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07 腹ペコの魔王様。
しおりを挟む魔法石で明かりが灯されたダイニングルームのテーブルについた私の前に置かれたのはーーーージャガイモだった。
ホクホクと温かそうに湯気が立っているが、ジャガイモである。塩も添えてくれているけれど、ジャガイモ。
フェニーと一緒に凝視したあと、私は横に立つ魔王様を見上げる。
自ら持ってきてくれた魔王様は、とてもいたたまれない様子だった。
「だから……ロクなもてなしは出来ないと言ったじゃないですか……」
「予想を遥かに超えました……えっと、いただきますね?」
ホクホクのジャガイモを冷めないうちに、とりあえずお腹に入れてしまおうと、二つに割る。
ジャガイモの匂いはいい香りだけれど、多分小さいなこのジャガイモ。
塩を振りかけて、真ん中にかじりつく。あつあつ。
こんな質素な食べ物、久しぶりである……。
「ひもじいのう……」
フェニーも、かじりつきながら、言葉を溢した。
「こ、こら、フェニー。恵んでもらえただけありがたいでしょう」
「城にまで来て、これだけとは思わんだろう?」
確かに城で焼いたジャガイモと塩だけを出されるとは思わなかったけれど。
「本当に申し訳ございません……」
魔王様は、一番奥の自分の席らしき椅子に腰を下ろした。
「実は、我が国では食料が不足していまして……大した食物が育ちませんし、上手く育てられても魔獣に食い荒らされたりしてしまう始末なのです。家畜も同じですね」
「食料不足、ですか……」
「なんじゃ、破滅的に魔王の料理の腕がないのかと思ったぞ」
べしっと余計なことを言うフェニーの頭にチョップを落とす。
魔王様が真面目な顔をして打ち明けているのだから、話の腰を折らないでほしい。
「いや、僕自身、料理はあまりしたことがなく……焼くくらいのことしか出来ませんから、否定は出来ませんね」
なんて苦笑を溢して見せた魔王様。
まぁ、料理の得意な魔王なんて、想像が出来ない。
「その、魔獣はどうなんですか? 食料にならないのですか?」
「魔獣の肉は当たり外れがありますので、食べてみないとわからないですね……あまり期待は出来ないといったところでしょうか。それに獰猛ですから、力のない魔物達は逃げることが精一杯でしょう」
害となる魔獣は、食べられたり食べられなかったり、なのか。
そう言えば、肉食系の動物の肉はあまり美味しくないと聞いた気がする。
「しかし、魔王であるお主がこれしか食べられないのなら、国民の魔物達はもっとひもじい思いをしているのだろう?」
「そうですね……だから今日はジャガイモだけを食べる日と決めているのですよ。他の日はもっとましな食材がありますので、明日はもっとましな食事を用意出来ると思います」
悲し気な笑みを一瞬見せたあと、魔王様は明るく笑いかけた。
「なんか……ごめんなさい。……えっと、すぐには無理だと思いますが、私なら、私の力なら」
豊作の力を持つ私なら、すぐには無理だろうけれど、この国にも豊作をもたらすことが出来るかもしれない。
そう言いかけた時、ダイニングルームの扉がノックされた。
「陛下、私です」
「入っていい」
男性の声が聞こえると、魔王様は入るように返事をする。
「戻られたのですね、陛下。また一日もどこで何をなさって……」
入ってきたのは、白銀の長い髪をストレートに靡かせた男性だ。
トカゲのような尻尾があると、一番に目につく。
次に目が行くのは、腰に携えた剣。
「っ! 人間!?」
私を見るなり、剣を抜こうとした。
「剣を抜くな、敵ではない」
魔王様は、制止の声をかける。
白銀髪の男性は、魔王様の言葉を信じ、警戒態勢を解く。
「大聖女のルーベネ様だ」
「だ、大聖女!? 敵じゃないですか!!」
大聖女と聞くなり、再び剣に手をかける。
心底驚いた様子からして、予想も出来なかったのだろう。
いや、出来たらすごいけれど。
「敵ではないと言っている。剣を抜くな、ガイアス」
「っ……陛下がそう、仰るならば」
じろりと私を睨み付けながら、ガイアスと呼ばれた魔物の男性は剣から手を放す。
私は、平然とジャガイモをまた口にした。
それを見たガイアスさんは、はっとしたように視線を魔王様に戻す。
「陛下! 朗報です! 雌の鶏を見付けましたので、卵が食べれますよ!」
「そうか、それはありがたい!」
ぱぁああっと明るい雰囲気になる中、私は必死に堪えた。
な、なんて、不憫な魔物達なんだ……!
野生の鶏を捕まえただけで、この喜びよう。
可哀想すぎる。でもなんか、喜んでいるそんな魔王様、可愛い。
「あ、卵があったら、大聖女様の食事に加えてくれ」
「なっ! 陛下より聖女を優先しろと仰るのですか!?」
「今日から大聖女様は、僕の客人としてしばらく滞在する。丁重にもてなすように」
「っ……!」
卵が見つかっても私に譲ってくれるの……?
本当に心が優しい魔王様だ。感動である。
そんな私を恨めしそうに睨み付けるガイアスさん。
「もてなすと言っても、食料不足では無理な話だろう」
「フェニー様の仰る通りです……本当に申し訳ありません」
しゅんと俯く魔王様。
フェニーめ、余計なことをまた。
そんなフェニーが見えていないし声も聞こえていないガイアスさんは、怪訝な顔をしたが、誰も説明しない。
「あの、祈りましょうか?」
「名案だな」
私はさっき言いかけたことを思い切って言うことにした。
フェニーが賛成してくれる。
「祈る、とは?」
魔王様は、聞き返してくれた。
「私は豊作にする力も持っています。祈りが届けば、豊作になるんですよ。すぐには無理ですけれど、豊作祈願に祈りましょう」
「本当ですか!?」
がばっと身を乗り出した魔王様の様子からして、豊作の力は知らなかったようだ。
遮断されていたのだから、知らなくても無理はないか。
「一体何を要求したいのですか……?」
かなり怪しむガイアスさんが、虫けらでも見るような目を向けてきた。
「こやつ、失礼にもほどがあるな」
「同胞の失礼をお詫びします……」
「まぁいい。ルーベネが本気を出せば、畑の一つや二つ、一瞬で育てられる。見せてやろうではないか」
「ちょっと待って、初耳なんだけれど」
「訊かれなかったからな」
フェニーがとんでもないことを言うから、魔王様が瞠目しているじゃないか。
私もびっくりだ。本当に一瞬で育てられてしまうのか。
「あの、会話が噛み合っていない気がするのですが……」
ガイアスさんが魔王様に歩み寄って問うから、魔王様はフェニーの許可を得て話した。
私と魔王様だけに見える龍がいると。
ガイアスさんは目を凝らすが、それでは見えやしない。
改めて、見えている魔王様がすごい、と思う。
「今夜はもう遅いですから、明日その力を見せてください。部屋まで案内しましょう」
確かに一日も逃亡していて疲れている。
ちゃんとジャガイモを食べ終えた私とフェニーは、魔王様と同行するガイアスさんの案内で客室らしい部屋に通された。
私はドレスのまま、ベッドに飛び込んで、そのまま眠りに落ちる。
翌朝は鶏の声が聞こえた気がして、目を開く。
昨日捕まえたとかいう鶏だろうか。
私は勝手ながら、フェニーを連れて城を歩き回ることにした。
目的は城の住人と畑を見付けること。
しかし、住人を見付けることなく、外に出た。
ちょっと不気味さを感じる城を見上げる。誰もいないのかしら。使用人とか。
庭には、畑があった。庭園じゃない辺り、やっぱり話に聞いた通りの食料不足なのだろうと思った。
「実ってないのう」
「そうだね……」
肩に乗るフェニーが呟き、私は相槌を打つ。
トウモロコシらしき畑があるけれど、実るどころかしおれている。
「私が本気を出せば、本当に育つの?」
「わしが間違いを教えたことがあるか?」
質問を質問で返された。
確かに悪戯に間違いを教えてもらったことはない。
「わかった。どうやればいいの?」
「全身全霊で祈ればいいのじゃ」
フェニーを信じて、私は祈りのポーズをした。
この畑が祈りますように。
全身全霊をかけて強く、祈った。
ポンッと爽快な音が鳴って、畑は急成長したものだから、驚いて下がってしまう。
魔法か。いや、植物を育てる魔法があれば食料不足なんて解決しているだろう。
聖女の力とは、ローズ達の言う通り、神にも等しい力だ。偉大だろう。
「あっ」
振り返れば、魔王様とガイアスさんがそこにいた。
見られていたか。別にいいけれど。
しかし、魔王様とガイアスさんの驚いた顔と言ったら……。
魔王様はそれから爛々と輝きを放つ目をした。
「す、すごい!! これが大聖女様の力ですか!?」
作物を踏まないように畑にずかずかと近付いた魔王様は、トウモロコシを見る。
「こんなに大きなトウモロコシ! 見たことがない! 早速収穫していいですか!? 朝食にしましょう! あっ、卵がありましたので、大聖女様とフェニー様で食べてください!」
年上なのに、無邪気に喜ぶ魔王様が可愛い。無邪気の塊か。
心臓を鷲掴みにされた気分だ。
胸を押さえていれば、近付く足音に気付く。
振り返ると、ガイアスさんが私のそばに立った。
「すみません!! 聖女を名乗り、魔王様を騙す人間だと疑いました!!」
がばっと頭を下げる。
きっと夜のうちに事情を聞いたはずなのに、まだ疑っていたのね。
「いいんですよ、魔王様の側近として疑っていたのでしょう? 怪しんでもしょうがないですよ。それより、他に畑はありますか?」
「はっ! ご案内します!」
「あ、待ってください。僕も行きます」
トウモロコシの他にタマネギやキュウリ、トマトなどの野菜があったから、ポンッポンッと爽快な音を響かせて健やかに実らせた。
「こんな大きなトマト! 初めて見ました!」
自分の顔と並べて、赤く熟した感じのトマトを見せつける魔王様。
野菜一つずつ取って、はしゃぐ魔王様が可愛い。
食べる分だけ収穫したあとは、キッチンに案内してもらった。
やはり、使用人はいないらしい。食料不足で贅沢は出来ない、といったところか。
まぁこれくらいは私でも出来るからいいか。
野菜を洗ったら、食べやすいように切って、サラダとして盛り付けた。
トウモロコシは、焼き目を付ける。
唯一の卵は塩コショウで味付けてスクランブルエッグにし、四人分に分けた。サラダにちょこっと乗せておく。
「いいのですか……?」
魔王様が、キラキラな眼差しを向けてくる。
こんな少量のスクランブルエッグを分けただけで、そんな眼差しを向けなくても。
なんて不憫な魔王様なのだろう……可愛いとか思っているのは、申し訳ない。
今日の朝食は、焼きトウモロコシと、スクランブルエッグのちょい乗せ夏サラダである。
ダイニングルームで、一緒に食べた。
「んぅ! 美味しいです! 大聖女様!」
今日一番の笑顔を見せてくれる魔王様。
切ったり焼いたり、しただけなのだけれど。
「このサラダ……野菜の甘みがすごいです!」
「あの、魔王様」
「なんでしょう? 大聖女様」
タマネギをシャリシャリと食べている魔王様に声をかける。
「私のことはルーベネでいいですよ。大聖女様と呼ぶと、他の魔物さん達がなんて思うか……」
「それもそうですね。ルーベネ様、でいいでしょうか?」
ガイアスさんみたいに敵視されては困るからと、名前呼びを頼んだ。
「僕のことも名前で呼んでください」
「え? そうですか……ニエファヴォ、さま」
うっ、噛みそうである。
たどたどしく呼んだとわかったのか、クスッと笑みを洩らす魔王様。
「短くして呼んでくれて構いません」
「で、では……ニエファ様」
「はい、ルーベネ様」
満足そうに笑みを深めると、ニエファ様は焼いたトウモロコシにかじりついた。
甘いトウモロコシの香りを嗅ぎ、私も食べたくなる。
両手でトウモロコシを持った私は真ん中にかじりつく。
「あまっ!」
果物と勘違いしてしまいそうなほどの甘さに驚いて声を上げてしまった。
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