心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。

三月べに

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お試しの居場所編(前)

28 記念に贈る場所は耳。(前半)

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 優しい花の香りがする。
 数斗さんの香水の匂い。

「……ヤバい。俺、心臓」
「私も……」
「バクバク」
「爆発しそうです……」

 数斗さんは、笑っているけれど、顔が熱すぎて溶けてしまいそうな私は笑う余裕がなかった。

『こんなにも、心臓がバクバクするなんて……本当に本命童貞だな』

 苦笑気味の心の声。
 本命童貞って……経験が浅いわけじゃないのに、初めて本気で好きになった相手とは、生まれて初めてみたいに上手く出来なくてぎこちなくなるとか言う……?

 …………数斗さん、スマートじゃない?

 なんか、今日は私と会えるまで、不安とかでハラハラドキドキしてたって、心の中で言っていたような気がするけど……。

「あ、ごめん。重いよね」
「え。い、いえ……」

 数斗さんはそんなにのしかかっていないのに、上にいるのはよくないと気付いて、起き上がった。
 同時に、私の肩を掴み、背中に手を滑り込ませて、支えながら私も起き上がらせてくれる。

 ……今の動作。全然ぎこちなさなかったのだけど……。

『俺は恋人。七羽ちゃんのカレシ。七羽ちゃんの恋人』

 心の中が舞い上がっている数斗さんは、私の髪を撫でつける。少し乱れているみたいで、丁寧な手付きだ。

「私もずるいですけど……数斗さんもずるい人ですね……」

 お試し期間では終わらせるつもりのない数斗さんに、私もずるく便乗してしまっているけれど。
 憎まれ口みたいに、言ってしまう。

「うん。そう言ったでしょ? 悪い男に捕まっちゃったね?」

 なんて冗談めいて笑って見せる数斗さんは、優しく頭を撫でてきた。

『これって夢だってオチじゃないよね? 今日幸せすぎない? 今日俺って誕生日だった? 夢じゃないよね? 今日は俺の誕生日? あ、違う。俺と七羽ちゃんの交際スタート日。幸せなのは当然か。……本当に夢じゃないよね?』

 数斗さんの心の声が、夢じゃないかと疑いまくっている。

 だから、数斗さん……お試し期間ですよ。せめて、お試し交際スタート日と名付けてください。

「ずるい人」

 少し膨れた私は、数斗さんの頬を軽く摘まんだ。

『夢じゃない可愛いぃいいい』

 ちゃんと現実だと感じ取った数斗さんの心は、歓喜で荒ぶる。


『俺の恋人。俺の恋人だよ。こんな可愛い恋人。だめだ、もうこの世で一番で幸せな男だ。これから、これ以上に幸せになるんだから、かなりずるい男だな』


 にこりと微笑んだまま、数斗さんはちょっとずれている考えをしていた。

 だめだ、というセリフはこちらが零したい。
 すでに、数斗さんの大喜びにデレている心の声だけで、恥ずかしくて顔を隠したままにしたくなる。

「……その、えっと……送ってもらえますか?」
「あっ。そうだったね。遅刻しちゃうか」
『帰したくない……』

 たちまち、シュンと心の声が沈む数斗さんは、準備を始めた。

「車の中で、取り決めとか考えよう」
「取り決め、ですか?」
「うん。お試し期間中に、決意が固まれば、正式に交際するってことにしたり……お試し期間は、伸ばせても短くしたり終わりにはしないってことだったり、そう約束をしよう」

 数斗さん……めちゃくちゃ、逃がさない感、伝わりますよ。

「あれ? ピアス……初めて会った日以外、これだね? お気に入り?」

 頷いたあと、私の髪を耳にかけると、数斗さんはピアスに注目して耳たぶに触れた。
 思わず、びくりと避ける。

『え?』
「お、お気に入りというか、その、まぁ、そうなんですけど、一番シンプルでいいですからねっ」

 ゴールドの粒のピアスごと、触れられた左耳を押さえて、しどろもどろ気味に答えた。

『なんでまた真っ赤に……。スキンシップは好きなのに、避けた……? え……? まさか……性感帯?』

 ンンッ!!
 ちが、ち、違うっ。

「職場ではやはり異物混入を防ぐためにも、指輪やピアスはだめでしてっ」
『七羽ちゃんの性感帯、耳』
「休みの日だけでも、つけておきたいってなると、これくらいシンプルだと」
『俺の声を褒めたってことは、そういうこと?』
「ちょうどいいんですよねっ。昨日みたいにアトラクションに飛ばされませんしっ」
『声フェチ? 耳に囁いたら、七羽ちゃん、どうなるんだろ』
「安物だと、痒くなるので、お手軽価格のアクセサリー店の可愛いピアスとか、一目惚れしてもつけられないって残念がったりしてっ」
『耳。囁きたいな。俺の声が七羽ちゃんの性感帯を刺激してたと思うと』
「友だちのプレゼントもつけられなくて! って、聞いてます!?」
「え? 聞いてるよ?」

 まくし立てて言ってる間に、こんな密室で二人きりでは危ない思考に行っていた数斗さんは、ケロッとした様子で答えた。

「学生のお小遣いで買ったアクセサリーじゃあ、アレルギーでつけられなかったんだね? それは……18金?」

 ちゃんと聞いていたことにびっくり。
 確認するために、右耳に手を伸ばすから、髪を撫で付けるフリしてガード。

「はい。母から貰いました。あと、誕生石のペリドットのピアスとか、それとネックレスとか。就職祝いには、この腕時計を買ってくれたんですよ」
「……そうなんだ。愛されてるね」
『七羽ちゃんを大切にしてるって伝わる。いいお母さんなんだね』
「……はい」

 昔は余裕がなくてわからなかったけど、今なら愛されてるって、わかる。
 いい母親。数斗さんにそう言われて、唇が緩む。

 ネックレスも18金の十字架のもの。お守りの意味合いが強い。
 腕時計は、ブランド物のピンクゴールドの可愛いもの。

「このペリドットの指輪は?」
「自分で背伸びして買った指輪です」

 ネックレスに通してぶら下げていた指輪を、数斗さんが摘まむ。またもや、近い。

「ペリドットって、太陽の石とも呼ばれてて……前向きになれるパワーストーンなんですって。だから、持っておきたくて……おまじない頼り」

 へらりと力なく笑って見せる。
 細いリングについた小粒のペリドットの宝石。

「そうなんだ? パワーストーンか……。好きなの? そういうの。昨日も、おまじないの話したね」
「あー、そう考えると、小学生から好きだった影響なのかもしれませんね。誕生石を調べて、パワーストーンとしての効果を見て、ペリドットが好きになったんですよね。ルビーも好きですけど。前向きになれる太陽の石は、手放せません」
「そんな指輪を、どうして指の方につけないの?」
「それが……前に、アメジストの指輪もつけてて、それを見事に落として失くしたので、怖くてネックレスで身に着けることにしたんです」
「アメジスト?」

「ちゃんとサイズを合わせなかったのが悪かったんですよね……結構なお気に入りだったので、ショックが大きくて。こっちの方が高かったので、絶対に失くすもんかってことで、ネックレスに」と苦く笑う。

「アメジストも、パワーストーンとして?」
「はい。その、えっと……真実の愛を見付けるっていう、効果があるとかで……夢中になってパワーストーンのアクセサリーの店で捜していた時期がありました」
『真実の愛……!』
「あれ……? それって、いつのこと? 恋愛は高校の時から、積極的にはしなかったって言ってたよね?」

 首を捻る数斗さんは、高校から恋愛らしい恋愛したことがないと私から聞いていたため、不思議がった。


「……恋愛に消極的でも、お年頃なんで…………運命の出会いぐらい……期待してしまいますよ……」


 恥ずかしいけれど、ムッと唇をやや尖らせて、白状する。

『可愛すぎる、って…………待って! そういえば、俺の誕生石、アメジスト! 運命! 運命だ!!』

 危うく、数斗さんの心の声の強さに、震え上がりそうになった。

 いや、数斗さん……。今はアメジストを身に着けていないのに、パワーストーンが運命の出会いをさせたなんて、思わないでください…

 そうか。数斗さんは、二月が誕生日だったね。アメジストが誕生石の一つだ。
 そんな数斗さんの誕生石を好んでいたことに、運命を感じているっていう話か。

「俺の誕生石はアメジストなんだ。その期待……叶ったんじゃない?」

 私の手をするりと滑るようにして持って握った数斗さんは、甘く微笑んだ。

 カアァッと顔が火照る。
 直接言うのは、その、ううっ、反則です……!


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