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04 大聖女ルーベネ。
しおりを挟む日が過ぎると、食事は適量が出されるようになった。
私とフェニーの分を、把握したのだろう。
おかげで完食できるようになって、食べ物を残す罪悪感も持たないで済んだ。
入浴と着替えは相変わらず初日と同じようにされているが、一人では出来ないからお礼を伝えておく。
私は愛想笑いの一つも作れないのに、使用人達はにこやかにお礼を受け取ってくれた。
あれからたまに王子がアプローチらしきことをしてくるが、全部丁重にお断りをする。花束を抱えてきても、王都一のお菓子を持ってきても、私は「お断りします」と深々と頭を下げた。婚約しろ! とは言わなくなったが、断るとかなり不機嫌な足取りで帰っていく。やれやれである。
王女のローズとは仲良くなった。一つ年上だけれど、友だちになれたのだ。
それに国王陛下は、まるでおじいちゃんのように接してくれた。今世もおじいちゃんという存在はいなかったので、なんとなくこんな感じなのだろうと勝手に思っている。
二人のおかげで、ぎこちなくとも笑みを浮かべるようになれたのだ。
そんなローズと、お話をしながら庭園の散策をしていたら、怪我人が出たと騒ぎが聞こえてきた。
何事かと私が歩み寄ると、城壁から誤って落ちた騎士が足を押さえて痛みで呻いている。
骨が飛び出て血溜まりが出来ているから、顔を歪ませてしまう。
護衛でついてきていた騎士達にこの場から離れるように促されたけれど、フェニーが「聖女の力で治せるぞ」と言い出すから治してあげることにした。
「手を翳して、緑色をイメージするのじゃ。緑は癒しなのだ」
フェニーの言う通りに、足に手を翳して、頭の中を緑一色にしてしてみる。
そうすれば、仄かに温かさが生まれて、淡いライトグリーンの光が灯った。
少し痛そうに声を溢す騎士だったけれど、骨は戻って傷は消える。
集まっていた騎士の一同は、歓喜の声を上げた。
「ありがとうございます! 聖女様!!」
治療した騎士に何度もお礼を言われて、ちょっとはにかんだ笑みを溢す。
聖女である私ほどの力なら、これくらいの怪我は平気で治せるけれど、普通はそうはいかないらしい。
あとから、ローズに聞いた。傷口は癒せても骨までくっ付ける治癒魔法を使える見習い聖女はいないそうだ。
あの騎士は仕事を失わずに済んだのだと、教えられた。だから歓喜の声を上げていたのか。
「聞く度に思うが、見習い聖女とやらはレベルが低いのう」
フェニーが、のほほんと口から洩らした。
「まっ! わしが迎え入れた本物の聖女ルーベネが一番ってことじゃの!」
何自慢だろうか。なんて思いながらも、私とローズは談笑しながら庭園散歩を続けた。
国王陛下は、視察が好きだと聞く。
私がまた結界を張り直したあとに、最果ての村や街に行くと言い出したそうで、周囲の反対を押し切って行ってしまったそうだ。万が一、魔物が結界をすり抜けてしまったらどうしようと冷や冷やしたものだが、杞憂だった。
視察から戻ってきた国王陛下は、上機嫌で私の結界のおかげで安眠が出来ていることを聞いたと話してくれたのだ。
それから少しして、私という聖女のお披露目をする祭りが行われた。私の許可を得てから。
王都がお祭り騒ぎをしている中、中央通りという道を騎士に囲まれて進むという。もちろん、着飾ってだ。
聖女を一目見ようと集まる人々の注目の中で、転んだらどうしようという不安を抱きつつ、一歩一歩と進んだ。
「聖女様!」と声を上げる人がいるけれど、返事をすることなく、手を振り返すだけで歩き続けた。
笑みも見せた方がいいとは思うけれど、引きつるだけだし、無理しなくていいと国王陛下とローズに言われているので無表情のまま。
私はどう見えるのだろうか。
緊張で無表情になってしまっている聖女か。それとも不愛想な聖女か。
どっちも正解である。
「人がいっぱいじゃのう! この匂いはなんじゃ? なぁなんじゃ?」
すいすいと泳ぐ小さな龍のフェニーははしゃいでいた。
見えないことをいいことに、つまみ食いまでしている。
なんとか城に辿り着いて、聖女のお披露目が終わった。
このあと護衛付きで祭りを回らないかと提案されたが、疲れ切った私は遠慮して断る。王都の祭りの賑わいは、夜まで聞こえた。
一部の騎士達とは、あの件で仲良くなれたと思う。
心を閉ざした少女だと思われていたみたい。実際そうだったかも。
別に他人を遠ざけているつもりはないけれど、近寄らせることもない。
生まれ育った街では自分から友だちを作ったことはないし、特別親しい友だちもいないようなものだ。
両親が、大が付くほど好きだった。家族が一番だったから、他人とはそれとなく仲良くしていれば十分だったのだ。
両親がいなくなった今、私は孤独なのだろうか?
天涯孤独というやつなのに、フェニーの登場のせいで、悲劇のヒロインのようにめそめそする時間もない。まぁ大泣きはしたけれど。
そんな仲良くなった騎士達には「大聖女様」と呼ばれるようになっていた。
誤って城壁から転落した騎士は、副団長になれたそうだ。仕事を失わなかった上に昇格したから、聖女の祝福を受けたのだろうと思っているらしい。単に実力だと思うけれど。なんだか私は関わると何かしらの幸運が降りかかる、と噂が立っているらしい。前世でいう座敷童みたいなものか。とツッコミを入れたものだ。
けれどもそんな感じで、城の生活にも慣れてきた。
聖女として城に来てから半年が経った頃。
国王陛下から直接お話しされたのは、今年の作物について。
一応、聖女の祈り場で豊作祈願をしていたけれど、それが叶ったらしい。
偶然ではないかと私は言ってみたのだが、首を左右に振った国王陛下はとんでもなく豊作だと告げた。
とんでもなく。豊作。また尋常じゃない感じなのだろう。
「間違いなく、ルーベネの祈りのおかげじゃ」
フェニーは、そう断言する。
「気付いていないだろうか? 庭園の木は若々しく成長し、花は美しく咲き誇っている。これもルーベネのおかげだ」
朗らかな微笑みで、国王陛下は告げた。
「国のために、ありがとう。ルーベネ」
「いえ……お力になれて嬉しいです」
私はきっとちゃんと笑い返せただろう。
大聖女ルーベネ。
彼女の祈りは、不毛な地にさえも芽を息吹く。
恵みの雨が降り注ぎ、植物は瑞々しく育つ。
その事実は、国中に広まっているそうだ。
お茶中のローズから聞いて、私は突っ伏したい気持ちをぐっと堪えた。
「事実か……」
「ええ、事実ですわ」
ローズはおかしそうに上品に笑う。
結局、大聖女という肩書きになってしまった。
「そう言えば、最近ルイスお兄様の苦情を聞いていないけれど、アプローチは止んだのかしら?」
「ルイス様からのアプローチ……そう言えばないな」
王子のアプローチがぱったり止んだことを、ローズに言われて気付く。
「変ね……押してだめなら引いてみろ作戦かしら」
「普通に諦めた、じゃあだめなの?」
「あなた、自分が美少女だって自覚ないの?」
「ええ……ローズの方が美少女でしょう?」
「わたくしは自覚があるわ。わたくしは棘のある赤い薔薇、ルーベネは何かしら……ダイアモンドで出来た花かしら?」
花に例えるローズがクスクスと笑うけれど、ピンと来ない私は首を傾げる。
「自分以上の人間がいないと思い込んでいるから、結婚相手に相応しいのは自分だと思っているに違いないわ。地位と容姿だけを考えれば、最上級の結婚相手ですけれど、それは大聖女以外の女の子達でしょう?」
王子という最上級の結婚相手か。確かに最良物件。
大聖女だと、それも霞んで見えるとでも言いたいのだろう。
それじゃあ私の結婚相手って誰? ってなるのだけれど。
「大聖女に見合う結婚相手は、神聖な人外かしら!」
「フェニーはじいやみたいな存在だからなぁ……」
こんな他愛ない話が出来て、ローズは楽しそうだ。
私は貴族の付き合いは極力避けているが、ローズはそうもいかない。
こうして、友だちらしく冗談を言える相手は、私くらいみたいだ。
「そうじゃのう。じいやとしては、その辺の凡人に嫁がれたくないのう」
私の頭の上に顎を乗せるフェニーも、会話に加わる。とはいえ、私にしか聞こえていないが。
「私だって、相手を選ばせてよ……」
「相手は大聖女には気後れするんじゃないかしら?」
「婚期逃す?」
「絶対そう。でも別に焦ってないでしょう?」
「そうだね……喜ぶ親はいないし……焦らないね」
両親がいれば、最良の愛する人を連れてくるのに。
「あら? 両親を喜ばせるためだけに結婚を?」
一度と手にしたマカロンをお皿に置いて、ローズは小首を傾げる。
「愛する人を見付けられたら、自ずと望むものじゃないかしら? 愛し合っていた両親のように、なりたいって思うものじゃない?」
「……そう思うかもしれない。真実の愛に乾杯」
「ふふ、真実の愛に乾杯」
紅茶のカップを上げて、重ねた。
「真実の愛か。見付かると祈ってみたらどうだ?」
フェニーがローズのマカロンを食べたものだから、ぺしっと頭をはたく。
「あら? また見えない龍が私の食べ物を食べたのかしら?」
「ごめんなさい、ローズ」
「いいのよ。あなただって妖精につまみ食いされても、怒らないでしょう?」
「ローズのこと好き」
「あら。わたくしと結婚する?」
クスクスと笑ってしまった。
欲しいと思った時に、また祈ってみるかしら。
その時はまだ。
迫り来る悪意に気付かなかった。
応援ありがとうございます!
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