで、エレンノアは口を挟まない。全てが語られるまで待つ姿勢だ。
 その余裕な態度が、癇に障るとしかめっ面をするデーベンは、人差し指の先を突き付けた。

「目撃者もいる! シェリーを突き飛ばしては罵ったことは、一度や二度ではない! シェリーは公爵令嬢だというのに、僕の婚約者という立場を嵩に懸かて、仕立て屋の予約も奪ったそうだな!? 僕の婚約者の肩書きは、そんなことに使うためものではない!!」

 グッと唇を噛みしめて目を潤ませるとシェリーの肩を撫でて宥めたデーベンだったが、しらけたようにそっぽを向いたエレンノアに焦って、慌てて言い募る。

「証拠は揃っているからな!? この場で、いかにお前が次期王太子妃に相応しくないか、皆に知らしめた!! 泣いて叫んでも許さんぞ!! エレンノア・リリーバース! 婚約破棄だッ!!!」

 宣言された言葉は、パーティー参加者の大半が待ち望んだもの。
 一部は驚いても、やはり嬉々とした光を瞳に灯す。他人の不幸は蜜の味。
 一同が、公衆の面前で婚約破棄を告げられた令嬢の反応を注目した。


   パン!


 その令嬢、エレンノアが扇子を閉じると同時に――――デーベンと隣にいたシェリーは、横に吹っ飛んだ。
 まるで弾かれたような衝撃を受けて、二人揃って、床に転がった。
 何が起きたかわからず、瞠目しながら、ヨロヨロと起き上がるデーベン。パーティー参加者も、わけがわからず、どよめくだけ。
 一人悠然と歩き、階段を上がるのはエレンノア。

「婚約破棄、承りました」

 カツカツとヒールを鳴らして歩き、そして、サッとソファーの前でドレスを翻した瞬間、琥珀色から濃い紺色へと変化した。


「それでは、本当の断罪を始めましょう」


 告げると、腰を下ろす。
 鬱陶しそうにドレスの裾を軽く引っ張れば、スリットが露になり、ゆっくりと組まれた足が見えた。濃い紺色の生地のドレスに変わったことで、日に焼けていない色白の足が、エレンノアの妖艶な美女の雰囲気も相合わさって、男性は釘付けで、女性もドキドキして目が離せなくなる。
 間近で見てしまっているデーベンも、床に転がったまま、ゴクリと生唾を飲み込み、凝視。

「先ずは、おさらいです。デーベン・ショー・ゲンシン殿下。ゲンシン王国は、かの昔、『魔王』なるモノに壊滅させられた王国を再建した王国だと歴史でお勉強しましたよね?」

 くるりと扇子の先で円を描くように動かしながら、エレンノアは問いかける。

「バカにするな!」と、カッとなるデーベン。自分の国の歴史ぐらい、幼少期から理解している。

「デーベン様の先祖は、つまりは、初代国王は『勇者』と呼ばれております。そして、リリーバース辺境伯の始祖は、『魔王』だったと言われております。『魔王』を打ち破った『勇者』は、贖罪として、辺境を守る任を与えました」
「だから、知っていると言っているだろ! それとなんの関係が!」
「私は『魔王』の子孫です。今さっき『魔王』と『勇者』の婚約がなくなりましたって話ですよ、殿下」
「ッ!」

 なんとか立ち上がろうとしたデーベンだったが、エレンノアの琥珀の瞳に気圧されてしまい、立ち上がることに失敗した。


 
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