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♰08 交流会。

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「おい、お前、何してる」
「勉強」
「勉強嫌だって言ってたじゃねーか」

 その日の夜、私はアゲハ夜間学校に来ていた。

「宿屋のテーブルじゃあ集中出来ないから、机のあるここに来た。校長から許可はもらってる。しばらくお試しで通っていいって」
「机利用しに来てるだけじゃねーか」

 今日ギルドマスターに渡された本を読んでいる私に、突っかかるのはゲッカ。
 誰も使っていないような隅っこの机についたが、注目を浴びている。
 転校生ってこんな気分なのだろう。

「そんなの読んでないで、昨日の続きをやるぞ」
「今度にして。私、ランク上げの筆記試験を受けなきゃいけないから」
「ランク上げだと?」

 ただでさえ睨みつけてくる顔が怖くなった。横目で見たが、私は読み続ける。
 別に怖がっていない。強くないもん。ゲッカ。
 年相応の強さだとは思うけれど、私が目標にしているロウィンとレオナンド総隊長に比べれば、まんま子どもである。黒炎の魔法は、強いけど。

「なんでランク上げの試験を受けるんだよ!?」
「私、王都出身じゃないから、この周辺にある薬草とか毒草とか知らないんだよね。この本から学ばないと」
「質問の答えがちげぇー!!」

 何キャンキャン吠えているんだ。この鬼族の少年は。

「植物の知識なら……ウチ、教えられる……」

 ひょっこり、目の前に現れては、静かな声で告げる。

「得意」

 にっこりとはにかむのは、エルフの少女だ。とても小柄で、私より背が低い。
 金髪で青い瞳で色白美人の妖精さん。

「ウチ、クイン。ロイザリンちゃん、でいいかな?」

 とても控えめに、頼んできた。

「ロイザでいいよ。クインちゃん」

 パッと花が咲いたような笑みになるクインちゃん。
 ここは握手するべきだろうか。とりあえず、右手を差し出す。
 クインちゃんは、両手で包んだ。柔肌。

「ロイザちゃん。よろしく」
「よろしくね。……冒険者登録してるんだね?」
「うん、ブロンズだけど……」

 クインちゃんの細い首にぶら下がっているのは、ブロンズのダグ。
 大きく2と書かれている。

「ここにはお金に困っている生徒しかいないんよ。冒険者になって薬草採取の依頼を受けて、なんとか食べていっている感じなんだ。ほら、ワイもこの通り。ゲッカもなんよ」
「やめろ!」

 ゲッカの隣に立ったかと思えば、狐耳人族の少年がブロンズのダグを見せた。ランク2。
 ゲッカの襟の下からダグを引っ張ったものだから、チョップが落とされる。
 チラッと見えたが、ゲッカはブロンズのランク1のようだ。

「いてて。この中でゲッカが一番の強者だったけど、これからはロイザちゃんだね。ワイはハル。よろしくしてーな?」

 ちょっと訛りのある口調の狐耳の少年は、笑いかけた。
 ハルもまた和服の袴姿。

「よろしく。……その服、王都では普通なの? 私の田舎町では見かけなかったけど」
「この服は校長からもらったものなんよ? あの人、色々くれるんだ。いい人なんよ。みんな親がいないからねー。親代わりも務めてくれているのかな」

 明るく笑うハル。
 親が、いないか。

「ロイザちゃんの親は? いる?」
「三年前、流行り病で他界した」
「そうなんだ……それで冒険者に?」
「いや、私は……」

 特に暗い空気にはならなかったが、私はいつまでこの子達に誤解をさせておくのだろうかと沈黙した。
 同年代だと誤解している。
 冒険者になったのは、もっと昔だ。
 ふと、気付くと、クインちゃんが私の頭上に目を向けていた。
 私についてきた精霊を見ているのだろう。エルフだから見えているはず。
 ……そういえば、どんな精霊が私についてきたのだろう。
 あとで話しかけておくか。

「田舎町だと年齢制限なかった感じ?」

 ハルが、会話を繋げた。

「この王国は、冒険者のライセンスをもらえるのは十五歳からって決まってるでしょ」
「うんうん、そうだよね。そんでランクは一個ずつ上げていかなくちゃいけないんだよねぇ。飛び越すのは無理。それなのに、ロイザちゃんはどうやってシルバー冒険者になったんだい?」

 本に視線を戻したが、黄色い瞳がじっと見据えてきたから、見つめ返す。
 そう。ランクは一つずつ上げることが、ルール。間違っても、いきなりシルバーのダグはもらえない。
 今日、万が一にもロウィンを倒したとしても、私はシルバーのランク2に上がるだけ。
 あ、思い出したら、またイライラがきた。

「クインちゃんみたいに実年齢はもっと上だったりする?」

 クインちゃん、やっぱり見た目より長生きしているのだろうか。

「こう見えて、三十路だよ」

 私はケロッと明かす。
 面食らったような驚き顔をしたハルは、どっと笑い出した。
 冗談だと受け取ったらしい。いいもん。私はちゃんと言ったから。

「私は普通にブロンズの依頼をこなして、シルバーになったんだよ」
「いやいや、それは嘘でしょ」
「私の田舎町では、ブロンズからシルバーになるのは簡単」

 そう言ってから、私は思い出す。
 そういえば、服屋のミコさんが言っていたな。
 王都は厳しいのだと。それにブロンズからシルバーになる試験が追加されたとか。

「ああ、試験に受からなかったのか、ゲッカ」
「表出ろ!!」

 なんか私を目の敵にしていると思ったら、シルバー冒険者だから気に入らないのか。
 気にしていたみたいで、バンッと机を叩いた。

「今度ね」

 今は勉強中。

「試験を受けるなんて認めねぇ!」

 私の手から本を取り上げた。

「認めるも何も……もう実技は受けたし、今日」
「な、なんだと!?」
「えー? 今日ランク上げ試験日だっけ?」

 ガーン、とショックを受けるゲッカの隣で、ハルは顎に人差し指を当てて小首を傾げる。

「特別試験だよ」

 固まっている隙に、ゲッカから本を奪い返す。

「特別試験!?」
「まさか! あのフェンリルと戦ったのか!?」

 有名なのか。まぁ長いこと主探し名目で試験を行なっていたみたいだからな。

「戦ったよ」
「合格……したの?」
「ギルドマスターが合格って言ったから合格じゃないの? ……私は認めたくないが」
「え? なんて?」

 ハルがパチクリと目を瞬かせている隣で、ゲッカはワナワナと震えた。
 おっ。これはまた爆発しそうだ。

「表出ろ!!!」
「授業始めるよー」

 フェイ校長がやってきて、授業が始まる。
 アゲハ夜間学校は、基本フェイ校長が授業を行うそうだ。
 むしろ、フェイ校長しか教師がいない。
 臨時で頼むこともあるが、生徒の数も少ないので、事足りるそうだ。
 歴史の授業から、基本的な魔法の授業まで。大体三時間ほどの授業時間をして、生徒達は寮である建物へと戻っていく。
 休憩時間に、クインちゃんから王都の周辺にある危険な植物について教わった。
 流石は木属性を生まれながら持っている妖精さん。見分けづらい植物の特徴まで教えてくれた。

 宿屋の部屋。ベッドに腰かけた私は、精霊に話しかけることにした。

「精霊様。ありがとうございます、若返らせてくれて。とても美味しかったです。それにしても、なんでついてきたんですか?」

 宙を見上げるけど、精霊は姿を見せない。

「気に入ったわりには姿も見せないし……謎です」

 何がしたいのか。教えてほしい。
 でも教えてはくれなかった。返ってくるのは、無音。

「……まぁ、いっか。おやすみなさい」

 すぐに諦めて、私はベッドの上の枕に頭を沈めた。



 翌朝、身体に異変はない。特別試験で多少無理な動きをしたから、筋肉痛になっていてもおかしくないのだが、若返ったおかげだろうか。外周を走った疲れも感じない。若い身体っていいな。

「よっしゃ」

 モンスター討伐をして、腕を磨こう。
 打倒ロウィン!
 そう意気込んで、冒険者ギルドに行ったら、そのロウィンが人型でいた。

「おはよう。我が主」
「主じゃない。おはよう」

 出迎えか。
 私はプイッとそっぽを向いて、シルバーのランク3の依頼書が並ぶ掲示板の前に立った。

「おともする」
「こ・と・わ・る!」

 一枚選んで、列に並ぶ。すると、ギルドマスターが出てきた。

「おはようさん」
「おはようございます、ギルドマスター。筆記試験のことですが」
「三日後にシルバーのランク上げ試験があるんだ。それまで渡した本の内容、頭に入れておけよな」
「三日後ですね。努力します」

 他の冒険者と一緒に筆記試験を受けろ、ということだろう。
 全力で頑張る。自分が納得いく合格を勝ち取ってみせる。

「それから、これ、王都の職人区の武器屋と防具屋の場所。教えておく」

 紙切れを一つ、渡してきた。

「新しい防具を買うことを勧める。そのベルベットウルフのベストじゃあ、ロウィンの麻痺の咆哮を緩和できねーしな」

 ちょっと大きいと感じるベルベットウルフのベストを見下ろす。
 雷属性に耐性のない私には、そういう防具が必要か。

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げて、前を向く。
 まだ話があるようで、ギルドマスターは私の横にいる。

「それで、ロウィンとの再戦はいつやるんだ?」
「……筆記試験を合格したあとに、再戦を申し込むつもりです」
「そうかそうか。じゃあそん時は言ってくれよ? あの会場を貸してやるから」

 また試験官として傍観するつもりなのだろうか。
 ……中途半端に止められちゃいやだから、この人のいない王都の外でやりたいんだが。

「ロウィンのこと、よろしくな」
「いやよろしくしません」

 言うだけ言うと、ギルドマスターは仕事に戻った。

「ロウィンはいつまで私の後ろにいるつもり?」
「おともする」
「断ると言った!」

 もう一度断ると、ロウィンは一礼していなくなる。
 やれやれ。なんでまた幻獣に気に入られたんだか。
 精霊に引き続き……。
 あれ? 幻獣って精霊が見えるのだっけ?
 いや、元々、精霊に気に入られているから、興味を持ったんだっけか。
 どちらにせよ、気に入られた理由がわからないなぁ。

「あ、本屋……」

 依頼を引き受けたあと、職人区の防具屋へと足を進めた途中で、本屋を見付けてしまった。
 大きな建物だ。中に本がずらりと並んでいるのが見えた。
 マイナーな漫画……ここならより多くあるかもしれない。
 まだ出会えていない本を探したくなってしまう。
 いやいや堪えろ、私! 宿屋暮らしで本を買い込むわけにはいかないし、オタク活動は封印だ!
 今読むべき本は、ギルドマスターに渡された王都周辺の植物からモンスターが描かれたもの。
 逃げるように、本屋から離れた。

「いらっしゃい」

 教えてもらった防具屋に足を踏み入れると、小さなおばあちゃんが出迎えてくれる。
 ドワーフ族だろう。小さいけど手先が器用で、信頼出来る品を作り上げる種族。

「雷属性に耐性のある防具が欲しいんですけど」
「あいあい、それでいて軽装がいいかい?」

 ベストと腰に携えた短剣を見て、そう判断したらしい。
 話が早くて助かる。

「はい」
「雷トカゲの鱗でベストを作ってあげようか。ほれ、採寸しましょう」

 土台を持ってくると、ドワーフのおばあちゃんは朗らかな笑みで私の採寸を急かした。

「雷トカゲ……」

 確か、常にバチバチしているトカゲだろう。トカゲと言っても、馬並みの大きさ。

「結構お値段が張るので?」
「お金に困っているのかい? なら、そのベルベットウルフのベストを売ってくれないだろうか。そしたら、その分を差し引いて、そうだねぇ……20000コルドでどうだい?」
「……使い古したこのベストが欲しいんですか?」
「手直しすれば安いけど売れるさ」

 んー。愛着あるベストなんだけどなぁ。
 まぁ荷物は多すぎない方がいいっか。
 売ることにして、私は新しいベストが出来上がるまで、モンスター討伐に出掛けることにした。
 半日足らずの道の外れの草原にいたモンスターは、瞬殺しておく。
 三匹のやせっぽちな犬型モンスターだったが、一振りで首を掻き切った。
 手応えないな。ロウィンと戦ったあとでは、物足りない。
 ランクを上げて、もっと強いモンスターを討伐していこう。
 犬歯を抜いて、私は冒険者ギルドに提出と報告をした。
 それから、防具屋に戻って、出来上がったベストを購入。黄色に艶めく鱗のベスト。これでロウィンの麻痺の咆哮対策はばっちり。
 着慣れるためにそのまま着て、食事をすませてから、アゲハ夜間学校に行った。
 クインちゃんに教えてもらいながら、王都で常識の植物を頭に入れる。

「交流会が決まったよー!」

 そんな教室に、フェイ校長が元気よく入ってきた。

「交流会?」
「うん。王都一の学園レイネシアの生徒と交流会を取り付けてきた! 褒めてくれていいんだよ?」
「へぇー校長すごいすごい」

 生徒達がパチパチとまばらに拍手をするけれど、私は本に視線を落とす。
 私、関係ないな。

「おーい、ロイザちゃんも参加するんだよ? 一番の戦力だしね」
「……戦力?」

 呼ばれたから顔を上げると、フェイ校長はアゲハを肩に留まらせたまま笑いかける。

「交流会で戦力って……まさか、戦うんですか?」
「まぁ、そんなところだよ。ただし武器はなし。魔法も危険なものはなし。この帽子、色が二種類あってね。青い帽子に魔力を当てると赤になり、赤い帽子に魔力を当てると青になるんだ。より多い色にした方が勝ちの色取り合戦だよ」

 二つの帽子をくるくると回しながら、フェイ校長は簡潔に説明した。

「ふむ、面白そうですね。……しかし、私は正式な生徒ではないので参加するわけには」
「生徒は君を含めて十人。レイネシア学園からも、つわものな生徒を十人出してくるよ」
「いや、だから、私は生徒では」
「戦ってみたいよね? 同年代のつわものと」

 フェイ校長は好奇心を刺激するように言ってくる。
 何が何でも参加させる気か。
 まぁ、王都一の学園の生徒の実力は気になるところだが……。
 私は中身、三十路なんですけど。

「はーい、フェイ校長せんせー!」
「はい、なんですかー? ハルくん」

 ハルが挙手した。

「その交流会、いつやるんですかー?」
「明日の午後二時からだよ!」

 はやっ。

「ということで、今宵は特別授業を行います」

 ひょいっと赤い帽子を私に向かって投げてきたものだから、反射的に受け取る。

「この中で一番強いロイザちゃんの帽子の色を変えに行ってね。もちろん、武器はなし」

 勝手に決められた。

「シルバー冒険者のロイザちゃんの頭に触るって、難易度高いわー」
「……っしゃあ」

 ハルは嫌々そうな発言をするが、もふっとした尻尾をご機嫌に揺らして立ち上がる。
 ゲッカなんて、やる気満々な目でこちらを睨んでいた。
 肩を竦めて、帽子を見る。人と接近戦か。
 楽しそうだから、私は赤い帽子を深く被った。
 短剣ごとベルトを外し、机に置いて。

「誰からボコられたい?」

 にやり、と帽子の下で笑って見せる。
「あ、外に出てから始めてねー」と、フェイ校長は付け加えた。


 
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