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04 旅立ち。
しおりを挟む麒麟が宙を駆けて去っていく姿を、その場にいた全員が驚愕したまま見上げる。夜も夜の護衛達も、お姫様とお姫様のお付きや護衛達も。
私だけは、よろけた。近くの壁に凭れて、なんとか踏み止まる。
「月花様!?」
「大丈夫ですか!? 月花様!」
いち早く気付いた壱と吉良さんが、私を支えようと手を伸ばす。
「どうした!? 月花!」
聞き付けて、夜が駆け寄る。
「だ、大丈夫……ちょっと……具合が悪くなってきただけ……」
「顔色が悪いぞ」
「ごめんなさい……休ませてもらってもいい?」
「ああ、もちろんだ」
私は夜の許可をもらってから、お姫様に挨拶をした。
「初めまして、月花と申します。申し訳ありませんが、具合が悪いので休ませていただきます」
「初めまして。シルヴィア・アルフィー・エンジェルと申します。どうぞ、お休みください」
優しい微笑みを浮かべるお姫様ことシルヴィアに、精一杯の笑みを返す。
そして来た廊下を引き返そうとしたら、夜に右腕を掴まれた。口付けをする気だ。私は避けてしまった。
夜の目には、不安が浮かんでいる。私を心配する瞳だろうか。
「ごめん」と私は小さく謝り、自分の部屋に戻る。
「大丈夫ですか? 月花様」
「あとは自分で出来るから……もう下がっていいわ」
「しかし……そんな顔色では……医者を呼びましょう」
「一眠りすれば治ると思うから、そっとしておいて」
私は食い下がる壱達を下がらせた。吉良さんも渋々といった感じで私の部屋をあとにする。
飾りをつけたまま、私はベッドに倒れ込む。そして呻くことを必死に堪えるように、顔を両手で覆った。
小説のタイトルは「隣国の竜王子の愛は甘い。」だ。
ヒロインの名前は、シルヴィア・アルフィー・エンジェル。
竜神 夜と出逢うと、吉兆の麒麟が現れる。周囲は結婚をすればいいことが起きる兆しだと思い込み、トントン拍子で縁談が決まるのだ。
ヒロイン、シルヴィアは愛のない結婚が嫌だと始め嘆くのだけれども、竜神 夜が「互いに知り合おう」と提案する。それから互いを知るうちに恋に落ちて、二人は愛を育む。そんな甘い恋愛小説だ。
私は正直言って、恋愛小説の竜神 夜に恋をしていた。はっきり言って、表紙に描かれていた彼に恋をしていたのだ。美麗なイラストだったもの。ド好みもあり、まるで自分がヒロインのように読んで楽しんだ。夢で見てしまうくらい好きだった。夢の中で会いやすくなりますように、と枕の下に小説を置いたほどだ。
そのせいかもしれない。
何故か、この世界に存在しているのは。
寝ている間に旅立ってしまい、私は枕の下に置いた小説の中に転生してしまったのかもしれない。そう仮定しよう。だって月花だなんて許嫁、小説にはいなかったもの。
ーー夜に恋をしたのは、当然で必然だった。
この世界に誕生する前から、好きだったのだから。
でもそれも無駄だったのかもしれない。
だって、小説では夜はシルヴィアと結ばれるのだ。そういうシナリオなのだもの。
私は、私は……。
涙が込み上げてきた。化粧をしているから、流してはいけないと堪えた。
私とシルヴィアを天秤にかけたら、明白だ。
私よりもシルヴィアは美しい。それに一国のお姫様だ。
私なんて親もいない親戚もいない正体がわからない娘。
同じ麒麟がお辞儀をしても、より有益なのは、シルヴィアの方だ。
周囲はそう判断する。私だって、そう思ってしまう。
私、捨てられてしまう……うぅっ。
せめて化粧を落とそうとベッドから這い出たけれども、私は途中で崩れ落ちてしまった。悲劇のヒロインの如く、床に座り込む。
どうしよう。どうしたらいいんだ。私はこれからどうしたらいい?
夜がシルヴィアに心を傾けていく姿なんて、見ていられない。想像するだけで、胸が引き裂かれそうだ。小説の通りになるのだと思うと、楽しく読んでいた思い出が悲しみに染まっていく。
そもそも、麒麟が悪い。
何故、夜が私にプロポーズした時に現れたのだ?
私と夜が結ばれる運命なら、何故夜とシルヴィアの前に現れた?
一体、どっちが夜に相応しいのだと言うんだ。
なんなんだ、麒麟!
「……ううっ」
小さく呻きを零してから、ハッとして顔を上げる。
麒麟に訊けばいいのではないか。
どちらが夜に相応しいのかを、直接尋ねるのだ。
それなら、周囲も納得いくはず。私も含めてだ。
そうしよう。私は決意した。
麒麟に会いに行こう。
私は扉を少し開けて、壱達を呼んだ。
「やっぱり手伝ってくれない?」
「はい、月花様」
簪を外してもらい、化粧を落としてもらう。重たかった羽織りもとってもらって、身軽になったところで口を開く。
「麒麟が見れてよかったわね。壱」
「はいっ! あんなに間近に見れるなんて感動です!」
壱はパッと笑みを輝かせた。一番間近に見たのは、夜とシルヴィアだけれども。壱にとっては、十分近かったのだろう。
「麒麟って……何処にいるのかしら」
「さぁ。想像もつきません」
「けれども、水飲み場ならわかっています」
「水飲み場?」
一番古株の侍女、凛(りん)さんが会話に加わった。黒髪美人の女性だ。
「霊獣などが飲みに来る滝があるのです。鮮麗滝(せんれいたき)と言えばわかると思います」
「ああ、鮮麗滝……確か、東南の山々を超えた先にある滝のことよね」
それはもう美しく、霊獣も含めて妖(あやかし)はもちろん動物も集まってくる不思議な滝だという。一説には、傷も癒す水なのだとか。教育の一環で習った。険しい道のりの先にあるから、人間は立ち入ることが難しい。けれども辿り着ければ、美しい滝も霊獣も目にすることが出来る。幻級の絶景ポイント。
「鮮麗滝ね……」
私はコクリと頷いた。
この王都・竜神都(りゅうしんみやこ)を抜けて、山を東南に進めばいいのね。頭に入れておく。
「あ。耳飾りは外さなくていいわ」
「かしこまりました」
私の耳に手をかけた壱は、すぐに離した。耳飾りはつけていたい。
夜に贈ってもらったものだからだ。一番のお気に入り。宝物。
「失礼します、月花様。医者が来ました」
「え? いいって言ったのに」
部屋の外で待機していた吉良さんが知らせる。
「俺が連れてきた」
そう言って入ってきたのは、夜だった。
ああ、本当に格好良い人。素敵。好き。
でも、見惚れている場合ではない。
「夜……シルヴィア様の案内はどうしたの?」
「おまえが心配でそれどころじゃない。先方も許嫁が寝伏せっていては集中出来ないだろうからって切り上げさせてくれた。長旅で疲れもあると言ってくれてな」
「……ああ、いい人ね。本当……。ごめんなさい、私のせいで」
「謝ることない。とりあえず医者に診てもらえ」
私の元まで歩み寄った夜は、私を覗き込んで髪を撫でる。
優しい手付きに、涙が込み上がりそう。
医者に診てもらったけれども、別に病気だと診断はされなかった。ちょっと血圧が低くなっているから安静にするように、と言われる。
私は速やかにベッドに移された。
「もう休め。な?」
夜は、私の右腕にいつものように口付けをした。
私は力なく微笑みを向ける。それがあまりにも情けなかったのか、夜は険しい表情をした。私の額にも唇を重ねると、ゆっくりと横たわらせる。
「ありがとう、夜」
本当にありがとう。
笑みを返してくれた夜に続いて、医者も侍女も私の部屋をあとにした。
一人残された私は起き上がり、熱が灯る右腕を押さえる。そっと涙を落とした。
ごめんね。ごめん。夜。
あなたの気持ちを信じられなくて、ごめん。
霊獣に身を委ねる私を許してほしい。
揺らいでしまう姿も見たくはないのだ。
だから、行かせてほしい。
畳のスペースで、紙を取り出して羽ペンを取った。
旅に出ます。捜さないでください。そう書いた。
壁に飾った魔剣を取る。白い柄に白い鞘の魔剣は、雪の魔法が込められてあるものだ。名を真華雪(まかゆき)。護身用に、持って行こう。腰に携える。
私は一番目立たず、装飾もない黒い着物に着替えた。帯をしっかり締めたあとは、長い髪を一本に束ねる。ブーツを履いて、準備は出来た。
部屋の窓から庭に出る。音を立てないように細心の注意を払った。
昔、夜と抜け出したルートを進めば、簡単に王宮を出れる。
夜と秘密だもの。秘密の場所なのだから。
そう言えば、小説ではこの場所は紹介されなかった。なんでだろう。
丘に立って、真っ赤な夕陽を見る。
でもここで起きたことは悲しみに呑まれないから、それがいい。
私と夜のファーストキスの場所。小説と重なることもない大切な思い出。
それを胸の中にしまっておく。
私は飛び降りた。丘の下に着地して、東南に向かって荒野を進んだ。
麒麟を捜しに向かう。
夜になっても眠らずに歩いていき山の麓に入れれば、ようやく朝陽が道を照らす。
この世界に来て、初めて山の麓に来たけれども、美しいものだった。
なんでもない山の森なのに、射し込む陽射しは神秘的に見える。木の葉は、煌びやかなペリドットのよう。白い陽射しは、燦々と輝き、私の目を眩ませる。
でも惹かれた。初めて夜と出逢った時のように。牢屋から連れ出してくれた時のように。眩しくて、切なくて、美しくて、惹かれた。
今頃、私がいなくなったと気が付いた頃だろうか。きっと騒ぎになっているだろう。申し訳ないと思う一方で、心配してくれていたらと嬉しく思った。
このままいなくなって清々する、なんて思われていたら、もう戻れない。
どうしているかな、夜。心配をかけてごめんね。
私は、私の欲しい答えを聞きに行ってくる。
夜、待っていて。
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