15 / 103
一目惚れの出会い編
12 特別な君を信じる。
しおりを挟む新一さんが数斗さんに話すように勧めてくれたけれど、なんて話せばいいのだろうか。
そもそも、長い付き合いのマナさんと私。どっちを信じてくれるだろうか。
私なんて、会ったのは、今日で三回目だ。
不安でソワソワしている間に、数斗さんは駆け付けた。
『七羽ちゃんっ』
「七羽ちゃん。どうかしたの? 新一が……なんか深刻そうな雰囲気で、俺を呼んでるって……」
不思議と、肩の力が抜ける。
数斗さんの声が、優しくて……安堵してしまう。
「あっ……えっと。長くなるかもしれませんが、手短に頑張りますっ」
「ん? うん?」
深呼吸をしておく。真樹さん達も待たせてしまっているから、早く伝えなくちゃ。
「わ、私っ……いきなり重い話ですが、家族が、複雑でしてっ」
「……うん。ゆっくりでもいいよ。こっち座ろう?」
焦らなくていいと、数斗さんは肩を押すと、自動販売機の隣にあったベンチに座らせてくれた。
「自分の父親の顔……も、覚えてないんですけど……だからこそ、母の再婚相手を実の親だとばかり思い込んで懐いていたのに……でも鈍感な子どもだったから、嫌われているって、その、気付けなくて……ある日、実の子じゃなくて、嫌いだって、話を聞いちゃって……」
「……つらかったね……」
『可哀想に……』
憐れんでくれた数斗さんが、膝の上に固く握った両手の上に、手を重ねて宥めてくる。
泣きたくなる過去ではあるけど、泣いちゃダメ。
過去は過去。
今が大事。
「それからずっと。ちゃんと、相手の気持ちを察しようと頑張ってきたと言うか……なるべく、嫌われているのに、むやみに近付かないようにって、心掛けてきまして」
『えっ……なんで、そんなことを……今?』
「いきなりで、本当にごめんなさいっ。数斗さんの友だちを悪く言ってごめんなさいっ。でもっ……マナさんには……私、嫌われているみたいで……」
顔を上げて数斗さんを真っ直ぐに見て言うけれど、怖じ気づいて、顔を背けたくなった。
驚いた顔をした数斗さんも、やっぱり、マナさんが悪く言われるとは想像していなかったのだろう。
「悪意……しか、感じられなくて……」
潤んでしまうけれど、涙は出るなと念じて、必死に訴える。
ここまで来たなら、数斗さんにはマナさんを警戒してほしい。
本当は腹黒女子で、真樹さんも新一さんも、心では罵るような人だから。
信じないでほしい。
じっと見つめてくる数斗さん。
その間、心の声も聞こえなくて、生きた心地がしなかった。
「朝から……そうだったんだ?」
「……はい」
「そっか……ちゃんと気付いてあげられなくて、ごめんね」
『ごめん、七羽ちゃん』
私への、謝罪。
「いえっ……私が……私が勝手に……」
「ううん。様子がちょっとおかしいなって思ってたし、沢田から離れてる方が自然と笑っていたことには気付いてたんだ。なのに、今まで我慢させちゃったね……」
ふるふると首を横に振るけれど、数斗さんが優しい声をかけてくれるから、涙が込み上がってきてしまいそうだ。
「沢田に、何か嫌なことされた? 言われた?」
『してたら、殺す』
だから、怖い。
涙が引っ込んだ。
数斗さん。怒りがストレートに殺意に行くのですか……?
「そうではないのですが……仄めかしている、ような感じです」
「君を貶してた?」
「え、ええ……まぁ……とても遠回しに……」
『んー。はっきりとは悪意をぶつけられてはいないけれど、悪意を感じるってことなんだ?』
首を捻るように傾ける私に、数斗さんなりに予想をする。
「具体的に、どんな会話だったか教えてくれる?」
どんな……?
聞き流して、かわしすぎて、記憶に留めているものがない……。
多すぎるんだもん。罵倒が。
「あっ。……サービスエリアの時に……数斗さんの話をしたんですけど」
「俺の?」
「はい……。数斗さんが優しいねって、話を振ってきて…………」
『言いずらいこと……?』
「私のお兄ちゃんみたいだね、って」
『……沢田、殺す』
だから、数斗さん。怒りが殺意に直結するの、やめましょ。
「だから、私……前に、数斗さんは嫌だって言ったことを答えたんです」
『! ……言ってくれたんだ……』
「……なのに、さっき、ランチで、また言いましたよね?」
「あっ…………」
『おい……まさか……あの女…………。俺が七羽ちゃんを口説こうとしてるって知っていて、今日来てるくせに、七羽ちゃんに牽制してたわけ? ハハッ……殺す』
数斗さん。三回目です。
薄笑いで数斗さんは、マナさんの方を見た。目が冷め切ってる。
ほらぁ……怒ると怖いですよ、新一さん。
「全然気付かなかったな……ごめんね、また俺のせいで……」
『坂田に引き続き……不可抗力だけど、七羽ちゃんに負担かけすぎ。俺といるの嫌になったどうしてくれるんだ……許さない』
数斗さんは頭が痛そうに額を押さえて、もう片方で私の背中を擦った。
「…………どうして、私のことを信じてくれるのですか?」
『え?』
思ったことを、確認したくなって、尋ねてしまう。
こうやって信じてほしいと話したのに、どうして確認してしまうのか。
信じてくれたのなら、それでいいのに……。
「マナさんの方が付き合いは長いですし……仲のいい友だちですし……気のいい美人さんですし…………私なんて、先月会ったばかりじゃないですか……」
『……七羽ちゃん、自分に自信ないんだろうな。とってもいい子なのに。……沢田のせいで、悪化したかもしれない。 殺す』
だ、だから……数斗さんっ! 物騒! ヤンデレ!?
他人には、物騒なタイプのヤンデレ!?
顔が引きつりそうになった私の髪が、ひと房、手に取られた。
そのまま、顔を寄せた数斗さんが、唇を重ねる。
間近で、綺麗な黒い瞳と視線がかち合う。
「これが答え」
『もちろん、七羽ちゃんが特別だからだ』
にこ、とその距離で微笑まれて、思わずバッと身を引く。
じゅわあっと、顔が熱くなった。
『真っ赤だなぁ……効果てきめん? 可愛い』
くすくすっと数斗さんは、私の反応に機嫌を良くした。
「でも、ずるいな。なんで新一? 新一じゃなくて、俺に先に話してほしかったな。俺のワガママだけど」
『意外だよなぁ……。新一を追っていたから、びっくりしたし……新一も、七羽ちゃんの頭を撫でたら、なんか大笑いしてたし……』
別に新一さんに怒っているような響きはなく、ただ不思議がっている。……ちょっとは不貞腐れているのは、気のせいかな。
「だ、だって……数斗さんについて来ちゃいますし……真樹さんはマナさんを信じるか、誤解があるって思うでしょうし……」
『消去法か』
「新一さんも、距離は取ってましたから……聞いてくれるかなって」
『その役、俺が引き受けたかったな。新一が、真っ先に頼られた……むぅ』
やっぱり、不貞腐れている……!
まるで上書きするかのように、数斗さんは私の頭を撫でてきた。
「んー……どうするか」
「気まずくなるのは嫌なのですが……もう、手遅れですか?」
「ん? 難しいね。ここで放っぽっていける、いい理由があればいいけど」
「放っぽる……!?」
「電車でも、二時間あれば帰れるから、そんなギョッとしなくていいよ」
けらりと笑う数斗さん。
いや……一時間くらいで車で来たのに、電車で帰れとは言えないでしょ……。
た、確かに、大人ですから……帰れなくはないでしょうが……。
殺す発言を繰り返す数斗さんなら、やりかねない……! 車も、数斗さんのものだし! 拒否出来る立場にあるから、実現しそうで怖い!
「今まで猫被りしてきたのなら、主演女優賞ものだよねぇ……。新一はなんて?」
「なるべく、マナさんから離してあげると」
「わかった。真樹に知らせないのは悪いけど、真樹には沢田の相手してもらって、あとで詫びようか。そもそも、沢田を紹介するって言い出したのは、真樹だしね」
「あははっ。そんな、意地悪ですね」
「ふふっ」『よかった、笑ってくれた』
茶目っ気に言ってくれた数斗さんは、先に立ち上がって、私に手を差し出した。
当然、立つ手伝いをしてくれると思って、その手を取る。
「俺と新一でカバーするから、沢田が来ても、避けていいよ。あと、残りの二つに乗ったら、もう切り上げようか? 嫌な人とこれ以上居ても苦痛でしょ? 俺も居たくないしね」
「えっ、あっ、はい……」
立ち上がっても、数斗さんの手は、私の手を放さなかった。
目をパチクリさせている間に、数斗さんは私の手を引いて歩き出してしまう。
『はぁー、今日も告白はお預けだな。また他の女絡みで怖がらせちゃったし……。代わりに、手、繋いでもらおう。やっぱ小さい、柔らかい、可愛い……』
え、ええぇ……。放さないつもりですか、数斗さん。
しかも、今日、告白するつもりって…………。
「お待たせ。もう足、大丈夫? 次、行ける?」
「わたしは大丈夫だよー。そっちは? 七羽ちゃん、大丈夫?」
『お前のせいで大丈夫じゃないだろ』
『新一、頼む』
私を心配するフリをするマナさんに、新一さんはお怒りの声を出す。
数斗さんは目配せして、新一さんは軽く頷いた。
「大丈夫なら、行こうか」
そう数斗さんは、半ば質問を無視するような形で、先を歩く。
新一さんは間に入るような位置で歩いて、マナさんが私から遠ざかるようにしてくれた。
『は? なんなの? 手を繋いだままって……! 深刻そうだったのに……告白した? 付き合うことにした? どっちよ!! ホント上手くいかない! ムカつく!!』
数斗さんが私に構えば、マナさんの心の声は荒ぶるのよねぇ……。
『ええ~? マジで何があったんだろう? でも、七羽ちゃん、元気そうだし……数斗も、手を握ってるし……大丈夫、かな?』
何も知らないままの真樹さんに申し訳ない。なんて詫びろう……。
心配してくれた上に、腹黒女子の相手を押し付けて、申し訳ない……。
でも、おかげで、マナさんとあまり接することなく、残りの乗り物を楽しめた。
ほとんど、手を繋がれていたけれど、守られている証だ。
27
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる