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待ち焦がれたファーストキスを
しおりを挟む「ん……寝てたの? ごめん」
「いや、いい。ちょうど終盤だ」
カーティスの肩に凭れてうたた寝していたエレンノアは、扇子で口元を隠して小さく欠伸を零す。
苦痛な悲鳴があちこちで響き渡るパーティー会場でうたた寝出来る人間は、エレンノアぐらいだろう。
絶望の感情をたらふく食べたミワールも満足げにエレンノアの膝にしがみついて眠っていたが、こちらは別である。むしろ、絶望の声を子守唄にして寝るような魔物だから。
エレンノアは起こさないように頭を撫でてやった。
「エレンノア嬢」
「あら。お客様に長居させてしまいましたね」
オーディとアーディに守らせていた見物客の貴族達が、目の前に揃う。
「そんなことありませんわ。わたくし達は望んでこの場にいるんですもの。戒めのためにも」
そう微笑むのは、コーネリア公爵令嬢だ。
彼女こそ、エレンノアが王都の貴族も問題に首を突っ込むことを始めたきっかけを生んだ令嬢。ただ、王子の婚約者となったエレンノアと交流をしようとしたのだが、迫って来る婚約に耐え切れず、つい涙とともに吐露した。あくどいやり方で、四大公爵家の一つの令嬢に婚約を迫った隣国の公爵家を、エレンノアは武力でねじ伏せては情報を流して取り潰しまで追い込んだ。
こうして四大公爵家の一つ、コーネリア公爵が真っ先にエレンノア側につくことになった。
他にも、エレンノアが許せない悪行に手を出す貴族がいたために『暇だから、こういう貴族の掃除をついでにしましょうか』と言い出して、やがて『漆黒団』が出来上がったわけである。
「ゴミの粛清よりも、私の僕(しもべ)の見物が目的だったでしょう? 満足出来まして?」
折り畳んだ扇子を顎に添えて首を傾げるエレンノアは、気品に笑いかけた。
オーディとアーディは、エレンノアを遮らないように左右に立って、にこにこする。
「ええ。貴重なエレンノア嬢の配下を拝見出来、光栄です。……して、エレンノア嬢。今宵召喚した配下が全てなのでしょうか?」
顔色が悪いのも無理もない会場で、伯爵位の男が冷や汗を拭いつつ尋ねた。
「さぁ? 我が僕(しもべ)が、これで全部か否かはご想像にお任せいたしますわ」
エレンノアは、曖昧な回答を威風堂々とする。
カーティスは横目で見るだけで、オーディとアーディも何も言わない。
相手が誰であろうとも、手の内は見せびらかすものではないだろう。例え駒が出そろっていたとしても、隠し玉があると思わせるのも一興。エレンノアの力は、未知がちょうどいいのだ。
「噂では、小国も容易く攻め落とせる武力を持つとのことですが……」
恐る恐ると真意を確かめる。
「ええ、まぁ。小国の一つくらいなら、シャインだけで十分ですわ。厳密には、シャインの分身ですけど。彼個人では、最大30体の分身が出来ます。念のために私の力を分け与えれば、100体近くで攻め落とせますわね」
なんてことがないように、歌うように答えるエレンノア。
希望が得たような顔をする伯爵を目を細めて静かに見据えた。
小国で思い浮かぶ国が一つある。なかなかあくどい王が治めていて、民が飢餓に苦しんでいるとか。そこをどうにかしたいために、いずれエレンノアの力を借りたいと考えているのは容易く読めた。次の仕事になりそうだ。
カーティスは、粛清の管理をしているミスティスへ目配せをする。聞き耳を立てていたミスティスは、小さく頷く。
「(国一つを滅ぼす。まさに、おとぎ話の魔王となってしまうな)」
そうは思っても、エレンノアが『そうする』と言うなら従うまで。
そもそも、元祖『魔王』は、この王国を一度滅ぼさないといけないほど、酷い王国だった説がある。だからこそ、国を治めるいい王に相応しい『勇者』が、新な王族となった。『魔王』は処刑されることなく、辺境伯領で王国を守る要となったという説は、一番納得いく話だ。
そうなると、エレンノアは元祖『魔王』にとことん似ているのかもしれないと、カーティス達は話したことがある。
エレンノアならば、正すために世界すらも一度壊しかねない性格であり、その力を持つのだから。
「では、帰りましょうか」
エレンノアが手を上げてエスコートを待つから、先に立ち上がったカーティスがその手を取り、エスコートをする。
入場は出来なかったが退場はエスコートが出来て、ご満悦に鼻を高くした。
感情に敏感なミワールだけはこっそり笑っては、ふわっと黒い煙を撒き散らして先に消えた。
「じゃあ、後片付けもよろしく。ミスティス、シャイン」
「「は。おやすみなさいませ、エレンノア様」」
ミスティスと本体のシャインは、恭しく一礼して見せる。
「オーディとアーディはおねんねよ」
「ええー! 僕達まだ元気! ちゃんとお客様を無傷で帰すから!」
「全然元気! 最後までご命令を遂行するの!」
「んー。わかったわ。なるべく早く帰るのよ?」
「「はーい! エレンノア様!」」
駄々をこねるオーディとアーディはまだ幼いから寝かせてやろうとしたが本人達がやる気なため、エレンノアは任せることにした。
一言で従えられるエレンノアだが、必要以上には絶対服従の命令を下さない。
「ユーリとリーユも手伝ってあげて」
「ええ~! なんで? いらなくね? 貴族の護衛はオレらの仕事じゃなーい」
「いやガキのお守りだろ。絶対やだー」
「『手伝って』」
「「げー!!」」
こちらもこちらで駄々をこねるユーリとリーユだったが、エレンノアは強制する。絶対命令が下されてしまっては逆らえない双子は、ブーイングしながら肩を落とす。
カーティスは平然をよそっていたが、心の中ではガッツポーズをしていた。これで粗方の側近は排除されたのだ。実質、二人きりの帰り道。
そわそわしたい気持ちを表に出さないように完璧なエスコートで、エレンノアを馬車に乗せた。
隣り合って座る。エレンノアは不思議そうに空の前の座席を見つめては、隣のカーティスを見上げた。
「カーティス。邪魔よ、あっちに座ってくれる?」
「あ? 魔力を吸いたいから隣がいい」
すいっと扇子の先で前を指すエレンノアにそう言い返すカーティス。
「そう。はい」
扇子を下ろした手とは逆の右手を差し出すエレンノア。
昔とは違い、少し大きく、スラッと細く伸びた指先。つい、カーティスは慣れ親しんだ自然な動作でその手を取ってしまった。が、違う。
「もう婚約者はいないんだから……――――こっちから吸わせろ。いいだろ?」
エレンノアのその手を握りつつ、もう片方でエレンノアの顎を救い上げて、親指で唇に触れる。
笑みを作るが、内心では心臓が破裂してしまいそうなほど高鳴っていた。
「(あんのクソガキが婚約者にならなければ、とっくにオレが唇を奪っていたんだ!!)」
婚約者など、ただの肩書きに過ぎない。名乗れる特権には腸煮えかえる思いをしたが、カーティスの一番はエレンノアへのキスを禁止されたことだった。
第十三王子のカーティスが、劣等と評価されて虐げられる要因となった能力。
それは、キスをしなければ、魔力が吸えず、そして補えないという体質。そのせいで、女性へのキスをしないといけなかった。男性には生理的無理だったために、女性を口説いて魔力をキスで奪う日々を過ごしていたのだ。
だからこそ、魔力を配下に与えることも出来るエレンノアの配下になるのは、好都合だった。むしろ、生き延びるためには、配下になる方がいい体質だ。
おかげで、エレンノアの配下になった恩恵で、強くなった。もう女性から女性へと渡り歩いて、キス魔にならなくてもいい。
エレンノアは大きくなった。座っていても視線が近くなった。
昔は、片腕で抱え上げられるほど小さかったというのに。まぁ、今もやれば出来るが。
それでも、手の甲に口付けをして魔力吸いをさせてもらいつつ、直接唇からしたら、どれほど極上な魔力を味わえるかと、早い段階で気になってしょうがなくなった。
流石に幼女の唇を奪う行動には出なかったが、あまりも早い段階で渇望してしまったために、せめて10歳になったら! と思っていたのだ。
絵面的にはまだまだロリコンキス魔と揶揄されるだろうが、ちゅっと唇を軽くつけるくらいならセーフだと、カーティスは勝手に思っている。思っていたのだ。
なのに。なのにだ。
婚約者が割り込んだのである!
おかげで、倫理観からして、婚約者がいる身で口からキスはおろか、頬にキスもだめだろ、とエレンノアに禁止されてしまった。誰も見ていない部屋で、何度ものたうち回ったものだ。
どれほどエレンノアとのキスを渇望したか。婚約破棄を自ら突き付けた愚かな王子にはわかるまい。
「フッ。キス魔」
「ッ」
否定出来ないため、エレンノアに笑われても、グッと押し黙るカーティス。
そんなカーティスの顎を、人差し指を押し上げたエレンノアは「どうぞ」と許可を出した。
夢にまで見たエレンノアへの口付け。
期待は最高潮。うるさいほどに高鳴る心音を無視するように、顔を寄せる。
ちゅ、と軽く触れてから吸う。手始めに、味見をしたつもりだったが、それだけで、しびれた。
なんて美味。
経験上、唇から魔力を吸う方が一番美味しいとわかってはいたが、元から美味だったエレンノアの魔力は極上にもほどがある。
もっと。もっと、と欲張りになり、くちゅっと唇の柔らかさをしっかり味わってから、口を開かせるために唇をねじ込んだ。そして、開いた口には舌を滑り込ませた。
「(――甘い)」
唾液が、なんて甘いことか。
熱っぽい口内は柔らかく溶けそうなのに、溶けてしまわないから、永遠に蹂躙したくなる。
病みつきになるキスだ。
ここまでするつもりはなかった。初めてのキスで、舌を入れられて、中を舐め回されては、流石のエレンノアも不機嫌な顔をしているのではないかと、薄目で確認するカーティス。
しかし、目にしたのは、少し苦しそうに耐えているエレンノアの頬を赤らめた顔。
ゴクリと自分と彼女の唾液を飲み込み、ゾクリと泡立つような興奮を覚えた。
エレンノアを翻弄出来るなんて、めったにない。先を見据えて、いざという時は簡単にねじ伏せてしまえるふんぞり返った女王様気質なエレンノアのこんなにも初心な反応を、今だけでも堪能すべきだ。
衝動のまま、カーティスはグッと頭と腰を抱き寄せて、先程よりも強くエレンノアの小さな舌を魔力とともに吸い上げた。れろれろと舌と舌を絡めては、ちゅぱっと吸う。
噛みつくように、喰らうように、濃厚な口付けを味わい尽くす。
吐息も奪っていたため、苦しくなったのか、エレンノアに胸をパタパタと叩かれて、ようやく離れた。
「吸いすぎじゃない?」
「は……? あ……っ~?」
ふぅ、と小さく呼吸を乱すエレンノアをぽけーと見つめたカーティスは、魔力を吸いすぎたということに遅れて気が付く。
自覚すれば、急に世界が揺らいだ。倒れまいと背凭れを掴むが、支えきれず、ポスンとエレンノアの肩に顔を埋める形になるカーティス。
「クス……キス魔のくせに、あれしきでノックダウン? だらしない」
「いや、うう……」
決してキスの経験が浅かったわけではないと反論したかったが、そんな元気もなかったために、黙るしかなかったカーティスを、エレンノアはそっと膝枕をしてくれた。
クラクラとしているカーティスには、ありがたい。濃厚すぎる甘美な魔力の過剰摂取で、酔い潰れている状態に近いカーティスは、とろんとした目でエレンノアを見上げる。
エレンノアの上質で濃厚な魔力を吸収して自分の魔力に変換している最中は、甘い快楽にも似た感覚に陥る。今まででも極上な上に大量に吸ったために、その感覚からしばらく抜け出せそうにない。
魅惑な微笑を浮かべて見下ろすエレンノアが、頭を撫でてくれた。うっとりするほど極上の至福の時。
「……オレのキスはどうだ?」
「ん? んー。”よかった”と言うべきよね?」
正しい評価がわからないみたいに言うエレンノアに、カーティスはムッと唇を尖らせる。
「前世を含めて、オレのキスは一番か!?」
フッ、とおかしそうに噴き出すエレンノアは、カーティスの黒髪を自分の指に絡めた。
「バカね。あなたが初めてよ? 前世での人間関係については記憶がないって言ったじゃない。だから覚えているキスは、あなたとだけ」
「そうか。ならオレが一番だな」
不動の一番、と酔っ払い悪魔王子が膝の上で鼻を高くするから、エレンノアは声を堪えて笑う。
エレンノアは、前世を持つ。なんとなく異世界でそんな感じの人生を送ったというぼやけた記憶と、異世界の知識がある。
彼女が幼少期から大人びていて、類まれなる洞察力と判断力を発揮するのはそこが大いに影響していた。このことを知っているのは、今日活躍したエレンノアの僕(しもべ)達くらいなものだ。
元々、関係に距離のあった辺境伯夫妻にも、もちろん最初から信用していない元婚約者にも話していない。絶対に逆らわないからこそか、エレンノアは異世界で生きた記憶があることを話した。その知識を活かしてもいる。
彼女が浮世離れの雰囲気を放つのも、それが大きいのだろう。異質な魅力の一部。余計、『魔王』に相応しい。
「これからも、オレだけが一番だぞ」
「……それはどうかしらねぇ」
「…………?」
意味深な呟きを聞いても、極上の魔力酔いをしているカーティスは考えが及ばなかった。
そのまま膝枕をされながら、心地よいキスの余韻を堪能したのだった。
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