心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。

三月べに

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お試しの居場所編(後)

46 恋人のために贈り物を身に。

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 コンコン。
 ノック音に観念して、悪足掻きにタオルで口元を隠しながら、ドアの陰から顔だけを出して、数斗さんと対面した。

『うわっ』

 心の中の第一声に、身体を強張らせる。直視したすっぴんに引かれた……!?

『んーッ!? え、すごっ……肌、透明感ある……綺麗。ええぇ……こんなにも綺麗な肌、CMの加工でしかないと思ってたのに……ツヤ、触りたい』

 ……褒められた。なんて大袈裟な……。確かに、スキンケアには力入れているけれども……そこまで?

「……あ、あの、そんなに見ないでください」
「あ、ごめん……」
『しまった、固まっちゃって凝視しちゃった』
「綺麗すぎて、見惚れちゃった……」
『わ……真っ赤になったの、すごくわかる。タオルで隠さないでほしいな、全部見たい……』
「あ、ありがと、ございます……」
「ちょっと触ってもいい?」
「えっ……えっと……どうぞ」

 数斗さんが人差し指を伸ばした手を上げるので、廊下に他にいないことを確認してから、しぶしぶと許可を出す。
 つん、と軽く頬を押す、数斗さんの声。

『うるツヤ……柔らかい……ヤバい、ずっと触りたい……』
「すごい綺麗だね、肌。スキンケアも頑張ってるの?」
「は、はい。元から、中学からニキビが嫌だったので、母の助言でずっと手入れを……。化粧をするにも、荒れてては、上手くいかないでしょうし……凝った化粧が出来ない代わりに、そっちにこだわってたり」
「別に凝った化粧じゃなくても、とっても綺麗なのに」
「も、もういいでしょ。スキンケアの直後だから、よく見えるだけです」
「……そうかな? 七羽ちゃんの努力で、いつも可愛さが見れるんだろうね」
『すっぴんでも、着飾っても、可愛いんだよ……ほっぺが真っ赤になった、可愛すぎる好き。ヘアーオイルのスイートオレンジの匂いもするし、そのほっぺのツヤを見てると食べちゃいたくなるな。柔らかいし……美味しそう』

 褒め言葉から、ちょっと物騒な言葉に、テレテレしつつも「ふ、服」と声を絞り出して急かす。
 ……数斗さんの荷物。やけに多くない?

「あ、うん。ごめん、迷っちゃって。いくつか買ったんだ。この中から、好きなの選んで着替えて?」
「えっ……買いすぎ……」
「そうだね。でもあとは、また別の機会にでも着て」

 ニコッと笑って差し出す数斗さん。

 返品する気、全くなし!?
 大きめな紙袋が三つも。一つは、ランジェリーショップの? ブラセットを一枚買ったわけじゃない、大きさ……! ワンピースも、複数なの!?

「七羽ちゃん、ピアスは?」
「ん!? あ、シャワー浴びる前に外しまして……ちゃんと失くしてないです!」
「そっか、今日もつけてね」

 数斗さんの指先が、耳に触れそうになったので、思わず身を引く。

 みみ、さわっちゃ、だめ。
 ピアスなら、シャワーに入る前に外して、テーブルの上に貰った時の箱にしまって置いている。このあと、ちゃんとつけ直すつもりだ。

 何故か大きな紙袋は、ドアの隙間から、部屋の中の床に置かれた。

「これ。アクセサリーを仕事の時に付け外す時に、失くさないために」

 右肩に引っ掛けたショルダーバッグから、数斗さんは小箱を取り出して差し出してくれる。

「持ち運び用のジュエリーボックス」
「わぁ……すごい、可愛いです……物凄い、好み」
「よかった。気に入ってくれて。見かけて、すぐに買っちゃった」

 本当に小さな箱で、持ち運びにピッタリで掌に乗った。
 白い箱は、黒い猫足で支えるデザインで、シックだ。ド好みで、興奮してしまった。
 これで、ロッカーに置いて、外したピアスを安心してしまえる。失くさないで済む。
 数斗さんから贈られた交際記念のペリドットのハート型ピアスを。

「ありがとうございます。……ん? えっ……これ、は?」

 開けて、中のデザインを確認すると、そこにアクセサリーがあった。

 目をパチクリさせて、幻覚じゃないと確認する。触れてみれば、やっぱりアクセサリーだ。飾りとかじゃなくて、先にしまわれたアクセサリー。
 蓋の方に、ピンクゴールドのネックレスのチェーンをかけて、袋の中に残りをしまっている。指輪をはめるための溝には、アメジストらしき宝石の指輪。その隣が、ピアスをしまう場所だろう。
 あのピアスをここに嵌めれば、この小さなジュエリーボックスの中は、埋まっちゃうなぁ…………って、そうじゃない!

 オロオロと数斗さんとジュエリーボックスの中身を交互に見ている間に、数斗さんが指輪を摘まみ上げた。
 そして、私の右手の中指に嵌める。

「ん。よかった、ピッタリだ」
「え、そ、ですね?」

 本当にピッタリで、中指にはゴールドのリングと小さなダイアモンドの粒に挟まれたアメジストの指輪が、しっかりと嵌められた。
 何故、サイズがピッタリ……今みたいに、数斗さんに指をこねるみたいに触られたことがあるけど……それで図った? え? 可能なの?

 いやいや、そうじゃない!
 物凄く洗練されたデザイン。透明感ある淡い紫色のアメジスト。ダイアモンドの粒付き。絶対にお高いヤツ!

「数斗さん、これっ、なんで?」
「ん? 俺がつけてほしくて」

 にっこりと、数斗さんは笑顔で言い退ける。

「いや、そんなっ、私、お返しが」
「七羽ちゃんのお返しは、つけてくれること」

 またそれですかっ! 交際記念のピアスだって、私の耳たぶを独占することが、私からの贈り物だって!

「あとね、ちょっと調べたけど、中指の指輪って、直感を高めたり、邪気から身を守ってくれるんだって。それで、アメジストはマイナスのエネルギーをプラスに変える効果が合ったり、邪悪な物から身を守るお守りとして効果が期待が出来るんだって。負の感情から、七羽ちゃんを守るためのお守りにつけててほしいな」

 ……お、お守り。
 感情に敏感だと認識されている私のために、負の感情から守るためのお守りとして、身につけてほしい。
 そう言われては、断りづらい……というか、断れなくなった。そこまで考えて、買ってくれた物を拒絶出来っこない。


「それに、”愛の守護石”とも呼ばれてて、大切な人と心の絆を深めて、真実の愛を守り抜く強さもくれるんだって」


 顔を寄せてきて、そう数斗さんは囁いた。

 顔が火照る。ドキドキと胸が高鳴った。
 数斗さんは指輪を嵌めた指を撫でると。

「愛を確かめるお試し期間に、ぴったりでしょ? 恋人の俺の誕生石でもあるし、お願い……つけて?」

 なんて甘えるみたいに囁いてくる。


 ……な、なんてっ、ずるい人なの……!?


 与えているくせに、おねだりって……!
 可愛いとも思うけど、クラリとそうな溢れる色気に当てられる。

「わ、わかりまし、た……」と、しぶしぶと頷くしかなかった。ちょっと近距離と色気に、後退りながら。

「ネックレスの方、可愛くて、七羽ちゃんに似合うと思ったんだけど、気に入らなかった?」
「……可愛い……」

 すっと人差し指ですくうネックレスは、ピンクゴールドのチェーンに、同じくピンクゴールドのハート型の中に煌めくカットのダイアモンドがぶら下がるデザインの物。

 可愛い。可愛いんだけど。可愛いんだけれども。

 やっぱり絶対に、ブランドのもので、絶対にお高いヤツ!

「揺れる度にキラキラするカットだって」

 数斗さんは、にこりと笑顔で指先に引っ掛けたネックレスを揺らす。確かに、かなりキラキラと煌めく。キラキラが激しい……だから、そうじゃなくて!

 ハッとする。
 そういえば、昨日ピアスを渡された時、真樹さんと新一さんが疑問の声を心の中で零してた!
 二人は、とっくにこれが用意されていたって、知ってたんだ!

「数斗さん、これっ、ピアスと一緒に……買いました?」
『え、なんでバレたんだろう……? 失くさないためのジュエリーボックスのせい?』
「これもデートにつけてね。じゃあ、湯冷めしないうちに、着替えて? 俺はここで待ってるから」

 質問をスルーした!
 数斗さんは、強行突破のように着替えを急かす。

 確かに髪も乾かしてないし、冷えそうだけど! うっ。うぐぐっ! あとで、もう貢ぐのやめてと言わねば!

「わかりました、急ぎますっ」と言えば「ゆっくりでも大丈夫だよ」と、余裕そうにひらりと手を振って見せる。

 悔しい思いを抱えながらドアを閉じかけて、開いて顔を出す。
 数斗さんは、口元に笑みを浮かべたまま、キョトンとした。

「数斗さん……着替えました?」

 昨日と違うと、数斗さんが肩にかけたショルダーバックから、ジュエリーボックスを取り出した時に気が付いた。
 今日は、黒のジャケットと白いブイネックのシャツ。ズボンは暗いグレーだけど、全体的にシックで気品が溢れている服装。
 肩にかけたショルダーバックも革素材で黒くて、とっても似合う。

「あ、うん。出勤前に一回家に帰って着替えたんだ。……変?」
「いえいえ、かっこいいです。素敵です」
「本当? ありがとう、嬉しいよ」

 ふわっと笑みを零す数斗さんは、心底嬉しそう。

『白いワンピースを着る七羽ちゃんと、合いそうな服を選んだけど、よかった。褒められた』

 また私のため。私のことを考えてのコーデ。
 軽く会釈をしてドアを閉じた。でも、すぐにまた開く。
 二回目に、数斗さんは驚いたように目を見開いた。

「数斗さんは……私の髪型、カールをつけたのと、ストレート……どっちがいいですか?」

 せめて、と髪型の要望に応えようと、数斗さんに尋ねる。

「えっと……俺は、初めて会った時がカールつけてたから、カールした髪型のほうが好き、かな。でも、コテ? ないでしょ?」
「あ、ブラシとドライヤーで、なんとかカールはつけられます」
「あ……そうなんだ。すごいね。じゃあ、カールした髪型の七羽ちゃんでお願いします」

 髪を巻くためのコテがないことを気にした数斗さんだけど、そこはなんとか工夫が出来る。

 数斗さんは、また嬉しそうに微笑んでリクエスト。
 コクリと頷いて、今度こそ、ドアを閉じた。

『七羽ちゃん、いつ頼むかな……』
「?」

 ドアの向こうで数斗さんが何かを言っているけれど、わからない。
 ”頼む”……?

 ゆっくりでいいと言われても、待たれていては、悠長にはいられないので、急いだ。

 ええっと、先ずは着替えだ。
 下着とストッキングと、ワンピースだ。服を濡らさないように、髪の毛はタオルに包んでまとめておいた。
 紙袋から取り出して、包みから下着を確認。

「……白」

 三着の下着は、白を基調にしていた。
 数斗さんの好み? それとも、私のイメージ? 天使って、数斗さん達がよく言うし……。

 どれも可愛いけれど、一番は、赤い花の刺繍が中心にあるブラに惹かれたのでそれを身につけようと思った。
 でも、待てよ? 白いワンピース……透けたりしない? この赤が透けて見えたら恥ずかしい。

 慌てて、服の方も確認するために、ベッドに広げた。
 三着! 買いすぎだってば……!

 だが、しかし、センスがよすぎる……。完璧か、数斗さん。おのれ、ハイスペックイケメン。全部着たいわ。

 黒の襟でアクセントをつけた白いワンピースは、今日の数斗さんのコーデにとても似合いそう。モノクロトーンのコーデ。
 んーでも、この白い刺繍レースが全体的に施されたワンピースもいいな。一番ミニスカートだけど、ちょっと生地は厚めで、透けたりしなさそう。
 もう一着は、長袖が透けているデザインだ。刺繍が施されていている透けた生地。
 数斗さんが、前にこんな感じに透けたレースのスリットを見て、チラ見せに大いに反応していたこと思い出す。

 チラ見せがいい、のか……?
 わかる。チラ見せのよさ。
 イケメンがシャツで顔を拭う時に、チラッと見える腹筋とか。襟の隙間からの鎖骨。漫画やドラマでしか見たことないけど……。
 横に波打つスカートも、膝丈上で丁度いい。
 ……自分の二の腕を確認。ん、ん~……。まぁ、そこまで透けて目立たないだろうから、大丈夫だろう。

 ……ストッキングって、何を選んでくれたんだろうか。
 ランジェリーショップの紙袋の中に、また紙袋があったので、その中だろう。

 普通の黒のストッキング。横に一直線の縦模様の黒いストッキング。ニーソ模様の黒のストッキング。
 ……ガーターベルト模様のストッキング……!?

 ん!? んんん!?
 これ……スカートに隠れて見えませんが!?
 チラ見せ……これもチラ見せ、か!?

 う、うーん、と呻きながら、あとで決めようと、先にワンピースを着ることにした。もちろん、下着もそれを身につける。

 そのワンピースが後ろでファスナーを閉めてから、仕上げにボタンをつけるタイプのものだと気付いたのは、着てからだ。
 ファ、ファスナーがぁっ、届かない~!

 …………まさか!?

 ベッドの上に、広げたままの二着のワンピースを裏返す。

 ……背中にファスナータイプ!
 よく揃ったね!? びっくりだよ!!

 数斗さんのさっきの声は、これかぁ~!!

 ふるふると震えたけど、数斗さんに頼むしかないので、ドアに向かう。

「……数斗さん。お願いします」
「ん?」

 わかってるくせに……。
 白々しい微笑みの数斗さんに、背中を晒す。
 背中の真ん中にあるファスナーを上げてください……。

「このワンピースを選んでくれたんだね」
『似合う……腕、背中、うなじ……』

 チャックを上げる動作が、わざとゆっくりにされた。

 ……数斗さんめ。
 私のこと、知りすぎ! 私の身体ばっかり!

「…………バカッ……!」
「!」

 お礼は言わずに、小さく悪態をついて、ドアを閉じる。


『か、わ、い、いッ!!!』


 ドアの向こうから、数斗さんの強すぎる心の声が響いた。


 心の声は、大音量では響かない。
 でも、時折、数斗さんの心の声は大音量だと錯覚するくらい、強く響いてくる時がある。

 いつも、私への想いだ。

 強い、想い。


 今日、私はそんな想いに、近付ける強さを伝えられるだろうか。


 
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