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♰09 色取り合戦。

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 結論から言うと、アゲハ夜間学校の生徒は弱い。
 全員がブロンズの冒険者なのだから仕方ないだろう。
 私の帽子は、赤いまま。一斉に飛びかかってきたから、風の魔法で吹き飛ばした。
 めげずに挑んできたゲッカは、お腹に拳を叩き込んだから、目の前で蹲っている。

「近接戦、弱いですね。ちゃんと教えてますか?」
「ロイザちゃんが強いんだよ」

 窓から傍観しているフェイ校長は、そう笑ったまま言葉を返した。
 私の学生時代では、体術と剣術を教えてくれた先生は、こんなものではなかったのだが……。
 むっちゃ厳しかったなぁ……。
 音を上げる生徒は許してあげていたけれど、私みたいな負けず嫌いには容赦なかった。
 そんな私のような生徒が好きらしく、投げ飛ばしては叩き潰してきた鬼畜な先生。まだ現役だろうか。

「でも、明日は団体戦なんだから、ロイザちゃん一人じゃあ勝てないと思うよ。助言とかしてあげたら?」
「……」

 この生徒達より強いと仮定すると、言う通り勝つのは難しいか。
 どうせやるなら、勝ちを取りにいく。
 初めから生徒達に助言してもらおうことが狙いだったのか。
 私から学べることは学ばせる魂胆だろう。まぁいいけど。

「ゲッカ、立てる?」
「あっ、たり前だぁ!!」

 頑丈な鬼族だから、結構本気で踏み込んで殴ったが、すぐに立ち上がった。

「それから、ハル」
「ワイ?」

 風の魔法で吹き飛ばした時、受け身を取って着地出来ていたハルを呼ぶ。

「三人じゃあ心許ないけど、三人で帽子の色を変えに行こう。そうねー私が五人の帽子に触れるから、残りは二人で頑張って。ゲッカが三人、ハルが二人がいいかな。残りの七人、例えばクインちゃん」
「えっ? ウチ?」
「そ。木属性の魔法使えるよね? 足を取ることに集中して。出来る?」

 クインちゃんは、コクコクと頷いた。

「他に足止め系の魔法が使える生徒はいる?」

 その調子で、私は作戦を立てる。
 一番は、自分の帽子の死守。自分の命を守るように、気を引き締めて守れと命じた。
 とりあえず、帽子に触れられないように逃げ回れるように、ハルに赤い帽子を被せて鬼ごっこを始めさせる。
 私は窓から見ているフェイ校長の元に歩み寄った。

「それにしても、よく王都一の学園と交流会を取り付けましたね。こんな人数の夜間学校、相手にされなさそうなのに」
「そこは粘り強く頑張ったよ」
「フェイ校長、強引ですもんね」

 根負けしたってところだろうか。

「同年代同士で戦うのもいいとは思いますが、冒険者ならモンスター相手の実戦の方がいいのでは?」
「対人戦も必要だよ。身の守り方を教えてあげたいんだ」

 ひらり、アゲハが飛んできて、また顔に張り付いた。

「私も、王都一の学園も、利用するなんて、怖いもの知らずですね」
「わっはっは」

 否定しないのかよ、利用しているってところ。

「本当につわものの生徒が来るんですか?」
「来るさ。分を弁えろって、捩じ伏せにくるはずさ。プライド高いからね、こっちに負けるような失態は回避するために、優秀な生徒を出してくる」
「それはそれは、楽しみですね」

 王都一の学園。訳あり生徒が通う夜間学校に負けるわけにはいかないか。
 どんな優秀な生徒が来るか、楽しみだ。
 プライドが高そうな生徒がいい。へし折り甲斐がある。
 さて、もう一度、ゲッカ達を吹き飛ばすか。



 翌日の朝。私は冒険者ギルドに来た。
 午前中は予定もないから、依頼を受けようと思ったのだが、すぐに戻れそうな依頼は見つからない。
 んー。王都を練り歩いて時間を潰すか。まだ全然王都の中を把握していない。

「我が主」
「主じゃない」

 ロウィンが出てきた。

「今日こそ、おともする」
「今日は休みにした。じゃあ、用事あるから」

 バイ、と手を振って、冒険者ギルドを出る。
 そこで、リュートさんと鉢合わせた。

「ハートさん。おはようございます」
「リュート隊長さん、おはようございます」
「お仕事ですか?」
「いえ、休みです。リュート隊長さんは、冒険者に依頼ですか?」
「ええ、そんなところです。では」

 軽く頭を下げると、冒険者ギルドに入っていく。
 ……手ぶらに見えたけれど、まぁいいか。
 それにしても、相変わらず、見目麗しくて物腰柔らかな口調の人だ。
 もう結婚しているだろうか。イケメンならいて当然だよね、恋人。
 私はそういうことは本だけで十分だし、今は最強の座に夢中なので、どうでもいいんだけどね。

「勉強、するか」

 アゲハ夜間学校で、勉強しようと足を向けた。
 学校の前のグランドに、ゲッカ達を見つける。どうやら、昨夜の続きをやっているみたいだ。
 彼らも、勝ちたいのだろう。

「ロイザちゃん!」

 クインちゃんが、一番に気付いて駆け寄ってきた。

「今日頑張ろう?」

 可愛らしく首を傾げるから、クインちゃんの頭を撫でる。

「うん、頑張ろう」

 勝ちに行く。

 王都一の学園レイネシア。
 ちょっと城にも思える外装の建物は、警備騎士舎からそれほど離れていない場所に建っていた。
 金持ちの子どもしか通っていなさそう。という感想を抱く。学費、バカ高そう。
 その分、学んでいれば、強いはず。
 場違いと感じるのか、クインちゃんを始め、怖気ついたみたい。クインちゃんが私の後ろに隠れた。
 私は手本を見せるように、フェイ校長に続いて闊歩する。ゲッカはガンつけながら、ハルは物珍しそうにしながら、横を歩く。
 訓練場と書かれた一室は、私が特別試験を受けた会場より広い。
 二十人の生徒に、これは広すぎないか。見栄かしら。
 クインちゃん達があっけらかんとしている。

「哀れな孤児達のご登場だ」

 そんな発言をしたのは、青いラインの入った白い制服に身を包んだ男子生徒だ。
 嘲笑を浮かべた顔は、うっすらリュートさんを連想させた。同じ金髪と青い瞳だからだろうか。整った顔立ちが似ているような……。いやでも、まさかね。明らかにこちらを見下すその男子生徒が、リュートさんと血縁関係にあるわけないよな。うん、気のせいだ。
 間違いなく、その男子生徒はリーダー的存在らしい。中心にいるし、彼より前に出てこようとしなかった。
 一応、一列に並んだ。私はクインちゃんを引っ付かせたまま、その男子生徒と向き合いたかったが、ゲッカが押し退ける形で立ってしまう。
 一触即発の空気。バチバチだな。

「さぁさぁ、いい機会だ。自己紹介して。先ずはアゲハ夜間学校から!」

 そんな空気をあえて読まずに、フェイ校長が促す。

「ロイザリン・ハート」

 私から自己紹介を始めれば、クインちゃん達が続いた。

「メイサ・ナーブナ」

 私の目の前にいるレイネシアの女子生徒が一礼する。
 この子は、こちらを見下していないな。まともな子もいるか。

「オレ様は自己紹介しなくても知っているよなぁ?」

 リーダー的存在の男子生徒が、これまた見下しながら発言する。
 え。知らないけど。自己紹介しろよ。

「キングス……」

 ボソッ、とゲッカが名前を口にする。

「キングス……?」

 聞き覚えがあるなぁ。
 首を傾げていれば、クインちゃんが耳打ちしてくれた。

「第三王子」
「ああ!」

 思わず、大きな声出た。
 ついこの間、誕生した気がする第三王子か。もう大きくなったのね。
 絵に描いたようなボンクラ王子になっちゃったのか。王子なのに、残念。
 大きな声を出したから、そのキングス王子達に注目された。

「怪我させたら、罰とか受けない? 大丈夫?」

 フェイ校長に確認すると、キングス王子が答える。

「舐めんなよ、擦り傷どころか指一本触れさせねーよ。始めようぜ」

 キングス王子が急かすから、残りの生徒は慌てたように名乗った。
 レイネシア学園長は、女性だ。美魔女って感じの麗しい人。

「これより、レイネシア学園とアゲハ夜間学校の交流会を始めます」

 とても威厳ある声音で告げる。
 それから、簡潔に色取り合戦のルールを説明をした。
 危険な攻撃魔法も、武器もなし。
 魔力で色が変わる帽子を被り、相手の帽子の色を変える。
 レイネシア学園は青、アゲハ夜間学校は赤。
 制限時間は十五分。数が多い方が勝ちとする。
 場所は、訓練場のみ。
 一同全員、帽子を被った。
 十分に距離を取ると、学園長とフェイ校長が合図を下す。

「「始め!」」

 作戦の通り、開始と同時にクインちゃんが数多の植物を操り、レイネシア生徒の足を取りに行く。
 しかし、次の瞬間、ボォオオッと赤い炎が走り、植物を灰にした。

「見え透いた作戦なんだよ!」

 燃やしたのは、キングス王子だ。
 ふむ、クインちゃんのあの量の植物を燃やし尽くすとは、なかなかの魔力量。

「行け!」

 キングス王子の指示で、青の生徒達がクインちゃん達を狙いに来た。
 私は、私とクインちゃんを狙いに来たであろう生徒二人を、迎え打つ。
 男子生徒だったので、容赦なく拳をお腹に食い込ませては、横っ腹を蹴り飛ばした。
 蹲るその男子生徒の帽子に触れて、青色から赤色に変える。
 クインちゃんも、蹴り飛ばされて倒れた生徒の帽子にタッチしては元の位置に戻った。
 これで二つ。ノルマは、あと三つか。
 視線を走らせて、状況を確認すると、メイサという女子生徒とゲッカが互角の戦いをしていた。あの鬼族のゲッカの拳をいなしている。強いな。あの子と一戦やりたいが、ゲッカが怒るだろう。
 ゲッカの奥で、ハルを含めた味方が押されていた。
 クインちゃんは身の守り方を学んだ。大丈夫だろうと判断して、風の魔法でハルの後ろまで移動して、相手の帽子を鷲掴みにした。青から赤に変えて、風で吹き飛ばす。三つ、残りのノルマは二つ。

「おおきに! ロイザちゃん!」
「集中」
「おっす!」

 味方の生徒が、足止めをしようと床を氷結させたが、キングス王子の炎で溶かした。
 なんとか抵抗したが、二つの帽子が赤から青に変えられている。
 キングス王子を沈めるべきだな。
 私は床を駆けて、飛び込んだ。

「オレ様を狙おうなんざ、愚策なんだよ!!」

 真っ赤な炎を放たれたが、こっちの耐性が上回っている。
 熱いが、避けることなく炎を通過して、キングス王子の懐に入った。

「何!?」

 掌を突き出して、お腹に叩き込んだ。

「ぐっ!」
「指一本が、なんだって?」

 お腹を押さえたキングス王子の顎を、スイッと人差し指で上げる。

「貴様っ!」

 お怒りのキングス王子が蹴り上げようとしたが、私は腕を盾に受け止めた。
 んー、軽いな。フェンリルの前足で殴られた時の方が痛かった。当たり前か。
 受け止めた足を掴み、そして捻り、捩じ伏せた。

「クソっ!!」
「王子がそんな言葉使わないの」

 帽子に触れて、色を変える。
 すると、ボォッと火を纏わりつかせた。
 怒りで、文字通り燃えているなぁ。
 耐性はあれど、熱いものは熱いので、私は離れた。
 私のノルマは達成されていないので、さっさともう一つ、色を変えに行くか。

「逃げんな!!」
「“ーー純黒、染まれ、静寂の帳ーー”」
「っ!!?」

 もうキングス王子の帽子は色を変えたので、用はない。
 足止めの魔法を使わせてもらうために、視界を奪う。
 相手に避けられる心配がないから、これは軸なしでもいける。
 これで味方の魔法が通用するはず。

「っと!」

 手が帽子に伸びてきたものだから、身を引いて避ける。
 メイサという女子生徒だ。ゲッカはやられたのか。
 確認する余裕はない。帽子を狙う手を、一つまた一つ、叩き落とす。
 やるなぁ。格闘家の娘だと言われても納得出来る。

「っ!」

 メイサは手を振り払われるなら、と今度は足を崩そうとしてきた。
 足、手、足、手。順番に攻撃してくる。
 狙いは的確。おかげで、いなしては叩き落とせた。
 組手は苦手なんだよね。反射任せに、帽子と身を守った。
 とはいえ、防戦一方では埒があかない。
 隙を見て、メイサの右手を掴んだ。そのまま、引き込む。
 帽子に触れようとしたが、メイサは腕でガードした。

「そこまで」

 威厳ある声が、制止を告げる。
 え? もう時間?
 やば。ノルマ達成してない。
 勝ちか? 負けか?

「青の帽子が七……」

 レイネシア学園の学園長が、冷たい眼差しで自分の生徒を見た。

「赤の帽子が十三」

 フェイ校長も数えると、うんと一つ頷く。

「今回の交流会、勝利したのはアゲハ夜間学校」

 勝利、か。

「ごめん! ロイザさん!」
「すみません!!」
「いや、私に謝らなくても……」

 ぺこっと腰を折って、青狗なった帽子の生徒が謝って来た。
 まるで、私がリーダー的存在みたいじゃないか。
 別に怒らないよ?

「ウチも、役に立たなくて、ごめん……」
「謝らなくていいよ。じゅーぶん、皆自分の力を発揮したでしょう?」

 くいくい、と服の裾を引っ張り、クインちゃんも謝る。
 足止め作戦は上手くいかなかったが、自分の帽子を守れた生徒が多い。
 エリート相手によくやった。

「おい! ロイザリン・ハート!! この魔法解け!!」
「あーはいはい」

 キングス王子が要求してきたので、手を振って解除する。
 ……よく名前を覚えていたな。名前を呼ばれてびっくりしたわ。

「っ!!」

 鋭い青い瞳が、赤い帽子を睨みつける。
 自分の負けを目にして、怒りで震えた。
 王族だし、プライドは壮絶的に高そう。

「……ロイザリン・ハート! 貴様っ!」

 一番は、挑発しては負かした張本人の私に、怒りを覚えているようだ。

「オレ様と決とっーー!」
「おやめなさい」

 決闘を申し込もうとしたキングス王子の前に、手を伸ばして制したのはレイネシア学園の学園長だった。

「これ以上、恥を晒さないでくださいまし」
「っ!」

 一対一の勝負をさせない。
 私に勝てないと判断したらしいから、キングス王子の怒りが収まるわけがなかった。

「ご家族の前では、特に嫌でしょう?」
「!? ……っ兄上!?」

 家族の前と聞き、驚きで顔を染めるキングス王子。
 兄。キングス王子の兄ということは、第一王子? それとも第二?
 王族にまた会えるとは……。
 この学園すごいなーぁ……あれぇええっ!!?
 視線を追いかけてみれば、藍色のコートで身を包んだ警備騎士の総隊長と一番隊長が入り口に立っていた。
 レオナンド・グローバー総隊長と、リュート隊長。
 やばいぃいい!! 見られた!? バレた!?
 三十路なのに、学生に混じっているって見られた!!?
 はっずい!!!

「……」
「……」
「……」

 はっずい!!!
 レオナンド総隊長が、じっと私を見ているじゃないか!
 リュート隊長なんて、笑顔で私に手を振っている!
 クインちゃんを盾にしつつも、手を振り返す。

「って、兄上? ……まさか、リュート隊長さんとご兄弟!!?」
「? 第二王子リュート殿下。警備騎士の一番隊長だって。有名」

 クインちゃんが、小首を傾げた。
 常識でしょう? と言わんばかりのキョトン顔である。
 そうかーぁ! なんか聞き覚えあると思ったら、リュートって名前、子どもの頃に聞いたわ!
 第二王子の誕生だって!!
 リュートさん、いやリュート殿下!
 私、粗相してないよね!?
 いや、キングス王子に、手を打ち込んでは挑発したけれども……。

「第二王子のリュート・ルナ・メテオーラ。それから第三王子のキングス・ルナ・メテオーラ」

 赤い帽子を外して、ゲッカが教えてくれる。
 ……ゲッカ。負けてなかったのか。

「王族より、総隊長の方が大物だろう……オレが知る中で最強の男、レオナンド・グローバー総隊長。知り合いか?」
「……」
「威圧がやべーな……こんなに離れてるのに。お前のことずっと見てるぞ?」
「……」

 目を背けて、私は明後日の方向を見つめる。
 うん、威圧的だなぁ……。
 何してんだ、って目で見ていたら嫌だから、目を背けていたい。


 
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