竜王子が溺愛するのは。

三月べに

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03 覚醒。

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 キンッと剣と剣が交じり合う。
 稽古場で、私は護衛の一人、吉良(きら)と言う名の男性と剣術の稽古をしていた。プラチナブロンドがとても長く美男な人だ。
 剣術の稽古中に彼の顔に見惚れる暇なんてないわけで、いつもギリギリの勝負をしている。私は本気だが、吉良さんの方は手加減しているに違いない。いや絶対だ。彼は王宮の中でも、指折りの剣術使いだと言うのだから。

「月花!」

 そこで夜の声が響いて、私も吉良さんも剣を引いた。
 見れみれば扉を開けて、別の稽古場から来た夜が入ってくる。稽古あとだと、丸わかりの格好。上の着物を脱いだまま、汗を拭つつ歩み寄ってくる。鍛え抜いた身体は、格好良くて目の保養だ。私が吉良さんに見惚れない理由の一つ。

「夜。まだこっちの稽古は終わってないよ」
「いえ、そろそろ切り上げるとろこでした」

 吉良さんは微笑んで、手を差し出した。剣を渡して、片付けてもらう。
 手が空いたところで、夜が私の右腕に口付けを落とした。その箇所が熱くなる。

「汗掻いてるから水浴びのあとにして」
「別に気にしない」
「気にして」

 私達のやり取りなんて、いつものこと。吉良さんは微笑んでいる。
 夜の護衛達は、ポーカーフェイス。麒麟のお辞儀の件以来、動揺は見せていない。顔に刃物の傷跡がある刈り上げた黒髪の男性は、龍輝(りゅうき)さん。緑の短い髪の青年は、清(しん)さん。
 会話をする機会が多くはなかったけれど、夜の許嫁だと認められている。
今やなんだか三人共、いい兄のような存在だ。甲斐甲斐しくしてくれる。
 夜の頬に口付けをしてから、水浴びに行った。
 初めは侍女がいることに気恥ずかしさがあったけれど、今では気にすることなく入浴をする。長い髪は、洗ってもらったりはするのだ。手入れしてもらうっていいものだと感じる。他人にマッサージするように洗われるのは、気持ちがいい。
 
「お綺麗です。月花様」
「ありがとう。壱(いち)」

 私より年下の侍女・壱は、とてもいい子だ。黒髪で少し面長な顔だけれど、可愛い。いつも褒めてくれる。お世辞は要らないと言ったんだけれどね。

「今日もこの耳飾りをお付けになりますか?」
「うん。それ、夜に貰ったものなの。十歳の誕生日にくれたものでね」
「殿下からの贈り物でしたか。気安く触れて申し訳ありませんっ」

 夜からの贈り物だと知るや否や、すっかり萎縮してしまった。
 私には気軽に接してくれるけれど、夜が現れた途端、緊張をする子なのだ。
 初めから普通に接していた私にとっては、理解してあげられない緊張。

「いいの。大丈夫よ。あれから五年は経ったのか……」

 月日は長いようで短い。あっと言う間だった。
 私の毒殺未遂事件が起きてから、特に事件は起きていない。
 夜の両親、つまり王様とお妃様とはいい関係だ。ちゃんと認められている。
 それもこれも全部、麒麟のおかげなのだけれどね。
 私との縁談は吉兆だからこそ、許されているだけのこと。
 麒麟があのタイミングで現れなかったら、どうなっていただろうか。
 それでも夜は、私の手を放さなかったに違いない。それは信じて疑わなかった。
 正直、私と夜の結婚が吉兆に値するかどうかはわからない。
 私と結婚すると作物が豊富にとれるようになるだとか、欲しい時に雨が降り注ぐだとか、そんないい事が起こり得る自信も自覚もなかった。

「十年前に麒麟が現れて祝福したそうですね。私も一目、遠目でもいいので麒麟を見てみたいです」
「壱は見たことないんだ。美しかったわ」
「もしかしたら、お二人の結婚式に祝いに来るかもしれませんね」

 それはどうかな、と私は笑う。
 それこそすごいことだ。国は安泰だと思う。
 結婚式か。まだ決まっていないけれども、そろそろっという話はお妃様が急かしたがっている。結婚したら、私と夜はどうなるのだろうか。
 どんな関係に変わるのだろうか。今と同じだろうか。それとも今よりも、大切にしてもらえるのだろうか。
 口元に笑みを零しつつ、髪を乾かし終えて結ってもらった私は着物を羽織り、入浴場から出た。
 護衛の吉良さんも連れて、自分の部屋に向かって歩いていれば。

「月花」
「あ、夜」

 夜が私を見付けて、歩み寄る。侍女の壱達は、顔を伏せて頭を下げた。
 私の元まで来ると、また着物を剥いで右腕に口付けをする。そこから熱が広がっていくようだった。
 その際に、夜の髪からシャンプーの香りがする。夜も浴びたみたいだ。

「さっきもしたのに」
「何度でもする。書物でも読もう」
「うん」

 夜に手を引かれて、私の部屋に向かう。
 侍女も護衛も、私の部屋の前の廊下に待たせた。
 本を読もうとしたのだけれども、畳が敷かれたスペースに行く前に、ベッドに引きずり込まれる。言わずも、夜の仕業だ。

「月花」

 ベッドに横たわる私の身体。上には無邪気そうな笑みの夜。
 唇を重ねてきた。夜の目的は、本なんかじゃなくてこれか。
 私は夜の首の後ろに腕を回して、受け入れた。

「月花……月花……」

 口付けの合間に、私の名前を呼ぶ。
 何かと首を傾げれば、夜は顔を上げた。

「俺がつけた名前……なんか……俺だけのものだって感じが強くって、嬉しいな」

 そう無邪気に笑う。私は顔を真っ赤にしてしまう。
 夜は、独占欲を感じて満足している。あるいは支配欲。
 それでいいとさえ思ってしまっている私がいる。
 そのことに赤面して、私は両手で顔を覆った。

「月花? どうした?」
「ううん」
「頬が真っ赤だぞ」

 夜は笑いながら、頬に口付けを一つ落とす。
 チュッと吸い付く。その口付けが、次第に下りていった。
 私の輪郭に、私の首に、私の肩に、私の胸元に。
 それ以上はだめだと私は夜を止めた。

「口付け以上のことがしたい、って言ったらどうする?」

 とんでもないことを問われる。夜は私の上で頬杖をついて、反応を楽しんで眺めた。

「そ、それは、結婚の初夜にするものでしょう?」
「結婚ねぇ……別にいつでもしてもいいとは思うけれど。恋仲っていう今の関係をもう少し続けたいとも思っているんだよな」

 夫婦という関係の前の関係をもう少し続けたい。
 その気持ちは、わかるような気がする。
 私は特に意味もなく、夜の着物を握ったりいじったりした。

「でもそれ以上にーー」

 夜が私と額を重ねて、綺麗な黒い瞳で覗き込んできた。

「ーーベッドで乱れるお前を見てみたい」

 そんな口説き文句、ずるい。
 ちゃんと男として成長した夜に見下ろされて、ドキドキと心臓が高鳴った。さっき口付けをされた箇所が熱い。私は縮こまった。
 すると、夜の両手が私の脇に置かれる。

「えい!」
「!?」

 くすぐられた。私はじたばたする。くすぐったい。

「ちょ、夜っ、やぁっ、やめてっ!」

 あはは、と笑わせられながら、乱れていく。
 やっと夜の手が離れた頃には、もう息も着物も乱れてしまっていた。

「ふーん。乱れたお前ってこうなんだ?」
「夜ったら……!」

 乱れているけれども。
 満足げに見下ろしている夜をまともに見ていられず、また両手で顔を覆った。
 恥ずかしい。

「ごめんごめん」

 笑いながら謝る夜は、私の髪に口付けをする。
 私はいそいそと着物を着直して、せっかく結ってもらったのに崩れてしまった髪も手で撫で付けて整えた。

「綺麗だ、月花」
「……ありがとう、夜」

 私は照れた笑みを零す。夜にそう微笑みながら言われてしまっては、そうしてしまう。

「大好きよ。夜」
「俺も大好きだ」

 私の両手を握り締めると、夜は私に口付けをした。すっかり上達した深い口付けを、交わし合う。とろとろにとけてしまいそうな一時。
 唇を離すと「じゃあ、書物を読むか」と夜は言った。
 あ。読む気はあったのね。
 なんて、密かに笑った。

 その日が来るまで、私は信じていた。
 夜の気持ちが変わらないことを固く信じていたのだ。
 そう、その日が来るまでは。

 その日は、海を越えて隣の国のお姫様が訪問してくるとのことで、私は着飾っていた。長い栗色の髪を結って、煌びやかな宝石がぶら下がる簪を差し込む。耳には、夜が贈ってくれた金のひし形の耳飾り。
 侍女の壱達に化粧を施してもらい、紅を引く。
 光沢の着物を引きずって、夜と合流してお姫様を出迎えようとした。
 何故か、胸騒ぎを覚えて、足を急がせる。
 夜を見付けた時には、もうすでにお姫様は来ていた。白銀に輝くドレスを着ていて、水色かかった白銀の美しい長い髪を下ろしている。波を打つように艶めいていた。
 夜も着飾っていて、格好良かった。
 絵になる二人を見ていれば、それは舞い降りてきたのだ。
 麒麟。十年前に見た時と変わらない。鹿のように、でも大きな身体。鱗が艶めいて、靡く毛は黄金に輝く。頭上の上に立派な角。顔は龍を連想する。神秘的な美しさを持つその麒麟が、二人の間でお辞儀をした。
 その瞬間に、ガツンッと頭が叩かれるような衝撃を受ける。
 そして思い出したのだ。この世界は小説の舞台。
 夜とお姫様が結ばれる小説のワンシーンなのだと。
 これから二人の愛の日々が始まる序章なのだと。
 私は思い出してしまったのだった。


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