心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。

三月べに

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お試しの居場所編(前)

 恋人は慈悲深い傷だらけの天使。(数斗視点) (後半)

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 そうすれば、七羽ちゃんが戻ってきて、俺が歌っている最中でも、声をかけてきては「帰りましょう」と言い出す。
 七羽ちゃんの方が、ただならぬ雰囲気。後ろにいる真樹も、顔が強張っていた。

 どうしたのかと問う葵ちゃんだけに謝罪しては、ここにいない佐藤先輩を「シメておいて」と笑顔で言う。

 そんな言葉を使うんだ、と驚いてしまった。
 とりあえず、その先輩とやらが何かしたんだろうな、と予想。
 葵ちゃんにカラオケ代だと、俺から受け取ったバックから、取り出した財布から一万札を出して渡した。

 そして、祥子ちゃんの前で向き合っては、話し始める。
 七羽ちゃんが、怒っていた。腕を組んで、相手を見下ろす。
 相手も、腕も足も組んで、ふんぞり返っているような姿勢のまま、七羽ちゃんを睨むように見上げた。

 どういうことなんだろう。
 事情を知っているであろう真樹を見たけれど、戸惑う表情を強張らせているだけ。その場から動かないし、口を開こうともしない。多分、七羽ちゃんの話の邪魔をすることが憚れたからだろう。

 急に責め立てる言葉を出す七羽ちゃんを宥めるみたいに言って、悪友の子は止めようとしたけれど、七羽ちゃんは続けた。

 要約すれば、七羽ちゃんを猫被り女と思い込んでいて、下種な勘繰りをして、俺達を七羽ちゃんのセフレだとあの先輩と話したらしい。
 それを真樹はあの先輩から直接言われたらしく、七羽ちゃんは侮辱に怒っていると知る。

 甘ったれた悪友の子は、七羽ちゃんが悪いみたいに言い返した。
 いきなり他校の男子と仲良くしてニコニコしてただけで、付き合っているはずだと、否定の言葉を聞いても嘘だと信じなかった。
 俺達のことも、ハイスペックイケメンと出会うことも、そして友だちとして仲良くなることも、あり得ない。だから、信じるわけがない。

 声を荒げる彼女に対して、七羽ちゃんの方が落ち着いた様子だ。
 怒りで興奮する子どもと、諭すように叱る大人みたい。

 そして、絶交宣言を言い放つ。

 それだけでは終わらせなかった七羽ちゃんは、悪友に壁ドン状態で顔を近付けて何かを話した。
 なんの話だろうか。
 悪友を怒らせるような話をしたようで、手が振り上げられた。
 あぶなッ……!
 幸い、その手は七羽ちゃんの頬にはぶつからず、空振り。
 すっかり逆上した様子の悪友の手が届かないように、肩を掴んで七羽ちゃんを引き離す。

 それでも、七羽ちゃんは彼女の欠点を指摘して、直すように忠告してやった。
 七羽ちゃんにしては、辛辣だ。でも、事実だし、そう指摘する方が親切で優しいと思う。最後のお情けかも。


「一つ、嘘ついたこと、白状するよ。数斗さんは、ただの友だちじゃなくて、私の恋人。私の好きな人だよ。正真正銘の初めての恋人の数斗さん」


 俺の手をギュッと握ってその手を見せつけた七羽ちゃんが、このタイミングで、俺を改めて紹介してくれた。

 恋人だと。俺を、紹介してくれた。

 こんな雰囲気なのに、つい、嬉しくて呆けてしまう。
 しかし、捨てゼリフを聞いて、瞠目した。


「だから――――私はまだ処女だ、バァアカッ!!」


 べーっと舌を出した七羽ちゃん。最後は子どもみたいな態度だ。
 さっきまで大人の対応で、悪友を諭しながらも絶交を突き付けたのに。
 さらには、廊下にいた先輩の謝罪を突っぱねては、一瞥すらせず、中指だけを立てて見せた。

 お、おお……長い付き合いだからこその相手に見せる姿なのだろうか。
 長年の友だからか、遠慮も容赦もなかった。

 フロントの店員だけに、帰ることを伝えただけで、外までは沈黙。
 でも出るなり、七羽ちゃんは最後の捨てゼリフの羞恥心に真っ赤にした顔を両手で隠して、聞かなかったことにしてほしい、と。

 いや、別に……知っていたというか、わかっていたというか、う、うん。
 恋人いない歴イコール年齢なら、当然だから……。
 直接、聞くとは思わなかったけれど。
 七羽ちゃんから、セフレやヤリマンや、処女って言葉が、続けて出るとは……とんでもない夜だと思ってしまった。


 真樹はフードを被った頭を抱えて、蹲ってしまった。
 震えた声で、七羽ちゃんに自分を大事にしてくれって言う真樹は、泣いている。
 店から漏れる明かりで、ポロッと落ちていく涙が光って見えた。

 俺達の中で一番涙脆いけれど、泣いても仕方ないだろう。

 詳しくはわからないけれど、悪く思われていた七羽ちゃんのために、真樹が怒って。
 七羽ちゃんは俺達が侮辱されたと、遊園地の時と同じく、我慢をやめて怒りを爆発させた。
 俺達のために、怒ってくれたんだ。
 自分より、俺達を大切にしてくれている。

 七羽ちゃんを大切にして、そして守りたいって思う俺達にとって。
 七羽ちゃんの中の優先順位は、胸が苦しくなる。
 自分のためより、他人のためなんだから。

 泣きじゃくる真樹のフードの上から、頭をポンポンと撫でる七羽ちゃん。
 俺達に助けを求めるみたいにオロッとしては、困り顔で笑っているけれど、その眼差しは慈愛があって。

 結局。
 傷だらけの天使は、手を差し伸べて、癒しを与える。
 自分ではない、他の誰かを――――。

 ――――なら、俺は。
 君に無償の愛を捧げたい。
 俺の愛で幸せになってほしいと、強く強く思う。
 同時に、誓った。


「あの……数斗さん。都合がいい時ばっかり、恋人だって紹介してしまってごめんなさい……。利用しちゃって、身勝手ですよね」

 黙って見守っていた俺達を振り返ったかと思えば、七羽ちゃんが酷く申し訳なさそうな顔を俯かせて謝罪する。
 面食らってしまう。
 今日は、職場でも、ここでも、七羽ちゃんに恋人として紹介してもらった。
 そりゃあ、七羽ちゃんにとったら、不倫男が近付かないための魔除けとしての利用かもしれない。
 さっきも、嘘の証明として、初めての恋人だと明かすため。

「そんなことないよ? 俺は嬉しい。牽制にも必要だったけど、職場の人に俺の存在を教えたことも、大好きな友だちの葵ちゃんにも、改めて紹介してくれたでしょ? ありがとう」

 俺は微笑んで本心を伝えたけれど、七羽ちゃんの方はまだ何か言いたげの浮かない顔。
 七羽ちゃんの頭を撫でてあげて、言葉を待つ。

「大方の事情は、聞いててなんとなくわかるけど、詳細を正しく教えてくれない?」

 先に、新一が口を開く。

「そうだね。何があったの? 真樹。話せる?」

 先ずは、あの先輩とやらと、真樹は何を話して何を言ったのか。
 捲っていた袖を伸ばして目元を擦るのを慌てて止めて、七羽ちゃんは真樹にハンカチを渡した。
 涙を拭いた真樹は、鼻をズズッと啜りながらも、七羽ちゃんを見る。話してもいいのか。七羽ちゃんを気遣う目付き。

「言えないほどのこと?」

 七羽ちゃんには、聞かせられないくらいに酷い?
 下劣な言葉も出ていたし、七羽ちゃんの前で聞くべきじゃないのか。

「いいですよ。真樹さん。吐き出しちゃいましょ」
「う……うん……」

 七羽ちゃんの方も、躊躇は見せたけれど、真樹さんに溜め込ませずに、吐き出してしまえと促した。
 弱った様子の真樹さんは、重たそうに口を開く。

 部屋を出るなり、お酒の話になったため、お酒繋がりで、七羽ちゃん達の初めてのお酒をラブホで経験させた話を聞き出した。
 そうすれば、しっかりあの先輩は下心を持っていたと。
 それも淡い期待ではなく、酷いものだとわかったのだ。


 高校時代の七羽ちゃんの他校の男友だちをきっかけに、猫被りの嘘つきだと思い込んでいた。

 懐いている葵ちゃんには悪く思われたくなくて、天真爛漫のぶりっ子をしていたと。
 七羽ちゃんが何度も否定しても、あの悪友が断言したから。
 きっと自分達の目の届かないところで、言えないような異性関係を持っているんだと、勝手に下劣な想像をしていたのだ。
 俺達にはエリートの娯楽とか、特殊な性癖で、出会い系サイトを通じて知り合った七羽ちゃんと、身体の関係を持っているのかと。
 最近色気づいたのは、俺達と関係を持ったからなのか。

 酷い思い込みの話を聞かされた真樹は、それを口にするのも、嫌そうだったけれど、ちゃんと吐き出してくれた。

 七羽ちゃんは静かに佇んで、駐車場のコンクリートの上を見つめている。
 何を思っているのかはわからない。
 長年、そう思われていた事実を、どう受け止めたのだろうか。
 ……どんなに傷付いただろう。


「――――ちょっと、待ってて。一言、言ってくる」

 殺してやる。

 長年、七羽ちゃんに、邪な目を向けて下劣な思い込みをしたあの男を殺す。
 葵ちゃんの恋人だから、一緒にいることを許されていただけのあの野郎。殺してやる。

「ああ。ちょっと待ってろ」

 新一と一緒に店に戻ろうとしたけれど、七羽ちゃんに腕を掴まれた。

「ちょっ! 落ち着いてください! 真樹さんっ、新一さんを止めて! だめです! もう行きましょう!?」
「そ、そうだよ! もう絶交宣告したし! 行こうぜ!?」

 七羽ちゃんが俺を、真樹が新一を。
 掴んで止める。

「いや、一言。一言だけ、言う権利があるからね? 俺達も」
「そうだ。侮辱罪で、謝罪を要求する」
「殴る気満々の仕草してますけど!? 新一さん! あんな人の謝罪は、なんの足しになりません!」

 新一がパシッと掌に拳を叩き付ける仕草をするから、七羽ちゃんも声を上げた。

 確かにあんな人の謝罪なんか聞いても、晴れない。
 俺達を侮辱したのも、何より七羽ちゃんを、悪い吹聴だけを信じて色眼鏡でしか見てなかったことも。謝っては済ませたくない。

 どう殺してやろうか。そう考えていると、七羽ちゃんに強めに引っ張られた。

 そして、強く抱き締められる。その腕に、七羽ちゃんの胸が押し付けられたから、ギョッとして振り返った。
 ブラウスの隙間から見えていたキャミソールは、俺の腕を抱き締めているせいでずれてしまって、胸の谷間が見えてしまう。
 バッと、真っ暗な夜空へ、視線を背ける。

 胸ッ……! 七羽ちゃんの胸がッ……!

 腕に感じる膨らみに動揺した俺は、フラッとよろめき、これ以上動けなくなった。
 これでは、あの先輩と変わらないと、必死に煩悩と戦う。

「夜が明ける前に、他の店で歌いましょう? お酒飲みましょう? ね!? 真樹さん!」
「歌うー! 飲むー! ずびっ」

 七羽ちゃんの催促に、真樹も便乗して声を上げた。
 まだ泣いた余韻で、鼻を啜る真樹。

 仕方なく、新一と顔を合わせて、断念しようと肩を竦め合った。

 そうだね。
 もう今日は、翌朝まで、楽しい時間にしよう。

 そう微笑んで、七羽ちゃんの頭を優しく撫でた。


 
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