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24 最後。
しおりを挟む私は睨むように空を見つめていた。
清々しく晴れた空の下を、馬車が進む。
「はぁああ……」
神の化身に転生したのに、まさか上がいるとは。
しかも、勇者か。この国の王様と、この国を救った英雄が敵。
だから、神様夫婦が盛り上がっていたのか。納得だ。
「勇者に勝てるかな」
「あの、アイナ様。勝負する前提なの?」
ぼそっと呟けば、隣のアメーがそっと声を潜めて問う。
私も潜めた声を返した。
「だって、バカ勇者の要求なんでしょう?」
アメーと結婚したい。それが魔王を倒した英雄の要求だった。
当然の報酬として、王様は承諾。
こうして、アメーの結婚が決まったのだ。
「結婚したいなら、まずは恋仲になってから求婚しろってーの! あり得ないわ、その勇者。なんとかガツンとぶん殴るわ」
「アイナ様! 気持ちは同じよ、でも無理をしないで! 相手はレベルが上……アイナ様でもどうなることやら」
「いや、全魔力でぶん殴れば消滅させることが……」
「そこまで!?」
全力で魔力を込めたら、人一人消せる。それがレベルが上の勇者でも、きっとそうだ。
またもや、アメーが戦慄した表情をした。
「とにかく話してみてからね」
どうするかはそのあとだ。
「私の偽者もいるし……王都、色んな種族がいると思って行くの楽しみにしてたのに……はぁ」
「な、なんかごめんなさい」
「アメーが謝ることないじゃん」
しゅんと俯くアメーの頭をポンポンと撫でる。
「おいっ! あれは!?」
そこで騒ぎ出すのは、前方を見るイサーク達だ。
何かと私も、前方に目をやる。イサーク達の頭で見えやしない。
仕方なく後部から身を乗り出して、馬車が向かう方を見た。
ドラゴンがいた。山のように大きなドラゴン。
「あれって……」
「千年のドラゴンだ!!」
イサークがやけに弾んだ声を耳にする。
やっぱり千年のドラゴンか。名前は確か、キリア。
「すげぇ! こんなに近くで見たの初めてだ!」
ダレンの興奮した声も聞こえてきた。
「ルーシー街を襲って……いるようには見えないな。なんか、街を見下ろしてる?」
ダレンの言うように、キリアはルーシー街のそばに立って覗き込んでいるようだ。
「イサーク。言っておくけれど、千年のドラゴンも私の友だちよ? 狩らせないから」
「……!!」
身を乗り出すことをやめて、元の位置に戻った私が釘を刺せば、ショックのあまりに絶句をした。どんだけドラゴンを狩りたいのだ。
まぁ千年のドラゴンを討伐が出来たら、最強の称号を手に入れられるだろう。イサーク団は最強の称号が欲しいらしい。
「千年のドラゴンと友だちってことは……アイナを探してるのかな?」
ダレンが私を振り返って問う。
「あ。そうかも。また会いたいって言ってたから。ちょっと先に行ってくるね。レウ!」
冒険者が集う街を見下ろしてて何もされないとは限らない。
私はレウに乗って、先にキリアの元に飛んだ。
「おお! アイナ、いたのか! 諦めて帰ろうとしていたところだ」
飛んで近付けば、気が付いてキリアは私の名を呼ぶ。
やっぱり私を探して来たのか。
「何やってるの? キリア。ルーシー街には冒険者が多いでしょう? 危ないわ」
「ちゃんと人探しをしているだけと伝えた。怖がっているだろうが……どうしても、また人の子と話したくなってな。いや、アイナと話してみたくて来たのだ」
そわそわするキリア。
まるで可愛い孫に会いに来たおじいちゃんって感じだ。
「いいけど。もっと街から離れたところで話そう」
「そうだな!」
おじいちゃんじゃなくて、キリアは飛ばずに街から離れた。
飛んだら強風を起こすだろうけれど、歩くだけでも地震を起こしている気がする。ドシンドシンって聞こえた。
「ちょっとギルマスと話してくる」
キリアに一言伝えてから、ギルマスのグラディさんの乗っている馬車に向かう。キリアはただお喋りをしに来ただけだから無害だと、ギルマスから街の人や冒険者に伝えてほしいと頼んだ。
さすがのギルマスもおっかなびっくりって感じでキリアを見上げていたけれど、承諾してくれた。
「さて。何から話そうか?」
地面に座り込んでいるキリアの元に戻った私は、にっこりと笑いかける。
キリアに私は神の化身だということを話した。蛇男に囚われて一ヶ月を無駄にしたことを愚痴り、それからゴールドランクの冒険者になったことを報告。
キリアは頷きつつ、大きな瞳を優しく細めて、聴いてくれた。
そのうち、大きな肉を持って、グラディさんやイサーク団とダレン達が来て挨拶をする。大きな肉は歓迎の印としてキリアに渡した。キリアは喜んで食べては、話をもっと聞かせてほしいと言う。
「わしを倒すにはゴールドランクのレベル3が必要だな!」
イサーク団が狩ろうとしていたことを知ると、怒るどころか笑い飛ばした。空気が震えて、笑い声は街まで届いただろう。
イサークだけは、むくれていた。
「アメー。ダレンに話した?」
「えっ?」
グラディさん達がキリアと話している間に、私はアメーに問う。
「一緒にいてほしいなら、話すべきだよ」
王都にダレンも連れて行くかどうかは、話してからだ。
アメーは不安でいっぱいな表情をした。
「ダレンに明かしなさい」
また頭を撫でてやって、私は背中を押す言葉をかける。
俯いたアメーはやがて頷いて、ダレンの元まで行った。
そして二人で少し離れたところに移動する。
躊躇していた様子だけれど、アメーは思い切って打ち明けたようだ。
きっと「一緒に来てほしい」と頼んだに違いない。差し出した手。
ダレンはその手を握った。そして優しい無邪気な笑みを向ける。
どうやら一緒に王都へ来るようだ。
感極まったのか、アメーがダレンに抱き付いた。
脳内で『『ヒュー!!』』と冷やかしが飛ぶ。
保護者ことアントンさんが、慌てて引き剥がした。
ダレンはトマトのように真っ赤になってしまっていたから、私は微笑みを溢す。
その日の夜も、キリアのそばで皆で野宿をした。
◆◇◆
不思議に思ってしまう。
なんで私はここにいるのだろうか。
城らしき、玉座の間にいる。
広々とした玉座の間は、バカみたいに天井が高くて、巨大なシャンデリアがあった。灯った明かりが、少々不気味に思える。
「なんで城?」
「昨日、城を見たいと言いませんでしたか?」
ルヴィンスの声。見れば、いつもの青いベストとスカーフという貴族のラフな格好の彼が、右手を差し出していた。
私は、その手に自分の左手を置く。
「ああ、言ったわね」
「案内します」
ルヴィンスは微笑んで、私の手を引くと城の中を歩いた。
誰もいない廊下も天井が高く、広々として、赤い絨毯が敷かれている。
「とは言え、案内したい場所は一つしかないのですけれど」
微笑むルヴィンスが真っ直ぐに向かったのは、バルコニーだった。
バルコニーから見下ろした世界は、霧で全く見えず遮断されているように思える。でもバルコニーには、花が咲いた花壇があった。揚羽蝶が何匹か舞う。
「あなたの美しい世界にしては、控えめね」
私は正直な感想を伝えた。
「見せたいのは上ですよ」
ルヴィンスは後ろを振り返るように指差す。
「わぁ……!」
城だ。当たり前だけれども、城があった。
思ったよりも巨大で、シンメトリーの灰色の城。
綺麗だと思った。やっぱりここはルヴィンスの夢の中だとしみじみ。
「これで最後です」
「え? 何が?」
最後という言葉に、ドキッとしてしまった。
「あなたに見せた美しい場所……私が知る限り、これだけです」
少し切なそうな笑みで、ルヴィンスはそう答える。
「なんだ……てっきり、会うのはこれで最後なのかと」
「……」
ルヴィンスは黙って、俯く。
ここで黙ると怖いのだけれど。
「……そうだ。王都に向かって王様を殴るのでしたね? 旅路は順調ですか?」
ルヴィンスが、話題を変えた。
怪訝に思いつつ、私は答える。
「それがルーシー街に戻ったら、キリア……千年のドラゴンがいてね。お喋りがしたいって言うから、付き合ってあげて、そのまま野宿したの」
「ほう。ずいぶんとアイナは生き物を惹きつけますね」
おかしそうにクスクスと笑った。
いつものルヴィンスだと思い、胸を撫で下ろす。
「あ。そうだ。アメーの結婚相手は王子じゃなかったの」
「そうなんですか? ではアイナは、誰を殴るのですか?」
「勇者だって」
面白がっていたルヴィンスが、笑いを止めた。
「……魔王を倒した、あの勇者ですか?」
「その勇者だよ。なんでも褒美にアメーと結婚させろって要求したんだって。恋仲でもないのに、全く」
呆れてため息をつく私だったけれど、ルヴィンスが苦しそうな表情をしていると気付き、目を丸める。
「どうしたの? ルヴィンス」
「……やっぱり」
泣いてしまいそうな微笑みを浮かべて、ルヴィンスは告げた。
「今日で最後にしましょう。アイナ」
私は声が出せずに、ぽかんとしてしまう。
「私の命はもう……長くないのですよ。寝たきりだから、日付感覚もわからないのです。黙っていて申し訳ありません」
ルヴィンスの命が、残りわずか。
「どうして……」
やっと声を絞り出せた。
「どうして? 私なら魔法で治せるかもしれない。どこにいるの? 会いに行くから教えて」
「それは……」
ルヴィンスの美しい顔がさらに苦しそうに歪んだ。
「泣かないでください、アイナ」
言われて気付く。私はボロボロと涙を溢していた。
「どうか、夢の中で会った私だけを覚えていてください」
「やめてよっ! なんで最後だって決めつけるの? 私に救わせなさいよ!」
「……アイナ」
ギュッと抱き締められる。
ルヴィンスは教えてくれない。
自分の居場所を。
「何度も会いに来てくださり、ありがとうございます。幸せな数日でした。どうか私のワガママを聞いてください。夢の中の私だけを、覚えていてください。例え、あなたが本当の私を知ってしまったとしても……」
口付けが額に落とされる。
夢の時間は終わった。
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